「茨華仙さま、ごきげんよう。
本日は、折り入って頼みたいことがあるのですが」
「帰レ。」
「まあ、そう仰らずに。
人里の子供たちにお菓子を配るお仕事ですわ」
「……ん?」
何かいきなりまともなこと言い出したなこいつ、と眉をひそめるのは桃色お団子仙人、茨木華仙こと華扇ちゃん。
対するのは、青色邪仙こと霍青娥。
この頃、ペアでセット扱いされてるコンビである。
「どういうことですか?」
「華扇さまは、ハロウィン、という行事をご存知ですか?」
「ああ、あれですか? 子供たちが仮装して、お菓子をもらって家々を練り歩くという」
「おおよそ、正解でございます」
その行事の詳しい説明は省いて、と青娥。
「将来が楽しみな子供たち。彼ら彼女らが、かわいらしくお洋服を着飾って『お菓子ちょうだい』とやってきたら、あげないわけにはいかないでしょう?」
「まあ、ええ。そうですね」
屈託なく笑う子供たちにそんな風に手を差し出されたら、思わず笑顔になってお菓子をあげてしまうのは、決して、おかしな行動ではない。
人間、やはり、かわいらしいものを見ると心があったかくなる生き物なのだ。
「確かにわたくしは少女を愛する仙人。しかし、基本、かわいらしい子供はみんな大好きです」
「あなたが言うと、言葉の意味が180度反転するのは見事ですね」
日頃の行いと言うものが、こういうところに出るのである。
「手作りのお菓子を、たくさん、用意してまいりました」
と、青娥が出してくるのは、まるでサンタクロースが持っているような大きな袋。
その中から、かわいらしいケースやリボンなどでラッピングされた小箱がたくさん出てくる。
「これ、全部、あなたが作ったのですか?」
「ええ。料理には自信がございます」
「なるほど」
「これを配るお手伝いをして欲しいのです」
「ふむ」
華扇は小さくうなずいた。
日頃、青娥の思いつきに付き合わされたり巻き込まれたりしてひどい目にあっている彼女であるが、今回のこの申し出を断る理由はなかった。
仙人として、子供たちの成長を見守るのも、また彼女の役目だからだ。
「わかりました。手伝いましょう」
「ありがとうございます。
それでは、衣装を」
「衣装?」
「ハロウィンですもの。わたくし達も、郷に入りては郷に従うものですわ」
「なるほど」
祭りの空気を読んで、それを盛り上げるように努力するのは、祭りに参加するものの義務である。
なるほどとうなずく華扇の前に、青娥作成の衣装が取り出される。
「華扇さまは、『ジャック・オ・ランタン』というものをご存知ですか?」
「かぼちゃのですよね?」
「そうです。
これは、所によっては……というよりは、ハロウィン発祥の国々では、そもそも悪霊であり死神であったりするのですが」
「あら、そうだったんですね」
「所変われば品変わる。この国では、かわいらしい、ユニークな妖怪の一つです」
ちなみに、幻想郷にもジャック・オ・ランタンご当人がいるのだが、彼曰く、『ハロウィンの時以外はかぼちゃ作って生計立ててますよ。悪霊? あー、あっしもそう呼ばれていた頃がありましたねぇ。あの頃はやんちゃでした』という、気さくないいおっさんである。
「それを模した仮装がこちらです」
「霍青娥。一つ聞きます」
「はい」
「何ですか。この異様なほど面積の少ない衣装は」
「華扇さまにお似合いと思いまして」
「よし殴る」
「まあまあ」
取り出されたのは、かぼちゃを模した衣装。
……なのだが、胸部と腰部のみを覆うデザインであることに加えてジャック・オ・ランタンの目と口に当たる部分に穴が空いているというデザインであった。
それを身に着けた際(素肌直)、何がどうなるかは諸氏の想像に任せておくことにしよう。
「お気に召しませんか?」
「お気に召すとか召さないとかそういう問題じゃありません」
「ではこちらを」
変わって取り出されたのは、でっかいかぼちゃの着ぐるみであった。
「『かぼちゃん』ですか」
「洒落が利いていますでしょう?」
「オヤジギャグですけどね」
先ほどの衣装よりこちらの方がまだマシと判断した華扇は、着ぐるみを纏うことを青娥に言う。
青娥は、『そうですか』とちょっと残念そうであった。
「さて、それでは華扇さま。参りましょう」
「わかりました。
ところで、青娥。ハロウィンでは『Trick or Treat』、すなわち『お菓子くれないといたずらするぞ』というものだったと思います」
「ええ」
「あなたが即座に『お菓子』に傾いたのは珍しいですね」
「華扇さま」
「……えっ」
華扇の何気ない、というか、ある意味、意外な驚きが言外に込められている発言に、振り返った青娥の顔はガチだった。
「確かに、魅力的な言葉だと思います。
年端の行かない少年少女のいたずら。これだけで、幻想郷の人々の心を揺さぶることが出来るでしょう」
しかし、と。
「――よろしいですか、華扇さま。
わたくし達は紳士であり淑女です。紳士淑女は、小さな子を愛します。
ですが、そこにはルールが存在するのです」
めぎょり、とかいう音がした。
見ると、青娥の右手が、近くの柱を抉っていた。
「小さな子は眺めて愛でるのが鉄則。手を出すなど以ての外。
しかし、どのような状況であろうとも、触れてはならないというわけではございません。
握手、頭をなでなで、などは状況によっては許されます。抱っこなども、『紳士淑女協定16ヶ条』に違反しない限り、許されるものでございます。
――ですが!」
ばぎょん、とかいう騒音がした。
見ると、青娥の右手が、華扇の家の柱を一本、ぶち折っていた。
天井付近がめきめきとか言ってるが、気にしてはいけないだろう。
「その『いたずら』を期待してお菓子をあげないなど言語道断!
そのように薄汚れた心を持った外道は、紳士でも淑女でもございません! 人の道を外れた下郎どもは、わたくしが無間地獄に叩き落してやる所存!
紳士淑女として、子供たちを喜ばせないで、何が紳士! 何が淑女! 許されるものではございませんっ!
おわかりですか!? 華扇さま!」
「え、ええ……」
あ、やべ、こいつマジだ、と華扇ちゃんが右足を引いた。
心なしか、顔が引きつって、汗が一筋流れている。
「紳士淑女であるためには、己のリビドーすら鋼鉄の自制心で制御できなくてはならないっ! 己を制御できてこその紳士淑女への第一歩!
それすら出来ぬ輩は、この地上に存在してはならない! わたくし達と同じ空気を、一分一秒たりとも吸っていてはならないのです!
愛するべき子供たちのために、わたくし達は、そのようなゲスを塵滅する役目すら背負っているっ……!
……それが、紳士であり、淑女であると言うことなのです。
華扇さまには、今更のことかもしれませんが。大きな声を出して、申し訳ございませんでした」
「……い、いえ……」
青娥は一瞬、顔を伏せる。次に顔を上げた時、そこに浮かぶのはいつもの笑顔であった。
「それでは、急ぎましょう。子供たちが待っています」
「え、ええ……そーね……うん……」
引きつる華扇ちゃんの笑顔。
彼女はその時、この青娥にすら『触れてはならない、踏み越えてはならない一線』というものがあるのだと、心から感じたと言う。
本日は、折り入って頼みたいことがあるのですが」
「帰レ。」
「まあ、そう仰らずに。
人里の子供たちにお菓子を配るお仕事ですわ」
「……ん?」
何かいきなりまともなこと言い出したなこいつ、と眉をひそめるのは桃色お団子仙人、茨木華仙こと華扇ちゃん。
対するのは、青色邪仙こと霍青娥。
この頃、ペアでセット扱いされてるコンビである。
「どういうことですか?」
「華扇さまは、ハロウィン、という行事をご存知ですか?」
「ああ、あれですか? 子供たちが仮装して、お菓子をもらって家々を練り歩くという」
「おおよそ、正解でございます」
その行事の詳しい説明は省いて、と青娥。
「将来が楽しみな子供たち。彼ら彼女らが、かわいらしくお洋服を着飾って『お菓子ちょうだい』とやってきたら、あげないわけにはいかないでしょう?」
「まあ、ええ。そうですね」
屈託なく笑う子供たちにそんな風に手を差し出されたら、思わず笑顔になってお菓子をあげてしまうのは、決して、おかしな行動ではない。
人間、やはり、かわいらしいものを見ると心があったかくなる生き物なのだ。
「確かにわたくしは少女を愛する仙人。しかし、基本、かわいらしい子供はみんな大好きです」
「あなたが言うと、言葉の意味が180度反転するのは見事ですね」
日頃の行いと言うものが、こういうところに出るのである。
「手作りのお菓子を、たくさん、用意してまいりました」
と、青娥が出してくるのは、まるでサンタクロースが持っているような大きな袋。
その中から、かわいらしいケースやリボンなどでラッピングされた小箱がたくさん出てくる。
「これ、全部、あなたが作ったのですか?」
「ええ。料理には自信がございます」
「なるほど」
「これを配るお手伝いをして欲しいのです」
「ふむ」
華扇は小さくうなずいた。
日頃、青娥の思いつきに付き合わされたり巻き込まれたりしてひどい目にあっている彼女であるが、今回のこの申し出を断る理由はなかった。
仙人として、子供たちの成長を見守るのも、また彼女の役目だからだ。
「わかりました。手伝いましょう」
「ありがとうございます。
それでは、衣装を」
「衣装?」
「ハロウィンですもの。わたくし達も、郷に入りては郷に従うものですわ」
「なるほど」
祭りの空気を読んで、それを盛り上げるように努力するのは、祭りに参加するものの義務である。
なるほどとうなずく華扇の前に、青娥作成の衣装が取り出される。
「華扇さまは、『ジャック・オ・ランタン』というものをご存知ですか?」
「かぼちゃのですよね?」
「そうです。
これは、所によっては……というよりは、ハロウィン発祥の国々では、そもそも悪霊であり死神であったりするのですが」
「あら、そうだったんですね」
「所変われば品変わる。この国では、かわいらしい、ユニークな妖怪の一つです」
ちなみに、幻想郷にもジャック・オ・ランタンご当人がいるのだが、彼曰く、『ハロウィンの時以外はかぼちゃ作って生計立ててますよ。悪霊? あー、あっしもそう呼ばれていた頃がありましたねぇ。あの頃はやんちゃでした』という、気さくないいおっさんである。
「それを模した仮装がこちらです」
「霍青娥。一つ聞きます」
「はい」
「何ですか。この異様なほど面積の少ない衣装は」
「華扇さまにお似合いと思いまして」
「よし殴る」
「まあまあ」
取り出されたのは、かぼちゃを模した衣装。
……なのだが、胸部と腰部のみを覆うデザインであることに加えてジャック・オ・ランタンの目と口に当たる部分に穴が空いているというデザインであった。
それを身に着けた際(素肌直)、何がどうなるかは諸氏の想像に任せておくことにしよう。
「お気に召しませんか?」
「お気に召すとか召さないとかそういう問題じゃありません」
「ではこちらを」
変わって取り出されたのは、でっかいかぼちゃの着ぐるみであった。
「『かぼちゃん』ですか」
「洒落が利いていますでしょう?」
「オヤジギャグですけどね」
先ほどの衣装よりこちらの方がまだマシと判断した華扇は、着ぐるみを纏うことを青娥に言う。
青娥は、『そうですか』とちょっと残念そうであった。
「さて、それでは華扇さま。参りましょう」
「わかりました。
ところで、青娥。ハロウィンでは『Trick or Treat』、すなわち『お菓子くれないといたずらするぞ』というものだったと思います」
「ええ」
「あなたが即座に『お菓子』に傾いたのは珍しいですね」
「華扇さま」
「……えっ」
華扇の何気ない、というか、ある意味、意外な驚きが言外に込められている発言に、振り返った青娥の顔はガチだった。
「確かに、魅力的な言葉だと思います。
年端の行かない少年少女のいたずら。これだけで、幻想郷の人々の心を揺さぶることが出来るでしょう」
しかし、と。
「――よろしいですか、華扇さま。
わたくし達は紳士であり淑女です。紳士淑女は、小さな子を愛します。
ですが、そこにはルールが存在するのです」
めぎょり、とかいう音がした。
見ると、青娥の右手が、近くの柱を抉っていた。
「小さな子は眺めて愛でるのが鉄則。手を出すなど以ての外。
しかし、どのような状況であろうとも、触れてはならないというわけではございません。
握手、頭をなでなで、などは状況によっては許されます。抱っこなども、『紳士淑女協定16ヶ条』に違反しない限り、許されるものでございます。
――ですが!」
ばぎょん、とかいう騒音がした。
見ると、青娥の右手が、華扇の家の柱を一本、ぶち折っていた。
天井付近がめきめきとか言ってるが、気にしてはいけないだろう。
「その『いたずら』を期待してお菓子をあげないなど言語道断!
そのように薄汚れた心を持った外道は、紳士でも淑女でもございません! 人の道を外れた下郎どもは、わたくしが無間地獄に叩き落してやる所存!
紳士淑女として、子供たちを喜ばせないで、何が紳士! 何が淑女! 許されるものではございませんっ!
おわかりですか!? 華扇さま!」
「え、ええ……」
あ、やべ、こいつマジだ、と華扇ちゃんが右足を引いた。
心なしか、顔が引きつって、汗が一筋流れている。
「紳士淑女であるためには、己のリビドーすら鋼鉄の自制心で制御できなくてはならないっ! 己を制御できてこその紳士淑女への第一歩!
それすら出来ぬ輩は、この地上に存在してはならない! わたくし達と同じ空気を、一分一秒たりとも吸っていてはならないのです!
愛するべき子供たちのために、わたくし達は、そのようなゲスを塵滅する役目すら背負っているっ……!
……それが、紳士であり、淑女であると言うことなのです。
華扇さまには、今更のことかもしれませんが。大きな声を出して、申し訳ございませんでした」
「……い、いえ……」
青娥は一瞬、顔を伏せる。次に顔を上げた時、そこに浮かぶのはいつもの笑顔であった。
「それでは、急ぎましょう。子供たちが待っています」
「え、ええ……そーね……うん……」
引きつる華扇ちゃんの笑顔。
彼女はその時、この青娥にすら『触れてはならない、踏み越えてはならない一線』というものがあるのだと、心から感じたと言う。
優しく可愛がろう!
ですな