―――紅魔館
4月23日 現在の時刻 14時39分
今、私は廊下の曲がり角で彼女が来るのを待っている
自身の呼吸と気配を殺し、曲がり角に潜んでいることを悟られぬよう最大限の注意を払い
ガチャリ、と
向こうから扉の開く音、部屋の掃除を終えた彼女が出てきたのだろう
足音は徐々に、徐々にこちらに近づいてくる
曲がり角に完全に身を隠しているため、こちらからも彼女の位置を確認することは出来ない
しかし!門を守っている時以上に集中している今の私には、周囲の気の流れが手に取るように感じられる……!
今!彼女は間違いなく、曲がり角の向こう1.5mの位置にいる!切るならば……このタイミングしかない!
私は意を決して曲がり角を飛び出し―――
「咲夜さん!そのお姿!撮らせて頂きます!」
カメラのシャッターを―――切った
そして世界は……止まった
「まったく……この子は」
紅魔館メイド長、十六夜咲夜はため息をついた
「何度私の写真を撮ろうとして失敗すれば気が済むのかしら」
目の前にはカメラを構えたまま静止している紅魔館門番、紅美鈴
咲夜は「時を止める程度の能力」によりピクリとも動かない美鈴からカメラを取り上げた
シャッターは……切られる寸前で止まっていた
「ふぅ……」
ため息をつき、安堵する
写真だけは、そう写真だけはどうしても撮られたくはないのだ
などと考えているうちに能力が解け、時が再び動き出す
それと同時に美鈴が弾かれた様に動き出した
「やった!撮りました!今撮りましたよ!絶対!……ってあれれ?ない?カメラは?どこに?」
「ここにあるわよ」
手に持ったカメラを軽く振りながら咲夜は答える
「あっ!咲夜さん!ズルいですよ、時を止めたんですね!」
美鈴は頬を膨らませるが咲夜はそ知らぬ顔だ
「ズルい、じゃないわよ。私は写真を撮られるなんて絶対嫌よ」
咲夜は異常なほどに写真を撮られることを嫌う
彼女には写真を絶対に撮られたくない理由があるからだ
「咲夜さん……!写真を撮られても……」
その理由とは
「魂を取られたりしませんってば!」
十六夜咲夜は「写真を撮られると魂を取られる」と、本当に信じているのだった
事の発端は3日前、美鈴が香霖堂からカメラを買ってきたことから始まった
「ある新聞記者」のお古であるらしいそのカメラを使い、美鈴は館に住む者を順に撮って回っていた
……のだが、咲夜だけは写真を撮られることを頑なに拒否していた
聞けば写真を撮られた者は魂を取られるのだとか
勿論、写真を撮られたからといって魂が取られるはずもない、のだが……何故か咲夜はそれを信じているのだ
しかしそんな事で引き下がる美鈴ではない。彼女はどうしても咲夜の写真が欲しかった
この3日間様々な方法を使い、咲夜の姿をカメラに収めようと試みた
もっともその全てが悉く失敗し、今現在に至ったわけなのだが……
「レミリアお嬢様やパチュリー様だって写真を撮られても魂を取られたりしてないじゃないですか、大丈夫ですって!」
「それはお嬢様方は人間じゃないからよ。カメラ位で魂を抜かれたりしないわ」
「もしかしたらぱっと見でわからないだけで、実は魂の一部を取られてちょっと寿命が縮んでいるかもしれないし」
「うぐっ……手ごわい」
「そもそも、どうしてそんなに私の写真を撮りたいの?」
「えっ?それは……その……」
「理由くらいは聞かせて欲しいわ。3日間も追い回されて理由も聞けないなんて割に合わない」
美鈴は迷った。こんな理由を言っていいものなのだろうか、と
「お、怒ったりしません?」
「よほどの理由じゃない限りはね。さ、教えてもらおうかしら」
どうやら咲夜は絶対に理由を聞き出したいようだ
美鈴は観念して、理由を話すことにした
「それは……」
「咲夜さんが人間だからです」
「……はい?」
咲夜には正直今の言葉の意味がよくわからなかった
そんな咲夜を尻目に美鈴は言葉を続ける
「私やレミリアお嬢様、妹様、パチュリー様や小悪魔はみんな人間じゃありませんから長く生きることが出来ます」
「でも、咲夜さんは人間……私達妖怪から見たら短い時間でこの世から……いなくなってしまいます……」
「だから、今のうちに咲夜さんの姿を……写真に残しておきたくて」
なるほど……ね
咲夜はなんとなくだが理解した
きっと彼女、いや、彼女だけではない
この幻想郷で長く生きている者たちは皆、同じような思いを抱えて生きているのだろう
親しき人間が年老いて、自分を置いて朽ちて消えていく様を何度も見ている者もいるのだろう
もう遠い遠い昔の事で、姿さえおぼろげにしか思い出せない友人もいるのかもしれない
だからこそ、撮っておきたいのだ。自分が愛した人の姿を決して、忘れぬように
ふと、美鈴の顔を見る
彼女は緊張した面持ちでこちらをじっと見つめている
ふぅ……とまたもため息をつき、咲夜は答えた
「美鈴、貴方の気持ちはなんとなくだけど……わかったわ」
「え!?そ、それじゃあ!」
「でも、やっぱり写真を撮るのは駄目よ」
「えーーーー!」
まあ、当然の反応だろう
流れ的にはここで撮らせるのが普通なのだろうが
やっぱり写真を撮らせる気にはならなかった。魂を取られると困るし。
まだ、私は死ぬわけにはいかないのだ
だからこう答えることにした
「美鈴、もし私が年老いておばあちゃんになってもう寿命でそろそろ死にそうになったとき……」
「その時に貴方がまだこの紅魔館にいて門番を続けていたら……私の写真を撮っていいわ」
「へ?」
「そこまでくれば残り短い寿命で死ぬのも、カメラに魂を取られて死ぬのも一緒」
「だったら魂を取られて、写真になって残るのも……悪くないと思わない?」
今度は逆に美鈴が咲夜の言葉の意味がわからなかった
いや、意味というより考え方が理解できないというのが正しいのだろうか
もっとも、咲夜は若干ズレた思考回路を持っているので彼女を理解するのは難しいのだが……
それに結局のところ写真を撮られても死んだりはしないのでそこまで考えずともいいのかもしれないと美鈴は思った
しかし、1つだけ理解できたことがある
写真を撮らせてくれる、ということだ。まあ……おばあちゃんになってから……だが
「でもそれって死ぬ寸前の咲夜さんを……その、なんといいますかトドメを刺す感じになっちゃうんじゃ……」
「そうね、でも別に貴方の手で臨終を迎えられるならそう悪くもないかもしれないわ」
「え?そ、それはどういう……」
意味ですかと聞こうとしたがそれを遮る様に咲夜は言葉を続ける
「さ、いい加減持ち場に戻りなさい。あんまりサボってると写真を撮る前にお嬢様にクビにされるわよ」
「え?あ、は、はいっ!」
仕事をクビにされてはたまったものではない。聞きそびれてしまった事もあるが、仕事に戻ることにした
「あっ、と……その前に」
立ち去ろうとした美鈴だったが急に振り向き、
「ありがとうございます!」
と、美鈴は元気に礼を述べ、猛ダッシュで走り去っていった
「ふぅ……お礼を言われるような事は何もしていないのだけれど」
3度目のため息を心なしか嬉しそうにつき、メイド長はお茶の準備をすることにした
もうすぐ時刻は15時になる
今日くらいは、あの元気な門番に3時のおやつと紅茶を差し入れするのも悪くないか、などと考えながら
4月23日 現在の時刻 14時39分
今、私は廊下の曲がり角で彼女が来るのを待っている
自身の呼吸と気配を殺し、曲がり角に潜んでいることを悟られぬよう最大限の注意を払い
ガチャリ、と
向こうから扉の開く音、部屋の掃除を終えた彼女が出てきたのだろう
足音は徐々に、徐々にこちらに近づいてくる
曲がり角に完全に身を隠しているため、こちらからも彼女の位置を確認することは出来ない
しかし!門を守っている時以上に集中している今の私には、周囲の気の流れが手に取るように感じられる……!
今!彼女は間違いなく、曲がり角の向こう1.5mの位置にいる!切るならば……このタイミングしかない!
私は意を決して曲がり角を飛び出し―――
「咲夜さん!そのお姿!撮らせて頂きます!」
カメラのシャッターを―――切った
そして世界は……止まった
「まったく……この子は」
紅魔館メイド長、十六夜咲夜はため息をついた
「何度私の写真を撮ろうとして失敗すれば気が済むのかしら」
目の前にはカメラを構えたまま静止している紅魔館門番、紅美鈴
咲夜は「時を止める程度の能力」によりピクリとも動かない美鈴からカメラを取り上げた
シャッターは……切られる寸前で止まっていた
「ふぅ……」
ため息をつき、安堵する
写真だけは、そう写真だけはどうしても撮られたくはないのだ
などと考えているうちに能力が解け、時が再び動き出す
それと同時に美鈴が弾かれた様に動き出した
「やった!撮りました!今撮りましたよ!絶対!……ってあれれ?ない?カメラは?どこに?」
「ここにあるわよ」
手に持ったカメラを軽く振りながら咲夜は答える
「あっ!咲夜さん!ズルいですよ、時を止めたんですね!」
美鈴は頬を膨らませるが咲夜はそ知らぬ顔だ
「ズルい、じゃないわよ。私は写真を撮られるなんて絶対嫌よ」
咲夜は異常なほどに写真を撮られることを嫌う
彼女には写真を絶対に撮られたくない理由があるからだ
「咲夜さん……!写真を撮られても……」
その理由とは
「魂を取られたりしませんってば!」
十六夜咲夜は「写真を撮られると魂を取られる」と、本当に信じているのだった
事の発端は3日前、美鈴が香霖堂からカメラを買ってきたことから始まった
「ある新聞記者」のお古であるらしいそのカメラを使い、美鈴は館に住む者を順に撮って回っていた
……のだが、咲夜だけは写真を撮られることを頑なに拒否していた
聞けば写真を撮られた者は魂を取られるのだとか
勿論、写真を撮られたからといって魂が取られるはずもない、のだが……何故か咲夜はそれを信じているのだ
しかしそんな事で引き下がる美鈴ではない。彼女はどうしても咲夜の写真が欲しかった
この3日間様々な方法を使い、咲夜の姿をカメラに収めようと試みた
もっともその全てが悉く失敗し、今現在に至ったわけなのだが……
「レミリアお嬢様やパチュリー様だって写真を撮られても魂を取られたりしてないじゃないですか、大丈夫ですって!」
「それはお嬢様方は人間じゃないからよ。カメラ位で魂を抜かれたりしないわ」
「もしかしたらぱっと見でわからないだけで、実は魂の一部を取られてちょっと寿命が縮んでいるかもしれないし」
「うぐっ……手ごわい」
「そもそも、どうしてそんなに私の写真を撮りたいの?」
「えっ?それは……その……」
「理由くらいは聞かせて欲しいわ。3日間も追い回されて理由も聞けないなんて割に合わない」
美鈴は迷った。こんな理由を言っていいものなのだろうか、と
「お、怒ったりしません?」
「よほどの理由じゃない限りはね。さ、教えてもらおうかしら」
どうやら咲夜は絶対に理由を聞き出したいようだ
美鈴は観念して、理由を話すことにした
「それは……」
「咲夜さんが人間だからです」
「……はい?」
咲夜には正直今の言葉の意味がよくわからなかった
そんな咲夜を尻目に美鈴は言葉を続ける
「私やレミリアお嬢様、妹様、パチュリー様や小悪魔はみんな人間じゃありませんから長く生きることが出来ます」
「でも、咲夜さんは人間……私達妖怪から見たら短い時間でこの世から……いなくなってしまいます……」
「だから、今のうちに咲夜さんの姿を……写真に残しておきたくて」
なるほど……ね
咲夜はなんとなくだが理解した
きっと彼女、いや、彼女だけではない
この幻想郷で長く生きている者たちは皆、同じような思いを抱えて生きているのだろう
親しき人間が年老いて、自分を置いて朽ちて消えていく様を何度も見ている者もいるのだろう
もう遠い遠い昔の事で、姿さえおぼろげにしか思い出せない友人もいるのかもしれない
だからこそ、撮っておきたいのだ。自分が愛した人の姿を決して、忘れぬように
ふと、美鈴の顔を見る
彼女は緊張した面持ちでこちらをじっと見つめている
ふぅ……とまたもため息をつき、咲夜は答えた
「美鈴、貴方の気持ちはなんとなくだけど……わかったわ」
「え!?そ、それじゃあ!」
「でも、やっぱり写真を撮るのは駄目よ」
「えーーーー!」
まあ、当然の反応だろう
流れ的にはここで撮らせるのが普通なのだろうが
やっぱり写真を撮らせる気にはならなかった。魂を取られると困るし。
まだ、私は死ぬわけにはいかないのだ
だからこう答えることにした
「美鈴、もし私が年老いておばあちゃんになってもう寿命でそろそろ死にそうになったとき……」
「その時に貴方がまだこの紅魔館にいて門番を続けていたら……私の写真を撮っていいわ」
「へ?」
「そこまでくれば残り短い寿命で死ぬのも、カメラに魂を取られて死ぬのも一緒」
「だったら魂を取られて、写真になって残るのも……悪くないと思わない?」
今度は逆に美鈴が咲夜の言葉の意味がわからなかった
いや、意味というより考え方が理解できないというのが正しいのだろうか
もっとも、咲夜は若干ズレた思考回路を持っているので彼女を理解するのは難しいのだが……
それに結局のところ写真を撮られても死んだりはしないのでそこまで考えずともいいのかもしれないと美鈴は思った
しかし、1つだけ理解できたことがある
写真を撮らせてくれる、ということだ。まあ……おばあちゃんになってから……だが
「でもそれって死ぬ寸前の咲夜さんを……その、なんといいますかトドメを刺す感じになっちゃうんじゃ……」
「そうね、でも別に貴方の手で臨終を迎えられるならそう悪くもないかもしれないわ」
「え?そ、それはどういう……」
意味ですかと聞こうとしたがそれを遮る様に咲夜は言葉を続ける
「さ、いい加減持ち場に戻りなさい。あんまりサボってると写真を撮る前にお嬢様にクビにされるわよ」
「え?あ、は、はいっ!」
仕事をクビにされてはたまったものではない。聞きそびれてしまった事もあるが、仕事に戻ることにした
「あっ、と……その前に」
立ち去ろうとした美鈴だったが急に振り向き、
「ありがとうございます!」
と、美鈴は元気に礼を述べ、猛ダッシュで走り去っていった
「ふぅ……お礼を言われるような事は何もしていないのだけれど」
3度目のため息を心なしか嬉しそうにつき、メイド長はお茶の準備をすることにした
もうすぐ時刻は15時になる
今日くらいは、あの元気な門番に3時のおやつと紅茶を差し入れするのも悪くないか、などと考えながら
最初から最後まで楽しく読めました。ズレた感じの咲夜さんも素敵!
是非次回作も期待してます!
ていうかめーりんシャッター押す前に宣言するなよwww