この物語は「赤き館の小さなメイドSIDE:美鈴(2)」の続編となっております。
※この物語はオリジナル設定を多分に含まれております。それがダメな方はこの場で回
避することを推奨いたします。
大丈夫な方は↓へどうぞ。
空が白み始めるころ、私は目を覚ます。
ベッドから起き、チャイナ服に着替えると部屋から出る。足を向ける先は宿舎に隣接
する修練場。
小さな広場程度の広さの修練場の真ん中に立ち、太極拳から始まり徐々にスピードを
上げ、これまで習得してきた拳法の型を行っていく。私のいつもの習慣だ。
それを30ほどこなしたところで、朝日が顔を出し始める。
鳥の鳴き声があちらこちらから聞こえ始める。
見上げると雲は無く、今日も良い天気になりそうだった。
「隙あり!!」
「ありませんよ」
突然の声と共に小さな人影が襲ってくる。
私はそれを最小限の動きで避け、相手の襟首を掴むとそのまま地面に投げつけた。
それから避ける暇を与えず、右太もものホルダーに収められたクナイを服の端に投げ
つけ、相手を地面へと縫い付ける。
「まだまだ甘いですよ」
それを確認してから私は縫い付けた相手に声を掛けた。
「今日こそはと思ったのにぃ」
地面で悔しそうに門番隊の妖精が声を上げる。
「これでお前の293敗0勝だ。記録更新は続きそうだな」
笑い声と共に宿舎の方から姿を見せたのは門番隊の副門番長を勤める妖精だった。
「おはようございます。美鈴隊長」
「おはよう、夜勤お疲れ様」
門番隊は私を含め、総勢7名の小数部隊だ。その門番隊を現在纏めているのが副門番
長を務めている彼女なのだ。
とはいえ、門番隊にはもともと副門番長という役職は無く、私がお嬢様の命でメイド
を勤めることになったため、門番の出来ない私の代役を立てるために急遽設けた役職と
なっている。
「美鈴隊長は館のメイドに任命されても、日課は変わらないのですね」
「メイドといっても一時的なものだし、私が門番長であることに変わりないから。有事
にはきちんと備えないとね」
「あの子とはその後どうですか? 私は活動時間帯が合わないので、あの子と顔を合わ
せることが無いのですが」
「うん、私の名前を呼ぶようにはなってくれたけれど、そこまで。咲夜が来て一緒に生
活するようになってから一週間も経つのにあまり話もしてくれないわ」
「人間、妖精、妖怪を問わず小さな子には直ぐに懐かれる美鈴隊長も、今回ばかりはお
手上げですか。と、噂をすれば……」
ジャリ、と石を踏む音が聞こえ、姿を見せたのはメイド服に身を包んだ咲夜だった。
「おはよう、咲夜」
「おはよう……めーりん。朝ごはん、できた」
「うん、分かった。直ぐ行く」
私が頷くのを確認すると、咲夜は宿舎へと戻っていく。
「じゃあ、そういうことだから私は行くわ」
副門番長に手を振り、私は咲夜の待つ食堂へと向かう。
「はい。……ほら、お前もそろそろ起きろ。風呂に行くぞ」
「ちょ、待ってください! 私も行きますから! 置いてかないでください~!」
背後から部下の嘆きの声が木霊した。
門番隊の宿舎の一階にはそこそこ大きな食堂があり、食事の時は門番隊のメンバーは
皆ここの厨房で各々の食事を作る。そのため、食事時には非番のメンバーと顔を合わせ
ることが多い。
「あ、門番長。おはようございます」
食堂に入ると、そこには門番隊の妖精と館の妖精メイドが小さくグループを作って食
事をしながら談笑していた。
門番隊のメンバーが私に気付き挨拶する。
「おはよう、みんな」
挨拶を返し、私は咲夜の姿を探す。
「門番長も朝食ですか?」
「咲夜ちゃんならさっき厨房で見ましたよ」
「そう、ありがとう」
妖精たちの言葉に厨房を覗いてみると、咲夜は踏み台を使って厨房に立ち、目玉焼き
をフライパンから皿に移そうとしているところだった。
「手伝おうか、咲夜?」
「必要ない……」
咲夜は持ち上げた目玉焼きを落さないように慎重に皿に移す。
一つ目は成功。しかし、二つ目で移すことに失敗。床に落すことは免れたものの、ベ
チャッという音を立てて黄身を下にしてフライパンに落下した。
しばしその場で呆然とする咲夜。
そんな咲夜の横に立ち、私はその目玉焼きを皿に移す。
予想通り黄身の部分は潰れ、目玉焼きは見るも無残な姿となっていた。
そんなことには構わず、潰れたそれを皿に乗せる。
「ぁ……」
何か言いたそうに咲夜が私を見る。
「この程度の失敗、たいしたこと無いよ。せっかく咲夜が私のために作ってくれたんだ
もん。それを無駄にする訳にはいかないよ」
咲夜に小さく笑ってみせる。
目玉焼きの乗った皿を二枚持ち、私は食堂のテーブルに皿を置く。潰れたものは私の
方へ。
それから咲夜の持ってきた薄く焦げ目の付いたトーストの乗ったバスケットを受け取
り、それをテーブルの中央に置く。
咲夜と向かい合う形で席に着く。
「いただきます」
二人で手を合わせた。
朝食を食べ終わった頃、食堂の窓を叩く音が私の耳に届いた。
窓に眼を向けてみると、少し前まではそのような気配など一切無かったのに窓の外で
は景色が白く霞むほどの激しい大雨となっていた。
あまりにも唐突な不可解な現象。
「これは……」
バタン!と大きな音が聞こえてきたのはその時だ。
「全然そんな気配無かったのに急に降ってくるなんてー!」
「うえー、中までビショビショ」
食堂のドアを開け、飛び込んできたのはこの時間に門番をしていた妖精達だった。し
かし、その姿は全身ずぶ濡れで足元には落ちた雫で既に水溜りが出来上がっていた。
「あなた達、タオルと彼女達の着替えを取ってきて!」
それを見た私は、すぐさま食堂で食事をしていた他の妖精達に指示を出す。
返事と同時に彼女達は食堂を飛び出していく。
「直ぐにタオルと着替えが来るだろうから、あなた達は今着ているものを全て脱いでし
まいなさい。そのままでは体調を崩すわ」
「は、はい」
水を吸って体に張り付く服に苦労しながら彼女達は服を脱いでいく。
その間に私は洗濯用の籠を取りに走る。
「脱いだ服はこの中に入れて」
「門番長、タオルと着替え持って来ました!」
「ありがとう、彼女達に渡してあげて」
手渡されたタオルで全身を拭く彼女達に声を掛ける。
「それで、門の方はきちんと閉めてきた?」
「はい、こっちに来る前にきちんと閉めてきました」
頭を拭きながら一匹が答える。
「結界の陣の確認と門の警戒鈴の設置は?」
「確認してきました。警戒鈴も設置完了してます」
「そう、それなら問題なしね。それじゃ、あなた達は雨が上がるまではここで待機。警
戒鈴があるから大丈夫だとは思うけれど、外敵の進入には気をつけて」
「はい」
私の言葉に門番隊の妖精達はしっかりと頷いた。
「誰かいますか!?」
突然食堂のドアが開かれた。
ひどく慌てた様子で入ってきたのは、メイド服の上にレインコートを身に纏った妖精
メイドだった。
「どうしたの、そんなに慌てて!?」
「フランドールお嬢様が部屋から抜け出したみたいで、誰か見ませんでしたか!?」
妖精メイドその言葉に食堂内は騒然となる。
それで私はこの不可解な大雨の意味を理解した。おそらくその報告を受けたパチュリ
ー様が急遽雨を降らせたのだろう。
「落ち着いて! とにかく私もフラン様の捜索に出ます。あなた達門番隊は先程言った
ようにここで待機。もしフラン様を見かけたら直ぐに連絡して。それから、咲夜」
私の後ろに控えていた咲夜が私を見る。
「私が戻ってくるまで咲夜はここで待っていて」
咲夜が頷くのを確認し、私は妖精メイド達と共に紅魔館へと向かった。
館の中は妖精メイド総出でフラン様捜索に当たり、彼女達が右へ左へ走り回っていた。
「そっちにはいた!?」
「こっちはダメ」
「こっちも」
「後探していないのは地下の図書館とパチュリー様の私室、それとレミリアお嬢様の私
室くらいしか……」
「そこは私が行くわ! あなた達は他に見落としが無いかもう一度見回ってきて」
集まった妖精メイド達に指示し、私は地下の図書館へ走った。
図書館の扉を開け、パチュリー様の姿を探す。
「パチュリー様!」
「ここよ。妹様はまだ見つからない?」
図書館の中央に魔方陣を設置して操作を行いながら、パチュリー様は私に話しかける。
「はい、残念ながら。図書館には来ていませんか?」
「こっちには来ていないわ。来ていれば私が感知しているから」
「パチュリー様の私室の方はどうですか?」
「私の私室? ――そっちの方にも来ていないわね。私の部屋には結界が張ってあるか
ら侵入者があれば直ぐに分かるし」
「そうですか……」
これでパチュリー様の所に来ている可能性は消えた。
「残るはお嬢様の私室ですか……」
呟いて私はパチュリー様に一礼して図書館を出ると、お嬢様の私室へと向かった。
「お嬢様、失礼します!」
「なに、さっきから騒々しいわね。まだ陽が出ているというのにいったい何の騒ぎ?」
お嬢様の私室のドアを叩き、入室するとお嬢様はベッドの上で眠そうに目元を擦りな
がら上半身を起こす。
「騒がしくしてしまい申し訳ありません、お嬢様。フラン様が自室を抜け出したような
ので、館の妖精メイド達と行方の捜索中でして」
「ハア、またあの子は……」
私の報告にお嬢様は溜め息を吐く。
「館内の他の部屋は既にくまなく探して残るはお嬢様の私室だけなんです。フラン様は
こちらに来ていませんか?」
「私は今起きたばかりで部屋はこの通り、隠れるような場所もないわ」
私は室内をざっと見回すがお嬢様の言う通り、家具の少ないこの部屋に誰かが身を隠
すような場所は存在しない。当然フラン様の姿は無い。
これで紅魔館の中は全て探したことになる。
「後は外……か」
「それなら私も行くわ。美鈴、私の着替えを取って頂戴」
「は? しかし外は雨ですよ?」
「どうせパチェが降らせているんでしょう? 使いを飛ばしておくから、私が出る頃に
は止むわ。ところで、美鈴。あなたに預けてから一週間になるけれど、咲夜とはその後
どうかしら?」
使いの蝙蝠を飛ばし、お嬢様は私を見る。
「咲夜ですか。まだあまり口も聞いてくれませんよ」
壁際に置かれた衣装箪笥からお嬢様の服を出しながら答える。
「でも、お嬢様は何故あの子を私に任せたんですか? 私でなくても館内で働くそれな
りに優秀な妖精メイドもいるじゃないですか」
「それがあなたの運命よ」
「私の運命……ですか?」
よく分からずに私は首を捻る。
お嬢様に服を手渡す。
「そうよ。……さあ、行くわよ」
「待ってくださいお嬢様! フラン様の居場所が分かってるんですか?」
私の言葉に答えず部屋を出て行くお嬢様を追い掛け、私も部屋を出た。
お嬢様の言う通り、お嬢様が館を出る頃にはあれだけ激しく降っていた雨はすっかり
止んでいた。空は重く厚い雲が覆っている。
そして、先を歩くお嬢様の向った先は門ではなく、門番隊の宿舎だった。
「ここね」
「ここって……私の部屋?」
お嬢様が足を止めたのは、宿舎の私の部屋の扉の前だった。
扉を開ける。
「美鈴!」
扉を開くと同時に私の名を呼んで私に跳びついて来たのは、金の髪の小さな体。
「フラン様! 何故私の部屋に? ……それに咲夜まで」
強烈な特攻で私の胸に体当たりをするその体を受け止め、部屋を覗き込むと奥で私を
見る咲夜の姿があった。
「今日は美鈴のところに遊びに来たの!」
私に抱き付き、きらきらした瞳でフラン様は私を見上げる。
「フラン、あまり手間を掛けさせないで頂戴」
「むぅ。うるさいなぁお姉様は」
「さあ、自分の部屋に戻りなさいフラン」
「えー、美鈴と遊びたいー」
「フラン」
「はーい」
お嬢様にフラン様はつまらなそうに返事をすると、私から降りる。
それから咲夜に振り返ると口を開いた。
「咲夜っていったっけ? あなた、面白いね。今度、遊びましょう」
「行くわよ、フラン」
「あ、待ってよお姉様! じゃあね、美鈴。また遊びに来るね!」
「今度はこっそり抜け出すなんてやめてくださいよ、フラン様」
注意をするがそんな私に笑顔で手を振ると、フラン様はお嬢様を追いかけて行った。
「フランドール様!?」
下から妖精たちの驚く声が聞こえてくる。どうやら彼女達もフラン様がこの宿舎を訪
れていたことに気が付かなかったようだ。
「はぁ、分かってるんだか分かってないんだか」
悪びれた様子もないフラン様に小さく溜め息を吐く。
それから部屋に入り扉を閉めた。
「やれやれ、灯台もと暗しってこういうことを言うのかしら」
咲夜は私に小首を傾げて見せた。
「いや、なんでもないわ。ところで咲夜、フラン様と何かお話でもしていたの? フラ
ン様があなたの事を気に入っていたようだけれども」
無言で咲夜は首を横に振る。
「そう……」
この一週間ですっかり慣れてしまったその反応に、私は頷きを返すと箪笥の中からメ
イド服を取り出してそれに着替える。
「それじゃ、今日はちょっと遅くなったけど、張り切ってお仕事行きましょうか」
「……はい」
準備を終え外に出てみると、雲もすっかり晴れ、太陽が頂点に来ていた。
私は咲夜と一緒に食堂で簡単に昼食をとると、二人並んで紅魔館へと向った。
今日は咲夜に何を教えようか。
そんなことを考えながら、私は紅魔館の扉を押し開けた。
今回は咲夜さんの出番が少ないですね。
いや、うちの猫の名前なんだけど。
続編期待です