すずらんの花咲き乱れる丘に佇む少女が一人。
その姿は、完全に人間そのものだが、その実は人間ではなく、意識ある『自立』した人形――その名を、メディスン・メランコリーという。
「ねぇ、スーさん」
その横をふわふわと飛ぶ、小さな小さな少女――これも、人形である――に語りかける彼女。
「わたしって、毒人形なんだよね」
こくん、とうなずくスーさん。
そこで、メディスンはつぶやいた。
「そもそも、『毒人形』って何なんだろう」
自分の存在に疑問を持つと言うことは、哲学における永遠の命題である。この彼女は、こんな子供らしい可愛らしい身なりで、永久に答えが出るはずもない命題に挑戦しようとしているのだ――というわけではなく。
「毒がわたしのエネルギーだからなのか、毒攻撃で弾幕勝負するからなのか、それとも毒が一杯のこのお花畑にいるからなのか」
いずれもメディスンという『もの』を端的に証明する単語がつらつらと並んでいく。
何のことはない、彼女はそもそも『毒人形』とは何をもって『毒人形』と言うのかを理解したがっているのだ。要するに、何でも知りたいお年頃、というやつなのである。
「え? わたしがどうして毒人形なのか、教えてくれるの?」
こくこく、とうなずくスーさん。
そっかぁ、とメディスンの顔に笑顔が浮かんだ。
「じゃ、どうすればいいの?」
「ん?」
ドアが開く音がした。
その店の店主――変人という単語でくくれるもの達の中でも、一際、変人度が高い人物である森近霖之助は、手に持っていた本から視線を外して、ドアの方へと目をやった。
そこに、小さな女の子が一人。
彼女は、興味津々と言った眼差しを霖之助へと向けていた。
「いらっしゃい」
以前、見たことがあるな、と彼は内心でつぶやいた。確か、彼女は霊夢達の知り合いだったはずだな、と。
それならば、この店において、大半がにぎやかしかただの冷やかしである。もしも、商品を手にとってくれたら相手をしようか。そう、結論づけたらしい。淡泊なようであるが、この店を訪れる輩の大半が、とてもではないが『客』と呼べるような類の奴がいないので、彼がこんな反応を見せてしまうのも無理からぬことであった。
ついでに言えば、彼が今、読んでいる本は、つい最近、手に入れた、いわゆる『新商品』である。店に出すべきか、それとも出さずにコレクションにしてしまうか。それを、中身を読んで決めようとしている作業の真っ最中なのである。
ことことと、木の板を靴の裏が叩く音が響く。
「……何か?」
振り向けば、少女の顔が、そこにあった。
彼女は、カウンターに手をかけて、よいしょ、とその上に顔を出している。実に愛くるしい仕草だ。
霖之助は、ぱたん、と本を閉じた。
「この店に何か用事があるのなら承るよ。
何か、気に入った商品でもあったのかな?」
一応、優しい声で訊ねてみた。
あんまり無愛想に対応して、この彼女と縁の深い連中が目くじらを立てても困るとでも思ったのだろうか。あるいは、もしかしたら、彼女は普通に客なのかもしれないと思ったのか。
ともあれ、彼の言葉に、少女――メディスンは応えた。
「この店にはがらくたしかないのかしら、そこの暇人(意訳:何だか面白いものが一杯あるんだね、お兄さん)」
「………………………………………」
霖之助の時が止まった。
「がらくたの中で日がな一日過ごしてるなんて、ずいぶん根暗なのね。これが、いわゆる引きこもりってやつ?(意訳:お兄さんは、ここにあるものがどんなものか、わかるの? すごいなぁ)」
「ああ、いや、えっと……」
……落ち着いて考えろ、森近霖之助。どうして、僕は、これまでに一度も話したことのない幼女に罵られてるんだ? 理由を考えろ、必ず、この世には因果というものがあるはずなんだ。
「黙ってないで、何か答えなさいよ。それとも、その口は飾り物なのかしら?(意訳:あ、あれ? 何か変なこと聞いちゃったかな?)」
「まぁ……その……うん……。えっとだね、僕は森近霖之助と言って……」
「そんなことは知ってるのよ、このメガネ(意訳:聞いたことがあるから、知ってるよ。お兄さん)」
「そ、そうかい……。
その……ここは香霖堂と言ってね。ま、まぁ、見ての通り、僕が趣味のものを売っている……いわば、僕の館みたいなものなんだが……」
「こんながらくたに囲まれた生活が趣味の一環? なっさけない、外に友達の一人もいないわけ?(意訳:変わった趣味を持ってるんだね。こういうのって、どうやって集めてくるの?)」
「まぁ……その……えっと……」
……まずい。喋る言葉がなくなってきた。
顔を引きつらせる霖之助を、なぜか、その口調とは裏腹のきらきらな眼差しで見つめるメディスンを前に、ついに彼は沈黙する。そして、ただ一言、「……すまなかった」と頭を下げたのだった。
『まあまあ。そのようなことが。
うふふふ、さすがはメディスンさんですわ。毒人形の意味を、ようやく理解したようですわね。おほほほほ』
「……メディスン」
これこれこういうことがあったんだよ、と今日一日の体験を語るメディスンの姿が、とある場所にあった。
魔法の森の奥深く。人通わぬ地にひっそりと佇む白亜の館の持ち主、アリス・マーガトロイドは痛む頭を抱え込み、大きなため息をつく。
「え?」
「その……なんて言ったらいいかわからないけどね? あなたは、その……きっと、純粋なんだと思う」
「……?」
よくわからない、といった風に小首をかしげるメディスンの肩を、アリスの両手が掴んだ。
そして、そのまなこをまっすぐに見つめ、彼女は静かに言う。
「蓬莱の言うことを真に受けないように」
「……えっと?」
『あら、マスターったらひどいですわ。わたくし、メディスンさんに『毒人形って何なのかな』と相談されましたから、わたくしの思うことをお答えして差し上げましただけですのに』
くすくすと、蓬莱人形が笑う。口元を服の袖で隠して。実に『楽しそう』な笑顔で。
メディスンのそばをふよふよ飛び交うスーさんは、この時、ようやく、気づいたらしい。
『……蓬莱の方が、よっぽど毒人形じゃない』
上海人形のつぶやきが、その全てを表現していたのだった。
その姿は、完全に人間そのものだが、その実は人間ではなく、意識ある『自立』した人形――その名を、メディスン・メランコリーという。
「ねぇ、スーさん」
その横をふわふわと飛ぶ、小さな小さな少女――これも、人形である――に語りかける彼女。
「わたしって、毒人形なんだよね」
こくん、とうなずくスーさん。
そこで、メディスンはつぶやいた。
「そもそも、『毒人形』って何なんだろう」
自分の存在に疑問を持つと言うことは、哲学における永遠の命題である。この彼女は、こんな子供らしい可愛らしい身なりで、永久に答えが出るはずもない命題に挑戦しようとしているのだ――というわけではなく。
「毒がわたしのエネルギーだからなのか、毒攻撃で弾幕勝負するからなのか、それとも毒が一杯のこのお花畑にいるからなのか」
いずれもメディスンという『もの』を端的に証明する単語がつらつらと並んでいく。
何のことはない、彼女はそもそも『毒人形』とは何をもって『毒人形』と言うのかを理解したがっているのだ。要するに、何でも知りたいお年頃、というやつなのである。
「え? わたしがどうして毒人形なのか、教えてくれるの?」
こくこく、とうなずくスーさん。
そっかぁ、とメディスンの顔に笑顔が浮かんだ。
「じゃ、どうすればいいの?」
「ん?」
ドアが開く音がした。
その店の店主――変人という単語でくくれるもの達の中でも、一際、変人度が高い人物である森近霖之助は、手に持っていた本から視線を外して、ドアの方へと目をやった。
そこに、小さな女の子が一人。
彼女は、興味津々と言った眼差しを霖之助へと向けていた。
「いらっしゃい」
以前、見たことがあるな、と彼は内心でつぶやいた。確か、彼女は霊夢達の知り合いだったはずだな、と。
それならば、この店において、大半がにぎやかしかただの冷やかしである。もしも、商品を手にとってくれたら相手をしようか。そう、結論づけたらしい。淡泊なようであるが、この店を訪れる輩の大半が、とてもではないが『客』と呼べるような類の奴がいないので、彼がこんな反応を見せてしまうのも無理からぬことであった。
ついでに言えば、彼が今、読んでいる本は、つい最近、手に入れた、いわゆる『新商品』である。店に出すべきか、それとも出さずにコレクションにしてしまうか。それを、中身を読んで決めようとしている作業の真っ最中なのである。
ことことと、木の板を靴の裏が叩く音が響く。
「……何か?」
振り向けば、少女の顔が、そこにあった。
彼女は、カウンターに手をかけて、よいしょ、とその上に顔を出している。実に愛くるしい仕草だ。
霖之助は、ぱたん、と本を閉じた。
「この店に何か用事があるのなら承るよ。
何か、気に入った商品でもあったのかな?」
一応、優しい声で訊ねてみた。
あんまり無愛想に対応して、この彼女と縁の深い連中が目くじらを立てても困るとでも思ったのだろうか。あるいは、もしかしたら、彼女は普通に客なのかもしれないと思ったのか。
ともあれ、彼の言葉に、少女――メディスンは応えた。
「この店にはがらくたしかないのかしら、そこの暇人(意訳:何だか面白いものが一杯あるんだね、お兄さん)」
「………………………………………」
霖之助の時が止まった。
「がらくたの中で日がな一日過ごしてるなんて、ずいぶん根暗なのね。これが、いわゆる引きこもりってやつ?(意訳:お兄さんは、ここにあるものがどんなものか、わかるの? すごいなぁ)」
「ああ、いや、えっと……」
……落ち着いて考えろ、森近霖之助。どうして、僕は、これまでに一度も話したことのない幼女に罵られてるんだ? 理由を考えろ、必ず、この世には因果というものがあるはずなんだ。
「黙ってないで、何か答えなさいよ。それとも、その口は飾り物なのかしら?(意訳:あ、あれ? 何か変なこと聞いちゃったかな?)」
「まぁ……その……うん……。えっとだね、僕は森近霖之助と言って……」
「そんなことは知ってるのよ、このメガネ(意訳:聞いたことがあるから、知ってるよ。お兄さん)」
「そ、そうかい……。
その……ここは香霖堂と言ってね。ま、まぁ、見ての通り、僕が趣味のものを売っている……いわば、僕の館みたいなものなんだが……」
「こんながらくたに囲まれた生活が趣味の一環? なっさけない、外に友達の一人もいないわけ?(意訳:変わった趣味を持ってるんだね。こういうのって、どうやって集めてくるの?)」
「まぁ……その……えっと……」
……まずい。喋る言葉がなくなってきた。
顔を引きつらせる霖之助を、なぜか、その口調とは裏腹のきらきらな眼差しで見つめるメディスンを前に、ついに彼は沈黙する。そして、ただ一言、「……すまなかった」と頭を下げたのだった。
『まあまあ。そのようなことが。
うふふふ、さすがはメディスンさんですわ。毒人形の意味を、ようやく理解したようですわね。おほほほほ』
「……メディスン」
これこれこういうことがあったんだよ、と今日一日の体験を語るメディスンの姿が、とある場所にあった。
魔法の森の奥深く。人通わぬ地にひっそりと佇む白亜の館の持ち主、アリス・マーガトロイドは痛む頭を抱え込み、大きなため息をつく。
「え?」
「その……なんて言ったらいいかわからないけどね? あなたは、その……きっと、純粋なんだと思う」
「……?」
よくわからない、といった風に小首をかしげるメディスンの肩を、アリスの両手が掴んだ。
そして、そのまなこをまっすぐに見つめ、彼女は静かに言う。
「蓬莱の言うことを真に受けないように」
「……えっと?」
『あら、マスターったらひどいですわ。わたくし、メディスンさんに『毒人形って何なのかな』と相談されましたから、わたくしの思うことをお答えして差し上げましただけですのに』
くすくすと、蓬莱人形が笑う。口元を服の袖で隠して。実に『楽しそう』な笑顔で。
メディスンのそばをふよふよ飛び交うスーさんは、この時、ようやく、気づいたらしい。
『……蓬莱の方が、よっぽど毒人形じゃない』
上海人形のつぶやきが、その全てを表現していたのだった。
目キラキラのまま見上げられて罵られたい、っと思ったじゃねえか畜生ー!!