――小春日和、朝。命蓮寺
小鳥の鳴き声とともに目が覚めた村紗は布団から飛び起きて格子戸を開けた。外はもうすっかり朝で行き交う人々の声が聞こえてくる。
「おはよう、ぬえ」
先ほど出たばかりの布団に向かって声をかける。
「今日はどこに行こうか? 久しぶりのお休みだから、めいっぱい楽しもうね!」
「いらっしゃいませ」
「あ、メニュー下さい」
「はいどうぞ。決まりましたらお呼び下さい」
午前中はあちこちを見て回り、目が回るような忙しさだった。別段欲しいものがあったわけではないが、女の子たるもの買い物は大好きであり生きがいでもある。そして普段何気なく通っているだけでは気付かない発見がたくさんあり、どうやら春に向けて新店開店ラッシュらしいということに気がついた。
おかげで見る店がたくさんあり、体力には自信がある村紗だったがさすがに少し疲れた。正午が近く、またちょうど腹も減ったということでお食事処に来ていた。
「どれを頼もうか? ……あぁ、これにしようか」
村紗は店員に目配せして手を挙げた。大きな声ですみません、と呼ぶのはマナー違反だからだ。些細なことで聖の評判が悪くなっても困ってしまうし。
「お決まりですか?」
「これを2つお願いします」
「2つ…ですか?」
「ええ」
「…かしこまりました」
店員は訝しげな表情で厨房にオーダーを告げに行った。
さて、私は何か可笑しなことをしちゃったかな?
「彼女、きっと働きすぎね。疲れてる」
――早春の候、昼。だけど暗い地霊殿
「さとりさん、私がここを担当すれば良いんでしょうか?」
「そうです。よろしくお願いしますね。他に何か分からないところはありませんか?」
「大丈夫です。これでまた地底と地上の結びつきが強くなるといいですね!」
村紗とさとりはこの春に行う合同宴会についての打ち合わせをしていた。なんでも、今年は鬼たちが酒を造りすぎ、桜の風味豊かな酒がたくさんできたらしい。けれどどうにも甘口で飲めたモンじゃないと廃棄されかかっていたそうだ。それを格安で譲り受け、せっかくなので親睦を深めるためにも宴会を開いてみてはどうかという提案をしたのはさとり。黒猫が宅急便よろしく手紙を届けていたのは知っていたが、なるほどこういうことだったのか。聖の顔の広さについては最早言うまい。
村紗は命蓮寺ではありえない洋テーブルと洋椅子、他にもケーキ、紅茶やシャンデリアに興奮しながらも、自分は代表者であるのだからと気を引き締めてはしゃぎすぎないようにしていた。
「なら私はそろそろ…」
「あ、村紗さん、ちょっとお時間よろしいですか?」
打ち合わせも済んだところだし、これ以上いては屋敷中をべたべた触りながら見物してしまいそうな恐怖もあり村紗は早く帰ろうと必死だった。
「お昼ごはん一緒に食べませんか? 今から帰っては時間が中途半端でしょうし、せっかく御足労頂いたのでおもてなしさせて頂きますよ」
さとりが村紗を行かせまいと引っ張る腕の力は弱いものの、有無を言わせない気配のようなものがあった。地霊殿の主だからか、覚り妖怪故か、それとも、さとりだからか。
「わ、私! 村紗さんの好きなもの何でも作りますしっ!!」
初対面ではないにせよ、そこまで親しくしている間柄ではないと思っている村紗にとって、さとりはやけにしつこく食い下がって見えた。
「悪いですが寺でみんなが待っているから帰らせて頂きますね。報告もしないといけないし…恋人が待っていますので。ランチはまた今度頂きますよ、さとりさん」
村紗を引きとめる腕を優しくほどき、軽く握り返して、ちゅ。と手にキスをするとさとりは黙った。
「……キザですね」
「え、これくらい誰にでもしませんか? それでは」
村紗はさとりの頭をぐしゃぐしゃと撫でて、急ぎ足で帰って行った。村紗が出ていったドアをさとりは3つの目でじっと見つめる。たまに唇が何か言おうと動くが言葉にならない。そうやって暫くもごもごしながらドアを見つめていた。
「…で。お姉ちゃんはいつまでそうしてるわけ?」
「こっ、いし! 帰ってたの!?」
「たまには帰って来なさいって言うのはお姉ちゃんじゃない」
「お帰りなさい。心配してたのよ?」
いつでも自由奔放に徘徊しているこいしが帰ってきてきたらしい。いつものように無意識なため背後にいるのに、さとりが気づくことはなかったが。
「うーん……私強いから別に心配なんていらないのになぁ。まぁそれはいいや。いつまでそうしてるの?」
「あ、ごめんね、お昼今から作るから待ってて…」
「他人への愛情でいっぱいのご飯出されてもなー」
「それ、はっ……!」
さとりの周りをくるくる回りながら冷やかすような視線を投げかけるこいしに言い返す言葉を考えているうちに部屋に置いてあった掛け時計がボーンと正午であることを告げた。時間は刻一刻と流れる。人にも妖怪にも分け隔てなく容赦に襲いかかり逃れることが出来ない。
「本題はそうじゃなくってね、いつまであの幽霊さんに黙ってるの? っていうことだよ~」
「それは…その…」
「奪う相手がいない人に恋するのって難しいと思うんだけどな」
「……そうね」
さとりは俯いたまま歯切れの悪い返事しか寄越さない。先の強引に引き止めようとした彼女はどこに行ってしまったのか。
「ガツンと言ってやれば?『もう、ぬえはいません』って。そしたらちょっとはお姉ちゃんのこと見てくれるかもよ? ぬえはいい遊び相手だったからいなくなっちゃって寂しいけど……溺死したなんてねぇ。痴情のもつれってやつ?」
「それでも……私はやっぱ言えません。村紗さんが壊れてしまう気がするんです。こいしも黙っててね!!」
「くふふっ、お姉ちゃんも幽霊さんもおかしいや」
ぐにゃぐにゃした言葉の中でこいしの言葉だけが真っ直ぐだった。
村紗は知らない。理解していない。受け入れていない。
お食事処の店員が空の皿と全く手の付けられていない皿を片づけたことを。
自分がしでかした過ちを。
格子戸を開けて敷かれたままの布団に声をかける。元気はつらつ幸せに溢れる声だ。
「ぬえ、ただいまっ!」
返事は、ない。
ワクテカしながら読んでみたら……。
あ、あんまりだ……。
失礼ですが、なにか嫌なことでもありましたか?
こうなった経緯が是非とも知りたいものです。
理解できませんでした。
起承転結の承のみという感じがしました
作者さんのお話、好きなんで次回に期待しますよ