このお話は、例の如く拙作と世界観を共有していますが、このお話だけでも問題なく食べられます。
それなりの猫度を含みます。服用の際はこの点に注意した上で、尻尾をもふりたいとか、炬燵の中で一緒に丸くなりたいなぁと思った方は、自宅にいる猫の尻尾が2本になっている事を確認してからブラウザバックをお願いします。
とある冬の幻想郷の話である。
『わかさぎ大漁!!豊漁の湖に妖精殺到~流行はホバリングフィッシング~』(文々。新聞・文化面)
人妖問わずホバリングしながらわかさぎ漁に興じる姿が目撃されるようになった、紅魔館近くの湖を上流に遡る事数分にあるにとりの工房、その中にある研究室でにとりがエンジニア特有の怪しい笑みを浮かべていた。
「美しい・・・海水が滴り。」
彼女の視線の先には、大量の魚が泳ぐ大きな水槽があった。そこにいる魚は、鮪であったり、鰤であったり、いずれも内陸に位置する幻想郷ではお目にかかれない貴重な海の物ばかり。そして、にとりの手には鮭が握られている。先ほど水揚げしたばかりの鮭は、ぴちぴちと動きまわって、辺りに海水を巻き散らしている。
「こいつも私の手にかかれば・・・ンフフ」
包丁を取り出し、手早く〆ようとした瞬間、研究室のドアがいきなり開いた。
「ひゅいっ!誰?」
河童は臆病な種族だけあって、こうした事に弱い。にとりは、不安そうな表情で辺りをきょろきょろ見渡した後、気配を感じたのでおそるおそる後ろを振り返ると・・・・・
「ごきげんよう。にとり」
「でたぁーっ!!!
いきなりの来客に驚いたにとりは、全力で後退した後、尻もちを付いた。鈍い痛みに思わず涙目になるが、その涙の向こうに見えた人の姿を確認したにとりは少し安心した。知り合いのメイド、咲夜だったからである。
「何も貴女を採って食べたりはしないですわ、そもそも人間が妖怪を食べる事はないと思いますけど・・・?」
「咲夜の登場の仕方は、心臓に悪すぎるんだよぉー」
「作業の邪魔になってはいけませんので、出来るだけ気配を殺して来たのですが、失敗しましたねぇ。」
「気配どころか、時間を止めて来るから、気が付いた時にはもう手遅れだよ・・・。」
咲夜に手を引かれて立ち上がるにとり。パンパンっと打ちつけたお尻をはたき、まな板の上の鮭を見ると、既に三枚に下ろされていた。流石は気遣い上手料理上手のメイド長である。
「で、今日はどのような用事かな?」
「いつものを・・・」
「うむぅ。」
にとりは研究所の奥をガサゴソとあさり、褐色の棒を12本取り出して咲夜に渡した。
「はい、ご注文の鮭とば1ダースね。」
「ありがとう、これで美鈴はあと5年戦えますわ。」
「好きだねぇー。美鈴も。早くも今年2回目の注文だよ。」
「一度食べたら、随分と気にいったみたい。今では毎日要求されますわ。その情熱を、少しは鼠退治に向けて欲しい所ではありますが。」
「お寺のナズーリン?チーズ狙いならまだわからなくもないけどさ。」
「もっと性質の悪い、白くて黒い鼠の事よ。」
そういって苦笑する咲夜。にとりも鼠と言うのが比喩で誰かが特定できたので、渋い顔をしながら頷いて返事をした。
「あぁ・・・なるほどね。鼠退治用の猫でも連れて来たらどうかな?」
「そしたら猫が鮭とばを狙いますわ。猫まっしぐらです。」
「それもそうだね。やる気の原動力取られて、本末転倒だね。」
しばしの間、世間話を楽しむ咲夜とにとり。このままでは、職務に影響が出るかなーと思った所で話題を変えて。
「そろそろお暇させて頂きますわ、お嬢様と妹様が、イワシのつみれ鍋が食べたいと申しておりました。」
「吸血鬼ってイワシ食べて大丈夫なのかい?」
「頭さえなければ、大丈夫みたいですわ。」
「分かった、用意できたら知らせてあげるからー」
「お願いしますわ。」
ぺこりと一礼して、鮭とばを持ってきた袋に詰めた咲夜。そんな彼女を覗く目が一つ。
「お魚さんの匂い・・・しかもあんなに沢山!!」
噂話をすれば影あり。化け猫・橙が自前の猫目を生かして暗い天井裏に忍びこんでいたのである。橙は匂いの発信源だけを視野に捕えて、狙いを定めて、タイミングを計る。
「いっただきー!!!」
咲夜が大切に抱えた袋から飛び出していた鮭とばを一本咥えて、橙は身を翻して研究所を飛びだした。突然の出来事に咲夜は暫くあっけに取られていたものの、すぐに我に返り慌てて研究所を飛びだした。土足厳禁の研究所内に入る為に脱いでいた靴の存在すら忘れて・・・
お魚咥えた化け猫、追っかけて、裸足で飛んでく、陽気な咲夜さん~♪
なんてのんびりした展開とは程遠く、研究所を飛びだし、林の中をちょこまかと逃げる橙。素早さに定評のある橙のフットワークを目で追うのは百戦錬磨の咲夜といえども困難な事であった。俊敏に動きまわるのが得意な橙にとって、林の中での鬼ごっこは得意分野なのである。
しかし咲夜も黙って逃がす訳がない。主人の前では財布は持たない事もあるけれど、ナイフは何時でも常備している咲夜は、迷わず、ふととものナイフホルスターに手をかけて、銀のナイフを数本取り出した。
「逃がすものですか!」
―目にも止まらぬ早業で投げるナイフは、ストライク!
「にゃっ!!」
橙のスカートの裾を正確に捕えたナイフは、見事命中し、スカート共々近くの木に突き刺さった。必死にナイフを抜いて逃げ出そうとする橙に音も無く近づき、耳元でそっとこう囁いた。
「人のお魚を盗む猫は・・・猫なべがいい?」
その一言で恐怖が臨界点に達した橙は、氷のような咲夜の笑みを見ただけで気を失った。気絶した橙を見た咲夜は内心では慌てていたものの、それを表情に出すような真似はしない。
「あらまぁ・・・脅かしただけで極楽浄土に行ってしまったのでしょうか。」
「何の騒ぎ?」
「あら、にとり、お魚咥えた化け猫を捕まえただけですよ。」
「流石に野良猫じゃなかったか。とりあえず、うちの工房で休ませたら?」
「そうね、事情聴取はしておきませんと。」
気絶した橙を抱きかかえ、にとりの工房へと戻る咲夜。しばらくの間横になっていた橙は、誰が起こすまでもなく目を覚まして辺りを見回す。すると、気絶する前に自分を覗きこんでいた顔がこちらを見ていた事に驚いた。
「さ、咲夜・・・」
「どうして、人の物を盗もうとしたの?」
すまし顔、されど目は若干厳しめに。ただし、また気絶されてもいけないので加減をする咲夜。しばらく橙は黙っていたが、やがて重い口をゆっくりと開く。
「ごめんなさい。お腹に赤ちゃんがいて動けない仲間の猫がいて・・・少しでも栄養のある美味しい物を食べさせてあげたかったから・・・藍様は紫様のお世話で付きっきりで、お魚を獲ろうにも、水が怖いしそれで・・・」
罪の意識からか泣きだす橙、セリフの至る所に泣きじゃくる声が混ざって。嘘を付いているようにはとても見えぬその素振り。咲夜は、咳払いをしてからにとりに尋ねた。
「・・・にとり、鮭とばを一つ追加していい?」
「うん。すぐ取って来るー。」
暫くの間を置いて、にとりが再び褐色の鮭とばを持って現れた。咲夜はにとりから鮭とばを受け取り、半べその橙に優しく笑って、そっとこう告げた。
「事情は把握したから一本御馳走するわ、仲間にごちそうしてあげなさい。その代わり、次、やったら本当に怒るわよ?」
橙は差し出された鮭とばを受け取ると、深々と一礼。咲夜もふっ、と短いため息を吐いた。懐中時計を開けて時間を確認、そして踵を返す。
「お嬢様と妹様が待っていますので、これにて。」
言うか言わぬか、時間を止めてその場を去る咲夜。残されたにとりも、橙に注意をする。丸くなって申し訳無さそうに注意を聞く橙の様子を見たにとりは、次はしないなと言う確証を得る事ができたので、とりあえず一安心。
丁度その時・・・ピロリーンと言う小気味良い謎の電子音が鳴った事には、誰も気が付かなかった。
―そんな事から暫くたったある日の事。
「にとり、いつものをお願いできるかしら。」
「ごめん、咲夜。品切れだよぉ・・・今、切り身を干している真っ最中なんだ。」
「なんですって!?」
「天狗にばれちった、仲間の子供が無事に生まれたからとか言ってる橙だけじゃなくて、地霊殿の猫とか、鬼とか、お寺の虎から大量の注文を受けたから・・・そのぉ・・・」
おずおずと差し出された新聞を手に取る咲夜、しばらくののちわなわなと震えだして。
「くっ、パパラッチ天狗が文だけでない事を完全に失念していたわ・・・」
『幻想郷の新たな珍味、鮭とば~その魅力とは~』(花菓子念報・生活面)という見出しの記事を見つけた咲夜は思わずそう呟き、落胆した・・・
魚の扱いに際しては、猫のみならず、鳥にも十分な用心が必要だった事を思い出した咲夜は、大きなため息をついてにとりの研究所を後にした。
―仕方が無いので、今夜の美鈴のお酒の肴には時間操作で熟成した金華ハムでも出そう。そんな事を考えながら。
「・・・お嬢様と妹様、ようやくお休みになりましたわ。はい、今日のおつまみ。」
「・・・あれ、咲夜さん。鮭とばは?」
「ごめん、金華ハムしかないのよ。」
「別に構いませんよ、咲夜さんが出してくれるならそれだけで嬉しいですから。」
「褒めても他に何も出ないわよ?」
「ぶっちゃけた話、咲夜さんとの語らいが最高の酒の肴なんて・・・ね。」
「もぅ・・・バカ。」
「とっておきの紹興酒開けますから、一杯やりましょう。」
―最高の酒の肴とお酒と共に迎える楽しいひと時。
仕事の後の休息に、語らいと言う名の肴を添えて過ごす、冬の夜明け前。
ランプが照らす2人きりの酒場に、紹興酒のグラスが重なる音が、チンっと鳴った。
「出来れば咲夜さんのほっぺを優しくおつまみした・・・って、何ですかこの大量のナイフは?」
「調子に乗るのはダメ、よ」
ピチューン!!
―ささやかな門番のお願いは叶う事無く、生まれたての太陽は何事も無く幻想郷を照らし始める・・・
―今日も幻想郷は平和である
それなりの猫度を含みます。服用の際はこの点に注意した上で、尻尾をもふりたいとか、炬燵の中で一緒に丸くなりたいなぁと思った方は、自宅にいる猫の尻尾が2本になっている事を確認してからブラウザバックをお願いします。
とある冬の幻想郷の話である。
『わかさぎ大漁!!豊漁の湖に妖精殺到~流行はホバリングフィッシング~』(文々。新聞・文化面)
人妖問わずホバリングしながらわかさぎ漁に興じる姿が目撃されるようになった、紅魔館近くの湖を上流に遡る事数分にあるにとりの工房、その中にある研究室でにとりがエンジニア特有の怪しい笑みを浮かべていた。
「美しい・・・海水が滴り。」
彼女の視線の先には、大量の魚が泳ぐ大きな水槽があった。そこにいる魚は、鮪であったり、鰤であったり、いずれも内陸に位置する幻想郷ではお目にかかれない貴重な海の物ばかり。そして、にとりの手には鮭が握られている。先ほど水揚げしたばかりの鮭は、ぴちぴちと動きまわって、辺りに海水を巻き散らしている。
「こいつも私の手にかかれば・・・ンフフ」
包丁を取り出し、手早く〆ようとした瞬間、研究室のドアがいきなり開いた。
「ひゅいっ!誰?」
河童は臆病な種族だけあって、こうした事に弱い。にとりは、不安そうな表情で辺りをきょろきょろ見渡した後、気配を感じたのでおそるおそる後ろを振り返ると・・・・・
「ごきげんよう。にとり」
「でたぁーっ!!!
いきなりの来客に驚いたにとりは、全力で後退した後、尻もちを付いた。鈍い痛みに思わず涙目になるが、その涙の向こうに見えた人の姿を確認したにとりは少し安心した。知り合いのメイド、咲夜だったからである。
「何も貴女を採って食べたりはしないですわ、そもそも人間が妖怪を食べる事はないと思いますけど・・・?」
「咲夜の登場の仕方は、心臓に悪すぎるんだよぉー」
「作業の邪魔になってはいけませんので、出来るだけ気配を殺して来たのですが、失敗しましたねぇ。」
「気配どころか、時間を止めて来るから、気が付いた時にはもう手遅れだよ・・・。」
咲夜に手を引かれて立ち上がるにとり。パンパンっと打ちつけたお尻をはたき、まな板の上の鮭を見ると、既に三枚に下ろされていた。流石は気遣い上手料理上手のメイド長である。
「で、今日はどのような用事かな?」
「いつものを・・・」
「うむぅ。」
にとりは研究所の奥をガサゴソとあさり、褐色の棒を12本取り出して咲夜に渡した。
「はい、ご注文の鮭とば1ダースね。」
「ありがとう、これで美鈴はあと5年戦えますわ。」
「好きだねぇー。美鈴も。早くも今年2回目の注文だよ。」
「一度食べたら、随分と気にいったみたい。今では毎日要求されますわ。その情熱を、少しは鼠退治に向けて欲しい所ではありますが。」
「お寺のナズーリン?チーズ狙いならまだわからなくもないけどさ。」
「もっと性質の悪い、白くて黒い鼠の事よ。」
そういって苦笑する咲夜。にとりも鼠と言うのが比喩で誰かが特定できたので、渋い顔をしながら頷いて返事をした。
「あぁ・・・なるほどね。鼠退治用の猫でも連れて来たらどうかな?」
「そしたら猫が鮭とばを狙いますわ。猫まっしぐらです。」
「それもそうだね。やる気の原動力取られて、本末転倒だね。」
しばしの間、世間話を楽しむ咲夜とにとり。このままでは、職務に影響が出るかなーと思った所で話題を変えて。
「そろそろお暇させて頂きますわ、お嬢様と妹様が、イワシのつみれ鍋が食べたいと申しておりました。」
「吸血鬼ってイワシ食べて大丈夫なのかい?」
「頭さえなければ、大丈夫みたいですわ。」
「分かった、用意できたら知らせてあげるからー」
「お願いしますわ。」
ぺこりと一礼して、鮭とばを持ってきた袋に詰めた咲夜。そんな彼女を覗く目が一つ。
「お魚さんの匂い・・・しかもあんなに沢山!!」
噂話をすれば影あり。化け猫・橙が自前の猫目を生かして暗い天井裏に忍びこんでいたのである。橙は匂いの発信源だけを視野に捕えて、狙いを定めて、タイミングを計る。
「いっただきー!!!」
咲夜が大切に抱えた袋から飛び出していた鮭とばを一本咥えて、橙は身を翻して研究所を飛びだした。突然の出来事に咲夜は暫くあっけに取られていたものの、すぐに我に返り慌てて研究所を飛びだした。土足厳禁の研究所内に入る為に脱いでいた靴の存在すら忘れて・・・
お魚咥えた化け猫、追っかけて、裸足で飛んでく、陽気な咲夜さん~♪
なんてのんびりした展開とは程遠く、研究所を飛びだし、林の中をちょこまかと逃げる橙。素早さに定評のある橙のフットワークを目で追うのは百戦錬磨の咲夜といえども困難な事であった。俊敏に動きまわるのが得意な橙にとって、林の中での鬼ごっこは得意分野なのである。
しかし咲夜も黙って逃がす訳がない。主人の前では財布は持たない事もあるけれど、ナイフは何時でも常備している咲夜は、迷わず、ふととものナイフホルスターに手をかけて、銀のナイフを数本取り出した。
「逃がすものですか!」
―目にも止まらぬ早業で投げるナイフは、ストライク!
「にゃっ!!」
橙のスカートの裾を正確に捕えたナイフは、見事命中し、スカート共々近くの木に突き刺さった。必死にナイフを抜いて逃げ出そうとする橙に音も無く近づき、耳元でそっとこう囁いた。
「人のお魚を盗む猫は・・・猫なべがいい?」
その一言で恐怖が臨界点に達した橙は、氷のような咲夜の笑みを見ただけで気を失った。気絶した橙を見た咲夜は内心では慌てていたものの、それを表情に出すような真似はしない。
「あらまぁ・・・脅かしただけで極楽浄土に行ってしまったのでしょうか。」
「何の騒ぎ?」
「あら、にとり、お魚咥えた化け猫を捕まえただけですよ。」
「流石に野良猫じゃなかったか。とりあえず、うちの工房で休ませたら?」
「そうね、事情聴取はしておきませんと。」
気絶した橙を抱きかかえ、にとりの工房へと戻る咲夜。しばらくの間横になっていた橙は、誰が起こすまでもなく目を覚まして辺りを見回す。すると、気絶する前に自分を覗きこんでいた顔がこちらを見ていた事に驚いた。
「さ、咲夜・・・」
「どうして、人の物を盗もうとしたの?」
すまし顔、されど目は若干厳しめに。ただし、また気絶されてもいけないので加減をする咲夜。しばらく橙は黙っていたが、やがて重い口をゆっくりと開く。
「ごめんなさい。お腹に赤ちゃんがいて動けない仲間の猫がいて・・・少しでも栄養のある美味しい物を食べさせてあげたかったから・・・藍様は紫様のお世話で付きっきりで、お魚を獲ろうにも、水が怖いしそれで・・・」
罪の意識からか泣きだす橙、セリフの至る所に泣きじゃくる声が混ざって。嘘を付いているようにはとても見えぬその素振り。咲夜は、咳払いをしてからにとりに尋ねた。
「・・・にとり、鮭とばを一つ追加していい?」
「うん。すぐ取って来るー。」
暫くの間を置いて、にとりが再び褐色の鮭とばを持って現れた。咲夜はにとりから鮭とばを受け取り、半べその橙に優しく笑って、そっとこう告げた。
「事情は把握したから一本御馳走するわ、仲間にごちそうしてあげなさい。その代わり、次、やったら本当に怒るわよ?」
橙は差し出された鮭とばを受け取ると、深々と一礼。咲夜もふっ、と短いため息を吐いた。懐中時計を開けて時間を確認、そして踵を返す。
「お嬢様と妹様が待っていますので、これにて。」
言うか言わぬか、時間を止めてその場を去る咲夜。残されたにとりも、橙に注意をする。丸くなって申し訳無さそうに注意を聞く橙の様子を見たにとりは、次はしないなと言う確証を得る事ができたので、とりあえず一安心。
丁度その時・・・ピロリーンと言う小気味良い謎の電子音が鳴った事には、誰も気が付かなかった。
―そんな事から暫くたったある日の事。
「にとり、いつものをお願いできるかしら。」
「ごめん、咲夜。品切れだよぉ・・・今、切り身を干している真っ最中なんだ。」
「なんですって!?」
「天狗にばれちった、仲間の子供が無事に生まれたからとか言ってる橙だけじゃなくて、地霊殿の猫とか、鬼とか、お寺の虎から大量の注文を受けたから・・・そのぉ・・・」
おずおずと差し出された新聞を手に取る咲夜、しばらくののちわなわなと震えだして。
「くっ、パパラッチ天狗が文だけでない事を完全に失念していたわ・・・」
『幻想郷の新たな珍味、鮭とば~その魅力とは~』(花菓子念報・生活面)という見出しの記事を見つけた咲夜は思わずそう呟き、落胆した・・・
魚の扱いに際しては、猫のみならず、鳥にも十分な用心が必要だった事を思い出した咲夜は、大きなため息をついてにとりの研究所を後にした。
―仕方が無いので、今夜の美鈴のお酒の肴には時間操作で熟成した金華ハムでも出そう。そんな事を考えながら。
「・・・お嬢様と妹様、ようやくお休みになりましたわ。はい、今日のおつまみ。」
「・・・あれ、咲夜さん。鮭とばは?」
「ごめん、金華ハムしかないのよ。」
「別に構いませんよ、咲夜さんが出してくれるならそれだけで嬉しいですから。」
「褒めても他に何も出ないわよ?」
「ぶっちゃけた話、咲夜さんとの語らいが最高の酒の肴なんて・・・ね。」
「もぅ・・・バカ。」
「とっておきの紹興酒開けますから、一杯やりましょう。」
―最高の酒の肴とお酒と共に迎える楽しいひと時。
仕事の後の休息に、語らいと言う名の肴を添えて過ごす、冬の夜明け前。
ランプが照らす2人きりの酒場に、紹興酒のグラスが重なる音が、チンっと鳴った。
「出来れば咲夜さんのほっぺを優しくおつまみした・・・って、何ですかこの大量のナイフは?」
「調子に乗るのはダメ、よ」
ピチューン!!
―ささやかな門番のお願いは叶う事無く、生まれたての太陽は何事も無く幻想郷を照らし始める・・・
―今日も幻想郷は平和である