日が沈む。
完全な闇ではないその時間、『誰そ彼』の刻。
人里より外れ、森の近くに、一つの光。
「またぁ~そらから~ひとつのこえ~きえたぁ~♪」
その光―提灯の光の元、唄が聞こえる。
「とびぃ~ちるのはぁ~おさなきぃゆめぇ♪」
一人の少女―羽があるので人間ではないようだが―が、割烹着を着て、歌いながら団扇で炭火を扇いでいる。
その上に金網。その上には捌かれたヤツメウナギが乗っていてたれの焦げるいいにおいが唄声とともに辺りに満ちていた。
と、そこに、数人の人影。
「ややや、今日もいい声ですね、おかみさん」
紅い髪の紅魔館の門番と
「全くです。それに、とてもいい匂いです」
白髪の半霊の庭師と
「私たちが一番乗りみたいですね。あぁ、お腹すいたぁ」
永遠亭の赤い目の玉兎。
実はこの三人、よくこの屋台にやって来る。
初めはたまたま出くわしていただけだったが、話してみたらなんともうまが合う。苦労人的な意味で。
で、今は三人合わせて月に2,3度この屋台にやって来る。
「とぉきの~やいばにぃ~♪って、いらっしゃーいお嬢さん方。今日は、食べるほうで?飲む方で?」
歌うのをやめ、『お仕事モードに入りました!』といった感じで頭巾を締め直すおかみさん。
「どっちもで!具体的に言うといつものうな重で!あと、お酒を一升ほど。冷で。」
紅髪の門番が元気に手を挙げて答える。
「貴女は相変わらず、ですねぇ…。なのにそのプロポーションとはどういうことなのでしょうか。気になります」
白髪の庭師が項垂れながら「あ、私は白焼きで。一合、ぬる燗つけてください」と、注文する。
「私は今日は食べに来たので、お重をひとつ下さい。吸い物つきで」
玉兎が二人のやりとりを見て微笑みながら、控え目に注文する。
「承りました~。お待ちいただく間、はい、お通し」
そう言って小鉢に綺麗に盛り付けられた料理が出される。
「おや、おかみさん新作ですか?」
そう言いながら、すでに箸を構えている紅髪の門番。幻想郷最速はここにいた。
「たまたま、いいタケノコが入りましてねぇ~。うなぎをはさんで油で揚げてみただけの、簡単なものですよ」
そう言いながら、塩と七味を差し出す。
「見た目がとても美しいですね…いただきます」
丁寧に手を合わせ、箸をつける白髪の庭師。
「ホント、きれい。いっただきます♪」
うきうきと手を合わせ、食べ始める玉兎。
とれたてのタケノコの香り。新鮮なヤツメウナギの香り。
一口、歯を入れると、
さくっ、しゃくしゃく、ふわふわ。
さくっと小気味の良い音を立てて噛み切られた後に、よほど丁寧に下ごしらえされたのだろうか、臭みを全く感じないヤツメウナギの身がほろりと崩れる。
そして飲み込むと、口の中に残るのは程良いうるおい。
七味のぴりっとしたほどよい刺激と、タケノコの甘さと、ヤツメウナギのほろっと崩れるやや癖のある味の三連続攻撃――
「―おいしい!」
三人とも、異口同音にそう言う。
「単純ですが、単純な料理故におかみさんの腕前全てが出ていますね!」
うまーうまーと食べる紅髪の門番。
「まさにその通りです。揚げる時間、衣の厚さ、具材の厚さ。全てがこうあって然るべきものになっていてこその、この味ですね!」
まるでこれも修行だと言わんばかりの真剣な表情で食べる白髪の庭師。
「くすっ。あなた、そんなに鬼気迫る表情で食べなくてもいいのに。でも、んーお~いし~い」
そんな修行僧のような白髪の庭師を茶化しながら、それでもこのおいしさに頬を緩ませその緩んだ頬に手をおきながら味わう玉兎。
「あはは、そんなに褒めても注文したのより少しばかりいいお酒しか出ないよ~♪はい、これ」
そう言って門番と庭師の前に出されるおちょこととっくり。
―そのとっくりには、やや、どころではなくかなり、およそ3倍ほどの大きさの違いがあるが。
「兎の方(かた)にはこちらでようござんしたかね?」
と、やや演技がかった風にそう言って出されたのは、同じくとっくり。
「あ、いやー私は下戸なので…」
「えぇ、知っております。こちらは…そうそう、このあいだ門番さんからいただいた、えぇと、シードルっていう、西洋のリンゴのお酒でして。弱い方でも大丈夫とおっしゃっていましたので」
そうですよーと相槌を打つ門番。
「じゃ、じゃぁ、最初の一杯だけ…」
そう言っておちょこを受け取る玉兎。
「ではでは」
そう言って一人一人にお酌をするおかみさん。
「おっとっと。美人のおかみさん自らとは、うれしいですねぇ」
片手で笑顔でそれを受ける門番。
「これはこれは。ありがとうございます」
両手で恭しく受ける庭師。
「洋酒を猪口で飲むのも、幻想郷らしくていいですね。どうもです」
始めて見る洋酒を興味津々な目で見つめながら受ける玉兎。
「では」
示し合わせたわけでもなく、三人が三人を見る。
「かんぱい!!」
ちん、と声にしては控え目に猪口同士を当てる。
門番は文字通りぐいっと。
庭師は文字通りくっと。
玉兎は文字通りちびりと。
そこからはもう、ささやかな、でも賑やかな宴の席だ。
「もう!お嬢様ときたらまた我儘を押しつけてきまして…。てんやわんやだったんですよー」
「私もですよっ。まったく、あのお方にはもっと毅然としておられないいけないのにやれお腹空いただの、やれお腹空いたなど…あれ?」
「あー私も今日、師匠に『その耳、猫耳にしたらどうかしら』なんて真顔で言ってきて!もう!」
それは友人にしか言えない愚痴だったり。
「あーでも。この前知能の低い、徒党を組んだ野良妖怪と戦って大けがした時は泣いて心配してくださってたなぁ…ほろり」
「…のろけですかそれは。まぁ、私も、あのお方に「ありがとう、御苦労さま」って笑顔で言っていただけた時は生きてて良かったって感じになりますね。半分ですが。あっはっはっはっは!!!」
「痛い痛い!そんな景気よくばっしばっし叩くな!!…全くもうみんな主に甘すぎよ…。師匠なんて厳しいし変なことしてくるばっかりで…。でもまぁ匿って下さったことは感謝しているし、失敗した時は本気でやさしくしてくれるし、可愛がってくれてるという実感はあるからそこには感謝してるのよ?してるんだけど。なんでこう、変な方向に突っ走るかなぁ。でも天才って昔から頭がアレな人多いからそれの類なのかなぁ?でも(以下割愛)
泣き上戸な門番や
笑い上戸な庭師や
語り上戸な玉兎を見て
微笑みながら聞く側に回りお酒を注いだり料理を出したり。
とっても楽しそうに、忙しいおかみさん。
それから、数時間後。
門番はよく食うしよく飲むし
それに釣られて庭師もしこたま飲むし
玉兎は弱いのに飲みすぎたらしくぐでんぐでんになっているし。
「では、そろそろ」
「そうですねー」
そう言うと門番が玉兎をおんぶして、立ちあがり。
「お代、これで足りますかね?」
と、やや多めのお代を出す。
「ん。少しばかり多いですね」
「あぁ、これは、お気持ち…貴女の唄へのおひねりということで」
そういってふにゃっと笑う門番。
「では、ごちそうさまでした。また、近いうちに!」
「御馳走さまでした。今度、いくつか料理を教えてくださいね」
そう言って一礼する門番と庭師。
「ありがとうござんした~。では、またのお越しをば、お待ちしております♪」
それに綺麗な一礼でもって返すと、二人は夜道を帰っていった。
「…ふぅ」
宴が終わってみれば、なんだか残る若干の寂しさ。
ちょっと早いけど、店じまいしよう。そう思って暖簾を片付けようと外に出た時。
「あ、あーおかみさん。その、もう店じまいかい?」
聞き慣れた、声がした。
「!」
そちらを振り返ると、やはりその人がいた。
「ま、まだ大丈夫ですよ、も…藤原さんっ!」
「おお、それは有りがたい。やっぱり仕事の帰りはここで一杯やらないと締まらないんだよねぇ。しかし、いつになったら名前で呼んでくれるのかな、おかみさんは」
「そ、それは…。藤原さんも名前じゃ呼んでくれないじゃアありませんか」
「そ、それはそうだけど…。どうも、慣れなくてな」
―藤原さんとおかみさんは、お互い好き合っていた。
初めは竹炭屋とそのお客。そして次に屋台のおかみとそのお客。
何度も会って話しているうちにいつの間にか、どうしようもなく好きになっていることに気がついた。
で、二人はどちらが言い出したわけでもなく、なんとなく、恋人のような関係になっていた。
だがしかし、両思いだと分かっていてもなかなかこういざ会ってみると緊張してしまい、恋人らしい事ができない。
名前で呼ぶとか。一緒に笑うとか。
ふてくされた風に、あのお通しと、お猪口と徳利を出す。
「お、このたけのこは…」
「えぇ、今朝、藤原さんがくれたやつですよ。さっきのお客さんに大好評でした。流石、いいものを知ってますね」
「いやいやこれは、…むぐむぐ、うんやっぱりうまい!これはおかみさんの腕前のなせる技だよ!…くーっ、またお酒と合うねぇ!」
手酌しながら、もぐもぐと箸を進めていく。
「ふ、ふん。おだてても唄声くらいしか出ませんよー」
「…じゃぁ、歌ってほしい、な。『ミスティア』」
ぴたり。
「…え?」
「あーうー…うん。…あ、『ミスティア』、お酒くれ」
かぁぁぁぁぁ、と、先ほどの玉兎よりも真赤になるおかみさん―ミスティア。
まぁそれは言った本人もだったが。
「はいよ、お代は、うん。結構だよ」
どん、と一升瓶を置く。
「お、そりゃまた景気がいいな。…何か企んでる?」
くっくっと悪い顔で笑う―
「何も企んでないさ、飲みなって『妹紅』さん?」
ぴたり。
また止まった時。今日はよく時間が止まる。
「…ぷっ」
「…ふふっ」
でも動き出すのは同時だった。
「「あーっはっはっはっは!!!」」
笑う。笑う。
一歩さえ踏みだせば、後は簡単だった。
お酒の勢いだとしても、それでもやっぱり、うれしい。
ひとしきり笑った後。
「…あーやっぱり、名前で呼んでもらうのって、素敵だねぇ」
「しかも、よりによって私に呼ばれたんだ。ミスティアの嬉しさもうなぎ昇りだろう?」
かっと、再び顔を赤らめるミスティア。その様子を見てからからと笑う妹紅。
「うう…だったら、私に好きって言ってみて下さいよ!」
「好きだ。ミスティア。愛してる」
言いやがった。
「くぅぅぅ…臆面もなく…!。ん?妹紅さん。ここ、タレ、ついてるよ」
「ん?どこ?」
顔をごしごしとこする妹紅。
「とれた?」
「取れてないよ…まったくもう」
そう言いながら顔を近づけ。
はむ
「!!?!?!?!??!?!??!」
「ふふ…。可愛い顔もできるのね、妹紅さん」
たれが付いたらしい部分…具体的に言うと唇にほど近い頬をついばまれた。この夜雀め!
「だって、妹紅さんが生意気なこと言うんだも―ん。お返しさね!」
何かがふっ切れたかのようにそう言いむっふう、と胸を張るミスティア。さっきまでのうぶなおかみさんはどこへ。
「~~~~!!!!んんなろっ!!」
っちゅううう
今度はミスティアが狼狽する番だった。
おもいきり、唇にキスされた。
結構吸われた。
「なんの!!」
ちゅっ
「っえい!!!」
ちゅうう
「うりゃ!!!」
むちゅ
「やぁっ!!!!」
れろっ
「うわっ舌を入れるな!!!!」
―その後しばらく、夜が更けるまでこの接吻合戦は続いたという。
終わらせて下さい。
生きるのがつらくても、生きなきゃダメな時がある……だから代わりに俺が逝きます!!いざ、おかみすちぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!
もこみすもっと流行れ!
もこみす良いなぁ…
時間が止まるってのも、おもしろいですなあ!!!
筍の鰻挟みはマジ美味そうでした。
あんまりありそうでなかったもこみす。これはいいな!