20XX年、幻想郷は常軌を逸した未曾有の暑さに包まれた。
しぶとく幻想郷に留まっていたレティ・ホワイトロックは外気に触れた瞬間蒸発し、夏から冬にかけて土中で休眠するリリーホワイトはそのまま土中で蒸し死んだ。
「ばぼぼぼぼぼ」
頭のてっぺんから足の先まで、茹で蛸のように真っ赤になりぐったりと呻く物体はまず霧雨魔理沙に発見された。
「大変だ、霊夢がまるでタコのように真っ赤だぜ」
井戸の水を汲み上げブチ撒けてみても苦しげにバ行で呻くのみ。
賽銭箱は水浸しになった。
「ぼべべ」
「手の施しようがないぜ」
困り果てた魔理沙は八雲紫を頼ることにした。
空から現れた紫も「どうしようもないわね」と呟き、とりあえず桶に水を張りそこに浮かべてやる。
どうやらバ行しか喋れない程に衰弱していたらしい。
「ばぼぼぶべ」
その内に近所の妖怪たちも何事かと神社に集まる。
何だかんだで霊夢は妖怪たちに慕われている。
「このまま休ませておくしかないぜ」
自分たちに出来ることは無いと分かり、といってこのまま帰るのも馬鹿らしいと、妖怪たちは境内でだべり始めた。
誰かが酒を持ち出すと、いつしか小さな宴会が始まる。
「霊夢ったら真っ赤にのぼせちゃって、まるでタコみたいね。そういえばお腹が空いたわ」
唐突に紫が呟く。
「そういえばお腹が空いたわ」
そう繰り返されて妖怪たちは紫の言わんとしていることを理解し、周囲は水を打ったように静まり返る。
静寂を破れず、ただ紫を見つめることしか出来ない。
周囲の目が自分にも向けられていることに気付いた魔理沙は何とか硬直状態から抜け出し、紫に声を掛けることに成功する。
「はは、はははー。た、タコじゃないんだから」
「でもお腹が空いたの」
場違いに明るい声を一太刀で斬り捨て紫が桶に近付く。
ルーミアがそれに続く。
「おなかすいた」
最早ルーミアは「なのかー」などと語尾に付けている場合ではなかった。
タコが食べたかったのである。
「おいおい、ルーミアも落ち着け。霊夢を食べちゃダメだぜ」
あまり刺激したら自分がルーミアに齧られてしまうんじゃあないか。
及び腰になりつつも魔理沙はルーミアをたしなめる。
「そもそも霊夢はタコじゃ……」
「幻想郷には海が無いのです」
魔理沙の声を遮ったのは四季映姫・ヤマザナドゥ。ちなみに彼女の住処は博麗神社から遠く離れており、決して近所の妖怪ではない。
「そしてタコは海水でしか生きることが出来ない。つまり、それはタコではなく、博麗霊夢です」
ドヤ顔で白黒を付けた閻魔は、満足げに鳥居を潜り帰っていった。
リスポーンしたレティ・ホワイトロックは下半身から溶け始め、こちらもリスポーンしたリリーホワイトがドライアイスでレティの蒸発を止めようとしている。
彼女たちは後にホワイト同盟を組み、夏を駆逐することを目的に過激な活動を繰り広げることになるが、それはまた別の話である。
「確かに、私は毎日神社に来てるし、霊夢の顔も見てる。けど、霊夢はタコじゃなかった気がする」
続いて一歩前に出たのは伊吹萃香、頻繁に神社に通っている彼女のこの意見に数人の妖怪たちが頷く。
同じく萃香も頷くと、更に言葉を続ける。
「でも今猛烈にたこわさで酒を呑みたい」
「 「 「 「 「!?」 」 」 」 」
ある妖怪は背中に包丁を構え、ある妖怪は塩を用意した。
ある妖怪は「あの紅白具合じゃもう茹だってしまってるじゃないか」と呟き、ある妖怪は「そういうのもあるわよ」と耳打ちする。
ルナチャイルドはふうきみそで麦酒を呑む。
「……春。」
「夏よ」
「夏だよ」
「ぼぼぼぼぼっ」
殺気に反応し呻き声を上げる桶を、魔理沙が滝のような汗を流しながら仁王立ちで背に庇う。
「論点がずれてるぜ。『霊夢がタコだったかタコじゃなかったか』じゃなくて、『こいつが霊夢かタコか』が問題だろう」
「じゃあ、萃香の『神社でよく見る霊夢はタコじゃなかったから、これはタコじゃない』という意見は無効にしていいのね」
「えっ。あっ。あれっ」
暑い。
それに加え焦りで回転の鈍った魔理沙の脳は、今し方自分が何か間違えてしまったのかそうでないのかも把握出来ない。
その様子を見た妖怪がまた一人、今度はわさびを擦りおろし始める。
「魔理沙、わさびがダメなら唐揚げにしてもいいのよ」
「そうじゃなくて!」
優しく諭すような紫の声を掻き消し魔理沙は叫ぶ。
「お前らおかしいぜ!? どうしちゃったんだよ!」
「ばぶぶぶぼ」
いつの間にか材料を揃え終えた妖怪たちがじりじりと魔理沙を囲み、輪を狭めていく。
魔理沙は涙目でミニ八卦炉を振りかざす。迫る妖怪たちのスピードはゆっくりと、しかし決して止まらない。
輪の半径が2メートル程にまで狭まり、
「すだこー!!」
目を爛々と輝かせたルーミアが口を大きく開けて桶に飛び掛かる。
魔力付与、肉体強化でルーミアを弾き飛ばし桶に飛び込んだ魔理沙は、全身水浸しになるのも構わずタコを両手で抱きしめ叫んだ。
「霊夢に手を出すなぁ!」
潰されたタコが墨を吐く。
黒々魔女になる白黒魔女。
数秒の沈黙。
「今夜はタコパーティーだぜ!」
抱きしめたタコを天高く掲げる魔理沙。
響き渡る大歓声。
最高
別ベクトルの異才の匂いだ
つまりバダコは茹で上がった霊夢に見えるくらい擬態が上手いんだな
家で飼うから1匹売ってくれ
…ハッ!?あやれいむじゃなくてあかれいむ!?
予想外デス…
まぁ楽しかったからいいや!
たこわさ美味ぇ