Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

二人が仲良しの話

2010/12/04 22:51:58
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「霊夢さん」
「は……はい」
 私はその日、早苗とにらめっこしていた。
 どっちが笑っても負けという伝説の勝負――それがにらめっこだ。弾幕勝負に関しては、腕を磨けば強くなることが出来る。
 しかし、にらめっこは、それが出来ない。笑いへの耐性を強くすることは出来ても、完全にその『つぼ』を克服することが出来ないのだ。
 そして、私は、実はにらめっこには弱い。これはまずい。博麗の巫女の一大事じゃないか。
「……霊夢さん」
「……は、はい……」
 幻想郷は冬に差し掛かっていた。
 うちの境内も、すっかり雪化粧に染まっている。チルノは喜び庭駆け回り、橙はコタツで丸くなる季節だ。
「……霊夢さん……!」
「はい……!」
 そして、私と早苗は。



「……ごめんなさい。ちょっと息を吸いますね」
「……私も」


 大きく、その冬の空気を吸い込んだのだった。






 事の発端は、そもそも、我が家にやってきた早苗が、なんかよくわからないことを言い出したことに始まる。
「はい、霊夢さん」
「うわ、いい香り。ありがとう、早苗」
 週に一回、彼女はこうして我が家にやってくる。それを魔理沙は『通い妻』とか何とか言っていたが、とりあえずその後、彼女は私の新弾幕『博麗マグナム』(右ひねりつき)で沈黙したので、それはよしとしよう。
 ともあれ、こうして早苗がやってきてくれるおかげで、我が博麗神社の懐、と言うか、具体的には私のお腹の事情はかつてよりもずいぶんと改善されている。
「今日のお茶請けは、はい。おはぎ作ってきました」
 季節柄、おはぎというのは合わないかもですけど、なんて言ってくれるけど、私としては大歓迎。
 私も女の子。甘いものは大好きだ。
「うん、美味しい。
 いや~、いいあんこ使ってるわねぇ」
「そうですか? 神奈子さまがもらってきたものなんですけど」
「早苗って、目利きとか苦手?」
「……というよりさっぱり」
 その辺りに鋭いのは神奈子なのだそうな。
 聞けば、彼女、買い物籠片手にスーパーに気さくに立ち寄る神様だったらしい。それはどんな神だと言いたくもなるだろうが、幻想郷には、買い物籠持って人里を訪れる九尾の狐がいるのだから、さしたる問題ではない。
「……というか、これ、内緒ですよ?
 わたし、お料理とか、そんなに得意じゃないんです」
「え? そうなの?
 このおはぎとか美味しいけどなぁ」
「……もち米を握って、それにあんこくっつけただけですから」
 早苗のところでは、家事は常に持ちまわり。
 しかし、早苗が台所に立つと、出てくる料理は必ず『野菜炒め』であるらしい。
 ちなみに驚きの事実であるが、あの一家の中で、一番料理が上手なのは諏訪子なのだそうな。
「そっかぁ。
 ま、そんなら、誰かに料理を習ったら? 咲夜とか、あの辺りなら喜んで教えてくれるでしょ」
「そうですね。
 ちょっと考えておきますね」
「けど、それ以外の家事はほぼ完璧なのに。特に掃除とか」
「……物を隠すのが得意なので」
 なるほど。
 私は、彼女のその言葉に即座に納得した。
 ともあれ、その後は、至って平穏な時間。お互い、他愛もない話をして、のんびりと時間は過ぎていく。
「ところで霊夢さん」
「ん? 何?」
「この前、霊夢さんがうちに来た時に『読みたい』って言っていた漫画、持って来ましたよ」
 彼女は、一体どこに持っていたのか、いきなりどこからともなくリュックサックを取り出すと、どすん、とそれを畳の上に置いた。
 そして、口を開けば、中から、まぁ、出てくるわ出てくるわ。合計で40冊。それがテーブルの上に積みあがるのは、なかなか壮観である。
「諏訪子さまが『わたしが読むんだからダメ!』って抵抗してすごかったんですよ」
「……あーらら」
「まぁ、極めて平和的かつ穏便な手段で諦めて頂けましたので、それについてはご心配なく」
 ……何したお前。
 その一言に、何か妙に陰と含みを感じつつも、私は彼女に言葉の意味を問いただすことが出来なかった。
 っつーか聞くのこえぇ。
「読み終わるまで貸しておいていいとのことでしたので」
「あ、あー……そう」
 とりあえず、テーブルの上の一冊を広げる。
 漫画の内容は、早苗が言うには『少女漫画』というものであるらしかった。
 妙に目の大きな、きらきらした感じの女の子の恋愛物語だ。不覚ながら、これの『山場』とされる22巻を読ませてもらった時は、感情移入してしまったものである。
「最初は結構コメディタッチなのね」
「段々、内容が変わってくるんですよ。
 ちなみに、咲夜さんにも先日、読んでいただいたんですけど、『ティッシュ箱が五つくらいなくなった』って言ってました」
 ……さすがだな十六夜咲夜。
 相変わらずの彼女であることを再確認してから、ページを繰る。
「それじゃ、わたしも」
 というわけで、今日の午後は、のんびりと漫画の閲読タイムとなったのだった。

 カラスが鳴くから帰ろう、というわけではないが、冬の日は落ちるのが早い。
 空の遠くから、『文ぁ~! 待てこら~!』『はたてさん落ち着いてあれはハプニングですよハプニングー!』『着替えしてるところにノックもなしに入ってくるなぁー!』という、カラスの鳴き声が響く頃。
「晩御飯、そろそろ作るね」
「あ、はい。お手伝いします」
「ありがと。
 あ、ついでだから、お料理、教えてあげる。私もお母さんに仕込まれた腕があるんだから」
「はい」
 二人で台所に立って、楽しくお話しながらお料理。
 普段は私一人でやってる仕事だけど、誰かがいると、やっぱりとっても楽しかった。
 楽しい気分でやると、自然と料理が普段より上手に出来たような気もする。ちなみに、食材は早苗提供である。
「はい、かんせ~い」
「美味しそうですね」
「でしょ~?
 あ、早苗。そういえば、帰らなくていいの?」
「今日はお泊り予定ですから」
 そっか、と納得する私。
 なお、早苗がそれを言い出した際、やっぱりと言うか何と言うか、神奈子大魔神が暴れだしそうになったらしいのだが、それを諏訪子が取り押さえたと言う一幕があったとかなかったとか。
 ……まぁ、気にしないようにしよう。
「あ、テーブルの上、片付けますね」
「ありがと」
 テーブルの上の漫画を、早苗が片付けたところで、手に持ったお皿を置いていく。
 今日の晩御飯はてんぷら。それと、ご飯にお味噌汁にお漬物。我が博麗神社の質素な食事に、今日は実に豪勢なおかずがプラスされている。
「てんぷらの美味しいあげ方ってご存知ですか?」
「何か紫が知ってたわね。何とかすると油が程よく落ちるとか」
「そうですか。
 以前、わたしが作った時は油でぎっとぎとになっちゃって……」
「ありゃりゃ」
「神奈子さまも諏訪子さまも食べてくれたのが、また胸に痛くて……」
 ……だろうなぁ。
 かわいがってる早苗が、一生懸命作ってくれた料理なんて、どう頑張っても拒否できないし残せないだろう。あいつらなら。
 と言うか、私だってそうだ。
 早苗の作る野菜炒め、美味しいじゃないか。うん。
 ……けどたまに野菜炒め以外のものが食べたいなぁ、なんて思ったこともあったけど。
「こういうちゃんとしたご飯を食べていると、たまにジャンクフードが恋しくなりますよね」
「何それ?」
「ん~っと……たとえば、ハンバーガーとか、カップラーメンとか、ケバブサンドとか……」
 いずれも聞いたことのない食べ物だ。
 ハンバーガー。言葉からじゃ想像できない食べ物である。
 カップラーメン。ラーメンは知っている。美鈴がやたら美味しいラーメン作れるのだ。けど、それの頭につく『カップ』って何だろう。コップの中にラーメンが入っていて、それを呑んだりとか? うわ、まずそう。
 ケバブサンド。全く正体がわからない。サンド……は何となくわかる。何かを挟むのだろう。ということは、『ケバブ』を挟むのだろうか。ケバブって何だろう。未開の地の不思議な生き物とか? あるいは、レアすぎて滅多にお目にかかれない貴重な食材とか。
 ……ジャンクフードか。興味が湧くわね。
「まぁ、簡単に言うと、あんまり食べ過ぎると体に悪い食べ物です」
「へぇ」
「……電気街に行った時はよく食べました」
 ……でんきがい? それって何だろう?
 一瞬、頭に浮かぶ『殿鬼凱』という文字。かっこいい名前だ。きっと、その『凱』さんが統べる紅魔館みたいなところなのだろう。
「早苗ってさ。普段、外の世界で何してたの?」
「そうですねぇ……。
 学校に行ったり、その帰りにカラオケ行ったり、休日は日がな一日電気街を歩き回ってレアもの探して、夏と冬の祭典には欠かさず足を運んで……あ、コスプレもやりましたねぇ。薄い本の制作にも携わったことがあるんですけど、わたしが描いた絵は『直球過ぎる!』って怒られて没ったり……。限定フィギュアを手に入れるための争奪戦でラストワード使ったり、肌色多目の電脳紙芝居のために学校サボって神奈子さまに怒られたり……。
 懐かしい日々です」
 ……何か聞く限りだと、そーとーなダメ人間に聞こえるのだが、きっとそれは気のせいなのだろう。うん。
 単語のほとんどが私に理解できなかったからそう聞こえるのであって、そういう単語に慣れ親しんだ人間が聞けば、『うわ、早苗ってすごいね』って言えるような生活を送っていたのだ。絶対。
 うん。そうだ。そうに違いない。私が決めた。今決めた。反論した奴夢想封印の刑。
「あとは……友達の恋を応援したりからかったり、ですね」
「からかっちゃダメでしょ」
「……いえ、まぁ、わたし、それに縁がなかったもので……」
 何とむなしき学生時代、と彼女はつぶやいた。
 ……早苗みたいな娘が眼中にないって、外の世界の人間って、どれだけ目が肥えてるというか、環境的に恵まれてるんだろうか。
 確かに、ちょっぴり抜けたような欠点はあるけれど、人間、完璧な人間はいないのだ。
 それに、そういう欠点があるから、彼女はかわいいのではないか。
「霊夢さんは、毎日、どんな生活を?」
 と、そこで彼女から切り返しが来た。
 私は答える。
「朝起きるでしょ。境内の掃除をするでしょ。ごろごろするでしょ。ぐだぐだするでしょ。お昼ごはん食べるでしょ。魔理沙とかと弾幕勝負するでしょ。のたのたするでしょ。ふわふわするでしょ。晩御飯食べるでしょ。のんびりするでしょ。お風呂に入るでしょ。ほてほてするでしょ。寝る。
 以上」
「……………………………………………………………………………………」
 ……あれ、何だろう、この深海よりも深い沈黙。
 私の生活のありのままを語っただけなのだが……。
「……霊夢さん。これから、わたしと一緒に、充実した人生を送りましょうね」
「こら待てさらりと何言ったあんた」
 なぜかハンカチで目頭押さえつつ、彼女は私の肩を叩いてくれた。
 同情されてるのは、まぁ、いいとして、決して看過できない言葉が含まれていたような気がする。
 まぁ、否定はしないけど。
「ところで霊夢さん」
「何?」
「お外、寒いですけど、この前、この近くにいい温泉があるのを教えてもらったんです。行きませんか?」
「あ、いいわね。
 ちなみに、誰に教えてもらったの?」
「萃香さんです」
「……何か気になるなその単語」
 まぁ、特段、何かが起きることはないと思うが。
 ともあれ、それを知ったら、善は急げ。
 私たちはのんびりご飯を食べ終えると、食器を片付け、厚着とお風呂の用意をして夜空に出発した。
「ここからどれくらい?」
「15分くらいだったかと」
「結構、遠いわね」
「帰り道は風邪を引かないようにしないといけませんね」
 冬の空気は冷たい。
 まだ、身を切るような寒さには至っていないものの、空を飛んでいると、肌をなでていく風に思わず身をすくめてしまう。
 私は早苗に寄り添い、彼女の手を握った。
 何となくだけど、その部分から、体中にあったかさが広がっていくような気がする。
「あ、見えてきましたよ」
 けれど、そんな幸せな時間はすぐに終わってしまうものだ。
 早苗が指差した先には、もやもやと湯気が立っているのが見えた。どうやら、あれを見る限り、結構な規模の温泉であるらしい。
 ふわりと大地に舞い降りると、
「……はぁ。こりゃまた」
 文字通りの大浴場がそこにあった。
 誰が作ったのだろうと視線をめぐらせると、脱衣場が目に入る。そこに、『当温泉の開祖、伊吹萃香』と言う文字があった。
 ……あいつ、何やったんだ。
「当然、混浴よね?」
「はい」
「なるべく早めに出ないとね」
 温泉の場所は森の中。街道からも離れているし、近くの人里まで、目算、歩いて30分くらいはかかるから、人間はそうそう訪れないだろうが、100%ないとは言い切れない。
 私たちは脱衣場で服を脱いで、バスタオルに身を包んでから、寒さに震えつつ湯船に急ぐ。
「妖怪ばっか」
「そうですね」
 お湯に浸かりながら酒宴を開いているのは、種々様々の妖怪たち。なぜか全員女。まぁ、いいや。
 彼女たちは私たちの方へと視線を向けると、「お、巫女さん達じゃない」「そんなところに立ってないで早く入った入った」なんて声をかけてくれる。
 ……あれ? 本来、巫女って妖怪退治するから妖怪に恐れられてるんじゃなかったっけ?
「失礼します」
「あら、守矢の巫女さん。いつもいつもお世話になってます」
「いいえ、こちらこそ」
「巫女さま。ちょっと聞いてくださいな。最近、うちの子が言うことを聞かなくなってきて……」
「ああ、そうなんですか。そんな時はですね――」
「巫女さま、巫女さま。先日、頂きました御守、大切にさせていただいてます」
「ありがとうございます」
「巫女さま、先日の舞、お美しゅうございました」
「あはは……照れちゃいます……」
「……早苗、人気あるなぁ」
 してみると、ここの妖怪たちは、皆、あの子の神社に足を運んでる連中なのだろう。
 ふと気がつけば、私は一人、ぽつ~んと湯船に浸かっている。対する早苗の周りには、人だかりならぬ妖怪だかり状態だ。
 う~む……これが人徳の差、というやつなのだろうか。
「ま、あの子が人気ある分にはいいか」
「おんや~? それってほんと~?」
「うお、萃香!?」
 いきなり頭の上から声が降ってくる。振り仰げば、杯片手のロリ鬼が真っ赤な顔で酒臭い息を吐きながらこちらを見下ろしてきていた。
「わたしにゃ聞こえるよ、霊夢の心の嫉妬が……」
「あんたはいつさとりに入門したのよ」
「にぎやかだねぇ」
「話をはぐらかすな」
「鬼の目から見れば、人気者ほど歓迎するもんさ」
「ほっほーう。私は歓迎しない、と?」
「それに見栄えもするし」
「あんたに言われたくないわ!」
「ふてくされいむ~」
「変なあだ名つけんな!」
 取り出した札一枚を投げつけると、萃香は『にゃはははは』と笑いながら、ぽん、と音を立てて消えてしまった。
 ……ったく。何なんだ、あいつは。
 よいしょとお風呂の縁に寄りかかっていると、ようやく解放されてきた早苗が、私の横にやってきた。
「人気者ね」
「皆さん、わたしの神社に来てくださっている方々でして」
「あっそ」
 何か面白くない。
 萃香にからかわれたせいだろう。何だかむかむかする。
 それを思わず態度に出してしまって、ぷいっとそっぽを向く。
 すると、
「ごめんなさい」
 そんなことを言いながら、彼女が私の肩に頭を乗せてきた。
 一瞬、心臓が大きく高鳴る。あっという間に顔に血が集まってきて、同時に体が熱くなっていく。
「悪気はなかったんですよ?」
「そ、そういう態度は悪気たっぷりじゃない?」
「あれ。ばれちゃった」
 ぺろりと舌を出して、彼女は私から離れてくれる。
 ……ふぅ。心臓に悪い。いたずらにしてもやりすぎってもんだ。うん。
 ――と。
「あらまぁ、巫女さま。もしかして、もしかして?」
「いいわねぇ、若いって。あたしも300年前はねぇ」
「今度、お祝いの品を持って神社に伺わせていただきますね」
 なんて、『おばちゃん』な感じの妖怪たちに私たちは囲まれ、わいわいと声をかけられてしまう。
 その中で、彼女たちは私に「巫女さまを幸せにしてあげてくださいね」だの「羨ましいですわねぇ」だの、「挙式はいつ?」だのと声をかけてくる。
 ……どうしろと。
「お二人は、どこまで進みましたかしら?」
「あら、そうね。聞きたいわぁ」
「やっぱり、キスはもうおすみで?」
 さすがおばちゃん。話好きである。
 彼女たちから浴びせられる質問の嵐に、早苗はさすがに恥ずかしくなってきたのか、「そ、そろそろ出ましょうか。霊夢さん」と私の腕を引っ張った。
 私も、彼女を必要以上に困らせるつもりもなかったので、『そうね』とそれに同調する。
 そうして、私たちはおばちゃん達に祝福されて、温泉を後にしたのであるが――。



「……い、いざ、それをしようとなると緊張しますね」
「う、うん……」
 そこで、話は冒頭へとつながる。
 神社に戻ってきた私と早苗は、温泉の熱が冷めないうちに眠りにつこうと、お布団敷いてその上に横になっていたのだが、ふと早苗が、『……キスしませんか?』なんて聞いてきたのだ。
 よくよく考えてみれば、彼女とキスしたのなんて、その……何と言うか、色々突発的なことでしかなかったような気がする。
 彼女が持ってきた漫画のような『シチュエーション』の中でのキスなんて一回もなかったと思う。
 思う……のだが、
「えっと……ど、どうしましょう……」
「どうしましょうって言われても……」
 それでも、やっぱり、いざとなると恥ずかしい。
 お互い、正面を向いて、肩を抱いて――なんてやってみたものの、はっきり言って体が動かなかった。
 それは早苗も同じだったようで、ずーっとおんなじポーズで停止していた。
「……い、勢いが必要ですよね。やっぱり」
「勢い……って言われても」
 じゃあ、具体的にどうすれば。
 そう尋ねると、答えはなし。当たり前ながら。
 時間だけが刻々と過ぎていく。時計の針が、かちこち、かちこち、なんて音を立てながら文字盤の上を巡っていく。
「……も、もう一回」
「う、うん……そだね」
 まずはお互い、正面を向いて正座。
 そして、大きく息を吸い込んで覚悟を決めてから、相手を見据える。
 ……うん。私はもう、この段階で石化していた。
 いや、だって、何と言うか……キスですよ、奥さん。昔風に言うなら接吻ですよ?
 その……えっと……恥ずかしい。とっても。
 早苗の手が、そんな私の肩にかけられる。思わず、びくっ、て背筋が反応する。
 すすと、彼女が私に近寄ってくる。私は、さらに体を固くして、彼女の顔を凝視してしまう。
 ゆっくりゆっくり、彼女の顔が視界に広がってくる。私の視線はそのまま、彼女の、形のいいふっくらとした唇に釘付けになる。
 そして――、
「……ぶはっ」
「はぁ……はぁ……。ち、ちょっと……休憩……」
 お互い、完全に呼吸が止まっていた。
 その距離、5センチ程度。もしも何か……たとえば、後ろからちょんと押されるくらいで触れてしまいそうな距離で、私たちは石化していた。
 最初に折れたのは早苗。息を止めるのが限界だったのだろう。
 続いて私も、体を弛緩させて、その場で足を崩す。滅多にないことなのだが、じんじんと足がしびれて、しばらくは立つことも無理そうだった。
「……よ、よし。霊夢さん」
「な、何?」
「お酒! お酒、飲みましょう!
 ほら、いつぞやみたいにお酒の勢いで!」
「そ、そうね!」
 そうと決まれば、と立ち上がろうとした私は、足のしびれのためにその場に転倒する。
 代わりに早苗が立ち上がって台所に向かい、持って来たのは萃香が持ってきた『これ、あんまり呑みすぎないでね』と注意までしてきたアルコール度数の高い酒。
「さあさあ、霊夢さん。まずは一杯」
「よ、よーし」
 とくとくと杯に注がれた酒を一気に飲み干す。
 途端、喉と胃を焦がす熱に、思わず、私は顔をしかめた。
「酔っ払いました?」
「ま、まだね……」
「続き、行きましょう!」
 ――と、早苗に煽られ、私も半分やけになって酒を飲むのだが、
「……も、ダメ」
「どうしてでしょうね……」
 入れ物の半分くらいを飲んだところで、違う意味で、私は酒にやられてしまった。
 布団の上に突っ伏す私に、早苗は立ち上がって、冷たいタオルを持ってきてくれる。彼女に膝枕してもらいながら、タオルを当ててもらって、ほっと一息。
「……わたし達ってダメですね」
「ダメだねぇ……」
 あはは、と笑ってしまう。
 う~む……アリスやら咲夜が言う通り、私たちって、ほんとダメな二人なのかもしれない。
 事、恋愛とかそういうことに限っては、あの二人のほうが私たちよりも腕が立つのは、これはもう認めざるを得ないだろう。
「その……変なこと聞きますけど、霊夢さんって、わたしのこと……好き……ですよね?」
「……うん……まぁ」
 体勢を変えて、ぎゅっと彼女に抱きつく。
 彼女の寝巻きをタオルでぬらしてしまうけど、これは許してもらうしかないだろう。
 柔らかくてあったかい。その感触の心地よさに心がとろけていく。
「お互い、好きあってるなら、キスの一つや二つ、簡単に出来るって思ってたけど……やっぱりそうもいかないんですね」
「そうかもね……。
 まぁ、いいんじゃない? そんなんでも」
「わたし達にはお似合いかもしれませんね」
「そゆこと」
 私は転がって早苗から離れると布団の中にもぐりこんだ。
 早苗は『明かり、消しますよ』と言って、周りを暗くしてから、それが当然のように私の布団に入ってくる。
「狭いんだけど」
「あったかくていいじゃないですか」
「早苗の布団、そっち」
「あっち冷たいんですもん」
「もう」
「ね?」
 キスは出来ないけど、一つの布団で寝られる二人。
 何じゃそりゃ、って誰かに言われそうだった。
 けど、まぁ、別にいいんじゃないかなって思う。
 たまにはそういう、変なカップルがいたってさ。

「お休み、早苗」
「おやすみなさい、霊夢さん」
 そんなこんなで、私と彼女は手をつないで眠りにつく。
 お互い、いつも通りの明日が来ますように――なんてことを祈りながら。












「霊夢さ~ん? ……もう寝ちゃいました?」











「……霊夢さ~ん」
















 ちゅっ。
何か、朝起きたら、おでこに不思議な感触が残っていたような気がするけれど、多分、気のせいよね。
……だけど、それならそれで、すごくもったいないことがあったような気もするんだけど。
ちなみに、早苗はその日、私がそれを聞いてもな~んにも教えてくれなかった。




おしまい。
haruka
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
相変わらず甘いさなれいむでした!
2.名前が無い程度の能力削除
初々しい…甘くて素晴らしいぜ!
3.名無し削除
おいい、ニヤニヤが止まらないんだが
やっぱりレイサナは良い
4.名前が無い程度の能力削除
リアルに少し叫んだw

やべぇ、2828だぁ!
5.名前が無い程度の能力削除
もっと流行らせるべき
6.タナバン=ダルサラーム削除
↑同意いたします。
すごく・・・甘いさなれいむです。口からザラメを噴出しそうになりました。
7.名前が無い程度の能力削除
初々しくってニヤニヤしちゃいますね
この二人は進展遅そうですが、その分たっぷりと愛を育んでいきそう
8.名前が無い程度の能力削除
初々しくて微笑ましい。
ニヤニヤしちゃいましたw
9.名前が無い程度の能力削除
すでに出来上がってるけど初々しいさなれいむが可愛い!
なかなかちゅーできないあたりはこっちもリアルにニヤニヤしちゃいましたww