Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

Kiss in the dark

2011/11/06 21:59:32
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 季節は穏やかな秋。
 頃はポカポカ陽気のお昼時。
 場所は妖怪獣道にある我が夜雀屋台。



 ‘夜雀‘こと私、ミスティア・ローレライは、やってきたチルノの首筋に、二三cmほどの痣が浮かんでいるのを見つけてしまった。



「……うん、まぁ、夏に出なかった分、蚊が増えてるよね」
「お姉ちゃんに元気貰ってたら遅れちゃった、ごめん!」
「フォローをさらっと台無しにしやがった!?」

 叫ぶ私に、チルノはきょとんとした顔を向けてくる。
 あぁそうね、あんたはそーゆー奴だね。
 確定ってわけでもないし、あやふやなまま流しちゃえ。

 ‘かぷっ‘

「だからっていきなり食べないでルーミア!?」
「ふぇんひひゅーにゅー」
「くすぐったい!」

 元気注入と言っている。
 その割には噛まれているんだけど。
 所謂甘噛みと呼ばれる程度の力で首筋をなぞられていた。

 若干、気持ちいい。

「お姉さん別の所が元気になっちゃうよ!」

 何処? とか聞くのは野暮ってもんだ。

「頭とか?」
「嬉しそうにはしてるね」
「んふー、じゃぁもっとかぷかぷ!」

 順に、チルノ、橙、ルーミアの発言だ。
 既に常連扱いの幽香はまだ来ていない。
 リグルも仕事で飛び回っている。

 つまるところ、この手の突っ込み役がいなく、私は悲しい。とても悲しい。

「み、ミスティアさん! そーいうのは鳴き声だけにしてください!」
「や、最近は鳴いてない。……椛、わかっちゃったの!?」
「へ!? あ、その、わぅん……」

 橙やルーミアと仲の良い椛も、常連になりつつあった。

 顔を赤面させ沈む椛に微苦笑しつつ、きょとんとした表情のチルノと橙に右手を振る。
 もう片方の手は、元気をくれているらしいルーミアの髪に置く。
 ふわりとした感触にくすぐったさを覚えつつ、撫でた。

 そろそろ首がふやけてきてしまいそうだったのだ。

「ふぇんひ……んぅ、元気でた?」
「うん、ばっちり」
「えへへぇ」

 感謝の気持ちを込めて、更に数度撫でる。
 ルーミアは目を細め、顔を綻ばせた。
 めんこいのぅ。

 途中に私が吹き飛ばされていないことを除いて、概ね何時も通りのやり取りだ。

「……どったの、椛?」

 名前を呼んだ白狼が、自身の両手で顔を覆っているという不可思議な行動をしていること以外は。

 聞いたのは私だが、他の面子もそう思っているだろう。
 チルノと橙、ルーミアも小首を傾げている。
 あ、さっきのを引きずっているのかな?

 再び問おうとする前に、椛と私の視線が絡まった。

「わぅ!? 見てません、見てませんから!」

 何をだ。

 指の隙間からのぞく瞳をぎゅっと閉じる椛。
 見えている範囲の頬は、赤くなっている。
 年頃の少年少女は誰もが桃色間諜。

 ……や、だから、そんなピンクシーンは何処にもないぞ。

「と、言いますか!
 橙さんもチルノさんも目を閉じて!
 あぁいやそもそも、公衆の面前で口付けなど!?」

 ……あー。
 其処まで言われて、漸く解った。
 前述の通りマウストゥマウスではないのだが、刺激が強かったようだ。

「そーなのかー?」
「え、なんで?」
「にゃ?」

 そして理解するはずもない幼女三妖。
 そのままの君たちでいて。
 私のように汚れないで。

 閑話休題。

「えーっと、ごめん、椛。
 日常の一コマ的にされてるから感覚がおかしくなってた。
 だけど、私もルーミアもなんの悪気もないの。
 ついでに言うと色気もない。
 そういや、この手のスキンシップ、見たことなかったっけ?」

 問いに返されたのは、解りやすい是の答えだった――こくこくっ。

 『キスをすると元気になる』。
 誰が言い出したんだっけ……あぁ、大ちゃんだ。
 ともかく、私たちの間では、そう言うことになっていた。
 勿論、だからと言って誰彼構わずしている訳じゃない。
 ルーミアは私やリグルに、チルノは大ちゃんとレティに、橙はご主人様にかな。
 カテゴライズ幼女を何時の間にかぶっちぎっていた私と少女なリグルは、積極的にすることはなかった。

 思いつつ、思い出しつつ、ちょいとばかり赤くなっている気がしないでもない頬を掻く。

「改めて指摘されると少し恥ずかしいかな。
 でもまぁ、慣れたと言うか。
 ほら、今年の夏って暑かったでしょ?」

 それはもう、結構な頻度でルーミアからキスの嵐だったりした。

 ちょっと下世話な話……でもないか。
 そんな毎日だったけど、ルーミアに対していけない感情を抱くことはなかった。
 私に想い人がいる云々もあるんだろうけど、なんて言うんだろう、そう言うのとはまた違う気もする。

 首を傾げたままで見上げてくるルーミアの髪を、もう一度、ふわりと撫でた。

「私も、藍様がマヨヒガに来た時はしてもらってるよ?
 おでこに、ちゅ、って。
 お返しもするわ」

 手を打って、橙が嬉しそうに言う。
 だけれど、ほんとにそれは『ちゅ』なのか。
 先生なら『ぶちゅ』とか『むちゅ』とか、愛とか色々溢れだしちゃってるんではなかろうか。

「はいはい、あたいもあたいも!
 お姉ちゃんにぺろぺろって。
 今日も昨日も一昨日も!」

 次いで、挙手しながらチルノ。
 もう毎日なんじゃねぇのと半眼を向けつつ、突っ込まなかった。
 きっとどうと言うこともなく頷かれるだけだろうし、部位まで話し出すかも知れない。
 さり気にこの妖精、とっくの昔にべろちゅーを済ませていたりする。
 や、本人、そう言う認識は欠片もないんだろうけど。
 やるなぁ大ちゃん。いやいや。

 流石に少女にゃ刺激が強かろうと思いながら椛へと視線を向ける――と、何やら様子がおかしい。

「み、皆さん、進んでいらっしゃるんですね。
 でも、私も、あの……。
 その……」

 捉え方が違うんだけどな。

 耳をぴこぴこ動かす椛。
 尻尾も左右にぶんぶん揺れている。
 最もわかりやすいのは手……指だろう。

 人差し指を突き合わせ、もじもじとしていた。

「あー……椛も、誰かにしたことあるの?」
「いえ、したんではなく」
「されたんだ」

 促すように頷くと、全ての動きを止め、口を開く。

「み、耳に……きゃーっ」
「マニアックだなぁ」
「きゃーきゃー!」

 両頬に手を当て頭をぶんぶか振りながら、椛は可愛らしい咆哮を発し続けた。
 お陰でぽろりと零してしまった感想は耳に入っていない模様。
 マニアックだよね。

 因みに、幼女たちは突然の大声に目を回していたりする。

「ねぇミスチー、耳にするのって‘まにあっく‘なの?」

 ……と思っていたのだが、ルーミアは被害を免れていたようだ。

 私の傍にいたからだろうか。
 背は、此方の方が少し高い。
 だから、直撃せずに済んだのかな。

 思いつつ、見上げてくる瞳に曖昧な微笑を返した。

 チルノや橙もそうだけど、恋のイロハを知るにはまだ早い――なんてね。

 話をかわすために、私は手を軽く打ち合わせる。
 とは言え、目的はそれだけじゃない。
 そろそろ此処を出発しないと、向日葵畑で待っている幽香が心配してしまうだろう。

 なんでも、ルーミアが弾幕の稽古を幽香につけてもらっていると聞いた三名が、自分たちもと申し出たらしい。

 数度鳴らしたし、こんなものか。
 さてと手の動きを止め、空咳を打つ。
 チルノと橙、ルーミアが、真っ直ぐに椛を見ていた。

 ……ガン無視かコラ。

 声を荒げようとする直前、耳に呪詛のような呟きが飛び込んできた。
 発しているのは幼女たちの視線の先、少女だった。
 なんぞ椛が負のオーラを放っている。

 あー……。

「マニアック……そうですよね、普通、耳になんて……。
 意を決して、私は口を突き出したのに……。
 あの方からすれば童なんでしょうけど……」

 幼女たちから注がれ続ける視線など気にする余裕もなく、少女は愚痴っていた。

 なんとなく、なんとなくだが、『あの方』は特定できる。
 けれど、様子を鑑みるに話し出すと長くなりそうだ。
 そう言う話にゃ酒も入れた方が良いだろうし。

 となると、待ちビトがいる今、突っ込むのは宜しくない。

「はいはいっ!
 与太話はこの辺にしておこう!
 ただでさえ幽香待たせているんだから、行った行った!」

 先ほどよりも強めに打ち鳴らした手は、十分な結果をあげてくれた。

「そうだった」
「椛も、ほら行こう!」
「……は!? も、申し訳ありません、私ったら!」

 かくして、彼女たちは空に浮かび上がり、太陽の畑へと飛び立つのであった――。





 ふぅ、と苦笑混じりの溜息を吐き、私は屋台へと戻る。
 夕方に向けて開店の準備をしなくてはいけない。
 そういや、この頃、弾幕ごっこもあんまりやってないな。

 にしても……キスかぁ。

 立ち止り、なんとはなしに考えてみる。
 チルノや橙、ルーミアの言うキスなら、それこそ何度も。
 主にはルーミアからだけど、幽香や、リグルにだってしてもらったこともある。
 一方、椛が言うキスは……あー、ひょっとして、なくないか?
 自問の末に出た答えは、至ってシンプルだ――ない。

 数年前のクリスマス、リグルとのは……アレは事故だ。ノーカン。

 それに、思えば、私から自発的にキスしたことってないんだ。

 はふ、と息を吐く。
 今度のは自身に向けて。
 なんだか急にもやもやしてきた。

「キス、したいなぁ……」

 そして、意識せず願望が零れた。



「じゃあじゃあ、んっ」
「や、誰でも良いって訳じゃ」
「んっんっ……そーなのかー?」



 ……へ?

 くりんと顔を左に向ける。
 ふわふわの金髪が鼻をくすぐった。
 眼前にいるのは、こてんと小首を傾げた幼女。

 ルーミアだった。

「あれ、ルーミア、なんで?」
「なんでって、さっきからずっといたよぅ」
「じゃなくて……チルノたちと行ったんじゃなかったの?」
「うん。今日は待ってることにしたの」
「え、あ……そう」

 随分あっさりと返された。

 意識の外の事態に、私は目を白黒とさせる。
 驚きと恥ずかしさが五分五分と言ったところだろうか。
 ある程度冷静に分析できているのは、傍にいたのがルーミアだからだ。
 仮にチルノや橙なら、驚きの方が強かっただろう。
 椛や幽香の場合、恥ずかしさが勝ると思う。

 万が一、リグルに聞かれていたら……ちょっと、自分でもわからない。

「ミスチー?」
「と、ごめん。ぼぅとしてた」
「いいけど。……あのね、私、考えてたの」

 にこにこと笑いながら、ルーミア。

 彼女は、私にとって特別な存在だ。
 二人きりの時、特にそう思う。
 向ける感情は友達に対するものでも想い人に対するものでもない。
 敢えて表現するなら、家族だろうか。
 とびきりに可愛い妹――そんな感じかな。

「ん、何を?」

 リグルも同じなんじゃないかな、なんて気恥ずかしいことを思いながら、私は先を促すように頷いた。

「ミスチーやリグルに、何度もキスしたわ。
 幽香にしたこともある。
 だけどね」

 うんうん。

「私、キスしてもらったこと、ないの」

 うんう……あー?

 ルーミアが浮かべているのは、先ほどと変わらない表情、笑み。
 チルノや橙の話に触発され、自身を思い返していたのか。
 なるほど、最も身近であろう私やリグルはしていない。

 でも、幽香が前に、そう確か、バレンタインの時――。

「……八目鰻のチョコレート付けを、口移しで食べてなかったっけ?」
「キスじゃないわ。それに幽香、途中で口離したし」
「チキン女郎め!?」

 罵倒の言葉とは裏腹に、頭では、幽香の配慮かと考えていた。

 時々博識な面を見せるが、基本的にルーミアは、容姿の通り幼い思考をしている。
 『ふわふわ飛んで時々食べて極稀に弾幕ごっこして寝てただけ』。
 ルーミア自身が以前言っていたように、これまで余り他人との接触がなかったからだろう。
 出会いの折に伝えたこともあって、それを幽香も覚えていた。
 だから、物を食べる行為、口移しとは言え、躊躇い、自身から口を離した、と推測できる。

 ……ちらりと浮かんだ、実は幽香も初めてだったんじゃね、と言う恐ろしい想像は、この際なかったことにしよう。

「ミスチー?」
「あ、うん、なんだっけ」
「もう! ちゃんと聞いてよぅっ」

 二度目の失態に、流石のルーミアも怒り顔。
 頬をぷっくりと膨らましている。
 愛んこいのぅ。

「あはは、ごめんごめん」

 何時ものように、私は、手を伸ばす。
 目指したのは、ふわふわの髪。
 だけれど、触れたのは、もちもちとした頬だった。

「……ルーミア?」

 髪に届くより先、ルーミアに腕を取られ、置き場を替えられたようだ。

 力加減を意識しつつ、ならばと頬を撫で、私は小首を傾げた。
 その感触を味わうかのように、頭が微かに振られる。
 ルーミアの表情は、一転して嬉しそうだ。

 柄にもなく、漠然と、こんな関係が続けばいいな、なんて思った。



「んぅ……ミスチー」
「なぁにルーミア」
「キスして」

 そーいやそー言う話をしていたんだった。



「いや、あの、でもね、そう言うことは然るべき相手とね」

 言葉がうまくまとまらない。
 内心焦りつつ、一方で当たり前だとも思う。
 キスするべきか否か、いや、したいのかしたくないのかさえ、自身判断できないでいた。

 或いは――してもいいのかどうか、だろうか。

 悩む私の焦点を、手に頬を押し付けることによって、ルーミアが集めた。

「んっと……、
 私はキスされたい、
 ミスチーはキスしたい」

 問うように、諭すように、ねだるように、言う。

「何がいけないの?」

 真っ直ぐな瞳に、一切の他意を感じ得なかった。

 言う通りだ。
 何も躊躇うことなんてない。
 ただそっと、口を口に押し当てればいいだけの話し。

 思うと同時、イメージが浮かび上がり――私は、ルーミアから視線を逸らした。

「駄目?」
「ん、ぅん」
「どうして?」

 どうしてだろう。
 リグルじゃないからしたくないのか。
 いや、違う。
 想う気持ちとは別の場所がざわついている。
 じゃあ、なんで? 別って、何処だ?

「私とは、キスできない?」

 あぁ……そう、きっとそうなんだ。
 他の誰でもなく、ルーミアだから、できないんだ。
 その理由は、自分の中ですら、まだ整理がつかないけれど。
 
 曖昧な言葉と共に、私は微苦笑を浮かべ、応えた。

「どうだろう。……明るいし、ちょっと、恥ずかしいかな」
「なんだ、じゃあ真っ暗にすれば大丈夫ね!」
「おぅふ」

 なんか変な声が出た。

 いや確かに明るいからってのも嘘じゃないんだけどこの子の‘力‘考えたらそう応えるわな。
 ちくしょう、所詮は夜雀の浅知恵ってか。
 ほぅらもう真っ暗だ。

 ルーミアが‘力‘を展開し、闇を広げた。

 詳しいことは知らないが、幽香曰く、ルーミアが扱う闇は‘真の闇‘らしい。
 全ての、それこそ太陽の光さえ阻む闇は、大妖の幽香と言えど、その視覚が無意味になるんだそうだ。
 だからと言う訳ではないが、当然のように、私の視界も闇……黒で覆われている。
 けれど今、重要なのは視えないことじゃない。
 視えないことによって、視覚が意味を成さないことによって、より他の感覚が鋭くなっていること。

 鼻に香るルーミアの匂い。
 耳に届くルーミアの動き。
 肌に伝わるルーミアの柔らかさ。

「……ミスチー?」

 見えちゃいない。
 だけど、ルーミアが首を傾げたのが解った。
 闇の中だからこそ今まで以上に、私は強くルーミアを意識した。

「ごめんルーミア。できないよ」

 理由はまだ言葉にならない。

 だけど、さっきと違って今度はきっぱりと断れた。

「むぅ。じゃあほっぺなら?」
「ちゅっちゅ余裕です」
「やったぁ!」

 それでいいんかい。

 いや、ルーミアに呆れるのは筋違いだろう。
 元よりこの子の願いはそう言う感情に基づいていない。
 突然の申し出にてんぱった私が穿った捉え方をしてしまっただけだ。

 闇の中、手を伸ばし、小さな両肩をそっと押さえる。

 ふと思う。
 マウストゥマウスのキスを『穿った捉え方』だと認識したのは何時だったか。
 他の部位であれば、どうということはない。
 何故口と言う部位だけが、こんなにも心を急かせ、想いを深まらせると思うのだろう。
 私が人と同じ形をしているからか。
 それならばルーミアも含まれるし、そも人間の赤子とてそう言うことを意識はしないはずだ。
 だとすれば、だとすれば、唯ヒトリを強く想うこの心が、その行為を特別なものと認識させているのだろう。

 ――などと、草木の匂いを香らせる誰かさんを頭に浮かべ、気恥ずかしいことを考えてしまうのでした。

「ルーミア、動かないでね」

 闇の中、額を突き出し、髪にそっと触れる。

「早く早く」
「ん、はいはい」
「ミスチー、大好き!」

 何回も何十回も聞いた台詞。
 私もだよ、と心で思う。
 確かに、そう思った。

 闇の中、口を窄め、柔らかな頬にそっと押し当てた。



 ――筈だった。



 私が動いたのとその声が聞こえたのは、ほぼ同時。
 或いは、声の方が早くルーミアに届いたのかもしれない。
 だから、何気なく、ルーミアは呼び声の方に視線を向けたのだろう。

 肩を強く押さえていたら、額をもっと押し付けていれば、口をさっさと動かしていたならば……。

 そう言った『たられば』が頭に浮かんだのは、全てが終わってからだった。



「ルーミアっ!」
「ゆう――」
「っ!?」

 後で確認すれば、どうということはない、集合時間になっても来ないチルノたちを待ち切れず、幽香が向かってきていたそうだ。
 三名と合流した後、どうせ近くまで来ているのだから、とルーミアや私を誘いに来た。
 そうして屋台までやってきて、視界に入った闇――ルーミアの名を呼んだ。

 結果として、『う』の発音で閉じられたルーミアの唇に、同じく閉じていた私のソレが、触れた。


 ――トク。

 長い時間じゃない。
 とても短い時間だったと思う。
 鼓動を一つ打つかどうか……けれど、その柔らかさが確かに伝わっていた。

「ご、ごめんルーミア!」

 慌てて肩を遠ざける。
 謝るようなことではないのかもしれないが、口にしてしまっていた。
 恥ずかしさと言うよりは驚きから頭が混乱し、続く言葉が浮かんでこない。

 ――トクン。

 だから、続いて動いたのはルーミアだった。

「えへ、ありがとミスチー!」

 きっと、ルーミアは笑っている。
 礼を言う何時もの常で、とびきりの笑顔。
 そんな表情が容易に想像できて、私は焦る自身に微苦笑した。

「ん」

 頷きは、ルーミアへの返答と自身の気持ちの切り替えを兼ねていた。

 アクシデントだったのだ。
 そう、今のはただのアクシデント。
 いや、そも、端からそんなに気にかけるものでもなかったのかもしれない。

「あ、こんにちは幽香ぁ!」
「あら、ミスティアも……わ、と」

 闇がするりと離れていく。
 纏ったまま、ルーミアが幽香に飛び付いたのだ。
 突然の来訪に、ルーミアが返した挨拶は、弾んでいた。

 うん、やっぱり気にすることじゃないよねぇ。

「幽香、こんちゃ」
「あんルーミア、くすぐったいわ」
「聞いちゃいねぇ……」

 闇の中で行われている諸々に呆れつつ、私は頬に手を当てる。
 ほんの少し、まだ熱が残っている気がした。
 だけれど、赤みは引いているだろう。

 パンっ、と頬を打つ。

 なんだかんだで欲求不満のもやもやは消えてしまった。
 良いことなのか悪いことなのか、微妙に判別がつかない。
 どちらにせよ向ける相手はこの場にいない、収めるべきなのだろう。



「幽香さん、速いです!」
「ぜは、いや、椛も、大概……」
「ぬぐぐ、もっとお姉ちゃんに元気貰わないと!」

 幽香に続いて、椛に橙、チルノも帰ってきたようだ。



 何時までも引きずることじゃあない。

 思い、私は最後に呟いた。
 誰にも聞こえないような小声で、願う。
 自身のへたれっぷりに苦笑してしまうが、確かに想いを言葉にした。

「リグルに、キスしたいな」

 弾む語尾とは対照的に穏やかになる鼓動。
 小さな胸に手を当てて、想いをそっとしまいこむ。
 この想いは、まだ溢れない、もう少しは我慢できるだろう。



 できなくなったその時は、なんとかかんとか頑張ろう――意外と前向きに考えている自身に笑いつつ、私は皆の元に向かうのだった。







                      <了>





《kiss in the dark》



 ――トクンっ。

 その音に、誰も気がつかなかった。

(おかしいわ)
(おかしいわ)
(時間が短かったのかしら)

 大妖も、妖怪も、妖獣も、妖精も、気がつかなかった。
 他の誰よりも気づくべきだった妖鳥も、同じく。
 その音に、誰も気づけなかった。

(おかしいわ)
(おかしいわ)
(ちっとも元気になんてなっていない)

 唯一名、当の本人だけが、自身の身に起きている異常に心を焦がしていた。

(おかしいわ)
(おかしいわ)
(だって、とても苦しいの)

 異常。
 そう、異常だ。
 自身の小さな身体からどうしてこんなにも大きな音が出るんだろう――少女は、首を傾げた。

「……どうかした?」

 少女は変わった。
 何がどうと具体的には、自身、解らない。
 だけれど、以前なら、ほんの少し前の自身なら、身を任せる大妖に問うたと思う。

『胸が苦しいの。
 だけど、それ以上に嬉しいの。
 ミスチーにキスしてもらっただけなのに』

 だから、少女は変わったと思う。

「うぅん、なんでもない」

 火照る頬を隠すため闇を纏い続け、少女――ルーミアは、自身の想いに、戸惑うのだった。



『この気持ちは、なぁに?』



《/運命はもう貴女を傷つけるように未来へ走り続ける》
・おめでとう! ルーミアは、ルーミアは……? お読み頂きありがとうございます。

・約三年越しのフラグ回収でした。
・立てたのは『向日葵の笑顔(Extra)』、のコメント欄。
・で、今回のフラグを回収するためには後二三作必要です。おお、もぅ……。

・タイトルは奥井雅美さんの歌から。格闘ゲームのOPテーマでした。大雑把だけど面白かった。

いじょ
道標
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
エルツヴァーユとはこれまた懐かしいゲームを……サントラ持ってるけど。
2.名前が無い程度の能力削除
そうか、ルーミアもついに女の子として進化するんだな……
3.名前が無い程度の能力削除
やばい、ミスティアもルーミアもみんな可愛い!
4.名前が無い程度の能力削除
みすちーはいかにして少女の想いを挫き、己が想いを遂げるのか
楽しみにしております
5.名前が無い程度の能力削除
おめでとう!ルーミアはまた一つ大人に進化した!
封神領域エルツヴァーユ…。youtubeで見た感じ、スレイヤーズみたいな感じでしたね。