Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

「カレー食べてるムラサは凄くかわいいと思うんだ」

2010/05/05 10:37:12
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命蓮寺の食卓の場での話である。
今この時間はちょうど昼食時。正午を過ぎて少しおなかが鳴る時間帯だ。
命蓮寺の皆は既に食事を終え、今はそれぞれの時間を過ごしている。
ある者は説法をしに、ある者はダウジングをし、またある者はどこかでうっかりをしに。
だが、そんな命蓮寺にいる中で一人、まだ昼食を食べていない人物がいたのである。

「…ふあー。よく寝たー…」

それがこの人物、村紗水蜜である。
周りの皆からは「ムラサ」、「キャプテン」、少しマニアックなところで「かぷてん」と呼ばれていたりもする。
ここ命蓮寺がまだ聖輦船だったころ、彼女は皆の先端に立ち、白蓮救出のために光の船の面舵を切った。
…が、それも昔の話。
今こうして船が寺になった今では、船長としてやることはめっきり無くなってしまったのだった。
だからこうして、呑気に欠伸をしながら眠たげな眼を擦っているのだ。だってやることがないんだもの、というのは本人の談である。

だが、そんな村紗にも、楽しみにしていることはあった。

「ん~…ん?この香り…」

村紗が顔を上げ、ひくひくと鼻を動かす。
食卓の方から漂ってくる、少しつんとした香り。でも、それは全然悪い香りではなかった。
むしろ、こうして嗅いでいるだけで食欲が沸いてくるような、そんな香り。
そのにおいの正体に気が付いた村紗は、徐々に意識がはっきりしてくる。
そして、次の瞬間、村紗は。

「…!そっか、今日はあの日か!」



駈け出していた。
…いや、低空飛行で飛んでいた。



命蓮寺では廊下はあんまり速く走ってはいけない。という掟があるからである。
どんなに平静さを失っても、絶対に掟は破らない。白蓮の教えがしっかり行き渡っているのだ。
…否、逆に破ったら何が起こるか分からないのだ。普段は優しい人が怒ると相当怖いの法則である。
まあ、それはさておき。
村紗は食卓まで一気に飛び、厨房ですたりと着地。そしてそのまま規則良く数歩歩き、鍋の前に立つ。
完璧な流れである。
そして、鍋の取っ手を掴み―――。

「あちちちちっ!?」

…意外と熱かったらしい。
慌てて指を口に入れて、熱さを凌ぐ村紗。ちょっと涙目になっている。
よく状況を見ると、鍋の隣には紙が一枚。
見ると、「この時間くらいに起きてるはずなので温めておきますね」と達筆な字で書いてあった。
それが白蓮の文字だというのが分かると、村紗は周りをきょろきょろと見渡して。

「………むぅ」

少し顔を赤らめるのであった。勿論指は咥えたまま。
結局、指が戻るまでしばらくの間、村紗は鍋の前で立ち往生するはめになったのだった。










それから少し時間がたった後、漸く指が元に戻った村紗は、今度は慎重に鍋の取っ手を掴む。
そして、ゆっくりと確かめるように蓋の中を覗き込んだ。
するとそのうち、中を覗き込む村紗の顔が、瞳がきらきらしていた。それはまるで年頃の少女のようであったとか。少年ではない。少女である。
では、その中身とは一体なんだったのか。

「…これよ!この色、この香り!ああ、私はこの時をどれ程待ち望んでいたのか…!」

それは、極上の世界であった。
とろりとした液体から見え隠れしているものは、恐らくじゃがいも。いざ進めやキッチン。いや、ここがキッチンなのだが。
その近くで見えているのはニンジンとマッシュルーム。他にもたくさんの野菜やお肉が入っていることだろう。
村紗流に分析すると、他にもたまねぎ、トマト、にんにく、かぼちゃ、ねぎ、ピーマン、隠し味に白ワインやダークラム、ブランデー辺りを使っているだろう。
ともかく。
村紗が今までずっと待ち望んでいたものが、確かにそこにあったのだ。
ここまで言えば大体分かるだろう。いや、普通に考えればスレタイの時点で普通にネタバレしているのだが。

「カレー!またこうやって口に出す日が来るなんて!」

カレーである。
実は村紗、というか命蓮寺全体にカレー禁止令がつい昨日まで発せられていたのだ。
それもそのはず、禁止令が出る前までは村紗の手でほぼ毎日カレーが作られていたのである。酷い時は週6もざらではなかった時もあった。
種類は豊富にあるとは言え、さすがにカレーばかり食べるのも苦である、と思ったナズーリンが提案したものであった。
勿論村紗は反対した。カレーの歴史、栄養バランス、老若男女好かれる由縁、果てにはセーラー服とカレーの関係というところに至るまで、とにかく自分が知ってることを精魂尽き果てるまで説明した。
が、それはさすがに無理というもので。
結局多数決で押し切られてしまい、暫くカレーの名を出すことすら禁止されてしまったのだった。
数の暴力はあまりにも恐ろしい。ここ一、二週間で村紗はそれを身をもって実感したのであった。

「よし、そうと決まったら食べよう、そうしよう!」

しかし、これからはもうそんなことはもうない。
それだけ考えるだけでも今、村紗はとても幸せなのである。
ステップを踏みながら皿を取り出し、ご飯をよそう。さらにその上から、カレーをとろりと。
ご飯とカレーのバランスは5.5:4.5。これは村紗が編み出した最も効率良くカレーとご飯を食べられるバランスである。
昔の村紗はついついルーの方を入れすぎてしまい、いつも困っていたのだ。まあご飯を追加するなどといった処置は出来たのだが、奈何せんおなかがもたない。
そのままくるりくるりとターンを踏みながら皿を机に置き、自身も席に座る。勿論水も忘れてはいけない。

「…じゃあ、食べよっかな。いただきまーす」

そう言いながらぱんと手を合わせ、食事開始の合図を告げる村紗。
久しぶりのカレーにいつもとはちょっと違う雰囲気を感じながら、スプーンを手に取り、ご飯にカレーを付ける。
そして、一口。スプーンごと口に含んでいった。
以下、村紗の反応である。

「はむ。ん、んむ…」

もむもむ。もきゅもきゅ。…ごくん。

………。

「…ん~~~~~っ♪」


スプーンを咥えたまま、ぶるぶると震えていた。
因みに、当たり前だとは思うが村紗には振動パックは未対応である。自発的に震えているのだ。


「…ぷあ。ああ、この味!何だか凄く懐かしく感じるかも…」

そのままぱくぱくと食べ進めていく。
口の中でとろりと溶ける感触。どこを食べてもあの独特の味が口に流れ込んでくる。
お肉やにんじんらもご飯と一緒に食べるとさらに美味しい。子供が苦手なのもほいほいと食べられてしまうのだ。それがカレーの長所でもある。
時折こんなにカレーって美味しかったっけ?と思うくらい、久々のカレーは美味しかった。
一回食べては、20回噛み。また一回食べては、また20回。一回一回を文字通り噛みしめて食べる。
ああ、またこのようにしてカレーが食べられるなんて、私幸せ…。
と、村紗は起きて早々に、今日一番の幸せを味わうことになったのだった。
スプーンを咥えながら。










「…あー…何かいっぱい食べた気がするなぁ…」

17分後、村紗の目の前にあったカレーは、半分以上綺麗に食べられてしまっていた。
ぺろりとたいあげられた半分の部分には、もはやカレーのルーすら残っておらず、新品同然の状態になっていて。
カレーが残っている半分と皿しかない半分のとアンバランスさがとんでもないことになってしまっている。
それくらい、村紗はカレーに飢えていたのだ。

「でも、このカレーならまだまだ食べられそうな気がするかも」

だが、ここまで来るとちょっとした疑問も出てくる。
それは、一体何故ここまで村紗がカレー好きになったのか、である。
何かを好きになるのなら、必ず何かしらの前提理由があるはずなのだ。

「…いやー、ムラサは相変わらずよく食べるねー。カレーに関してはだけど」
「…いつの間にいたの、ぬえ?」

と、思いもよらぬ声に、一瞬動きが止まる村紗。
しかし、その声の主が誰か分かると、すぐに安心しきっていた。
村紗の机のちょうど真向かいのところに座っている少女。名前を封獣ぬえという。
ぬえは村紗とは割と長い付き合いで、いつの間にやら村紗が気が付けば傍にいるような存在になっていた。
地底から地上に出る際は、村紗の方は相当忙しく、ぬえにも全く会っていなかった。
だが、白蓮を救出し地上に住み始めたのはいいものの、いつの間にかぬえも地上に来て、何故かこうして命蓮寺に住んでいる。
よく分からないな、と村紗は思う。ぬえと何だかんだで長い間過ごしていたが、未だに村紗はぬえがどういう存在なのか分からないのだ。
ぬえは答える。

「ん、ちょっと前からだよ。ムラサがスプーン咥えてもじもじしてた時くらい」
「…それ、割と最初の方よね。どうして気が付かなかったんだろ…」
「そりゃあ、ムラサがカレーに夢中だったからね。そりゃあもう凄かったよ?さながら野獣のようにカレーを食べちゃっててさ」

…誇張表現にしても私そこまで飢えてたっけ。村紗はそう思う。
あまりにもカレーに夢中になりすぎてて、どうやら周りの風景も見えていなかったらしい。
つまり、自分がカレーを食べてる時の表情や仕草、何から何まで全てぬえに見られていたということなのだ。
普通に考えたら、これほど恥ずかしいことはないはずである。それも長い付き合いの場合尚更だ。

「………ま、いいよね。ぬえはずっとこんな私を見てきてるわけだし」

しかし、長い付き合いというものはマイナスばかり作用はしない。こうしてプラスに作用することもある。
ぬえは昔から村紗のこのカレー好きっぷりを昔から見ており、ぬえにとってはもはやなんともない光景になっていたのである。
最初の方こそ珍しげな目で見られていた気がするが、今ではそこらへんの虫と同じように、なんとも思われていないのだ。

「…んぅ?」

と、ここで村紗にちょっとした疑問が浮かび上がってきた。
折角の疑問だったので、付き合いの長いぬえに質問をすることにする村紗。ぬえならまあある程度は信頼出来ると踏んだからだ。

「そういえばぬえ」
「ん、どうかした?ムラサ」
「…私が本格的にカレーが好きになった理由って、何だっけ?」

そう。今の村紗は普通にカレーが好きで、現にこのように一皿たいらげてしまってる。
しかし、そんな自分がいつ、どうやってカレーを好きになったのか忘れてしまっていたのだ。趣味に没頭する人間がその根底を忘れるのと同じである。
そして確か、このぬえが村紗をカレー好きにさせた張本人のはず。だからこのようにして聞いたのだ。
ぬえは、なーんだとばかりに肩を少し竦め、少し呆れ顔で返した。

「もう忘れたの?」
「まあ忘れるものは忘れるからね。断片だけ覚えてる気がするんだけど…」
「あれほどの経験をして断片だけというのも何か少しもの悲しい気がするわね。まあいいわ、思い出させてあげる。あの日のことをね…」

そう、それは少し前の話である。





◆ ◆ ◆





地底にいたころ。
当時の村紗は白蓮が封印されたことへの悲しみと憤りに苛まれ、碌に食事に手をつけていない状態だった。
食べたとしても、そのあまりの小食ぶりに、さすがのぬえも心配したくらいである。
「もう少し食べたほうがいい」やら、「それだけじゃ倒れちゃう」やら、「それじゃ胸が大きくならないよ」やら。
だが、村紗は一向に食べようとしない。最後の言葉だけは少し反応したが、それでもあと一歩のところまでしかいけなかった。
ぬえは段々と目に見えて痩せていく村紗を見るのは耐えきれずに、一人で決心するのだった。必ずムラサが美味しいと言ってくれるような物を作りだして見せる、と。

そして、ある日のこと。

「ムラサ!今日こそはあんたに食事を食べさせてあげるからね!」
「…ぬえ?いいわよ、どうせ今回も食べるはずないんだから…」

びしっと指を村紗に付きつけるぬえと、ひらひらと軽く手を振る村紗。
最近はこんな会話しかしていない。後話すことと言っても、最近起こったことくらいだった。
地上のように本日はお日柄も良く~みたいなことは全く言えないので、地底での会話力はとても大事なのだ。

「むむ、いつものお返事ありがとう。でも今回のは相当自信があるよ」

ふふんと鼻を鳴らしながら言うぬえに、半目でぬえを見つめる村紗。
実はぬえは料理を毎回持ってくる度にこう言っており、ぬえの言う「いつものお返事」に相当するのだ。
しかし、本人は自分のことは棚に上げているため、誰からもお咎めは無し。村紗も単純に訂正する気力が無かった。
止める人がいないので、ぬえはそのまましゃべり続ける。

「…見た感じやっぱり期待されてないっぽいけど、それは今回のを見てからにすることね」
「どうせまたよく分からないゲテモノ料理なんでしょ?あれは食欲があっても普通の人は食べないわよ」
「う、確かにエイリアンの蒸し焼きとかは反省してるけどさー…。と、とにかく、今回の料理はそう、これよ!」

ばかんと鍋を開けるぬえに、村紗は興味なさげにその中身を覗く。
そして、中身を一通り見終わると、はあと小さくため息をこぼし、ぬえに尋ねた。

「…これなに?」
「よく聞いてくれたわね。これはー…そう、ぬえ特製の正体不明カレーよ!たった今名付けたけど!」
「…はあ、左様ですか」

聞き終わると、村紗は改めて中身をもう一度確認してみる。
この浮かんでいる丸い物体は…卵?隣にじゃがいもが浮かんでいるが、この丸いのは明らかにじゃがいもの形ではない。
そのじゃがいもの上に、べとりとへばりついている赤黒いもの…なんだこれは。こんな物生まれてこの方一度も見たことのないものがそこにあった。
きわめつけに、とにかく黒い。若干茶色も混ざっている感じがするが、黒い。一部モザイクが含まれているくらいだ。…恐らく、これが正体不明の要素なんだろうけど。
…村紗の回答は、頭の中で考える間もなく、すぐに決まった。

「うん。私いらない。というかぜっっったいに食べたくない」
「えぇっ!?栄養満点お子様にも大人気の超定番メニューなのにっ!?」
「これのどこが超定番メニューよ!誰がどう見てもグロテスクなものにしか見えないじゃない!何よあの丸い物体は!」
「え?…そういえば何だったっけ…」
「入れたものくらいちゃんと覚えときなさいよ!?」

闇鍋だ。これはカレーとかそういうものではない。とにかく何でもかんでも入れまくって作られた、正体不明の結晶なんだ。
村紗の頭の中では常に警鐘が鳴り響いていた。
実際のところぬえのカレーは一部を除いて至って普通だったのだが、奈何せん見栄えの悪い色をしていたのがダメだったらしい。
ぬえの方も自分の中では会心の出来であった一品を否定され、内心割と苛立っていた。
ここはもう押せ押せでいくしかない。そう思ったぬえは、思い切った策を取ることにした。

「…ムラサ。いいから食べて。食べないとこの美味しさ分からないから」
「いや、いやー!?誰があんたの料理で死ねるかぁ!死ぬならもっと別の方法で死ぬー!」
「あんたは船幽霊でしょーが!それに死ぬくらいならせめてこのぬえ特製のカレーを味わってから死ね!」
「だからそれが死ぬ原因になりかねないって言ってるでしょ!?」

じりじりと下がる村紗に、じりじりと詰めよるぬえ。
しかし、そんな状態だったにしても、ぬえの方が冷静に考えていた。
さながら詰将棋のように、村紗の逃げ場を無くしていく。
そんなぬえの動きに、さすがに村紗の方も気が付くが、時既に遅し。
後ろは壁。逃げることが出来ない状態になってしまっていた。

「追いつめた!さあムラサ、大人しくこれを食べることね!」
「わ、私は大人しくそれを食べるくらいなら、最後まで精一杯抵抗するー…」

すると、村紗の発言を聞いたぬえが、少しうつむき加減になった。
先ほどまでとは打って変わって違った様子を見せるぬえに、村紗は少しきょとんとしてしまう。
ぬえはうつむいたまま、呟くように言った。

「…どうして、ムラサは食べてくれないの?」
「そ、そりゃあ、ぬえの料理があまりにも食べれなさそうだから…」
「私、心配だったんだよ。ムラサがいつ食べ物を食べてくれるかって。もしかしたら、倒れちゃったりしないかなって」
「ぬ、ぬえ…?」
「ずっと考えてた。ムラサが食べてくれそうな料理とか、どうすれば笑ってくれるのかとか、どうすればちゃんと向き合ってくれるのか、ずっと、ずっと、ずっと」

ぬえのこのような様子を見たことがなかった村紗は、思わず戸惑ってしまう。
めげる村紗に平然と声をかけ、何かしら話題を振り、ひたすら村紗に話しかけ続けていた彼女。
何も考えていないのかと思っていたが、まさかここまで自分のことを心配していたなんて、村紗はそう思う。
改めて自分は、ぬえのことを全く知っちゃいなかった。そう実感させられた。
いつの間にかぬえが傍にいるのが、当然のことのように思っていたから。
ぬえは続ける。

「だけどムラサっ、あんたはどうして私に向き合ってくれないの?私に興味なんてないの?」
「………」
「私は考えたよ?ここ数日間、ずっとムラサのことしか考えてなかった。今まで他人のことなんて考えたことがなかったこの私がよ?」
「…それも、嘘、じゃないの」
「他人との接し方なんて知らなかったよ。だから会話することを頑張って覚えた。料理の作り方なんて知らなかったよ。だから下手なりに頑張って作った」
「ぬえ、私は」
「私を嫌いになってもいい!正体不明の変な奴だと思っても構わない!でも、ムラサ。せめて、あんたのことをここまで馬鹿みたいに思っている奴がいるってこと、忘れないで」

そう言い終わると、ぬえはまたうつむき、黒いスカートをきゅっと掴んだ。
聞き終わった村紗は、はっと気付かされた感じがしていた。
例え自分がどんなに腐っていた時も、気が付けば傍にぬえがいた気がする。
彼女がいたから、ぎりぎりのところで自分を保つことが出来ていたのかもしれない。
今までぬえが何故絡んでくるか分からなかったが、それは不器用な彼女が彼女なりに励まそうとしていたのかもしれない。
そう思えたのだ。

謝ろう。今までぬえのことを誤解していたって、謝ろう。
村紗はそう考え、壁から離れて、ぬえのところへと近づいていく。
ぬえはうつむいていて、相変わらず表情は見えないけれど。





…何故だろう、ぬえが笑っていた気がした。
口を三日月型にして。





「ぬえ、ごめんね。私は知らずにぬえのことを無下にしてて…」
「…ぬぇっぬぇっぬぇっぬぇっ…」
「…ぬえ?」
「かかったなムラサ!この近距離なら避けることは出来まい!」
「んぐっ!?…な、どうして急にこんなことをするのよっ…!?」

気が付けば、村紗の体がぬえの羽でがっちりと固められてしまっていた。
ぬえの突然の行動に、思わず目をぱちくりさせる村紗。だが、右手にあるそれを見ると、嫌でもぬえの真意が分かってしまった。
右手には…スプーン。しかも既に、正体不明カレー(+ご飯)が乗せられている。
村紗は、本能で悟っていた。

やばい。こいつやる気だ。

「ち、ちょっと待って、ぬえさん?」
「何、ムラサ?質問なら一つだけにしてくれる?」
「さっき言ってたことは、嘘だったってこと?全てカレーを食べさせるための口実だったってこと?」
「うん!」(…でも、最後のことだけは本当だけどね)
「清々しい笑顔で答えるところじゃあないでしょ!?」
「だってこうでもしないと、ムラサとても食べてくれなさそうじゃない」
「だからって、こうして身動き出来なくさせたまま食べさせるとはどういうことよー!?」

じたじたと抜け出そうともがいてみる村紗。だが抜けない。予想以上に羽が邪魔してくるのだ。
実際形が良く分からないし、絡まったら中々抜け出せないようになっているのである。
ぬえはそんな村紗を見ながら、笑顔でスプーンを口元へ運んでいく。

「い、いや…」
「ほらムラサ、口開けて?あーんって」
「ん、んー…!」

いやいやとふるふる首を振る村紗。ここまで詰みの状態になっても、なお諦めようとしないらしい。
そこまで食べたくないという根性は認めるが、このままでは埒が開かない。そう思ったぬえは強硬手段を取ることにした。

「…よっこいしょ」

こしょこしょこしょ。

羽が動き、村紗の脇の下をくすぐる。
くすぐり攻撃は我慢している相手に対して大変な威力をもつものである。
まさかこの奇妙な羽がそんな動きをするとは思っていなかったのだろう。村紗は完全に油断してしまっていた。

「うひゃあっ!?」
「はい、私のカレー、いっぱい味わってね♪」
「…むぐ!?うむむ、んーんーっ!?」

それを見たぬえが、すかさずスプーンを村紗の口の中へとシュートした。
村紗の方としては、もうたまったものではない。得体の知れないものを無理やり入れさせられたとなると、さらに恐怖感が増すのだ。
だが、入れられてしまったものはどうしようもなく、涙目ながらもそのまま口を動かす村紗。
あ、私の人生終わったかも…そう思いながら。

「んぅ…もぐもぐ、んぐ、こくん、こくん…」
「お、ちゃんと飲み込んでる。吐き出しちゃうかと思ったけど、良かったよ」


…だが。
この一口が、村紗のその後の運命を分けることになっていたとは、この時ぬえも村紗も知りもしなかっただろう。


「…ん」
「…どうだった?美味しかったよね?」
「……………おい、しい?これ、美味しいよ?」

ぬえの方を見る村紗。その顔は、とっても呆けた顔をしていて。
その顔があまりにもおかしくて。思わずぬえは噴き出してしまっていた。

「…ぷっ、あははははっ!だから美味しいって言ったじゃない!」
「え、でも得体の知れないものが…あれ、あれ?」
「ふふ。得体の知れないものなんて入ってないわよ。あれで普通のカレー。隠し味はちょこっと違うけどね」
「…あれで普通のカレーなの?じゃああの丸いのは?赤い変なのは?」
「丸いのはマッシュルームの傘よ。赤いのはトマト。別に血なんて入ってない入ってない」
「え、えぇ?そうなの?」
「そうそう」

軽く手を振り、全然そんなことないとアピールするぬえ。
いまいち合点がいかなかった村紗だが、今のぬえの反応で漸く理解したらしい。
つまり、このカレーという料理の具は、ちゃんとした野菜や作物で構成されているということ…。
今まで村紗が得体のしれない奇妙なものと思っていたのは、全て勝手な勘違いだったのだ。



村紗の顔が、ぼっと赤く染まった。



「つまりムラサが、勝手に私の料理をゲテモノと勘違いしちゃったわけ!あはは、ここまで気持ちよく嵌ったのはムラサ、あんただけだよ!」
「な、ななな…だだだってぬえ、あんたがそんな風に勘違いさせるからっ…?」
「あれ、ムラサ顔真っ赤ー。…もしかして、図星だったー?」
「うううるさいっ!いいから早くこの羽の拘束を解きなさいよ!」
「…くふふ。折角だから私はムラサが恥ずかしくて赤くなってる状態を選ぶぜー」
「だあああっ!見ないで、顔赤くなってるの見ないでーっ!?」

じたじたばたばた動くけれど、ぬえの羽は相変わらず手足体を拘束したまま、見事なまでに動かない。
ぬえの悪戯めいた笑みを見ながら、村紗はそのまましばらくの間赤くなった顔を見られ続けたのだった。

これが、村紗とカレーの出会いである。





◆ ◆ ◆





「いやー、懐かしいね。こうして思い出すと」
「…ぬえ。あの時私は相当怖かったんだからね?得体の知れないもの口に入れられて、どうなるかと思ったわよ」
「ぬぇぬぇ。ごめんごめん」

けらけらと笑うぬえを、村紗は口をとがらせながら見つめている。
今ではこうして笑い話に出来るけども、あの時は本当に参った。
カレーが好きになった思い出でもあるけど、同時に恥ずかしい過去でもあったのを、村紗は今更思い出したのだった。

「で、あの後村紗がぱくぱく食べて、そのうちどんどんカレーにのめり込んでいったんだよね」
「まあね。この味を試してみようとか色んな味を組み合わせたりしたりして、時々試食してみたりとか」
「あったあった。上手くいったときもあれば、二人で一緒におなか壊しちゃったりもしたしね。色々あったよ」

こうして昔のことを思い出すと、思い出話に花が咲くものだ。
二人は昔あったさまざまなことを話すうちに、自然と笑顔になっていた。
時折自分たちがしでかしたことに苦笑しながらも、何だかあの頃に戻れた気がして、それもまた嬉しかった。
今回の話は、二人にとっては大切な思い出でもある。あれをきっかけに、少しずつ仲良くなっていったのだから。
最近は色々な人たちとの交流も増え、二人ともこうして話す時間が取れないでいたのだ。
こうやって話せたことを、二人は嬉しく思っているのである。

「…そういえばさ、ムラサ」
「ん、どうかした?ぬえ」

一通り話を終え、再びスプーンでカレーを食べるのを再開しようとした村紗に、ぬえが話しかける。
スプーンは右手に添えたままご飯とカレーが盛ってある。あの時と同じ状況だ。

「私ね、今までムラサとずっといて、色んな人と知り合ったし、家族のような人たちも出来た」
「まあぬえは一人身みたいなものだったからね」
「そう。でもね、漸く私は気づけたの」
「へぇ。一体何に気がついたのかしら?」
「…私は、やっぱりムラサが凄くかわいいと思う!」
「…ふぇ?え、え?わ、私がかわいいって…?」
「うん、色んな人を見てきたけど、一番ムラサがかわいいと思った!」
「そんな急にいきなり言われても、いや、そりゃ嬉しいけどー…。ち、因みに私のどこが一番かわいいと思ったわけ?」

村紗は少しもじもじしながら、ぬえに質問をぶつけてみる。
ぬえは、今日一番の弾けるような笑顔で答えた。










「カレー食べてるとこ!」

村紗は顔を赤くしながら無言で、ぬえの口に食べようとしていたスプーンを突っ込んだのだった。
決して間接キスなんかじゃない。




















END
「そういえばぬえ、あのカレーの隠し味って何?いくら真似しようとしても出来なかったんだけど」
「…ああ。正体不明カレーの隠し味は、私の羽をダシに使ってるからね」
「…そりゃ再現出来ないわけだ…」



どうも、kururuと申します。
早いもので今回の作品で累計10作品目となりました。
最近船長にやたら目がいってしょうがない。この気持ちは一体何なのでしょうか。
ともかく。良し、今日の夕飯はカレーにしようかなと思った人がいてくれたら幸いです。


今回は二か所試験的に隠してみました。ここを見つけたあなたには村紗かぬえの使用済みスプーンを(撃沈アンカー
※Firefoxでも文字が隠れるように背景をこっそり修正しました。


もう何週間もカレー食べてない。誰か、誰かわちきにカレーをお恵みくだせぇ…!
kururu
コメント



1.ぺ・四潤削除
あれー!点数入れられねぇーー!! 残念!
ネタでもなんでもなく本当にカレー食いたくなりました。
タイトルが全てを物語ってるけど、全てにおいて同意する。スプーンを咥えてる姿がいいんだ!!箸じゃ駄目なんだ!
触手(あれもう羽じゃなくて触手だよね?)に捕まった村紗の口に無理やり突っ込まれる姿……素敵です。

ちょっとツッ込ませて。
「またある者はどこかでうっかりをしに。」おいィーー!!
「村紗には振動パックは未対応である。」俺が振動パック装着しに行くーーーーー!!
2.奇声を発する程度の能力削除
>セーラー服とカレーの関係
ここ詳しく!

カレーは週7でも平気です(^q^)
3.名前が無い程度の能力削除
船長のカレーなら週7でも生きていける!
4.名前が無い程度の能力削除
甘い!このカレーはとんでもない甘口だぜぇー!!
カレーもムラぬえも大好物です!
5.名前が無い程度の能力削除
ぬえのカレー食べに幻想郷逝ってくる。
6.名前が無い程度の能力削除
この二人は良いですね
7.名前が無い程度の能力削除
たまには肉じゃが(日本海軍発祥)のことも思い出してあげてください
8.名前が無い程度の能力削除
インド人は週7、朝昼晩でカレー
甘々なムラぬえは週7、朝昼晩+おやつ+夜食でも美味しく頂けます。
9.名前が無い程度の能力削除
真っ赤になった船長さんが可愛すぎます。やはりムラぬえはいいものだ…。
10.名前が無い程度の能力削除
まぁなんだ、とりあえずスプーン以下略
11.名前が無い程度の能力削除
隠し味にウォッカを加えておきますね
12.名前が無い程度の能力削除
よし、わたしにも使用済みスプ)ry
13.名前が無い程度の能力削除
最後の最後で鬼畜ぬえを想像した私をお許しくだせええぇぇ!
14.くるる。削除
コメント返しのお時間です。

>>1のぺ・四潤さん
今回は文字隠しをしたためジェネにしました。いきなり無印に投稿するのはどうかと思ったので。
スプーンを口でもごもごさせてるところには不思議なかわいさがあると思います。
羽=触手説…ふむ。その話詳しく聞かせてくだs(略

うっかりはするけど、彼女はやるときにやるのです。そして振動パックは最近のハードにはデフォでついてることにびっくり。

>>2の奇声を発する程度の能力さん
続きはwebで!
…はともかく、村紗が出まかせ言いながらカレーこそ至高と涙ながらに語ってるだけなのです。あしからず。

>>3さん
なんだかんだ言ってカレーは種類が多いので、普通に週7で食べれるとは思います。
夏野菜のカレーとか、トマトカレーとか。少し珍しいところでは冷凍カレーとかでしょうか。

>>4さん
お子様でも大満足の甘口に仕上がりました。
ムラぬえはもっと書いてみたいですね。

もしかしてこれが…ムラぬえ病なのか…?

>>5さん
もし無事に帰ってこれたら、どんな味だったか教えてくださいな。

>>6さん
私も良いと思います。
しかし、ムラいちとかも捨てがたい…むむむ。

>>7さん
東郷さんがビーフシチューを作れと言って出来たのが肉じゃがでしたね。
ちょうど昨日の夕食でした。

>>8さん
但し摂りすぎには注意しましょう。
下手をすればムラぬえ中毒になります。勿論私は一向に構わんっ。

>>9さん
船長さんは可愛らしいとこもありますが、時として皆を引っ張っていける心強い人物だと思います。
まあ、ぬえはそんな船長さんにちょっかいかけたりするんですけど。

>>10さん
スプーンが欲しいなら、まずは一輪の護る門を抜けねばなりません。
その時点で詰んでるような気がしますが、男は度胸の気持ちでどうぞ。

>>11さん
カレーには隠し味が多いのも特徴だったり。
酒類やらワインやらいれても割といけるのが良いところです。

>>12さん
よし、頑張って一輪の目を掻い潜る作業に戻るんだ。
いざというときは参拝客を装いましょう。ばれてしまったら雲山直伝のアッパーを喰らいますが。

>>13さん
許されない。現実は非情である。
ですが、ぬえにはそんな感じがしなくもないかも…。
15.名前が無い程度の能力削除
夜中に見てたらめっちゃカレー食べたくなったwww後船長可愛い!