暑すぎもせず寒すぎもせず。
季節の変わり目で天気も穏やかな、と或る一日。
降り注ぐ陽光をモノともせず、少女は、彼女の友達にじゃれついていた。
「ミスチー!」
「あぃあぃ」
「リグルぅ!」
「わっと」
「ぎゅーっ!」
少女――‘宵闇の妖怪‘ルーミアは、友達二名に抱きつき、とてもご機嫌だ。
それはそうだろう。
ルーミア自身は普段、至って妖怪らしい生活を送っている。
つまり、食べて遊んで寝て、の繰り返しだ。
一方、友達二名――ミスティア・ローレライとリグル・ナイトバグ――は仕事を持っている。
前者は『夜雀屋台』、後者は『蟲の知らせサービス』を行っていた。
大方の予想を裏切って、彼女たちは自身の仕事に真っ当な責任感を持ち、見事に継続している。
しかし、だ。
ミスティアが忙しくなるのは屋台と言う業務上、夕方以降になる。
逆に、リグルのサービスは朝から夕方――新規開拓の営業活動だ――にかけての場合が多かった。
要は、陽の光が届く頃に、こうして時間を気にせず遊べることは、そうそう滅多にあるものではないのだ。
「んぅ」
頭を左右に振り、至福の吐息を洩らすルーミア。
――過剰気味に映るかもしれないスキンシップも、致し方ないことだった。
「相変わらず大袈裟な。店閉めてからは普通に遊んでるでしょうに」
「私も、毎日毎日飛びまわっている訳じゃないしねぇ」
「ぎゅーっ!」
致し方ないことなのだ。
ルーミアは、自身の感情を身体全身で表している。
それ故、二名から返される温かな反応を捉えきれていない。
抱きついたその時より、ミスティアに背を抱かれ、リグルに髪を撫でられていた。
けれど、ルーミアは気付いていない。
だから、足りないと感じてしまう。
何が足りていないのか、言葉には出来ない。
あやふやなまま、それでも、もっともっとと求めてしまう。
少女は――羽化しようとしていた。
とは言え、今はまだ幼い少女。
言葉に出来ない想いを、行動で示すことができる。
そして、変わりかけている想いを自身の知っている感情に置き換えることも、できるのだ。
つまり、こう。
「ぎゅー、ぎゅぅぅ」
全力の抱擁だ。
自身の存在を二名の身体に刻み込まんとする行為。
結果に至る原因に、リグルはくすぐったそうに笑み、ミスティアは肩を竦めた。
だけども、だから、それだけじゃ、足りない。
「そうだわ!」
ルーミアが、ぱっと腕を開き、ぱんと手を打つ。
唐突に拘束を解かれた二名は、各々、小首を傾けた。
髪が額に触れあい、一瞬、身を竦ませる。
近過ぎる距離が、鼓動を感じさせた。
ミスティアとリグルが、ぎここちない、けれど、甘酸っぱい笑みを浮かべる、その寸前。
「私ね、もっとフタリと仲良くなりたい! だからね……」
知ってか知らずか、そんな雰囲気を吹き飛ばすルーミアの一声が、二名の耳に響いた。
今以上に、どう?
思うミスティアとリグルだったが、ルーミアの満面の笑みに絆され、口は挟まなかった。
共々、過保護とまで評されかねない惜しみない友情を与えているつもりだが、この愛らしい友達には足りないのだろう。
だから、続く言葉をこくりと頷き、待った。
「その方法を教えてもらったの! ね、試していーい?」
問いかけと同時、二名は視線を投げ合う。
のみならず、額も重ねた。
間違いが起こる距離。
だが、今、二名にそんな感情は湧かなかった。
(教えてもらった、って……)
(……誰に、かな?)
あるのは、妙に背をざわつかせる焦燥感。
「チルノなら、まぁ問題ない」
「橙も変なことは知らない、よね」
「レティ……時期的に会えないか」
「幽香は?」
「可笑しなことは言わないでしょ」
「じゃあ、アリス? お世話になってるし」
「いや、アレもアレだけど、大丈夫だと思う」
「その扱いは不安だよ。でも、うん、信じる」
『誰か』。リストアップされるのは、ルーミアと縁がある者たちだった。
「メディは――」
「椛は――」
やたらと多いのは、彼女が日々輪を広げている証拠。
ミスティアとリグルは、ほぼ正確にその輪を認識していた。
どうと言うことはない、ルーミアが欠かさず話しているのだ。
何時何処で誰と何をして……と言うことも、聞いていた。
彼女たちの一日の締めは、大体、ルーミアの報告から始められていた。
ともかく――名を挙げる度に安堵し、その実、二名は決定的な者を避けていた。
何が決定的なのか。
『問題ある』助言をする者だ。
脳裏に浮かぶ若草のような後ろ髪に、二名は意識をそむけ続けた。
「ねぇねぇ、ミスチー、リグル?」
けれど、あぁけれど、意味のない行為だ。
「えーと、その前に、ルーミア」
「誰に教えてもらったの?」
「ぅん? 大ちゃんよ?」
賽は既に投げられていたのだから。
低く唸るリグル。
頭を抱えるミスティア。
二名が頭に描いていたのは、薄く笑む緑髪の少女――大妖精だった。
「あの女か……!」
澄ました顔でてへぺろとかしてやがる。
「いやミスチー、そんな大仰に言わなくても」
「リグルも微妙に名前を避けてたでしょ?」
「うん、まぁ」
ルーミアは言うに及ばず、ミスティアとリグルも、彼の妖精とは良好な関係を結んでいる。
率直に言えば、友達だ。
事実、先のミスティアの『あの』と言う響きに込められていたのは、侮蔑ではない。
「そう言う時の大ちゃんって、ねぇ?」
起こりえる未来を茶化すためと隠しえない畏怖――そう、ミスティアとリグルは、ある種の恐怖さえも抱いていた。
仮に他の者であれば、助言の内容をある程度予想できた。
チルノや橙、メディスンや椛なら、直球の愛情表現を推すだろう。
幾らでも策を弄せそうな幽香やアリスも、ことルーミアに聞かれたとあれば、上に同じ。
だがしかし、‘悪戯好き‘な大妖精。
「体を仰け反らすほどのインハイが来そうだね……」
ミスティアの言葉に、リグルも頬を掻き微苦笑を浮かべた。
「ね、ね!」
と、二名の袖を引く小さく白い手。
無論、やり取りを静観していたルーミアのものだ。
授けられた『方法』に微塵の懐疑も抱かず、ただ、試す許可が出るその時を心待ちにしている。
瞳も、きらっきらに輝いていた。
苦笑そのまま、リグルが一歩、足を退く。
愛する友達の願いだ、聞かぬ訳にはいかない。
けれど、繰り出されるであろうビーンボールを想像し、まだ決心がついていなかった。
「え……と」
そんなリグルの肩を柔らかく、しかし力強く掴む手。
「ルーミア、じゃあ、私にやってみようか」
「……ミスチー?」
「うん」
不安を孕んだリグルの呼びかけに、ミスティアは小さく首を縦に振る。
肩に置いた手にそっと指が触れられ、もう一度、頷く。
言葉にせず、強固な意志を伝えた。
そして、上腕を肩の高さまであげ、腕を垂直にし、両手を広げ、ルーミアへと対峙する。
「さぁ、きなっ!」
荒ぶる夜雀のポーズ。
住職とか言ってはいけない。
浮かぶ表情は真剣そのものなのだから。
「いやだからミスチー、なにもそこまで……ほら、ルーミアも呆れてるよ?」
「違うの。きっとミスチーはそうするだろうって、大ちゃんが」
「推測的中で感心してた、と。なんなのあの子」
驚きを通り越して、もはや呆れるリグル。
一方、予想されていたミスティアは笑みを返した。
口の端を少しだけ上向きにさせた、好戦的な笑み。
その視線が捉えているのは、ルーミアの後ろ、あらあらうふふと片手を頬に当てる大妖精の幻影だった。
「動きが読めていたとしても! 私の心は屈しない!!」
「あ、えと、『体はどうかしら、うふふ』」
「台詞まで!?」
なんなのあの子。
「んぅっ」
可愛らしい空咳を打ち、ルーミアがミスティアの前へと進む。
迎え撃つミスティアは、微かに息を吸い込んだ。
吐くと同時、眼を見開き、気を引き締める。
傍らのリグルもまた、固唾をのんで、やり取りを見守った。
そして、ルーミアが、腕を前で組み、顔を少し仰け反らせ、言う。
「べ、別に――」
三文字のテンプレート。
近年創造された一つの定型句。
最初の一文字を二重にし、『だからっ』で終わらせるその方法は、つまり、『ツンデレ』。子宝のぞく。
助言をそのまま実行しているからだろう、たどたどしいルーミアの様に、リグルはくすりと笑んだ。
(もう、大ちゃんてば)
同時、ミスティアもまた、笑みを浮かべていた。
しかし、リグルのものとは全く質が違う。
先に見せた強い表情だ。
(大ちゃんとしたことが、甘いわね!
ツンデレ、それ自体は素晴らしいもの、語り継ぐべき資質の一つよ。
食傷気味だとか飽きたとか、そんなのはお為ごかし、嫌よ嫌よも好きの内!
だけれど、ルーミアには合わない、そう、合わないの。
元よりルーミアは、天真爛漫笑顔が素敵な女の子!
そこにツンデレを追加するなんて、重量オーバーもいいところ。
だからと言って可愛くない訳じゃないけれど、それは元来の可愛さあってこそ!
あざとい? そのあざとささえもプラスにするのがルーミアよ。
知ってたけど可愛いって得だなぁ、こんちくしょう!)
注釈。ミスティアとルーミアの容姿は「魅力的」と同一に考えています。
ただ、可愛さってものは性格面も加味されるものだと思います。
だからまぁ、ミスティアが嘆くのも仕方ないよね?
閑話休題。
(そもツンデレの威力はツンからデレへの揺れ幅で決まるもの!
どれだけルーミアが頑張ろうが、そのツンはたかが知れている。
見え透いた薄皮一枚のツンなんて、あってもなくても変わらないわ!
いえ、或いは、私やリグルじゃなければ効果はあるかもしれない。
だけど、私は確信している――ルーミアは、私たちが大好き!!)
相手の思いを断定する。
なんと傲慢な思考であろうか。
けれど、積み重ねた日々が、ミスティアに絶対の自信を与えていた。
……それはそれとして――(溜め、長すぎね?)
先から、なにもミスティアの思考が加速していた訳ではない。
生命の危機を回避するための、所謂、走馬灯でもなかった。
顔を仰け反らせた状態で、ルーミアの動きが止まっている。
「え、と……?」
「うぅん……」
ミスティアと同様に、リグルも不安そうな面持ちでルーミアを見ていた。
ツンの揺れ幅を時間の長さと勘違いしているのだろうか。
一瞬思うも、ルーミアが示す微かな動きに、ミスティアは首を横に振る。
小さく広げられた口から零れるのは、繰り返しのフレーズ――「べつに、べつに……」。
詰まっているようだ。
「別に……うぅぅ」
低く唸るルーミア。
つなげる言葉を忘れているのか。
眉間に刻まれた珍しい縦皺が、ミスティアにそう思わせた。
「ルーミア?」
ミスティアが声をかけ、手を伸ばそうとした矢先――
「べ、別にミスチーのことなんて!」
――ルーミアが、吠えた。
同時、動く。
リグルではない。
ミスティアでもなかった。
地を蹴ったルーミアが、ミスティアに飛び付いた。
「大好きーっ!」
「わー!?」
ツン何処行った。
感情を抑えていた故だろう、ルーミアの抱擁は普段よりも熱烈だった。
具体的に記すならば、すりすりぺろぺろ。
解るよね?
「ミスチ、ミスチ、ミスチーっ」
――しばらくお待ちください。
たっぷりの抱擁の後に、けれど零されたのは溜息だった。
「……えがった」
その表情は艶々として、や、お前じゃねぇ。
「ミ・ス・チー?」
「ごめんなさい」
「もう……」
涎を垂らしそうなミスティアを叱責しつつ、リグルはその実、ルーミアに気を配っていた。
ミスティアのそれとは違う、明らかに落胆していた溜息。
恐らく、ルーミア自身に向けてのものだろう。
「むぅぅ……」
ミスティアから少し離れ俯くルーミアに、だから、リグルは身を屈め、目線を合わせる。
「間違えちゃったのかな?」
「リグル……うん」
「そっか」
唇を尖らせ己を叱責する、幼い友達。
その様に、先の躊躇いは消えうせた。
額で額を押し上げて、にこりと笑う。
「じゃあ、次は間違えないでね?」
そして、リグルは、自身の胸に掌を当てた。
「――うんっ!」
種は既に明かされている。
だから、これは通過儀礼なのだ。
何時も以上に甘くなる、そのための。
ミスティアに対した時と同様のポーズを取るルーミアに、リグルは微笑み、その言葉を待った。
「べ、別にリグルのことなんて、大好きーっ!」
「わー!?」
――(あかん)。
心の内で思いつつ、ミスティアは微苦笑を浮かべる。
二名のやり取りにと言うよりは、ルーミアの行動に自然と笑みが零れた。
今以上に仲良くなるための『解り易い好意の否定』。
嘘りであることは明白だと言うのに、それでもルーミアには荷が重いようだ。
計り知れない思いの大きさに、くすぐったささえ覚える。
「み、ミスチー!」
そんなミスティアに、すりすりぺろぺろされているリグルが手を伸ばしてきた。
「笑ってないで助けてよ!」
「助けた方がいいの?」
「む、ぐ……っ」
恨めしそうに呟くリグル。
しかし、問いに対する返事はなかった。
ミスティアが抱いた感想は、勿論、リグルにとっても同じことが言えた。
可愛くて仕方がない。
「……って、また間違えたぁ!
うー、うー……!
うぅぅぅぅ!」
だから、この場にて解っていないのは唯ヒトリ。
リグルから離れ、唸りをあげる当のルーミアだ。
眉根を強く寄せるその表情が、霰もない本心を語っていた。
本当に、本当にもう、可愛くて仕方がない。
俯き呻くルーミアに、ミスティアとリグルは柔らかく笑む。
放っておけば、この愛すべき友達は泣いてしまいそうだ。
そんなことは見過ごせない、許されない。
彼女たちにとってルーミアは、天真爛漫笑顔が素敵な女の子、なのだから。
思いには思いを。
「ルーミア」
「リグル?」
行いには行いを。
「私たちもね」
「ミスチー?」
二名は各々、ルーミアの頬に自身の頬をつけ、撫でるように押し付ける。
「ルーミアのこと、大好きだよ!」
「え、え、え? 間違ったのよ? でも、えへ、えへへぇ」
二名の反応に戸惑いながらも、心を焦がすほどに求めていた行動に、ルーミアが喉を鳴らし喜んだ――。
《全ては彼女の――》
「お姉ちゃんお姉ちゃん」
「なぁに、チルノちゃん?」
「ルーミア、ちゃんと言えてるかなぁ」
「無理でしょうね」
「え゛、じゃあ駄目じゃん」
「駄目じゃないわ。それでいいの。言えなくて、良いのよ」
《――掌の上》
季節の変わり目で天気も穏やかな、と或る一日。
降り注ぐ陽光をモノともせず、少女は、彼女の友達にじゃれついていた。
「ミスチー!」
「あぃあぃ」
「リグルぅ!」
「わっと」
「ぎゅーっ!」
少女――‘宵闇の妖怪‘ルーミアは、友達二名に抱きつき、とてもご機嫌だ。
それはそうだろう。
ルーミア自身は普段、至って妖怪らしい生活を送っている。
つまり、食べて遊んで寝て、の繰り返しだ。
一方、友達二名――ミスティア・ローレライとリグル・ナイトバグ――は仕事を持っている。
前者は『夜雀屋台』、後者は『蟲の知らせサービス』を行っていた。
大方の予想を裏切って、彼女たちは自身の仕事に真っ当な責任感を持ち、見事に継続している。
しかし、だ。
ミスティアが忙しくなるのは屋台と言う業務上、夕方以降になる。
逆に、リグルのサービスは朝から夕方――新規開拓の営業活動だ――にかけての場合が多かった。
要は、陽の光が届く頃に、こうして時間を気にせず遊べることは、そうそう滅多にあるものではないのだ。
「んぅ」
頭を左右に振り、至福の吐息を洩らすルーミア。
――過剰気味に映るかもしれないスキンシップも、致し方ないことだった。
「相変わらず大袈裟な。店閉めてからは普通に遊んでるでしょうに」
「私も、毎日毎日飛びまわっている訳じゃないしねぇ」
「ぎゅーっ!」
致し方ないことなのだ。
ルーミアは、自身の感情を身体全身で表している。
それ故、二名から返される温かな反応を捉えきれていない。
抱きついたその時より、ミスティアに背を抱かれ、リグルに髪を撫でられていた。
けれど、ルーミアは気付いていない。
だから、足りないと感じてしまう。
何が足りていないのか、言葉には出来ない。
あやふやなまま、それでも、もっともっとと求めてしまう。
少女は――羽化しようとしていた。
とは言え、今はまだ幼い少女。
言葉に出来ない想いを、行動で示すことができる。
そして、変わりかけている想いを自身の知っている感情に置き換えることも、できるのだ。
つまり、こう。
「ぎゅー、ぎゅぅぅ」
全力の抱擁だ。
自身の存在を二名の身体に刻み込まんとする行為。
結果に至る原因に、リグルはくすぐったそうに笑み、ミスティアは肩を竦めた。
だけども、だから、それだけじゃ、足りない。
「そうだわ!」
ルーミアが、ぱっと腕を開き、ぱんと手を打つ。
唐突に拘束を解かれた二名は、各々、小首を傾けた。
髪が額に触れあい、一瞬、身を竦ませる。
近過ぎる距離が、鼓動を感じさせた。
ミスティアとリグルが、ぎここちない、けれど、甘酸っぱい笑みを浮かべる、その寸前。
「私ね、もっとフタリと仲良くなりたい! だからね……」
知ってか知らずか、そんな雰囲気を吹き飛ばすルーミアの一声が、二名の耳に響いた。
今以上に、どう?
思うミスティアとリグルだったが、ルーミアの満面の笑みに絆され、口は挟まなかった。
共々、過保護とまで評されかねない惜しみない友情を与えているつもりだが、この愛らしい友達には足りないのだろう。
だから、続く言葉をこくりと頷き、待った。
「その方法を教えてもらったの! ね、試していーい?」
問いかけと同時、二名は視線を投げ合う。
のみならず、額も重ねた。
間違いが起こる距離。
だが、今、二名にそんな感情は湧かなかった。
(教えてもらった、って……)
(……誰に、かな?)
あるのは、妙に背をざわつかせる焦燥感。
「チルノなら、まぁ問題ない」
「橙も変なことは知らない、よね」
「レティ……時期的に会えないか」
「幽香は?」
「可笑しなことは言わないでしょ」
「じゃあ、アリス? お世話になってるし」
「いや、アレもアレだけど、大丈夫だと思う」
「その扱いは不安だよ。でも、うん、信じる」
『誰か』。リストアップされるのは、ルーミアと縁がある者たちだった。
「メディは――」
「椛は――」
やたらと多いのは、彼女が日々輪を広げている証拠。
ミスティアとリグルは、ほぼ正確にその輪を認識していた。
どうと言うことはない、ルーミアが欠かさず話しているのだ。
何時何処で誰と何をして……と言うことも、聞いていた。
彼女たちの一日の締めは、大体、ルーミアの報告から始められていた。
ともかく――名を挙げる度に安堵し、その実、二名は決定的な者を避けていた。
何が決定的なのか。
『問題ある』助言をする者だ。
脳裏に浮かぶ若草のような後ろ髪に、二名は意識をそむけ続けた。
「ねぇねぇ、ミスチー、リグル?」
けれど、あぁけれど、意味のない行為だ。
「えーと、その前に、ルーミア」
「誰に教えてもらったの?」
「ぅん? 大ちゃんよ?」
賽は既に投げられていたのだから。
低く唸るリグル。
頭を抱えるミスティア。
二名が頭に描いていたのは、薄く笑む緑髪の少女――大妖精だった。
「あの女か……!」
澄ました顔でてへぺろとかしてやがる。
「いやミスチー、そんな大仰に言わなくても」
「リグルも微妙に名前を避けてたでしょ?」
「うん、まぁ」
ルーミアは言うに及ばず、ミスティアとリグルも、彼の妖精とは良好な関係を結んでいる。
率直に言えば、友達だ。
事実、先のミスティアの『あの』と言う響きに込められていたのは、侮蔑ではない。
「そう言う時の大ちゃんって、ねぇ?」
起こりえる未来を茶化すためと隠しえない畏怖――そう、ミスティアとリグルは、ある種の恐怖さえも抱いていた。
仮に他の者であれば、助言の内容をある程度予想できた。
チルノや橙、メディスンや椛なら、直球の愛情表現を推すだろう。
幾らでも策を弄せそうな幽香やアリスも、ことルーミアに聞かれたとあれば、上に同じ。
だがしかし、‘悪戯好き‘な大妖精。
「体を仰け反らすほどのインハイが来そうだね……」
ミスティアの言葉に、リグルも頬を掻き微苦笑を浮かべた。
「ね、ね!」
と、二名の袖を引く小さく白い手。
無論、やり取りを静観していたルーミアのものだ。
授けられた『方法』に微塵の懐疑も抱かず、ただ、試す許可が出るその時を心待ちにしている。
瞳も、きらっきらに輝いていた。
苦笑そのまま、リグルが一歩、足を退く。
愛する友達の願いだ、聞かぬ訳にはいかない。
けれど、繰り出されるであろうビーンボールを想像し、まだ決心がついていなかった。
「え……と」
そんなリグルの肩を柔らかく、しかし力強く掴む手。
「ルーミア、じゃあ、私にやってみようか」
「……ミスチー?」
「うん」
不安を孕んだリグルの呼びかけに、ミスティアは小さく首を縦に振る。
肩に置いた手にそっと指が触れられ、もう一度、頷く。
言葉にせず、強固な意志を伝えた。
そして、上腕を肩の高さまであげ、腕を垂直にし、両手を広げ、ルーミアへと対峙する。
「さぁ、きなっ!」
荒ぶる夜雀のポーズ。
住職とか言ってはいけない。
浮かぶ表情は真剣そのものなのだから。
「いやだからミスチー、なにもそこまで……ほら、ルーミアも呆れてるよ?」
「違うの。きっとミスチーはそうするだろうって、大ちゃんが」
「推測的中で感心してた、と。なんなのあの子」
驚きを通り越して、もはや呆れるリグル。
一方、予想されていたミスティアは笑みを返した。
口の端を少しだけ上向きにさせた、好戦的な笑み。
その視線が捉えているのは、ルーミアの後ろ、あらあらうふふと片手を頬に当てる大妖精の幻影だった。
「動きが読めていたとしても! 私の心は屈しない!!」
「あ、えと、『体はどうかしら、うふふ』」
「台詞まで!?」
なんなのあの子。
「んぅっ」
可愛らしい空咳を打ち、ルーミアがミスティアの前へと進む。
迎え撃つミスティアは、微かに息を吸い込んだ。
吐くと同時、眼を見開き、気を引き締める。
傍らのリグルもまた、固唾をのんで、やり取りを見守った。
そして、ルーミアが、腕を前で組み、顔を少し仰け反らせ、言う。
「べ、別に――」
三文字のテンプレート。
近年創造された一つの定型句。
最初の一文字を二重にし、『だからっ』で終わらせるその方法は、つまり、『ツンデレ』。子宝のぞく。
助言をそのまま実行しているからだろう、たどたどしいルーミアの様に、リグルはくすりと笑んだ。
(もう、大ちゃんてば)
同時、ミスティアもまた、笑みを浮かべていた。
しかし、リグルのものとは全く質が違う。
先に見せた強い表情だ。
(大ちゃんとしたことが、甘いわね!
ツンデレ、それ自体は素晴らしいもの、語り継ぐべき資質の一つよ。
食傷気味だとか飽きたとか、そんなのはお為ごかし、嫌よ嫌よも好きの内!
だけれど、ルーミアには合わない、そう、合わないの。
元よりルーミアは、天真爛漫笑顔が素敵な女の子!
そこにツンデレを追加するなんて、重量オーバーもいいところ。
だからと言って可愛くない訳じゃないけれど、それは元来の可愛さあってこそ!
あざとい? そのあざとささえもプラスにするのがルーミアよ。
知ってたけど可愛いって得だなぁ、こんちくしょう!)
注釈。ミスティアとルーミアの容姿は「魅力的」と同一に考えています。
ただ、可愛さってものは性格面も加味されるものだと思います。
だからまぁ、ミスティアが嘆くのも仕方ないよね?
閑話休題。
(そもツンデレの威力はツンからデレへの揺れ幅で決まるもの!
どれだけルーミアが頑張ろうが、そのツンはたかが知れている。
見え透いた薄皮一枚のツンなんて、あってもなくても変わらないわ!
いえ、或いは、私やリグルじゃなければ効果はあるかもしれない。
だけど、私は確信している――ルーミアは、私たちが大好き!!)
相手の思いを断定する。
なんと傲慢な思考であろうか。
けれど、積み重ねた日々が、ミスティアに絶対の自信を与えていた。
……それはそれとして――(溜め、長すぎね?)
先から、なにもミスティアの思考が加速していた訳ではない。
生命の危機を回避するための、所謂、走馬灯でもなかった。
顔を仰け反らせた状態で、ルーミアの動きが止まっている。
「え、と……?」
「うぅん……」
ミスティアと同様に、リグルも不安そうな面持ちでルーミアを見ていた。
ツンの揺れ幅を時間の長さと勘違いしているのだろうか。
一瞬思うも、ルーミアが示す微かな動きに、ミスティアは首を横に振る。
小さく広げられた口から零れるのは、繰り返しのフレーズ――「べつに、べつに……」。
詰まっているようだ。
「別に……うぅぅ」
低く唸るルーミア。
つなげる言葉を忘れているのか。
眉間に刻まれた珍しい縦皺が、ミスティアにそう思わせた。
「ルーミア?」
ミスティアが声をかけ、手を伸ばそうとした矢先――
「べ、別にミスチーのことなんて!」
――ルーミアが、吠えた。
同時、動く。
リグルではない。
ミスティアでもなかった。
地を蹴ったルーミアが、ミスティアに飛び付いた。
「大好きーっ!」
「わー!?」
ツン何処行った。
感情を抑えていた故だろう、ルーミアの抱擁は普段よりも熱烈だった。
具体的に記すならば、すりすりぺろぺろ。
解るよね?
「ミスチ、ミスチ、ミスチーっ」
――しばらくお待ちください。
たっぷりの抱擁の後に、けれど零されたのは溜息だった。
「……えがった」
その表情は艶々として、や、お前じゃねぇ。
「ミ・ス・チー?」
「ごめんなさい」
「もう……」
涎を垂らしそうなミスティアを叱責しつつ、リグルはその実、ルーミアに気を配っていた。
ミスティアのそれとは違う、明らかに落胆していた溜息。
恐らく、ルーミア自身に向けてのものだろう。
「むぅぅ……」
ミスティアから少し離れ俯くルーミアに、だから、リグルは身を屈め、目線を合わせる。
「間違えちゃったのかな?」
「リグル……うん」
「そっか」
唇を尖らせ己を叱責する、幼い友達。
その様に、先の躊躇いは消えうせた。
額で額を押し上げて、にこりと笑う。
「じゃあ、次は間違えないでね?」
そして、リグルは、自身の胸に掌を当てた。
「――うんっ!」
種は既に明かされている。
だから、これは通過儀礼なのだ。
何時も以上に甘くなる、そのための。
ミスティアに対した時と同様のポーズを取るルーミアに、リグルは微笑み、その言葉を待った。
「べ、別にリグルのことなんて、大好きーっ!」
「わー!?」
――(あかん)。
心の内で思いつつ、ミスティアは微苦笑を浮かべる。
二名のやり取りにと言うよりは、ルーミアの行動に自然と笑みが零れた。
今以上に仲良くなるための『解り易い好意の否定』。
嘘りであることは明白だと言うのに、それでもルーミアには荷が重いようだ。
計り知れない思いの大きさに、くすぐったささえ覚える。
「み、ミスチー!」
そんなミスティアに、すりすりぺろぺろされているリグルが手を伸ばしてきた。
「笑ってないで助けてよ!」
「助けた方がいいの?」
「む、ぐ……っ」
恨めしそうに呟くリグル。
しかし、問いに対する返事はなかった。
ミスティアが抱いた感想は、勿論、リグルにとっても同じことが言えた。
可愛くて仕方がない。
「……って、また間違えたぁ!
うー、うー……!
うぅぅぅぅ!」
だから、この場にて解っていないのは唯ヒトリ。
リグルから離れ、唸りをあげる当のルーミアだ。
眉根を強く寄せるその表情が、霰もない本心を語っていた。
本当に、本当にもう、可愛くて仕方がない。
俯き呻くルーミアに、ミスティアとリグルは柔らかく笑む。
放っておけば、この愛すべき友達は泣いてしまいそうだ。
そんなことは見過ごせない、許されない。
彼女たちにとってルーミアは、天真爛漫笑顔が素敵な女の子、なのだから。
思いには思いを。
「ルーミア」
「リグル?」
行いには行いを。
「私たちもね」
「ミスチー?」
二名は各々、ルーミアの頬に自身の頬をつけ、撫でるように押し付ける。
「ルーミアのこと、大好きだよ!」
「え、え、え? 間違ったのよ? でも、えへ、えへへぇ」
二名の反応に戸惑いながらも、心を焦がすほどに求めていた行動に、ルーミアが喉を鳴らし喜んだ――。
《全ては彼女の――》
「お姉ちゃんお姉ちゃん」
「なぁに、チルノちゃん?」
「ルーミア、ちゃんと言えてるかなぁ」
「無理でしょうね」
「え゛、じゃあ駄目じゃん」
「駄目じゃないわ。それでいいの。言えなくて、良いのよ」
《――掌の上》
まさかとは思ったが、大ちゃんマジ大ちゃん。もうクロマクでいいよ。
そしてさすが策士大ちゃんw
ルーミアが可愛いのは疑いようがないですが、このミスティアも本当に「魅力的」ですよ?