※ いいぜ、てめえが女の子にどこまでも理想を抱いてるってなら、まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!
(閲覧には充分ご注意下さい)
早速、レミリアの怒りが爆発した。
紅魔館が世紀末を迎えていた。
「ねぇレミィ、私のブラどこに行ったか知らない? 古魔術読本と一緒に置いてあった筈なのだけど」
「あんたが二日も同じの付けてるから咲夜に洗濯させたわよ。新しいの取ってきなさい」
「お嬢様、生理不順を手っ取り早く治す魔法などご存じではありませんか?」
「御存じじゃないわね。食物繊維を多く取った規則正しい生活を心がけて、あんたはパチェの下着洗ってきなさい」
「お嬢様ー、こないだ貸した漫画返して下さいよぅ。あの三角関係どろどろのいかがわしぃーいやつ」
「後で返そうと思ってた所なの! いかがわしいとか人目のある場所で言わないで頂戴!」
「ねぇお姉様、わたし生理来ないんだけど、病気?」
「フランはまだまだ始まってなくて良い年頃なの! 背伸びするんじゃありません!」
紅魔館の風紀は乱れに乱れ切っていた。もはや世も末、ノストラダムスも真っ青の世紀末であった。
紅魔館は完全男子禁制区域である。お手洗いは勿論女子用しかないし、年中三角コーナの隣にはナプキンの詰まった袋が置かれている始末だ。男を寄せ付けぬ女の子達の秘密の花園、と形容すれば美しいが、かくしてその実態は、恥じらいも慎ましさも忘れた女達の無法地帯であった。夏になればスカートを団扇代わりに、下着が丸見えであるのも厭わず人前でぶぅわぶぅわと扇ぎ出し、冬になればあったかいから、と適当にも程がある女を忘れたダサいTシャツを可愛いアウターの下に着込むのである。
もう駄目だ。
レミリア・スカーレットは頭を痛めていた。吐き気がする程痛めていた。
紅魔館の女子力の低下が著しい。ノーメイクなんて当たり前だった。むしろうっすらとナチュラルメイクを施しているレミリアが異端扱いを受け、「お嬢様ってさぁ、男受け狙いすぎだよね」等とメイド共から酷い評価を叩きつけられているのである。もう我慢がならぬ。女子力とは女の子の品格である。それはいつ何時も失われてはならないし、女の子が女の子である以上、年がら年中春夏秋冬古今東西、失くしてはならないモチベーションであるべきなのだ。
「今日集まってもらった理由は他でもないわ。今更事細かに説明しなければいけない?」
レミリアは紅魔館の玄関ホールに住民全員を集め、スピーカー片手に演説を始めた。レミリアの肺活量ならスピーカー等必要ないが、女の子がそうそう声を張り上げてはいけない。いつでも慎ましやかに、凛とした声を保っているべきなのだ。
集めたメイドや親友や妹はきょとんとした顔で呆然と立っている。早く終われよ的な、冷たい視線がレミリアに幾重も刺さった。我慢ならぬ。レミリアはスピーカーをぶん投げてグングニルで貫きぶち壊した。女の子だって時にはすっごく怒るのである。そんなギャップも可愛いに決まっているのである。但し美人に限る。レミリアは傾国の美人なので一切問題がない。
「貴様らの性別を言ってみろォ! 貴様らは女子だ! 違うか? 貴様らはメスか? 違うだろう! うら若き乙女達が、この様は一体なんだ! 貴様らはいつから食堂で好みの異性のタイプについて熱く語り合わなくなった?! いつの間に食堂は下らん噂を広める場になったのだ! お手洗いで音姫を使わなくなったのはいつからだ?! 靴下に穴が開いても気にしなくなったのはいつからだ?! 貴様らの女子力の低下は眼に余る! もはや女子以前の問題じゃないか! 紅魔館の名が泣いているわ!」
「そう言われてもねぇ」
旧友が口を挟んだ。昔はレミリアが何を言っても呆れ顔で頷いてくれた彼女さえこの様だ。レミリアは泣きたくなった。しかしもはや戻れぬ。彼女の女子力を取り戻した後、再びふたりで道を歩めば良い。道を違えることもあるだろう。そう、これは試練なのだ。紅魔館に与えられた、一世一代の試練なのだ。レミリアはそう思った。そう思わねば、目頭の熱い水滴をぬぐえなかった。
「レミィ、貴方の言いたい事は判るわ。しかし急に直せと言われても、それは少し難しい問題だわ」
「そうだよ、女の子しかいない紅魔館で女子力云々言われてもねぇ」
レミリアの妹さえ口を挟んだ。彼女はレミリアが幼い頃より手塩にかけて育てた一流のレディの筈だった。それが今ではどうせ地下暮らしで誰も訪れやしないから、とキャミソール一枚で(勿論それ一枚のみである)ひねもす暮らす体たらくであった。
スカーレットの名が泣いている。そうだ、この涙は私が泣いているのではなく、名が泣いているのだ。レミリアはそう考えた。ずず、と垂れた鼻水はどうしようもなかった。女の子だっていつでも綺麗な訳ではないのである。おならだってするし、トイレだってするし、鼻水だって出るのである。しかしそれを悟られまいとする涙ぐましい努力こそ女の子を女の子たらしめるのだ。紅魔館の面々にはそれが欠けていた。だからこそこれはジハードなのだ。女の子の尊厳を取り戻す、レミリアの孤独な戦いだ。
「判ったわよ! 異性の眼があれば良いんでしょう! 判るわよ判ったわよ判っちゃったわよ! だったら私が男の子になってやるんだからぁ!」
時に、生き物というものは自分でも理解に苦しむ一言を発してしまう事がある。今のレミリアはまるでそうだった。口に出してから、自分の言葉を咀嚼した。意味が判らなかった。
しかしその時紅魔館に電流走る。レミリアを責めるような視線は、一気に彼女を舐めるような視線に変わった。女の子はすべからくかっこいい男の子が好きである。そして紅魔館で働いている以上、住民はみんな大なり小なりレミリアに好意を寄せている。そのレミリアが男の子になると言う。見目麗しいレミリアが、男の子になると言う。
住民の女子力はまだ生きていたのだ。息を吹き返した猛獣のような瞳が一斉にレミリアを捉えた。ガチで怖かった。泣きそうになった。レミリアの心はもうぼろぼろだった。
「お、お嬢様。しかし、そのような方法が」
思わずといった様子で咲夜が声を出した。彼女もまた、女の子である。そしてレミリアを愛することにかけては、紅魔館でも一二を争う彼女である。
「ふ、ふんだ! 私を馬鹿にしないでよ! 身体くらい、ちゃちゃっと変えられるんだから!」
またもやレミリアは自分の首を絞めた。異質な数多の視線に耐え切れなかった。
「明日までに男子用お手洗い作っておきなさいよね! ばーか!」
最初の威厳はどこへやら、レミリアは逃げるようにその場を去った。残されたのは、女子力を取り戻しつつある女の子達のみであった。
* * *
かくしてレミリアは男の子になった。正確には、男の娘になった。有体に言えばショタだった。
みんなうはうはだった。みんなショタコンだった。イケメンはみんなに愛されてしかるべきなのだ。
「ご機嫌麗しゅう、坊ちゃん!」
「あぁ、今日もお美しい!」
「レミィ、私そろそろ、貴方と親友以外の関係も築きたいの」
「わたくしを視界に入れて下さるなんて!」
「坊ちゃん! 私の愛を受け取って下さいまし!」
「お兄様ぁ、わたしと兄妹の境を破壊しましょう!」
ここまで来るとグロテスクだった。途中の旧友と妹は全力で無視した。
レミリアが歩けば黄色い声が湧いた。虫のように湧いた。レミリアが少し話しかけたら泡を吹いて卒倒するメイドもいた。毎夜誰かが夜這いに来た。その中には旧友やメイド長がいた。眠れなくなった。レミリアは対人恐怖症になった。しかし視線が怖いので、易々と女の子に戻る事も出来なくなった。
結果だけ考えれば、殆どはレミリアの思う通り、つつがなく事は運ばれたのだ。メイドは皆急激なまでに女子力を取り戻し、少しでもレミリアに良く見られようと屋敷中をぴかぴかにした。誰もスカートで扇ぐような真似はしないし、皆いつでも下着まで重装備だ。ここは大奥なのだろうかとさえ思った。いつもの紅魔館だった。女の子が皆はきはきと勤務に爽やかな汗を流し、明るい声で溢れ、どこでも薄い香水のにおいが仄かに揺れ、お手洗いはお化粧直しの場に使われ、音姫はちゃんと機能し、時折風で不自然なパンチラが起こるような、ごく健全な、健全すぎる、紅魔館だった。レミリアの顔色がそろそろ死体の領域に突っ込んでいる以外は。
もともとレミリアは住民から良く思われていた。レミリアを慕って紅魔館に住み込むメイドは数多い。しかし、これまではジェンダーの壁が厚く彼女らの前に立ちはだかっていた。そもそもみんな、やる気の無いふりをしてレミリアに叱って欲しかったのである。大抵はメイド長である咲夜にこっぴどく叱られるのがオチだったけれど。
しかしそんな事実を何もこんな状況に陥ってから知りたくはなかったな、とレミリアはため息ひとつ。ちょっと身体を男の物に変えてみただけである。身体だけならまだ幼いから、女の物と大して差は無かった。ただ少しばかり精悍な顔つきになって、手が女の子より骨ばって、ちょっと声変わりして、背が伸びたくらいだ。あとは大事な所の形が変わってしまったとか。どうしてこんなに追いかけ回されてしまうのだろう。自分という価値がよく判らなくなってしまう。レミリアは厳重な鍵を何層にもかけた自室で肩身狭く紅茶(怖いから自分で淹れた)をすすりながら、ちょっと深く考えてみた。
もしかしたら、皆男の子と恋愛したい年頃なのかもしれない。メイド達も紅魔館に来た最初の頃は、食堂で好きな異性のタイプについて花開かせていた。けれど住み込みという職場、吸血鬼の館という状況、異性との出逢いはめっきり存在しなかった。メイド達がだんだん女子校の女の子じみてくるのも道理だった。あっちを見てもこっちを見ても、女女女。そんな職場でどう出逢いを見つけろと言うのだろう。そうしてだんだん異性について考えるのをやめにして、同性同士で楽しめる話題で休憩時間は盛り上がる。それが月日を経れば、このような現状に至るのだろう。
――あぁ、なるほど。うん、まぁ、もうちょっとくらい、夢見させてあげようかなぁ。
うすいうすい、味気ない紅茶。咲夜が淹れたらこんな味は絶対にしないだろう。いつだって一番美味しい紅茶を注いでくれる。手が滑って媚薬が混ざる事もあるだろう。昔から咲夜はちょっと天然の節があった。思わぬ異性の登場に胸が高鳴ってしょうがないのかもしれない。幼い頃から立派なメイドに育ててみせた。ずっとこの箱庭の中で、だ。異性と知り合える機会等、殆ど無かったろう。今が千載一遇のチャンスなのだとしたら、勝手が判らず、おかしな事をしでかしてしまう場合だってあるだろう。そう思えば可愛いものじゃないか。それでも夜中に麻酔注射される恐怖はぬぐえやしないのだけど。
(夢を見させてあげるにしても、こっちの身が持たないしなぁ)
薄い紅茶を飲み干して、レミリアは部屋を出る。窓は怖いから目張りしてある。ドアも目張りしてある。密室ではないかと思われるだろうが、全部ぶち壊して出るだけなので問題はない。どうせ一時間後には全部まるっきり新しくなって直っているのだ。服もシーツも靴も何もかもが新しくなって。
やっぱり怖いものは怖かった。
綺麗なお姉さんは好きですか? ――怖くなければ好きです。
* * *
「こここっ、こぁあぁぁーッ!」
「なんですか一体ぃいいぃぃ?!」
レミリアのローリングソバットにより小悪魔の身体が吹っ飛んだ。悪魔同士のちょっとしたスキンシップである。問題があるとすればレミリアの身体能力が小悪魔を遥かに上回っている事くらいだ。
本棚にめり込んだ小悪魔を引っ張り出してから一部始終を聞かせ終わると、小悪魔はちょっと困ったように首をかしげてみせた。動作のひとつひとつが実に女の子らしく愛らしいが、それがこの紅魔館で生き残る為に身に付けた生存本能に寄るものだと考えるとぞっとしない。
小悪魔は真面目だけどちょっと意地悪なお兄さんポジションである。断っておくが、お兄さんである。お姉さんではない。小悪魔はれっきとした男性である。それを知るのはレミリアしかいないけれど。
ふたりは大図書館の隅っこでぶちまけてしまった本を片付けながら、小声で作戦会議を始めていた。
「言わせてもらいますけど、そんなの身から出た錆ですよ、レミリア様」
「坊ちゃんって呼ばないおまえに私は凄く感動している」
さりげない優しさが時にひとを救ったりする。
「というか、レミリア様は元々女性体なのですし、普通に元に戻られては?」
「そんな事したら次の日からどんな責め苦に遭うか……考えたくもない……」
「なんだか凄く恐ろしい目に遭い続けたんですね、心中お察しします」
小悪魔がよしよし、とレミリアの頭を撫でる。普段だったら無礼な、と怒っていただろうに、なんだかお兄さんになでなでしてもらうのはちょっと嬉しかった。
あれ?
「だったら手頃な男を持ってくるとかー」
「それはもうやった。晩御飯になった」
「左様ですか……」
あくまでも住民の狙いはレミリアらしい。
沈黙。本を直す音だけが小さく響く。
「諦めて男性としての第二の人生をごぶふッ?!」
本日二度目のローリングソバット・改。不夜城レッドのおまけ付き。また本が散らばった。
「だったら! ここは男として、どーんとひとりの女の子に決めちゃいましょう!」
「えっ、なにそれこわい」
「彼女持ちの男を狙う女の子はそんなにいませんから」
「少しはいるのか」
「でも、今よりずっと減るでしょう? 彼女だって守ってくれますよ」
「か、彼女って……」
レミリアの顔がどんどん赤く火照る。レミリアも今や男の体を取っているが、中身はうぶで女子力溢れる女の子なのである。恥じらいや慎ましさも忘れない、未だ男子用トイレで音姫がない事実に半ベソかいてる紅魔館の当主様である。
だんだんと当初の目的からずれてお話が展開しているが、そんな事を気にしていたら異性にモテない。とにかくレミリアの相手探しをしなげれば事態は一刻を争う。レミリアの貞操が破られるか、女豹と化した女同士の惨劇オチ。道はふたつにひとつなのだ。
「いないんですか、レミリア様。好きな子」
「え、えぇ……なんでそんな事……」
「言っちゃえ言っちゃえー! 楽になりますよー!」
好きな異性トークで盛り上がるのは女の子だけではない。男の子もまたしかり。レミリアのジェンダーはもはや常識に捉われていないので、考えるだけ無駄である。
「あ、あのさ」
「はい」
「小悪魔ってさ」
「えぇ」
「可愛い女の子がやっぱり、好きなの?」
雲行きが怪しいが、気にしてはいけない。
羞恥に頬を染め俯くレミリア。成りはショタだが、中身は女子力溢れる女の子。好きな異性の前ではすっかり口下手になったりする。
そんなレミリアに、小悪魔は極上に爽やかな笑顔で言い放つ。
「私はロリコンじゃないんで、綺麗なお姉さんが好きですね、やっぱり! 年上で、ぼっきゅっぼんっ、なお姉さん! ロリコンとかまじありえないんで!」
幻想暦XXX年、紅魔館は不夜城レッドの光に包まれた。
乙女の涙は、世界のどんな宝石よりも貴く、そして厄介なのである。
おわり
しかし、こぁ兄さんだと……許せる!
小悪魔に絡まれてるお嬢様超可愛い。
悪夢ですが。
小悪魔の返答によってはこぁレミか、ありだな。
結果的にお味噌に
本当にこんな感じだったなぁ……
レミリアの秘かな想いが皆にバレたり、男だって事が皆にバレたら小悪魔に未来はなさそうだw
飢えた狼の中で頑張る夜の王のお姿が素晴らしかったです。
そして>>1 あなたがそれを言いますかwwwwww
つまりは、そういうことですね。
恋する女の子は、いつだって全力で可愛いと思う。
くそう、男の子なのに可愛いと思ってしまうこの気持ち。これは一体……。
くやしい…っ
前回とのギャップ怖えぇ!!
つまり小悪魔は毎日毎日毎日毎日女の子のすっぱを見続けていたのか!
許すます!でもかわいいよこあ
いやその理屈はおかしいw
男だとばれないように気をつけて生活する小悪魔を思うともうね
>「だったら手頃な男を持ってくるとかー」
>「それはもうやった。晩御飯になった」
((((;゜Д゜)))ガクガクブルブル
むしろ、最高じゃないかっ!
それにしても、紅魔館の女子の皆様方は肉食系だったんだね!