「ご主人、今戻ったよ」
「お帰りなさい、ナズーリン。財布は見つかりましたか?」
「ああ、財布は茶屋で無事に見つけたよ」
「ありがとうございます。茶屋に忘れていたのですね」
「ところでご主人、君が財布を茶屋に置き忘れて来たのは何回目だと思う?」
「ご、5回目です……」
「その通りだよ、ご主人。お陰で、茶屋の主人に会った途端に『星ちゃんが忘れた財布を探しに来たんだろ?ちょうど良かった。こっちから持って行こうとしていたところだったよ』って言われたよ。茶屋の主人にもご主人の財布を覚えられているっていうのは、さすがにどうかと思うよ」
「以後、気を付けます……」
「そもそも、私が財布を探しに行ったのは何回目か覚えているかい?12回目だよ?まったく、ご主人のうっかりは芸術的だね。ご主人の能力は“うっかり物をなくす程度の能力”の間違いじゃないのかい?」
「ううっ、すみません……」
「っ!……ご、ご主人は毘沙門天の代理なんだから、少しはそのうっかりをどうにかしてもらわないと困るよ」
何故か狼狽えながらそう言うと、ナズーリンは尻尾を不機嫌そうに揺らしながら自室へと戻って行った。
ナズーリンは毘沙門天様から遣わされた私の部下であり、探し物を探し当てる程度の能力を生かして、よく、私がなくした物を探し出して来てくれる。
あまりにも探し物が多いときは彼女から小言を貰ったりもする。
今日も度重なる財布の紛失に対して彼女から小言を貰った。
彼女の小言は心を抉ってくるけれど、私は彼女に小言を言われるが好きだ。
……別に、詰られるのが好き、という意味ではない。
彼女が小言をいうとき、部下としての顔の合間に彼女本来の表情を垣間見る事が出来る数少ない機会だからだ。
普段の彼女は部下という立場を頑なに守り、私の前ではなかなか素に戻らない。
そんな彼女が私に小言を言うときだけ、何故か小言を言う側なのに狼狽えて素に戻るときがあるのだ。
部下としての彼女はいつも冷静沈着で、聡明で、気配りがとても上手で、それはそれで格好いい。
でも、照れたり、慌てたりして素に戻った彼女は、、可愛らしく、自然な笑顔を見せてくれる。
私はそんな彼女の方が好きだ。
少しでも素の彼女を見ていたい、彼女と今以上の親密な関係になりたい。
だけど、以前に“ご主人”ではなく、名前で呼ぶように言ったことがあったけど、部下が上司を馴れ馴れしく呼ぶ訳にはいかない、という理由で、今も彼女は“ご主人”と呼んでくる。
やはり、彼女にとって、私はただの上司なのだろう。
無理に近付こうとしたら今の関係を壊してしまうかも知れない。
その事が怖くて、一歩を踏み出す事ができない。
それでも、今の関係を維持できる範囲で、少しでも多くの彼女の素を見たい。
だから、私はよく“うっかり”物をなくしてしまって、彼女から小言をもらうのだ。
……さすがに、宝塔をなくしたのは本当にうっかりだったけど。
だけど、このまま“うっかり”物をなくし続けても、彼女に上司としても幻滅されてしまうかもしれない。
彼女の素は見たいけど、今の関係を失いたくもない。
この板挟みの状態を解決する何か良い方法はないかと、ずっと探している。
このことを悩み続けてたら、夜が明けていた事も何回かあった。
だけど、いくら悩んでも見つからない。
だから、私は願う。
ほんの少しだけでもいいから、彼女が私を好きになってくれますように…
厚かましい願いではあるけれども、臆病な私としてはそう願わずにはいられない。
何故なら、彼女の事が心の底から、本当に、大好きだから。
告白したいけど、もし受け入れてくれなかったらギクシャクしてしまう。
でも、もしかしたらナズーリンも同じ事を考えているのかもしれません。二人の幸せを願います。
ご指摘、本当にありがとうございます。
推敲時の残骸が残っていたようです。修正させていただきました。
あと、…の使い方は知らず、大変勉強になりました。
星ちゃんの幸せを願ってくれる方々がいらっしゃるので、頑張ってハッピーエンドにしたいと思います。
誠にいじらしく鼻血もんである――いざ、南無三ッ!!
もちろん、末永くお幸せに的な結末でw
ナズ星は天意である。南無三ッ