空に浮かぶ真っ白な雲がのんきに空を滑り、雪解けとともに訪れた春を鳥たちが楽しんでいる。
縁側に腰掛けてそんな風景をぼんやりと眺める神奈子の顔は、心配と不安で埋め尽くされていた。
「早苗、大丈夫かなぁ」
ぽつりと漏らされた独り言は宙をさまよって、となりに腰掛けている諏訪子の耳に入っていった。
「早苗なら大丈夫だって何回言ったら分かるんだい。あんたも大概、心配性だねぇ」
げんなりとした様子の諏訪子は、呆れながらそう返す。
しかし神奈子はその言葉を受け取ろうとはせず、またもやぽつりと言葉を漏らした。
「心配だなぁ」
その言葉に、諏訪子はまたかと盛大にため息をつく。
「あのねえ神奈子。異変解決に行ってきなって言ったのはあんただし、何より早苗を守ってるのもあんたのもんじゃないか」
「それでも心配なんだよ。ほら、何かあったらって思うとさ」
「戦神のあんたの守りがあっても、なにかあるのかい?」
「違うよぅ。ただ単に心配なの」
諏訪子の問いかけに、うつむいてそう答えていく神奈子。
いつもの自信満々な態度はどこへやら。不安げに肩をすぼめては、心配げに手をもじもじさせている。
そんな様子の神奈子は、諏訪子から見てもいつもより一回りも二回りも小さかった。
「まったく。しょうがないね」
そう言ってもう一度ため息をついた諏訪子は、すっくと立ち上がってあまり気乗りしなさそうな顔をしながら神奈子の前に立った。
「な、何?」
「いつものやつさ。そのまま座ってて」
諏訪子はそう言うとくるりと背を向け、神奈子の体に倒れこんだ。
そして、ぽすっという軽い音とともに神奈子の膝の上に座り、その腕の中に収まる。
ぎゅっと神奈子の腕をつかんだ諏訪子は、そのままじろりと膝の上から睨みつけながら呟く。
「あんたいつも、こうやってあげたら落ち着いてたでしょ」
「え? あ、うん。まあ」
「だから、それをしてやってんの。この私が、神奈子に」
「……えっと、ありがと諏訪子」
「んっ」
そう言って前を向く諏訪子。
はたから見れば後ろから抱きしめられているようにしか見えない格好だが、
今主導権を握っているのは抱きしめられている方だろう。
その証拠に諏訪子は完全に体重を神奈子に預け、そして両腕をしっかりと握りしめていた。
「ねえ諏訪子。ちょっと腕、痛いんだけど」
「我慢してよ。神奈子が落ち着くようにってやってあげてんだから」
「いや、それにしても強く握りすぎだって」
「いいじゃん、たまには。――それに」
「それに?」
「不安なのは、――神奈子だけじゃないの」
諏訪子はそう言うと、握っていた神奈子の腕を一旦離し、今度は自分の前に両方の腕を持ってくる。
そしてその神奈子の両腕をギュッと抱きしめた。
きょとんとする神奈子からは、抱き締めている諏訪子の顔は見えない。
「私だってさ、早苗のことなんだから心配なんだもん」
「……」
「神奈子が落ち着いて、私も落ち着く。それでいいじゃん」
今のふたりにしか聞こえないような小さい声で呟く諏訪子。
そんな諏訪子を後ろから抱き締めていた神奈子は、目の前にある小さな肩に頭を預ける。
「そうだね。これが一番だね」
「そうだよ」
「でもさ、まだ私足りないんだよね」
「……なにが?」
「私を落ち着かせてくれる、諏訪子分が足りないの」
「――奇遇だね。私も足りないのよ」
「……なにが?」
「私を落ち着かせる、神奈子分」
そう言って二人の会話がいったん止まる。
それはおそらく、今の状態では見ることができないお互いの表情を思い浮かべるためだろう。
神奈子は真っ赤になっている諏訪子の顔を。諏訪子は微笑む神奈子の顔を思い浮かべる。
そして、神奈子は静かに諏訪子に呟いた。
「ねえ諏訪子。こっち、向いて」
ごくりと、唾を飲む音が聞こえた。
その音の後、諏訪子はゆっくりと神奈子に顔を向ける。
近くにあったのに見られなかったお互いの顔は、やはり思い浮かべた通りの表情だった。
「なに笑ってるのよ」
「さあ、何ででしょうね」
「……神奈子のばか」
「はいはい」
囁き合うような言葉。
それにともなって自然に近づいていく二人。
言葉を発すれば息を感じ、目を開けば互いしか見えない。そんな距離で。
「諏訪子」
「なに?」
「呼んだだけ」
「っ!」
その瞬間、縁側から差し込む日差しで伸びた二人の影が、完全に一つになった。
お互いの体温だけを感じる十秒間の世界が、二人の感覚を支配する。
そして、ぷはっという声とともに再び影は二つになり、世界に音が戻った。
「……どう? 落ち着いた」
「……まあまあ」
顔を真っ赤にした諏訪子が静かにそう答える。
そして神奈子に背を預けて、また後から抱き締められる形になる。
ぎゅっと抱き締めた腕から神奈子の体温を感じ、諏訪子がぽつりと言う。
「――ねえ。早苗が帰ってくるまでこのままでいない?」
腕の中にいる諏訪子の体温を感じながら、神奈子がささやく。
「――そうだね。これが一番落ち着くからね」
さらさらと吹いてくる風を頬に受けながら、二人はそう話しあって笑いあった。
その後、二人は早苗が異変を解決して帰ってくるまで、ずっとお互いのぬくもりを感じ合いながら過ごし、
時折二つの影をひとつにしていたという。
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早苗「家に帰るとお二人がいちゃついていた。何言ってるか分からないと思いますがとりあえず私の怒りをくらえ」
小傘「ちょ!? エキストラだからってさでずむ反対!」
縁側に腰掛けてそんな風景をぼんやりと眺める神奈子の顔は、心配と不安で埋め尽くされていた。
「早苗、大丈夫かなぁ」
ぽつりと漏らされた独り言は宙をさまよって、となりに腰掛けている諏訪子の耳に入っていった。
「早苗なら大丈夫だって何回言ったら分かるんだい。あんたも大概、心配性だねぇ」
げんなりとした様子の諏訪子は、呆れながらそう返す。
しかし神奈子はその言葉を受け取ろうとはせず、またもやぽつりと言葉を漏らした。
「心配だなぁ」
その言葉に、諏訪子はまたかと盛大にため息をつく。
「あのねえ神奈子。異変解決に行ってきなって言ったのはあんただし、何より早苗を守ってるのもあんたのもんじゃないか」
「それでも心配なんだよ。ほら、何かあったらって思うとさ」
「戦神のあんたの守りがあっても、なにかあるのかい?」
「違うよぅ。ただ単に心配なの」
諏訪子の問いかけに、うつむいてそう答えていく神奈子。
いつもの自信満々な態度はどこへやら。不安げに肩をすぼめては、心配げに手をもじもじさせている。
そんな様子の神奈子は、諏訪子から見てもいつもより一回りも二回りも小さかった。
「まったく。しょうがないね」
そう言ってもう一度ため息をついた諏訪子は、すっくと立ち上がってあまり気乗りしなさそうな顔をしながら神奈子の前に立った。
「な、何?」
「いつものやつさ。そのまま座ってて」
諏訪子はそう言うとくるりと背を向け、神奈子の体に倒れこんだ。
そして、ぽすっという軽い音とともに神奈子の膝の上に座り、その腕の中に収まる。
ぎゅっと神奈子の腕をつかんだ諏訪子は、そのままじろりと膝の上から睨みつけながら呟く。
「あんたいつも、こうやってあげたら落ち着いてたでしょ」
「え? あ、うん。まあ」
「だから、それをしてやってんの。この私が、神奈子に」
「……えっと、ありがと諏訪子」
「んっ」
そう言って前を向く諏訪子。
はたから見れば後ろから抱きしめられているようにしか見えない格好だが、
今主導権を握っているのは抱きしめられている方だろう。
その証拠に諏訪子は完全に体重を神奈子に預け、そして両腕をしっかりと握りしめていた。
「ねえ諏訪子。ちょっと腕、痛いんだけど」
「我慢してよ。神奈子が落ち着くようにってやってあげてんだから」
「いや、それにしても強く握りすぎだって」
「いいじゃん、たまには。――それに」
「それに?」
「不安なのは、――神奈子だけじゃないの」
諏訪子はそう言うと、握っていた神奈子の腕を一旦離し、今度は自分の前に両方の腕を持ってくる。
そしてその神奈子の両腕をギュッと抱きしめた。
きょとんとする神奈子からは、抱き締めている諏訪子の顔は見えない。
「私だってさ、早苗のことなんだから心配なんだもん」
「……」
「神奈子が落ち着いて、私も落ち着く。それでいいじゃん」
今のふたりにしか聞こえないような小さい声で呟く諏訪子。
そんな諏訪子を後ろから抱き締めていた神奈子は、目の前にある小さな肩に頭を預ける。
「そうだね。これが一番だね」
「そうだよ」
「でもさ、まだ私足りないんだよね」
「……なにが?」
「私を落ち着かせてくれる、諏訪子分が足りないの」
「――奇遇だね。私も足りないのよ」
「……なにが?」
「私を落ち着かせる、神奈子分」
そう言って二人の会話がいったん止まる。
それはおそらく、今の状態では見ることができないお互いの表情を思い浮かべるためだろう。
神奈子は真っ赤になっている諏訪子の顔を。諏訪子は微笑む神奈子の顔を思い浮かべる。
そして、神奈子は静かに諏訪子に呟いた。
「ねえ諏訪子。こっち、向いて」
ごくりと、唾を飲む音が聞こえた。
その音の後、諏訪子はゆっくりと神奈子に顔を向ける。
近くにあったのに見られなかったお互いの顔は、やはり思い浮かべた通りの表情だった。
「なに笑ってるのよ」
「さあ、何ででしょうね」
「……神奈子のばか」
「はいはい」
囁き合うような言葉。
それにともなって自然に近づいていく二人。
言葉を発すれば息を感じ、目を開けば互いしか見えない。そんな距離で。
「諏訪子」
「なに?」
「呼んだだけ」
「っ!」
その瞬間、縁側から差し込む日差しで伸びた二人の影が、完全に一つになった。
お互いの体温だけを感じる十秒間の世界が、二人の感覚を支配する。
そして、ぷはっという声とともに再び影は二つになり、世界に音が戻った。
「……どう? 落ち着いた」
「……まあまあ」
顔を真っ赤にした諏訪子が静かにそう答える。
そして神奈子に背を預けて、また後から抱き締められる形になる。
ぎゅっと抱き締めた腕から神奈子の体温を感じ、諏訪子がぽつりと言う。
「――ねえ。早苗が帰ってくるまでこのままでいない?」
腕の中にいる諏訪子の体温を感じながら、神奈子がささやく。
「――そうだね。これが一番落ち着くからね」
さらさらと吹いてくる風を頬に受けながら、二人はそう話しあって笑いあった。
その後、二人は早苗が異変を解決して帰ってくるまで、ずっとお互いのぬくもりを感じ合いながら過ごし、
時折二つの影をひとつにしていたという。
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早苗「家に帰るとお二人がいちゃついていた。何言ってるか分からないと思いますがとりあえず私の怒りをくらえ」
小傘「ちょ!? エキストラだからってさでずむ反対!」
ごちそうさまでした。