夕暮れ前の青空には、うっすらと金色の光が混じっている。
雲も、白と灰色に金色を滲ませたような色をしている。
西日が目に突き刺さって眩しい。最後の悪足掻きをするかのように、金色の光を放ち、世界を照らしている。
この光は、たとえ時を止めて私の世界を作り出したとしても、防ぐことは出来ない。
それが出来るのは、雲だけだ。
変幻自在に形を変え、空を流れていく雲だけが、あの金色の光を覆い隠せる。空一面を覆い尽くせる。
そんな雲が私は気に入っている。
金色の光の中を、西に向かって飛ぶ。
空を飛ぶことに憧れる人間は多い。けれど一度飛んでしまうと、次からは徐々に高揚感がなくなっていく。
泳ぎを覚えるのと同じだ。当たり前に成り下がったものに、人間は価値を置かなくなる。
ただ、他の空を飛べない人間たちに対する醜い優越感だけが残る。
空と山の境界線を見つめながら、風を切って飛び続けた。
緋色の太陽がちらちら赤く空を焼き、最後の瞬間まで光を放出すると、静かに空と山の狭間に沈んでいった。
どんなに足掻こうとも、太陽とて時の流れには逆らえない。
東には白々とした丸い月が上り、夜の帳が下りれば、煌々と輝き始めるだろう。
空中で静止して、太陽が赤く染めた西の空と、月が上り始めた東の空を見つめた。
黄昏時の空気はひんやり冷たく、緩やかな風が夜の始まりを告げる。
これから先は私の時間ではない。
西の空に背を向けて来た道を戻る。
徐々に存在感を増していく月を眺め、黒々と闇に沈んでいく森を眺めた。
月の光に負けた星々の光は見えない。館の上空へ着くと、思い立って門の前に着地した。
「わ、咲夜さん。びっくりしたぁ……。どこかへ出かけていたんですか?」
「太陽を弔ってきたの」
「え? 弔う?」
「夕日を見てきたのよ」
「あぁ、良いですね。今日は綺麗だったでしょう?」
「えぇそうね。綺麗だったわ。貴女の髪の色のように鮮やかだった」
「そうですか。はは」
綺麗という言葉に反応したのか美鈴は照れくさそうに笑った。
太陽の悪足掻きは、私に美しい緋色を見せてくれた。人間の悪足掻きは醜いだけなのに。
「あの、咲夜さん。今度私も一緒に観に行っても良いですか? 連れてってください」
「そうね。……でも、貴女とは朝日が見たいわ」
「朝日ですか? んん、じゃあ早く起きないとですね」
“朝日”を強調し、少し湿度を込めて言ったのに、まったく感じ取れないというのはどういうことなのか……。
まったく、私は初日の出を一緒に見に行こうとか、そういう感覚で言ったわけじゃないのよ?
そんな健康的なこと、誰がするもんですか。とろとろに温かなベッドの中で、窓から見られれば良いのよ。
はっきり言わないと分からないの? まぁ、とぼけているのはいつもの事だけど、ね……。
「咲夜さん。もし寝坊したら、起こしに来てくれますか?」
「その必要はないわ。だって、一緒のベッドで朝まで過ごすんだもの」
「え? あ、えぇっと、それってつまり、そういう……」
「そういう、って何?」
「うっ、いや別に……」
「まぁ良いわ。準備して待ってるから、寝るときになったら、いつでも来てちょうだいね」
「行きませんよ」
「自分の部屋のほうが良いなら、何なら今日、こっちから行くけど?」
「こ、来ないでください」
「酷いわねぇ」
純朴な彼女をからかうのは、とても楽しい。笑い含みに非難すると、恨みがましそうに睨まれた。
そんなもの、何の意味もない。時を止める行為よりも意味がないわ。
「待ってるわ。勇気を出していらっしゃい」
「勇気って何ですか。もう」
恥ずかしそうに怒る美鈴に背を向けて片手を振った。
あの娘は来る。絶対に。私は、可能性の無いことは言わないの。
私は貴女と朝日が見たい。死に行く光よりも、貴女と生まれ行く光を見たいの。
そのほうが、今の私たちにはふさわしいでしょう?
月の光で部屋を満たして、夜の時を二人で過ごし、日の光で部屋を満たして、二人でまどろむ。
二人で夕日を見に行くのは、まだずっと先よ。
時は留まることはないけれど、進む速度を速めることもない。
穏やかな朝日を眺めて、まずは二人の時を始めましょう。
ぴかぴかの銀時計が時を刻み始める音を聞きましょう。
その時計が錆びつくまでに、私はいったい幾つの愛の言葉を囁けるかしら?
幾つ囁いても足りない……そう思えたら、きっと私は幸せ。
錆びついた銀時計を感じて、二人の時を一緒に終わらせましょう。
願わくば、昼の時が長く続きますように……。
欲深い人間の足掻きは太陽のように美しくはない。
けれど、足掻く価値ある誰かのために足掻くことは、確かに意味があると思うから。
二人の銀時計が錆びつくまでに、真っ赤な太陽が沈む前に、足掻ききる、その瞬間まで、私は貴女に愛を囁く。
愛してる……と、とろけるようなキスを添えて。
さくめーいいよさくめー。