「~~♪」
ムラサがホットケーキを焼いている。
微妙に音程の外れた鼻歌混じりで。
「~~~♪ ほっ」
得意気に空中で一回転させた。
何気に芸達者な奴である。
「よし、できた!」
はしゃぐように声を上げ、フライパンからお皿にホットケーキを移すムラサ。
そのままハチミツやらバターやらを用意し始めているあたり、どうやら二枚目以降を焼くつもりはないようだ。
「……ん?」
なんか前にも、こういうことがあった、ような……。
―――そうだ。
まだ私達が地底にいた頃、ムラサが唐突に料理を振る舞ってくれたことがあった。
あれは確か、カレーだったように思う。
てっきり自分用に作っていたのだと思ったら、不意に「はい、どうぞ」なんて言って、私に寄越してきたのだ。
当然私は「ムラサの分は?」と聞いたのだが、「材料が一人分しかなかったから」って。
バカな奴だと思った。
だったら、自分の分にすればいいのに。
それをなんで、私に。
そう言ったら、ムラサは笑ってこう言った。
「私が一人で食べるより、ぬえに食べてもらった方が、嬉しいからね」
って。
そのときつくづく思った。
こいつはホントにバカな奴だ、って―――。
そんな昔を思い出す私の目の前で、ムラサはうまうまとホットケーキを頬張っ……
「……ってる!?」
「はい!?」
思わず上げた私の声に、びくんと全身で反応するムラサ。
「え? ぬえ? いつからそこに?」
「え? あ、いや……」
しまった。
柱の影からこっそり様子を伺っていたのがばれてしまった。
「そんなとこにいないで、こっち来たら?」
「う……うん」
ばれてしまった以上は仕方ない。
私は素直にダイニングへと入って行った。
「さあさ、お座んなさいな」
「う、うん……」
言われるがままテーブルに歩み寄り、ムラサの隣に腰掛ける。
……ああ、なんだかとっても恥ずかしい。
たとえ一瞬でも、このホットケーキは私のために焼いてくれたんじゃないか、なんて思ったりして。
まるであの日の、カレーみたいに。
そんな私の内心を読み取ったかのように、ムラサは言った。
「ぬえも食べる?」
「え、いいよ。別に」
「はい、あーん」
「…………」
もぐもぐ。
「どうかな?」
「……おいしい」
「ホント!?」
「……うん」
「じゃあもうひとくち」
「い、いいわよ。もう」
「はい、あーん」
「…………」
もぐもぐ。
「どうかな?」
「……おいしい」
「ホント!?」
「……うん」
「じゃあもうひとくち」
「い、いいって。もう」
「はい、あーん」
「…………」
もぐもぐ。
「どうかな?」
「……おいしい」
「ホント!?」
「……うん」
「じゃあもうひとくち」
「あのねムラサ、これってそもそも」
「はい、あーん」
「…………」
もぐもぐ。
「どうかな?」
「……おいしい」
「ホント!?」
「……うん」
「じゃあもうひとく」
「待って、ムラサ」
「ん?」
もう残りふたくち分くらいになってしまったホットケーキを見ながら、私は言った。
「これ、そもそもムラサが自分で食べるために焼いてたんじゃないの?」
「うん、そうだよ」
「だったら、後はもうムラサが食べなよ。なくなっちゃうよ?」
「ああ、それならいいの、いいの」
「なんで」
「だって」
ムラサは笑ってこう言った。
「私が一人で食べるより、ぬえに食べてもらった方が、ずっとずっと嬉しいからね」
「…………」
「はい、あーん」
「…………」
もぐもぐ。
「どうかな?」
「……おいしい」
「ホント!?」
「……うん」
「じゃあ最後のひとく……ふがっ! ……むぐ、むぐ」
やられっぱなしは癪だからね。
ムラサの口にフォークを突っ込みながらそう言ってやると、ムラサは少し目をぱちくりさせて、また笑った。
了
ムラサがホットケーキを焼いている。
微妙に音程の外れた鼻歌混じりで。
「~~~♪ ほっ」
得意気に空中で一回転させた。
何気に芸達者な奴である。
「よし、できた!」
はしゃぐように声を上げ、フライパンからお皿にホットケーキを移すムラサ。
そのままハチミツやらバターやらを用意し始めているあたり、どうやら二枚目以降を焼くつもりはないようだ。
「……ん?」
なんか前にも、こういうことがあった、ような……。
―――そうだ。
まだ私達が地底にいた頃、ムラサが唐突に料理を振る舞ってくれたことがあった。
あれは確か、カレーだったように思う。
てっきり自分用に作っていたのだと思ったら、不意に「はい、どうぞ」なんて言って、私に寄越してきたのだ。
当然私は「ムラサの分は?」と聞いたのだが、「材料が一人分しかなかったから」って。
バカな奴だと思った。
だったら、自分の分にすればいいのに。
それをなんで、私に。
そう言ったら、ムラサは笑ってこう言った。
「私が一人で食べるより、ぬえに食べてもらった方が、嬉しいからね」
って。
そのときつくづく思った。
こいつはホントにバカな奴だ、って―――。
そんな昔を思い出す私の目の前で、ムラサはうまうまとホットケーキを頬張っ……
「……ってる!?」
「はい!?」
思わず上げた私の声に、びくんと全身で反応するムラサ。
「え? ぬえ? いつからそこに?」
「え? あ、いや……」
しまった。
柱の影からこっそり様子を伺っていたのがばれてしまった。
「そんなとこにいないで、こっち来たら?」
「う……うん」
ばれてしまった以上は仕方ない。
私は素直にダイニングへと入って行った。
「さあさ、お座んなさいな」
「う、うん……」
言われるがままテーブルに歩み寄り、ムラサの隣に腰掛ける。
……ああ、なんだかとっても恥ずかしい。
たとえ一瞬でも、このホットケーキは私のために焼いてくれたんじゃないか、なんて思ったりして。
まるであの日の、カレーみたいに。
そんな私の内心を読み取ったかのように、ムラサは言った。
「ぬえも食べる?」
「え、いいよ。別に」
「はい、あーん」
「…………」
もぐもぐ。
「どうかな?」
「……おいしい」
「ホント!?」
「……うん」
「じゃあもうひとくち」
「い、いいわよ。もう」
「はい、あーん」
「…………」
もぐもぐ。
「どうかな?」
「……おいしい」
「ホント!?」
「……うん」
「じゃあもうひとくち」
「い、いいって。もう」
「はい、あーん」
「…………」
もぐもぐ。
「どうかな?」
「……おいしい」
「ホント!?」
「……うん」
「じゃあもうひとくち」
「あのねムラサ、これってそもそも」
「はい、あーん」
「…………」
もぐもぐ。
「どうかな?」
「……おいしい」
「ホント!?」
「……うん」
「じゃあもうひとく」
「待って、ムラサ」
「ん?」
もう残りふたくち分くらいになってしまったホットケーキを見ながら、私は言った。
「これ、そもそもムラサが自分で食べるために焼いてたんじゃないの?」
「うん、そうだよ」
「だったら、後はもうムラサが食べなよ。なくなっちゃうよ?」
「ああ、それならいいの、いいの」
「なんで」
「だって」
ムラサは笑ってこう言った。
「私が一人で食べるより、ぬえに食べてもらった方が、ずっとずっと嬉しいからね」
「…………」
「はい、あーん」
「…………」
もぐもぐ。
「どうかな?」
「……おいしい」
「ホント!?」
「……うん」
「じゃあ最後のひとく……ふがっ! ……むぐ、むぐ」
やられっぱなしは癪だからね。
ムラサの口にフォークを突っ込みながらそう言ってやると、ムラサは少し目をぱちくりさせて、また笑った。
了