「しかし、オカルト、ねぇ」
「どうしたの? オカルトの塊の村紗水蜜さん」
「一輪、それ、私をバカにしてるでしょ」
「バカにしてないわ。こけにしてるのよ」
「同じこと。
あんた口悪いわね」
「あなたのような人と付き合っていると、負けないようにするには、口を鍛えるのが一番なの」
何を言ってもしれっと返してくる。
そのくせ、その内容は、こちらが投げたものより数段悪質。
こういう奴は苦手なのよね、と村紗は思う。
その相手――雲居一輪は、丁寧な手つきで、一枚一枚、洗濯物をたたんでいる。
無言で、『言われたくなければ手伝え』と言っているのはよくわかる光景だ。
「まぁ、そういうオカルティックなものをどうこうするのがうちらの仕事とはわかっているけれど」
「何が言いたいのよ。あなた」
「色々」
頬杖ついて、のんびり、外を眺める。
視線の先は墓場。ここは、命蓮寺という寺であるからして、その光景は実に普通である。
その墓場を、幽谷響子という妖怪と封獣ぬえという妖怪が掃除して回っている。
それを監督して――というか、眺めながら笑っているのは、二ッ岩マミゾウという妖怪。
前者は後者に『お手伝いしたらお小遣いをやろう』という言葉を受けて、目を輝かせてお手伝いの真っ最中なのだ。
「オカルトの現実化ってさー。
あれ、結局、どうやってんの?」
「さあ? 私にはさっぱり」
「さあ、って。
あんただって、何かやってたでしょ」
また一枚、タオルをたたんで、一輪はそれを横に置く。
村紗は『適当なこと言うな』という視線を彼女に向けて、
「ほら、あの、何? でっかい女のやつ。
あれ何?」
「ああ、あれ?」
「そう。あれ」
「あのボールは、ある意味、夢をかなえる存在だったのだー、とかいう話を聞いたけど。
本当にそれが現実になるのかなんてわからないわよ」
「そりゃまぁ、あんなものがかなえたい夢の人となんて、私はお付き合いしたくないわね」
オカルトという名の『妖怪』の具現化を夢見ている輩など、絶対、ろくでもない奴である。
まぁ、この世の中、そういう奴らばっかりなのは今更言うまでもないが、それにしたって、それを日頃から夢見て恋い願っている輩とはお近づきにはなりたくないだろう。
「それぞれに何らかの特色はあるのでしょうけどね。
たとえば、こころちゃんなんて、ただの仮装だし」
「ああ、あのかわいらしいの」
「そう。思わず頭なでて飴玉あげたくなるような」
そしてそれを実行した結果、『わーい』と、そのこころなる妖怪はぴょんこぴょんこ飛び跳ねて喜んでいたりする。
「彼女とよく遊んでいて、ぬえとも仲のいいこいしちゃんなんてそのまんまだし」
「あれ心臓に悪い」
「あなた心臓動いてないでしょ」
夜中、トイレに起きて、いきなり背後から『わたし、こいしちゃん! 今、お姉さんの後ろにいるの!』とでかい声でやられて肝をつぶした経験のある村紗は、『あれ、誰かやめさせてよ』とぼやいた。
「神子さんはまぁそのまんまだし、布都ちゃん……は、あれどうやってるのかしら」
「友達なんじゃないの?」
「幽霊が友達……って、まぁ、うん。そうかもしれないわね」
そんなのがあってたまるか、と言い掛けて、ここ、幻想郷という世界には町中うろついている幽霊が、日中、堂々と出現する世界なのだということを思い出して、一輪は言葉を濁した。
というか、そもそも、目の前の村紗自体が幽霊である。今更、『幽霊が友達とかバカらしい』とは言えない。
「あんたは何なのよ。あれ」
「あれね」
「あんたの友達? それとも、何かの術? もしくは……」
「雲山よ」
「ああ。雲山なんだ」
「そう。あれ、雲山」
「へぇ~…………………………………………………………」
そこで、村紗の時間が停止する。
墓場の方から、『よし、よく頑張ったな。二人とも。ほれ、お小遣いじゃ』『わーい!』という微笑ましい声が聞こえてくる。
どこからともなく、鳥の鳴き声が『あややや~』と響き渡り――、
「……え!? 雲山!?」
「そうよ」
「いや、あれ、でも、え!?」
「何よ。何かおかしいことでも言った? 私」
首をかしげて、一輪は、怪訝そうな眼差しを村紗へと向ける。
――村紗は、しばし、時間にしておよそゼロコンマの世界で考える。
落ち着け、村紗。落ち着くんだ。冷静になれ。冷静になって考えるな、感じるんだ。幻想郷に常識は通用しない。そんな世界に、私の常識を持ち込むな。これは、そう。現実なんだ。夢じゃない。夢がかなって現実になるんだ。つまり、オカルトとは現実なのであって――、
「……え? 雲山?」
しかし、思考がそれでまとまるはずもない。
雲山。
村紗も知っている。
この寺の中で、日々をすごす雲入道である。
親父である。
雲親父である。
頑固者である。
どこからどう見ても、親父である。
下手なギャグや一発芸などを、彼はあまり好まない。そもそもそういう融通一切利かない。
「……え?」
一輪が、此度の一件で見せた『あれ』とは、すなわち、女の妖怪のオカルトであった。
女である。
妖怪はさておき、女である。
それが、雲山である。
おっさんである。
そして、この雲山、冗談などはあまり好まない堅物である。
「何よ?」
一輪は、村紗が見せている表情や雰囲気を全く理解できていないようだ。
首をかしげている彼女に、村紗は「……え、うん。そう……」とだけ言って、後は黙り込んだ。
何だかよくわからないという風に首をかしげた後、一輪は、たたんだ洗濯物を持って歩いていった。
しばらくの間、村紗は動くことが出来なかった。
いや、正確には、頭をひたすら動かしていたせいで体を動かすことが出来なかったのかもしれない。
――彼女が、この金縛りから解放されたのは、もう日も斜めに傾き、カラスが『あややや~』と鳴く頃だったという。
『……一輪殿』
「何? 雲山」
『うむ。いや、その……このごろ、村紗殿がわしを見る目が少しおかしいのだが……何か心当たりはないだろうか?』
「さあ?」
それからしばらくの間、彼、雲山は村紗からの『……………………』という視線を受け続けることになる。
両者の間の『誤解』という名の見解の相違が晴れるまで、まだ少し、時間はかかりそうである。
「どうしたの? オカルトの塊の村紗水蜜さん」
「一輪、それ、私をバカにしてるでしょ」
「バカにしてないわ。こけにしてるのよ」
「同じこと。
あんた口悪いわね」
「あなたのような人と付き合っていると、負けないようにするには、口を鍛えるのが一番なの」
何を言ってもしれっと返してくる。
そのくせ、その内容は、こちらが投げたものより数段悪質。
こういう奴は苦手なのよね、と村紗は思う。
その相手――雲居一輪は、丁寧な手つきで、一枚一枚、洗濯物をたたんでいる。
無言で、『言われたくなければ手伝え』と言っているのはよくわかる光景だ。
「まぁ、そういうオカルティックなものをどうこうするのがうちらの仕事とはわかっているけれど」
「何が言いたいのよ。あなた」
「色々」
頬杖ついて、のんびり、外を眺める。
視線の先は墓場。ここは、命蓮寺という寺であるからして、その光景は実に普通である。
その墓場を、幽谷響子という妖怪と封獣ぬえという妖怪が掃除して回っている。
それを監督して――というか、眺めながら笑っているのは、二ッ岩マミゾウという妖怪。
前者は後者に『お手伝いしたらお小遣いをやろう』という言葉を受けて、目を輝かせてお手伝いの真っ最中なのだ。
「オカルトの現実化ってさー。
あれ、結局、どうやってんの?」
「さあ? 私にはさっぱり」
「さあ、って。
あんただって、何かやってたでしょ」
また一枚、タオルをたたんで、一輪はそれを横に置く。
村紗は『適当なこと言うな』という視線を彼女に向けて、
「ほら、あの、何? でっかい女のやつ。
あれ何?」
「ああ、あれ?」
「そう。あれ」
「あのボールは、ある意味、夢をかなえる存在だったのだー、とかいう話を聞いたけど。
本当にそれが現実になるのかなんてわからないわよ」
「そりゃまぁ、あんなものがかなえたい夢の人となんて、私はお付き合いしたくないわね」
オカルトという名の『妖怪』の具現化を夢見ている輩など、絶対、ろくでもない奴である。
まぁ、この世の中、そういう奴らばっかりなのは今更言うまでもないが、それにしたって、それを日頃から夢見て恋い願っている輩とはお近づきにはなりたくないだろう。
「それぞれに何らかの特色はあるのでしょうけどね。
たとえば、こころちゃんなんて、ただの仮装だし」
「ああ、あのかわいらしいの」
「そう。思わず頭なでて飴玉あげたくなるような」
そしてそれを実行した結果、『わーい』と、そのこころなる妖怪はぴょんこぴょんこ飛び跳ねて喜んでいたりする。
「彼女とよく遊んでいて、ぬえとも仲のいいこいしちゃんなんてそのまんまだし」
「あれ心臓に悪い」
「あなた心臓動いてないでしょ」
夜中、トイレに起きて、いきなり背後から『わたし、こいしちゃん! 今、お姉さんの後ろにいるの!』とでかい声でやられて肝をつぶした経験のある村紗は、『あれ、誰かやめさせてよ』とぼやいた。
「神子さんはまぁそのまんまだし、布都ちゃん……は、あれどうやってるのかしら」
「友達なんじゃないの?」
「幽霊が友達……って、まぁ、うん。そうかもしれないわね」
そんなのがあってたまるか、と言い掛けて、ここ、幻想郷という世界には町中うろついている幽霊が、日中、堂々と出現する世界なのだということを思い出して、一輪は言葉を濁した。
というか、そもそも、目の前の村紗自体が幽霊である。今更、『幽霊が友達とかバカらしい』とは言えない。
「あんたは何なのよ。あれ」
「あれね」
「あんたの友達? それとも、何かの術? もしくは……」
「雲山よ」
「ああ。雲山なんだ」
「そう。あれ、雲山」
「へぇ~…………………………………………………………」
そこで、村紗の時間が停止する。
墓場の方から、『よし、よく頑張ったな。二人とも。ほれ、お小遣いじゃ』『わーい!』という微笑ましい声が聞こえてくる。
どこからともなく、鳥の鳴き声が『あややや~』と響き渡り――、
「……え!? 雲山!?」
「そうよ」
「いや、あれ、でも、え!?」
「何よ。何かおかしいことでも言った? 私」
首をかしげて、一輪は、怪訝そうな眼差しを村紗へと向ける。
――村紗は、しばし、時間にしておよそゼロコンマの世界で考える。
落ち着け、村紗。落ち着くんだ。冷静になれ。冷静になって考えるな、感じるんだ。幻想郷に常識は通用しない。そんな世界に、私の常識を持ち込むな。これは、そう。現実なんだ。夢じゃない。夢がかなって現実になるんだ。つまり、オカルトとは現実なのであって――、
「……え? 雲山?」
しかし、思考がそれでまとまるはずもない。
雲山。
村紗も知っている。
この寺の中で、日々をすごす雲入道である。
親父である。
雲親父である。
頑固者である。
どこからどう見ても、親父である。
下手なギャグや一発芸などを、彼はあまり好まない。そもそもそういう融通一切利かない。
「……え?」
一輪が、此度の一件で見せた『あれ』とは、すなわち、女の妖怪のオカルトであった。
女である。
妖怪はさておき、女である。
それが、雲山である。
おっさんである。
そして、この雲山、冗談などはあまり好まない堅物である。
「何よ?」
一輪は、村紗が見せている表情や雰囲気を全く理解できていないようだ。
首をかしげている彼女に、村紗は「……え、うん。そう……」とだけ言って、後は黙り込んだ。
何だかよくわからないという風に首をかしげた後、一輪は、たたんだ洗濯物を持って歩いていった。
しばらくの間、村紗は動くことが出来なかった。
いや、正確には、頭をひたすら動かしていたせいで体を動かすことが出来なかったのかもしれない。
――彼女が、この金縛りから解放されたのは、もう日も斜めに傾き、カラスが『あややや~』と鳴く頃だったという。
『……一輪殿』
「何? 雲山」
『うむ。いや、その……このごろ、村紗殿がわしを見る目が少しおかしいのだが……何か心当たりはないだろうか?』
「さあ?」
それからしばらくの間、彼、雲山は村紗からの『……………………』という視線を受け続けることになる。
両者の間の『誤解』という名の見解の相違が晴れるまで、まだ少し、時間はかかりそうである。