「なぁ、にとり、頼みがあるんだが」
霧雨魔理沙は、河原に来るなりそう言ってきた。対する河城にとりの反応は、まずは苦笑いだ。偉そうに胸を張り、その口調も相まって、とても頼み事をしているようには見えないからだ。
「いきなり現れたかと思えば、ぶしつけだねぇ」
「ん、しおらしく『お願い♪』とか言った方が良かったか?」
そう言われてにとりは、猫なで声を上げて媚びる魔理沙を想像してみたが、寒気がしてきたので止めた。
「余計に気分が悪くなるから止めて」
「注文の多い奴だな」
「貴方に言われたくはないわ……」
「違いない」
悪びれた風もなく魔理沙は笑う。にとりはため息をつくだけだ。
「で、頼みって何? だいたい想像つくけどさ」
「お、引き受けてくれるのか」
「頼みの内容による……と言いたいところだけど」
どうせごり押しで引き受けさせられるのが分かっているので、にとりは早々に諦めていた。そうして魔理沙に催促するように目配せをする。
「実はな、こいつの調子が良くなくてな」
服の中をごそごそとやり、魔理沙が取り出したのは手のひら程度の物体。彼女がよく使っているミニ八卦炉だった。
「直せってわけね。でも、これならあの古道具屋……なんて言ったっけ? そこに持って行った方が良いんじゃない?」
にとりがそう言うと魔理沙は渋い顔を浮かべた。
「香霖の所にはもう行った。忙しいとかナントカ理由つけて断られたんだよ」
どうせ怪しい古道具を拾ってくるのに忙しいのだろう、と魔理沙は付け加えた。そのほか、マジックアイテム修理を手伝ってくれそうな当てがないことも魔理沙は口にする。
「ふむふむ……それならしょうがないな。盟友たる人間の頼みだ。私に任せておいて。マジックアイテムは専門外だけど」
他に当てがないと言われた事で気分を良くしたのか、にとりは先ほどとは打って変わって快諾した。
「出力が不安定でな。まずはそいつを何とかしてほしい。で、ついでに新機能とか付け加えてくれれば文句ないぜ。こう、ばばーんと使えるようなやつ」
大げさな手振りで魔理沙は腕を突き出すような格好をする。むしろ、新機能の方が目的であるような言い方だったが、にとりは気にしないでおいた。
「しばらくしたら取りに来るぜ。それまでに頼んだ」
「しばらくって……何日かはかかるよ」
魔理沙に手渡されたミニ八卦炉をまじまじと眺めながらにとりは言う。そんなに早くできるわけがないからだ。
「じゃ、何日かしたら取りに来るぜ」
そう訂正すると魔理沙はにとりに片目をつむってみせると、そのまま帰って行った。
「来るときも唐突だけど、帰るのも早いね」
お茶でも淹れてあげようかと思っていたにとりは、一人そう呟いた。
数日後
「お、ついに直ったのか」
魔理沙が河原に来ると、満足そうな笑顔を浮かべているにとりを見つけた。
「直ったわよ、バッチリ!」
そう言ってにとりは、手にしたミニ八卦炉を魔理沙に返す。
「へぇ、見た目は変わらないな」
魔理沙の最初の感想はそんなものだった。
「直す方はちっとばかり手間かかったけど、大丈夫のはずよ。専門家にも色々聞いたし」
その専門家とは魔理沙のよく知る魔法使いや魔女だったりするのだが、にとりは詳しい説明はしないでおいた。
「どれどれ……後で試し撃ちでもするか」
直ったことに対しては、それほど興味なさそうな魔理沙だった。それよりも、と言うように魔理沙はにとりに続きを促す。
「うふふふ……やっぱり気になる? つけておいたわよ、新機能」
「でかした! ……で、何の機能なんだ?」
「それは……使ってみてからのお楽しみってところ」
「もったいぶってるな……」
おあずけを食らって苦笑いを浮かべているものの、新機能という言葉に胸が躍るものがある魔理沙だった。「貴方の役に立ちそうな機能をつけておいたから」と言うにとりは自信満々である。
魔理沙は自分の役に立つという言葉をそのまま信じたが、そこに少々の誤解が生じたことに気づいていなかった。
「ものは試しってやつだな。よし、どっかに都合の良い相手でもいないか」
そう言って魔理沙が河原の周りを見回すと……遠くからこちらの様子を伺っている影に気がついた。
「お、天狗発見。ちょうど良いな」
にやにやと笑いながら魔理沙はその天狗、射命丸文の方へ向かう。
「今日も隠れてネタ探しか、熱心だなお前も」
「や、別に隠れていたわけじゃないですよ」
魔理沙に見つかったことに文はしまったなぁ、というような顔をする。
「それに記事になりそうなことも起こらなさそうだったんで、もう行こうと思ってたんですが」
「それならお前に提供できるネタがあるぜ」
魔理沙の不吉な笑みを見て、文はすぐさま不穏な空気を察知した。が、魔理沙のネタがあるという言葉に新聞記者の心が揺れる。
「ど、どんなネタなんです?」
結局、文はそう聞き返してしまった。すると、よく聞いてくれたとばかりに、魔理沙は大げさに手を広げミニ八卦炉を見せてくる。
「こいつに新機能とやらがついたんだ。これから試し撃ちする」
「……はぁ、物騒な話ですね」
聞いて損したというように文はため息をついた。彼女としてはもっと楽しい話を期待していたのだろう。だが、律儀に質問を返してくる。
「それで、どんな機能なんです?」
「それは使ってみないと分からない」
「…………」
文はますます呆れたというような顔をする。
「で、だ。ちょうど良い相手がいなかったんだよ。お前、実験台になってくれ」
「えぇ? 私は見てるだけでいいんですが」
話の方向がおかしくなってきたことに文は慌てた。
「そう言わずにつきあっていけって」
魔理沙はにやにや笑っているままだが、目が笑っていないことに文は気がついた。面倒なことになる前にこの場から去った方が良いと思い始めた矢先、
「動くと撃つぜ。後ろからでも」
こう言われてしまえば、最早脅迫である。文はやれやれと頭を振ると、手帳をしまう代わりに写真機と団扇を取り出した。文としてはこんなところで人間と弾幕ごっこなどする気はなかったようだが、こうなっては仕方ない。
「はぁ……それじゃ、良い写真くらい撮らせてくださいね」
「格好良く撮ってくれよな」
無理な注文を出している魔理沙は早速、懐からスペルカードを取り出し頭上に掲げた。ミニ八卦炉を使う彼女の得意魔法。
「いくぜぇぇぇっっ―――!!」
気合いの入ったかけ声の後、恋の符から放たれる極太のレーザーが文に向かって飛んでいった。唸りをあげて直進する魔法は威力も抜群のはずであったが……。
「……え?」
というのは魔理沙の声である。彼女の使用感覚でも、確かにミニ八卦炉は直っていた。だが直っただけで、以前と何ら代わらないとも言えた。
そんな魔理沙をよそに、文は天狗らしく素早い動きで魔法を回避すると、写真機のボタンを連射する。そして最後に軽く団扇を一振り。
天狗の空気を裂く一撃が放心気味の魔理沙に届くと、乾いた音と共に霧散した。正体は八卦炉が展開した幾何学模様を持つ魔法陣。
「へぇ、自動防御ですか。便利ですけど……地味ですね」
文としてももっと派手な機能を期待していたためか、苦笑いが隠せなかった。
文と対峙する魔理沙は魔法を放った時のまま固まっていた。それが次第にわなわなと震え始める。
「に~~と~~~り~~~!!」
怨念がこもったような声で魔理沙はにとりを呼ぶ。自分の新機能の成果を見ようと、にとりは魔理沙と文から少し離れた所にいた。
「どう? どうよ? 役に立ったでしょ、新機能!」
嬉しそうに駆け寄ってくるにとりに対して、魔理沙は恨めしそうな顔だ。そして、にとりの頭上に問答無用のチョップをたたき込んだ。
「あたっ! 何すんのよ」
「この河童! 私の八卦炉に防御機能つけてどうすんだよ。弾幕はパワーだぜ!?」
「や、だって貴方、いつも危なっかしいから……」
魔理沙にビシビシ叩かれながらにとりは言い訳をする。ちょっと涙目になっている辺りが、本気で痛そうだった。
「新機能って言うからてっきりパワーアップだと思ったのに!」
魔理沙としてはそういう解釈をしていたようだ。
「ついに私もマスタースパーク二本撃ち! とか思ってたのに! 思ってたのに!」
「あたっ! 痛いからっ! ちょっと、落ち着いてっ!」
にとりは興奮する魔理沙をなだめようとするが、しばらくは収まりそうにない。そもそも、修理を依頼された分はきっちりこなしたのだから、責められるのは筋違いなのだが……それも耳に入らないようだった。
「人間と河童。白昼の夫婦喧嘩……と。あまり良い記事にはなりませんね」
強引に実験に付き合わされた上に、放っておかれている文はやれやれと首を振った。手帳に簡単にメモを取ると、そのまま去っていく。
「ねぇっ! ちゃんと話を聞いてっ!」
「うがぁぁぁっっっ!」
了
>「ついに私もマスタースパーク二本撃ち! とか思ってたのに! 思ってたのに!」
永夜抄のダブルスパークでいいじゃんw
>攻められるのは筋違いなのだが→責められるのは
ところで、
>マスタースパーク二本撃ち
避ける場所なくなるからマジやめて。ついでに画面の揺れも星弾も2倍だったらとか想像すると笑うしかない。
にとりも可愛いけど魔理沙の「思ってたのに! 思ってたのに!」の言い方が可愛い。