Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

お酒は大人になってから

2010/01/15 01:22:12
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少し昔の話だ。






「おくう、それじゃあ」
「うん」
お燐にお酌をしてもらって、私たちは杯を合わせた。
「おくう、おめでとう」
「ありがとう」
静かに酒を干す。初めてのお酒はくらりときた。
隣のお燐はもちろん、平気そうに飲んでいる。さっそく二杯目をついでいる。
私たちの飲んでいるところは少し寒い。屋台だからだ。屋台と言ってもちょっと変わっていて、揚げ物煮物何でも出してくれるらしい。
食事もできてお酒もあって、しかも安いということから、お燐のお気に入りのお店なのだそうだ。
新しく注いだ杯を一息に干して、お燐はふぃーっと息をついた。
「しかし、おくうもついに変化出来るようになったか。これで一人前だね」
「うにゅ、まだまだだよ」
昨日、私はようやく人間への変化が立派に出来るようになった。幻覚とかでごまかすようなのじゃなく実態を持った変化だ。
これが出来るようになるには時間がかかるし力もいる。地霊殿ではこれが出来るようになると一人前として認めることが暗黙のルールになっていた。
もっともペットの中でそれが出来るのは、まだお燐と私しかいない。それもあってかお燐なんかの喜びようはひとしおで、自分のことのように嬉しがってくれた。
私もお燐も、同じくらいの時期にさとり様に拾われて少しずつお仕事のお手伝いをするようになったけど、成長の速さでは遥かにお燐の方がはやかった。
だから私は、お燐は一番の友達だけど、同時に尊敬もしている。変化だって、お燐のほうがずっとずっと早くできた。
だから、お燐が私が人型になれるようになったのを嬉しがってくれたのは自分が認められたみたいでとても嬉しかった。もちろんまだまだとても追いつけるような実力はないけど、これでもっとお燐やさとり様のお役に立てるかなあ、と思ったりした。
そしてお燐がふざけて「まさに成人式だね!」と言い出して、今日は二人で旧都で飲むことになったのだ。
それにしても、そんなお店に屋台を選ぶあたりお燐らしいと思う。
旧都にはちらちらと雪が舞っていた。そんな中で飲むお酒は、体全体がきゅんとして、ほっこりして、美味しい。お酒をみんなが飲む理由が、少しわかった気がする。
お燐はとなりで勢い良く杯を空にしていた。
「女将さ~ん! 熱燗どんどん持ってきてね! 今日はめでたい日だから」
屋台を一人で切り盛りしている女性の妖怪さんは、黙って笑って頷いた。
女将さんは酒樽から升で酒を汲み銚子を満たす。大きな七輪の上では鉄瓶のお湯がぐつぐつと煮えていて、そこに銚子を沈めていく。
湯気が白く立ち上がって、屋台の周りだけは、温かかった。
「あの、でもごめんね、なんか、全部お燐のおごりだって」
「うん? あははは、そんなの気にしているのかい。いいのさ」
「うにゅ……」
「なんだい珍しいね。借りてきた猫みたいに」
私にとって、こうしてお燐と人型で話すのは初めてのことで、お酒を呑むのも初めてのことで、やっぱりどうしても普段どおりに振る舞えないところはある。
「あははは、気にしない気にしない、まあ、誕生日みたいなものだよ」
そんな私の不安を吹き飛ばすようにお燐は明るく笑う。お燐の笑顔は、いつでも私を元気づけてくれる。
「……うにゅ、そうだよね!」
私はあんまり考えず今を楽しむことにした。深く考えないのは私の特技だ。
「そうそう! 好きなだけ飲みなさい」
「オッス、先輩ゴチになります!」
お酒も入っているのでふたりともおかしなテンションになる。
キャッキャと笑いながらお互いの杯に注ぎあう。
「お、景気の良さそうな話をしてるねえ」
と、隣から背の高い鬼のお姉さんが顔を出した。
誰だったっけ、顔は覚えているんだけど。
「あれ、勇儀姐さん」
お燐が声を上げた。
そうそう、地底のリーダー格の星熊勇儀だ。
「なんかあったのかい」
勇儀さんは隣の席に腰を下ろすとお酒を注文した。
「そうそう、実はうちのおくうが人型になれるようになったんですよ! 今日はそのお祝いです!」
「へえ!」
勇儀さんは素直に感心したようだった。
「そいつはすごいね。大変だっただろう」
「えっと、う、うん」
地底の有名人に誉められて私はちょっと嬉しいような、困ったような、変な気持ちになった。
未だに仕事でも術でもお燐やさとり様には追いつけないし、自分がすごいという感じがしないのだ。
「なるほどね、そいつはめでたい。うん、酒が上手くなる」
勇儀さんが運ばれたお酒を受け取る。
……すごい、いきなり一升瓶が来た。
バカでかい朱塗りの杯になみなみとお酒をつぐと、勇儀さんはそれをいきなり干した。
「ぷはっ。しかしそうか、お前さんおくうって言ったっけ。えらいよ。よくがんばったな」
「えへへ、あ、ありがとう」
普段ほめられなれてないからつい口元が緩んでしまう。やっぱり、嬉しい。
「うんうん、おくうはずっと頑張ってたからねえ……修行メニュー忘れるのがアレだったけど」
隣でお燐も頷いてくれている。そっと釘をさされた気がするけど、気にしない。
「それに、なかなか人型もサマに成っているじゃないか。うん、きれいだよ」
「そ、そうですか?」
「ああ、かわいいね。地底でも美人の部類だ」
私は人間の顔の審美基準が分からないから、実はすごい不安だった。
私にとって一番きれいな妖怪はさとり様で、一番可愛い妖怪はお燐だったから、二人のどっちにも似なかったとき内心ちょっと落ち込んだのだ。
髪は長く伸びて、色は地味な黒色で。鴉だから仕方ないのはわかっていたけど、やっぱりもっと可愛く変身したかった。
お燐の燃えるような赤髪なんか、結構憧れていたんだけど、種族の違いと術の熟達度の遅さが、見事に影響したらしい。(というか、いったいお燐はどうやったんだろう)
お燐やさとりさまには似合っていると言われたけど、私は正直あまり自身が持てなかった。
だから勇儀さんにほめられたのはすごい嬉しかった。その朗らかで率直な言葉は、嘘がなくて、私の心のなかに自然に沁み透った。
「私、うまくできてる?」
「ああ、きれいだよ……」
「……うにゅ」
「おくう、なにニヤニヤしているんだよ」
お燐が猫口でからかうようにいってくる。
うるさいなあ、もう。
「というかさんざん似合っているってあたいが褒めたじゃないさ。ふーん、あたいのいうことは信じなくて勇儀さんの言うことは信じるわけだ」
「いや、だって、不安だったんだもん」
「ふ~ん、べつにいいけどねー」
「おりん~~」
「ははは、そういじめてはいけないよ」
そっぽを向くお燐を、勇儀さんが笑いながらなだめてくれる。
お燐はちょっとして、すぐにぱっと笑った。まあ、最初から冗談なのはわかっていたけれど。
「そういえば、服を揃えないといけないね」
「あ、そっか」
「予想外に大きくなるんだもんなー。あたいの服じゃ入らないね。こんど一緒に買いに行こっか」
「うん、お願い」
私、服とか全然分からないし。
未だにボタンが一人で止められない。
「ふふ、大丈夫、あたいがかわいいの選んであげるからさ」
「うん、すこし不安だけど、お願いね。動きやすいのにしてよ?」
「大丈夫大丈夫、わかっているって。……あ、でも意外と着物とか似合いそう」
どこまで本気かわからない表情で、お燐が私の体をしげしげと見る。
「だからおりんー」
「冗談、冗談だって」
「ぶうー」
「あっはっはっはっは!」
横で勇儀さんが豪快に笑った。
私たちのやりとりが面白かったらしい。
「お二人さんは仲いいねえ」
「そうですか?」
お燐が首をかしげた。
私も、これが日常だから、特に思わない。
肉じゃがを食べながら首をかしげた。
肉じゃがおいしい。
人間になると食べられるものが増えるのがうれしいなあ。
「見ていて楽しいよ。お前さん達みたいな仲の良い奴らを見ていると」
勇儀さんはお酒を飲みながら言った。
「お互い大事にしなよ」
「もちろんですよ。ねー、おくう」
「うん! 私たちは地霊殿で一番仲がいいんだもん!」
それは自信を持って言える。
お燐とはこれからもずっと友達だろう。
「そうかい。よし、ほらもっと飲め」
突然湯のみを渡されたかと思うと、そこに勇儀さんがドボドボと勢い良く注いできた。
「わわ、あ、ありがとうございます」
あわてて私はしっかりと持ち直した。
新しい料理も出来上がっては卓に並んでいく。
料理はどれも美味しかった。さすがはお燐の選んだ店だ。
楽しいな、と私は思った。こうして、人間の姿で誰かと飲むのは、楽しい。
さとり様に甘えているペットの時も幸せな時間だけど、ここには、また別の楽しさがあった。











……が、そういう楽しい時間はいつまでも続くわけではなかったらしい。
「おりんー、飲みすぎじゃない」
「うー」
お燐は屋台の卓の上に突っ伏していた。幸せそうな笑顔で、今にも眠りそう。
その周囲にはお銚子が何本も転がっている。
そういうわたしも頭の中がパヤパヤしていた。
あー、お酒って気持ちイイけどすごい頭働かなくなる。
……これ以上馬鹿になったらわたしどうなるんだろう。
「だいぶ酔いが回ってきたね」
勇儀さんは少しも顔色を変えていなかった。さすがだ。
今も徳利から直接飲んでいた
私はお燐をゆする。
「ねー、おりんー、そろそろ帰ろうよー」
「んー、まだ飲むー」
「わかんないけど帰ろうよー。あれ、わたし何してたんだっけ」
まずい、一秒前のことを忘れてる。
「なにをう」
突然、ゆらりとお燐が立ち上がった。
「あたいの酒がー、飲めないって言うのかー」
「えー、なにいって」
「のめー!」
お燐はそばにあった一升瓶をつかんだかと思うと、いきなり私の口に突っ込んだ。
「わぷ!」
かあっと口の中が熱くなる。
喉の奥まで一気にお酒が入ってきた。窒息しそうになって、たまらず慌てて飲み込むと、後から後から飲まなければならなくなった。
「んぐ! えう……んぐ……んぐ……」
「ちょ、ちょ、ちょっと、あんたそんなことして大丈夫か?」
「おくうが飲まないのがいけないんだよー。ほらー」
「んぐ……んぐ……」
もう限界……というところで、なんとか飲みきった。


あ……


これやば………



どすん。


「……うん? わー!? おくう! どうしたの」
「一升瓶空けちゃったんだよ。まあ、全部は入っていなかったけど」
「そんな! 誰がこんなことを!?」
「いや、お前さんが……」
「おくう、しっかりして、おくうううっ!」



頭の片隅にぼんやりと声が聞こえて。
私は力尽きた。










気づくと、体が、大きく揺れていた。
「あれ?」
間抜けな声を出して体を起こす。景色がガクガクと揺れていた。
「あ、ほら暴れないで、落としちゃうから」
頭をあげると、お燐の顔が目に入った。見慣れた、人間の。
私は今お燐の腕に抱き抱えられているらしい。
ということは……。
「変身、とけちゃったねえ」
お燐がかすかに苦笑した。
「あう……」
頭がひどくぼーっとする。今の状態では変身するのは無理っぽい。
「さっきはごめんねー」
「うん、なにがー?」
「いや、だから無理やり飲ませちゃって……」
「うにゅ?」
そうだったっけ。
あんまり覚えていない。
「この分じゃあおくうは明日二日酔いかもね」
「ふつかよい?」
「お酒飲むと起きる、頭痛みたいなやつ……」
「うにゅ……」
それは大変だ。
大変だと思うけど、うまく頭が働かない。
「ほら、もうすぐ地霊殿だよ。帰ったらお水飲もうね」
コクンと頷いたつもりだったが、伝わったかはわからない。
とにかくひどく頭が重かった。
暗い泥のようなものに意識を奪われる
「おくうー、あれ、寝ちゃったか」
かすかに意識の上のほうで、お燐の声が聞こえた気がした。



「……おめでとう、おくう」



(おわり)
時期外れシリーズ第二弾。
成人の日に思いついたのですが、やっぱりズルズルとこんな遅くなりました。
 
幻想郷の妖怪たちも成人式をするんでしょうか?
人間的な意味合いはともかく、一人前と認められて組織の中に迎え入れられる儀式というのは社会があればどこでも有りうりますから、似たようなのがある気はします。
そんな想像をして地霊殿の成人式はどんなのかなあと書いてみました。
おくうとお燐はこう、地霊殿で一番幸せに話しているのが似合います。

それでは、今回もあとがきまでお読みいただき、本当にありがとうございました
ちゃいな
コメント



1.喉飴削除
まさに親友って感じですね。
良いですなぁ、この雰囲気。
二人とも、仲良いなぁwぽかぽか温かい気持ちになれました。良いお話、ありがとうございます。
2.ぺ・四潤削除
一人ぼっちではないけどずっと対等な立場の者が居なかったお燐にとってはさぞ嬉しかったことでしょう。
私もその場に居たら勇儀姐さんのように奢ってあげたくなります。

読んでる途中で「?」と思ってもう一度読み返したら「!」ってなった。
もしかしておくう「服着てない」 
3.名前が無い程度の能力削除
いいなぁこれ。親友って素敵。
4.奇声を発する程度の能力削除
ぽわぽわ~。とっても素敵な親友愛でした!
この二人の仲の良さは、幻想郷でトップだと思う。
5.名前が無い程度の能力削除
サイズの合わないお燐の服を着たパッツンパッツンのおくうなわけですね
6.ice削除
おりんくう素敵です。
そして勇儀さんがジゴロさんです!
きれいだよ、とかなぜかこちらまで赤くなってしまいましたw
7.ちゃいな削除
コメント返信失礼します。

喉飴さん
いつも一番に読んでいただいてありがとうございます。はわわ。
りんくうはなんだかすごい強い絆があるような気がして、書いていて安心できます。
 ぺ・四潤さん
服着てない? はっは、そんなバカなことあるわけないじゃないですか……

……Σ(゚д゚)!?
いや、大丈夫です。服着てます! 変身解いて脱げちゃった服はたぶんお燐が抱えています。
3. 名前が無い程度の能力さん
二人の関係はすごい好きです。言葉にすると親友としかならないんですが、いろんな思いが詰まっている気がします。
奇声を発する程度の能力さん
読んでいただきありがとうございます。りんくうは二人セットだと倍増してとてもかわいいです。
5. 名前が無い程度の能力さん
ま、まさかそんなこと…… Σ(゚Д゚;≡;゚д゚)
iceさん
勇儀はお燐やお空とか地霊殿ペット相手には優しいと思います。
ジゴロなのは仕方ありません。自然の摂理です。
8.ずわいがに削除
なるほど、誕生日みたいなもんか。
確かにそうかもしれませんね。

それにしてもやっぱり屋台話は良い。
9.名前が無い程度の能力削除
暖かい話でした
りんくう最高w
それにしてもお燐が一気をさせるとはw