地霊殿の動物達が引き起こした異変。そう、時期としてはそれくらいが丁度いいだろう。
間欠泉が噴き出して、地上へと私達を呼び戻したあの日の前後が。
陳腐な言葉で言うならば、運命。しかしそれは間違ってはいまい。
天を貫かんばかりの勢いで噴き出す、怨霊と熱湯と。
その奇妙な組み合わせで成り立っていた、豪胆な間欠泉は自身と似たような、交わる事が無かったであろう線と線を交差させてしまったのだ。
まるで、あつらえたかのように、珍妙に。不可解に。故に正体不明の、それらを。
だが――
決してそれは偶然なんかでは無い。
それらが、お互いを手繰り寄せた結果なのだから。
甚だしく、偶然という言葉で片付けて良い物ではないのだから。
何やら、やけに騒がしい。村紗水蜜は町の喧騒に耳を傾けながら静かに思った。
自分が此処に封印されて、仲間達と共にこの地底に追いやられて幾許かの年月が過ぎた。
今日は何やら祭りでもあっただろうか。まさかそうそう有る訳でもあるまいに。
まぁ、あの鬼達の事なのだ。些細な出来事で、例えば誰かれの恋慕が遂に成就した、だとかそんな下らない事でも、適当な理由を付けて大いに騒ぐ事が出来るのだし。
そういえば、地底に封印されて一番に私が出会った奴も鬼だったか。
上にいた時は、人の前から姿を消したと伝え聞いていたが。
まさかこの様な所に移り住み着いているとは夢にも思うだろうか。生半可、伊達と酔狂で生きている事なだけあるものだ。
それに、思っていたほどには地底という土地は酷くは無かった。
確かに大方の土地は寒々とした荒野が広がっており、体の芯も凍えてしまいそうな川が何もない荒野を 横断している。
だが古くから鬼達が住んでいる長屋が連なっている所は、じわじわとした活気が見え隠れしていた。
それに長屋通りを進んで行くと見えてくる奇怪な洋風建築の屋敷。その周りの通り沿いにも隠しきれない人々の笑い声が時折聞こえる。
何を言いたかったかというと。
私はそんなにこの地底が嫌いにはなれない、という事らしかった。
でも私には聖を開放せねばならぬ、という使命もある。
そんなにのんびりとしている暇は無さそうだ。
まずはどうにかして地上に出ねばなるまい、などと考えて。
そうして甘い考えを捨て切れずに、何年経っただろうか。
封印。
それは、その名の通りに私をこの地に縛り付ける。
いや、語弊があったね。この地底からは出る術は無いのだ。
それが、幻想郷の賢者達の考え。嫌われ、迫害された者達への、捻じ曲げる事が出来ない残酷な答え。
おっと、話を戻そう。
何やら地霊殿の方から会話の波が伝播してくる。地底の皆々は噂好きだから、何かあれば伝わるのも速い。プライバシーなんて、あったもんじゃない。
「君、君、今日は何か祭り事でもあったのかい?」
「何やらあのお屋敷の誰かが騒ぎを起こしているらしいよ」
近くで仲間の鬼達と、かしましく話をしていた子鬼に話しかけてると、そんな返事が返ってきた。
「ははぁ、またあの人達か。この前もあそこ住まいの地獄鴉が騒いでいたな。今度は何をやらかしたのやら。やりすぎる様だと私の錨でお仕置きしてやろうかしら」
そう言いながら、私の足は地霊殿の方へと向かっていた。
野次馬根性は残念ながら、私にも根付いていたようだ。だって、気になるじゃないか。
残念ながら理由は違った。噂を丸のみにするのは良く無いよ、という一例になってしまったか。
私の錨も出番が無くなってしょんぼりしている事だろう。
どうやら本当の騒ぎの中心は単なる自然現象だったようだ。それにしても。
「これは……中々に凄いね」
これなら町が騒がしくなるのも成る程、理解出来るというものだ。
いま、地霊殿のはずれにある敷地の一角が細かな振動を繰り返しているのだ。
まるでその腹の中に、怪物を飼っているかのような、そんな振動が、地面を通して伝わってくる。
屋敷の主は気が付かないのだろうか?
まぁ敷地内の騒動、といってみた所でその実、屋敷とこの振動源とは大分離れている。
気付け、というのも酷な話か。主は外には余りでないという噂もあるし。
「振動もそうだけど、うっすらともやが出ている。こんな事は今まで無かった筈なのに……何かの異常現象の前触れなのかな、これは」
無い頭を使って私なりにこの異変の原因を考えていた折、背中になにか突き刺さる視線を感じた。
こう、ふわふわとした、熱を帯びた視線。
それは、鈍ちんな私にでも分かるほどに背中を焦がしにかかる。
この視線の正体は誰なのか。
知りたいと思う感情を止められない。ならば、確かめるしかないじゃないか。
と同時に私は長屋の方向へと体を走らせる。
走りながら背中越しに耳をやれば、私とは別の足音が聞こえる。上手く掛かってくれたか。
昔から釣りは得意なのだ。なにしろ元船長だからね。
しばらくすると長屋の間の細い路地へと体を滑り込ませる。
さらに走りだそうかという所で視界を唐突に後ろへと向ける。
「……そこだっ!」
「わぁっ」
ぺたんっ
私の目の前では、今まさに路地裏に侵入しようとしていた正体不明の影が尻もちをついていた。
流石は私、魚は仕掛けにまんまと引っ掛かったようだ。
「君があの視線の正体か。一体なんで私なんかを見ていたんだい?」
「なっ何それ、知らない」
くっ、なんとも判りやすい嘘を吐く……。
よかろう、こっちにも船長としての誇りがあるのだ、意地でもその正体を暴いてやろうではないか!
元、なんだけれど。
「おっと、この私に嘘が通じるとでも?さぁ正直に白状なさい、君」
「え、えっと、な、なんかっその、か、かっこいぃ……奴が……いるなって……思って…………」
「ん?すみません、もう一回言って貰えますか?少し聞き取れなくって」
「こっ、ここらでっ!、見掛けない顔だったから!……えっと、えっと、気になって、そっそれで……」
ははぁ、そういう事で、あの時視線を投げかけてきていた訳か。
それにしても成る程、要するには怪しまれていたという事ね。
むぅ、普段は離れの小屋で引き籠っていたのが裏目に出たか。これからはもうちょっと外交的に生活するよう心がけよう。あ、船長的な意味では無く。
「そういう事でしたか。私は村紗水蜜、滅多に外に出ないのであなたも知らなかったのでしょう。決して怪しい物ではありませんので安心して下さい」
「そ、そう。そっか、ムラサ、ムラサって言う名前なのか……」
「そういうあなたの名前、お聞きしてもかまわないですか?」
「わ、わたしっ?」
「えぇ、そうですよ」
「ぬ、ぬえ。封獣ぬえ。」
「封獣ぬえというのですか。良い名前ですね。ぬえと呼んでも?」
コクッコクッ
「ではぬえ、あなたはさっきの場所の原因、知ってたりしますか?」
「ぬっ、ぬっ、ぬぇって。ほ、本当に名前でっ」
「どうしました?何かありましたか?」
?何か不都合な点でもあっただろうか。職業元船長なだけあって、いつも礼儀を尽くしているつもりなのだけれども。
「な、なんでもないし、わかんないっ。いつのまにかあんな事になってたし。それに、興味ないし」
「ふむ、そうですか。やはり原因は分からず仕舞いですかね」
それはそうとよくよく見てればこのぬえという子供、身に纏っている布のような外套、真っ黒で所々擦り切れている布ではないか。
そんな格好されていると、こう、なんというか生前からのおせっかい焼きの血が騒いでしまう。
血、通って無いけれど。
「よし、決めました。ぬえ、私と一緒に今から町に行きましょう」
「えっ、な、なんで?」
「君に私が服を贈ってあげましょう。ちなみに拒否権は存在しませんし、認めません」
「えっ、ちょっと、わぁっ」
まだ何か喋っているぬえを構わずに抱え込む。腕っ節なら昔から自慢なのだ。
「さぁ、進路は町に。全速前進ですよぉっ!」
「ちょっ、このっぉ、はな、離せぇぇぇ」
暗転
意外かもしれないが、地底にも煌びやかな場所はある。主に鬼達が開拓したこの旧地獄街もその一つだと思う。
様々な妖怪が引っ切り無しに商いをしているのだ。大半は鬼が占めるけどね。
そんな賑やかな街道に面している、なんとも珍しい構えの、洋風の反物屋に私達はいた。
「すいませーん」
大きめの声を出して、奥に引っ込んでいるであろう店主を呼んだ。
「はーい、ただいまー」
出てきたのは鬼。それも女性だった。女店主とでも呼べばいいのかな。
「何か御入用でしょうかね?」
「この子にあった洋装の服を、ってぬえ、君。そんな所でしゃがんでいたらお店の人に迷惑じゃないか」
「うっ、うるさいっ。む、無理矢理つれてきたくせにぃっ」
まぁ、そこは少し強引だったかな、とも思ったけど。
こう、保護欲を掻き立てられる目をしてるんだもの、君ったら。
「べっ、別に服なんか要らないからっ。もう間に合ってるし!」
「そんな事言ったって君、とても不格好じゃないか、その姿」
「いっ、いい。問題はないんだからいいだろうっ」
そういいつつ店の入り口に逃げようと後ずさるぬえ。
「そうはいかないね。この仏の様な保護欲の塊の私から逃げられるとお思いかっ!」
言いながらぬえの布を引っ掴んで、後ずさられるまいと思いっきり引っ張った。
バサァッ
布が消え去った、そこには、綺麗な、陶磁のような肌をした、一糸纏わぬ、ぬえの、裸が――
「――え」
そんな声しか出なかった。いやほんとに。
混乱した私の視線が行き場を求めてさまよう。
まず目に付いたのはぬえの胸。とても綺麗な、薄くて儚い胸が私の視線を導く。
徐々に下に下がっていくと、そこは滑らかな肌があった。
子供らしく、僅かに膨らみとも言えぬ膨らみをみせるお腹とおへそ。
その下には、聖域とも呼べる、完全無防備な秘境の地が……。
あれっ、付いてない。ぬえって女の子なんだー私てっきりさっきまで男の子だと勘違いしてたよあははーあはははははーとさらに混乱は加速し、自身の処理能力の限界を超える。
「き、き、きっ……」
「き?」
間抜けな声が私の口から出る。
「きゃあぁあぁぁぁぁぁぁああぁぁっっ!!」
意識が熱暴走する中で私が最後に見たものは、多分ぬえの手のひらだったと思うんだ……。
暗転
「ムラサに見られたっ。初めてだったのに。ムラサのばか。間抜けっ。死んじゃえばいいのにっっ」
私に対する恨み事を言いながら女店主から受け取った服を恥ずかしげに着るぬえ。
だって、しょうがないじゃないか。あれは不可抗力なんだよ、ぬえ。ごめんね。
「だから悪かったって言ってるじゃないですかっ、君。私が悪かったってばさ」
「ばかっ、ばかっ、ばかっ、ムラサのばかぁ」
ぽこぽこと腕を私に当ててくるぬえ。なんとも可愛げがある殴打である。
「どぅどぅ。それにしても君、嫌がってた割には似合うじゃないか。可愛くなった」
「っか、かわ、かわいっ……」
「お詫びの意味も込めて今から町に繰り出そうじゃないか。ね、ぬえ?」
「そっ、そっ、それなら仕方ないな。いいかっ仕方なくなんだからなっ、一緒に行きたかったとからじゃないんだからなっ」
まったく頑固なんだから。でもそこが健気でもある風に見えてくる。ぬえはおもしろいなぁ。
「じゃぁ、まずは小物の店でも回ろうか」
私が指針を立てたその刹那、轟音が当たりに響き渡った。
これは、この音の方向はさっきのあそこか。
「ぬ、ぬえぇっ?!な、なにこの音っ。ム、ムラサッ」
不安げな顔を浮かべ私の袖をちょこんとつまむぬえ。それでも決して離すものかと強い力で袖をつままれている。
「ぬえっ、ちょっとここで待ってて!」
「あ、わ、私もムラサと行くっ」
そこには、少し前に振動していた場所の面影は既になく、あるのは天を衝く程に巨大な水柱だった。
これはやっぱり、間欠泉?それにしてもでかいじゃないか。
こんなに大きな間欠泉なのだ、原因となった熱量も相当な物だろう。
「こりゃぁ、見ものだ……観光スポットに丁度いいね、ぬえ」
「はぁはぁっ、ムラサ、走るのっはやいよっ」
あの振動はこれが噴き出す前兆だった訳か。
とすると、あのもやは水蒸気か?そういば微かに熱かったかもしれない。
「そっ、それより、ムラ、ムラサっ!」
「うん?どうしたのさぬえ。君、顔が真っ赤じゃないか。間欠泉、熱かった?」
「じゃなくってっ。あ、あの、一緒に、町、いこぅって……ぉもっ……」
「あぁ、そうだった、そうだった。じゃぁ今から行こうかぬえ。私も引き籠り生活が長いから今がどうなっているか楽しみですし」
「う、うんっ!」」
それから私とぬえは毎日毎日遊んだ。遊びつくした。
見た目通りというかなんとういか、ぬえは悪戯を思いつく天才だった。
ぬえの能力を駆使してありとあらゆる悪戯をした。鬼にばれて追いかけ廻された時もあったし、ぬえが私を悪戯の対象にする事もしばしばあった。とにかく、楽しかった。ぬえといる時間が私にはとても心地良いものだった。
こんな気持ちになったのは、この地に封印されてから、初めてだったろう。
ぬえの存在は、私の心をたびたび引っ掻きまわしてくれるのだ。
でも、そんな君が私は、好きだった。大切だった。
しかし、そんな時間は長くは続かなかった。
まるで誰かが決めたルールに従うかのように、幸せという物は簡単に打ち砕かれるのだ。
暗転
あの間欠泉が噴き出し始めた日から二十日程経った。その二十日の間に何やら揉め事があったようで地霊殿の方がいやに騒がしかったのをおぼえている。
それに私も街がうるさかったので外に出て見たのだが、鬼と対峙する人間らしき人影を見た。
まさか、この地底に人間なぞいる筈もない。
見間違いか何かだろうと自分で結論を出して、ぬえと町に行く支度をする。
今日はあの橋姫をからかいにゆくのだ、と豪語していたから、そうなるのだろう。
そういえば、一輪達は元気でやっているしら。
最近顔を合わせていない仲間の顔を思い浮かべてみる。
などと思っている所にタイミングよく一輪その人が飛び込んできてきたのである。
ようこそ我が家へ。
「あれ、一輪久しぶりだね。そんなに急いで掛け込んで来て、何かあったの?」
「何悠長に構えているの村紗!」
「へっ?」
「地上への道が開いたわっ。地上に行けるの!これで姐さんを開放することも出来るのよっ!」
……なんだって。この地底に縛り続けられて何百年。ようやっと、ここから出る事が出来るだって?
これで遂に、遂に聖を助ける事が出来るっ。
「そうだっ、どうやって地上に上がれるのさ、一輪っ」
「詳しい説明は省くけど、あの間欠泉と一緒に流されれば外に出られるわ。でも此処にまた戻って来れるかは分からない。何しろこんな事態、初めてだもの。まぁ、戻ってこようと思う筈も無いけど」
なんか水洗式のトイレに流されるみたいだ。
「他の皆はもう上に上がっているわ。村紗、私達も早く行きましょう!」
「そ、そうだね、ちょっと待ってて今、身支度を……」
ガラッ
扉が開く音がし、見て見ればそこにはぬえの姿が。
思えば出会ってからここ最近、毎日のようにぬえと遊んでいた。
現に今日も私を迎えに来てくれたのだろう。
「あ、ぬえ……どうしたの?」
「……ムラサ、ここから、出て、行くの……?」
扉越しに、会話が少し聞こえていたのだろうか。
これだから安物件という奴は。
「あ、えっと、っそう、そうなるかな、多分」
「そう……」
「ご、ごめんね。もう、遊べないみたいだ……」
「っなん、で?私の事、うっとおしく、なっちゃったから?」
「ち、違うっそんなんじゃないよ、ぬえっ」
なんだろうか。後ろめたくは無いはずなのに、ぬえに、責められている様に感じる。
そして何故なのだ。私の胸も、とても、心苦しいのだ。
「……私、外で待ってるわね」
そう言って外へと出て行く一輪。今この四畳半の部屋には、ぬえと私しかいない。
「じゃぁ、じゃぁ、なんでなのさぁっ!なんで、出ていっちゃうのっ……」
ぬえの目元に涙が浮かぶ。あぁ、なんて気が利かないんだろうか、私よ。女の子を泣かせるなんて船長失格ではないか。
「ねぇ君、ぬえ、泣かないでおくれ。今から話してみせるから。ね?」
私を見つめてくるぬえ。
「あのね。そう、上には、地上には私を助けてくれた人がいるんだ。とても聡明で優しくて、まるでお母さんみたいな人が」
「うん……」
「でもね、今その人はどこか別の場所に封印されてしまっている。それを私は許せない。私はその人を助けたいんだ」
「…………」
「だから、ぬえ、君とはここでお別れ、しないと、いけない……」
言って、胸が痛む。まるで私の選択が間違っているかのようにその胸の痛みは増す。
「うっ、うっ、うぅぅぅぅっ」
「あぁ、泣かないで、泣かないでよぬえ」
遂に泣きだしてしまったぬえの体を私は両腕でそっと包みこんでやる。
ぬえの体は、温かかった。
「ねぇ、ぬえ、君は地底の住人なんだ。多分、君は此処を離れる事は出来ないだろう。君の心がそれを良しとはしないだろう。郷愁という奴は、とても手強くてずるがしこい奴だからね」
「うっ、ひっく、うぅぅ」
「私もぬえと離れるのは辛いよ。あんなにたくさん遊んだのに、もうお別れだなんて。出来る事なら私も君と一緒に行きたい。」
「でもね、やっぱり私の自分勝手でぬえを、君を連れて行くのは、しちゃいけない事なんだと思うんだ」
「うぅうぅっ、うっ」
「だから、私は行くよ。私の自己満足の為にぬえを振り回すのは気が引けるから。それに、君の顔を見ていると決心が鈍ってしまう。まったく恐ろしいね、ぬえ、君って奴は。」
いつのまにか、私の心の中に我が物顔で居座っているんだからさ。
本当に、健気で、頑固で、可愛いんだから。
「じゃぁ、私は行くよ。ねぇ、ぬえ。ありがとう。とっても、楽しかった。」
そう言って、ぬえの体から、手を、離して。
私は、家の扉を、開ける。
重い。まるで鉄で出来ているかのような。やっとの事で私は扉を開き。
ぬえのすすり泣く音を、聞きながら、私は、私は、その扉を――閉めた。
「話は終わったの?」
「うん、一応……」
「それにしては浮かない顔をしてるわよ」
「ん……」
「いいの?彼女、置いて行って」
「いいんだ、これで。私のわがままで振り回すのは可愛そうだから」
「……そう、ならいいわ。行きましょう」
「うん……」
これでいいのだ………………いいのだろうか……?
暗転
目の前にあるのは大きな穴。
振動は前に来た時よりも大きい。むしろちょっとした地震に近いかもしれない。
「さぁ、もうちょっとで間欠泉が噴き出す時間よ。村紗、準備はいい?村紗?聞いてるのっ?」
あぁ、ぬえ、ぬえ、ぬえ。頭の中はそれしか出てこない。浮かんでこない。
私の選択は、これで正しかったのだろうか。
これが、最良の回答だったのか……?
何か、何だろう、胸が、もやもやして、自分の考えに押しつぶされそうになる。
だって、私、良かったのかな、これでよかっ――
ズドンッ!!!
「ったぁぁあぁっっ!」
痛い、ものすごく。頭が割れそうだ。拳骨ってこんなに痛い物なのか。思考が全て吹き飛んだ。
「何っ、何するのさ一輪っ」
「これだからへたれは……」
「なっなにを」
「いい、村紗。あなたはそんなに弱かったの?他人を巻き込む事がそんなに怖かったの?違うでしょ?」
一輪が真剣な顔で私に訴えかける。
「あなたは、彼女の事をどう思っているの?あなたの中の彼女は、そんな簡単に切り捨てられる程、小さかったの?ねぇ、村紗。よく考えてみなさい。」
「私の中の……ぬえ……」
「そうよ。いいじゃない、わがままに付き合わせちゃいなさいよ。あなたがそれを望まない限り、ぬえはこちらへ歩み寄って来れないのよ。あなたが、ぬえを遠ざけているのよ?」
「そんなっ、私はそんなつもりじゃっ。ただ、ぬえの幸せを考えると、この方がいいと、思ったんだっ」
違う。自分で言ってて違う事は分かっている。
私は、さっき、一方的にぬえを遠ざけた。
だってもしかしたら、聖みたいに、自分の大切な人が辛い目に遭うかもしれない。ぬえにはそんな風に なって欲しくはないんだ。
私の、大好きなぬえにはっ……
「村紗、あなた自分の中では、もう結論は出ているんじゃないの?何故迷う必要があるの?そんな事ではあなたの周りの人が、あの子が、道に迷ってしまうじゃない」
「しっかりと彼女を引っ張っていきなさいよ。あなたは――船長、なんでしょう?」
そうか。
船長。
そうだった、何を恐れる事があったのだろう。こんな障害、今までの航海に比べたらなんて事はないのだっ。私が迷ってどうする。そう、私は船長。常に進路を示さなければ。
ぬえ、君が嵐に巻き込まれる前に、見事に舵を切ってみせようさっ!
「まったく、一輪たら忘れんぼなんだから」
「え?」
「元、が抜けてるよっ」
軽口を叩いて私は走り出す。
進路はもう決まっている。決まり切っているのだからっ!
「うぅっ、ムラサぁ、ひっ、ひっく。ムラサっ……」
「呼んだかいっ、ぬえ!」
そう叫んで家の扉を開け放つ私。
最高にかっこいいタイミングな筈。
これは決まったね。
しかし、私が期待していたような反応は無く。
「あ、あれ、なにかおかしかったかな、ねぇ君」
肝心のぬえはというと、まるで幽霊でも見たかのようなおまぬけな顔をしている。
いや、幽霊だけどね。
「な、なんでっ、も、戻って来たのっ?」
「それは、君の事が、心配だからに決まっているでしょう?他に理由があると思いますか?」
「う、嘘だ、
鼻をすすりながら喋るぬえ。
あぁ、やっぱり戻って来て正解だったようだ。だって、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったぬえの顔を見ていると、心が安らぐんだもの。さっきまでの胸の痛みが、もやもやしたわだかまりが、きれいさっぱり無くなってしまうんだから。
「だから私は決めました。あなたを無理矢理にでも地上に連れて行きます。あ、安心してください。勿論拒否権はありませんし、認めませんよ?」
「うぅぅぅっぅっ」
「君のちっぽけ寂しさなんぞ、この私がやっつけてあげましょう。何私にかかればちょちょいのちょいです。ぬえは心配しなくても結構です――って、ぬえ?どうしました?」
「ムラサのばかぁっーーーー」
そう叫びながら、ぬえは私の胸に飛び込んで来た。
あぁ、温かい。ぬえの温もりを感じる。
小柄な体で、私を離すまいとぎゅうぎゅうと掴んでくる。
ぬえだ、ぬえなのだ。
迷った挙句に手放そうとしてしまった、私の大切。一番の大切。
ぬえは、私のものだ。やるものか、他の誰にもぬえを渡すものかっ!
「わた、私っ、ムラサがいればっ、何にも要らないのにぃっ。他の物なんか要らないっ。」
涙を零しながら必死に声を張り上げる。
「なっなのに、ムラサッ、か、勝手に一人で、ど、どこかいっちゃうんだものっ……」
「すみませんでした。私は、君を巻き込むのが怖かったんだ。ぬえ、君を私の事情に巻き込んで、失ってしまう事が怖かったんだ」
「ばかっ、ばかっ!寂しかった、寂しかったんだからっ」
「でも、もう迷わない。私は、ぬえ、君を絶対に離しはしない。何があっても、君を離すものかっ!」
「うぅっ、ふぇえぇぇぇんっ。ムラサッ、ムラサぁっ」
「もう、絶対に離すはずがない。君は、私が守って見せるっ」
この華奢で儚げな少女を。一度は手のひらから零れ落ちそうになった私の大切な君を。
もう離さない様に、逃げられる事の無いように、両腕で、愛おしく、抱きしめた。
それから私達は手を繋いで一輪の所へ戻って行った。
間欠泉はもう既に噴き出し始めており、地上へと繋がる塔がまた、ごうごうとそびえ立っていた。
これに飲まれれば、もう地底とはお別れだと思う。戻って来れるかなんて、判らない。
でもいいのだ。私には、これだけでいいから。
ぬえ、君がいれば私はもう、何にも負ける事はないよ。
だから、さぁ、一緒に、地上へ。
私とぬえ、二人分の影が、間欠泉に飲まれて…………消えた――――。
今回のオチ
とかなんとかいって、散々格好つけて見たものの。
普通に行き来出来るんじゃん!
何それ聞いてない。
これも全部一輪が悪いっ。他に道、あったじゃんかっ。
本人はもう、どっかいっちゃってるし!
「いやぁ、何か、ちょっと壮大になりすぎちゃったというか」
「ちょっと、これ、ど、どうなってるのよムラサっ」
「まぁいいじゃない、ぬえ。君も付いてくる決心をしてくれた訳だし」
「わっ私は、ち、違っ」
「だって、「ムラサ以外私、要らない!――」、なんてあんな熱烈な告白されたら、そりゃぁ周りなんか見えなくなっちゃいますって」
「なっ!!!ーーーーーーーー」
あ、ぬえの顔が真っ赤になった。トマトみたいだ。
頭から湯気も出てきた。うわぁ、正体不明ってこんな事も出来るんだ。
「ちっ、違うの!私は、た、ただ単に。そ、そうよ、地底が、く、暮らしにくかったからなの。そう、そうなのっ。ムっムラサなんてっ、べ、別にすっ、すっ、好きなんかじゃないもんっ!!」
「え~っと、じょ、冗談、のつもり、だったんだけど……」
「ーーーーーーーっっっっ!!!!!」
あ、なんだろう、これ、物凄い既視感がする。
こんな展開、前にもあったような、いや、あったね。あの時だね。
またあれで意識を刈り取られるのか。あの平手、凶器指定してもいいと思う。
でも、悪くない。こんなどたばたが続くのなら、悪くは、ないかな。
それに、気絶したって、この繋いでる手は。
ぬえ、君からは、決して離さないからね。
そして、ぬえの平手が、風を切る。
幻想郷の空に、快音が響き渡った――。
ぬえちゃん可愛いよ!!
ぬえと船長の設定がかなりツボったので長編で読みたかったぐらいです。
プリーズプリーズ、ギブミー
かっこよかったです、えぇ。
ぬえも可愛いなぁ…
起承転結がはっきりしていて分かりやすかったのですが、まさにその部分だけしか描かれてないので
単純にもっと色々な場面展開が見てみたかったなあと思いました。
(話の骨組みの骨部分を超強化して肉が少ない感じがしました)
とまあ堅い話は置いといて、ムラぬえ好きの一人としてはたまりませんね。一目惚れなら仕方ないな。
船長マジ男前。ぬえちゃんマジ可愛い。一輪さんマジ親友。
お話は面白かったんですが、別れのシーンでいまいち感情移入が出来なかったというか、
上の方の仰るように、もっと長い分量で読んでみかったなあと思います。
初対面からひん剥かれるぬえちゃんを想われてもらっただけでも満足ですけどね!
船長がちょっとキザでちょっとヘタレでかわ恰好いいです。
ぬえは文句なくツンデレ娘ですね。