" />Birds in Raincage 作者: aoi
Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

Birds in Raincage

2010/09/23 20:54:17
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 開かれた窓は、二人だけに通じる秘密の合図だ。
「あなたが見上げたとき、私の部屋の窓が開いてたら、それは訪ねてきてもいいって印なのよ」
 そう言って、あいつが悪戯っぽく笑ったから。


◇  ◆  ◇


 アリスを訪ねた日は、あいにくの雨だった。

 開かれた窓から、ざあざあと耳障りな雨音が吹き込んでくる。
 窓枠の四角に切り取られた眺めは、紗がかかったように白く煙っていた。
 まるで、空が泣いているようだ。

 空っぽの鳥篭が、湿った夕風にあおられて揺れる。
 窓の前に立ち尽くした後ろ姿が、近づいてくる足音に気づいて振り返った。

 魔理沙、と途方にくれた声が、私の名前を呼ぶ。
 金髪をけぶるような雨に濡らして、アリスが呟いた。

「……小鳥が逃げちゃった」


◇  ◆  ◇

 
 アリスはずっと、開いた窓の外を眺めている。
 気まぐれな小鳥が戻ってくるのではないかと、淡い期待を抱いて。
 雨に濡れて首をうなだれた梢の端々に、注意深く目をこらして。

 逃げた小鳥は、金色のカナリアだという。
 眠れない夜に、歌を歌ってくれたそうだ。指をさしだすと、頭をすり寄せてきたそうだ。手のひらに乗るカナリアの中でもさらに小さく、まだ子どもの雛鳥で、甘えたい盛りだったらしい。悪戯好きで我がままで、ミルクで甘く煮たクッキーも、苦労して取ってきた青虫も、気にいらないとすぐプイと顔をそむけてしまったらしい。そのくせ目を離すと寂しがってピイピイ鳴いて、よくアリスを困らせたそうだ。
 ……とても、可愛がっていたそうだ。
 
 雨音が、小さな部屋を満たしていた。
 時折、風に乗って舞い込んだ雨が、窓枠を濡らしていく。窓から冷えた空気が滑り込んでは、足元にしっとりと淀んでいく。今さら感じた寒気にぶるりと身を震わせて、思わず私は自分の肩を抱く。

「……窓、いい加減に閉めようぜ。床が濡れちまう」
「いいの、開けておいて。小鳥のお気に入りの窓だったから」

 それは、私が楽しみに眺めていた窓だった。
 ……私との約束は。
 言いかけた言葉をのどの奥に飲み込んだ。
 その窓は、私の為に開けておいてくれたんじゃないのか。
 訪ねてきてもいいって、許してくれたんじゃないのか。

 飲み込んだ言葉は雨だれのようにポチャン、ポチャンと落ちて、胸に小さな波紋を作る。

 アリスはきっと、他愛も無い約束なんて忘れてる。
 唇の前で人差し指を立てた、悪戯っぽい笑顔は、今も記憶の中できらめいているのに。
「あなたが見上げたとき、私の部屋の窓が開いてたら、それは訪ねてきてもいいって印なのよ」
 アリスは私を見ない。

 カナリヤのさえずりを真似て、アリスの澄んだ声が歌う。
「チチ、チチテュウ」

 そうして、目を閉じ、耳を澄ます。
 昨日まで当たり前のように返ってきたはずの、小鳥の歌はもう返らない。
 開かれた窓は自由への扉、小鳥は逃げてしまった。空の鳥籠は、窓際でむなしくキイキイと揺れている。
 沈黙を埋めるように、ざあざあと雨音が小さな部屋を満たしていく。

 やがて、アリスは呟いた。
「小鳥は、空が恋しかったのかしら」

 独り言のような、返事を期待していない言葉だった。目の前の椅子に座る私の姿は、きっと彼女の目には透き通って写らないのだ。そんな空想に囚われかかって、その呪縛から逃げるように私は口を開く。

「……小鳥を逃がしたくないなら、いくらでも方法なんてあったじゃないか」
「たとえば?」

「窓を閉めて、空なんか見せなければよかったのに」
「夏の終わりよ。窓を閉めたら、空気が籠もって暑いじゃない」

「飛べないように、風切り羽を切ればよかったのに」
「痛いのは好きじゃないわ」

「……なら、代わりを作ったらどうだ?ねじまきの鳥を。人形が作れるなら、小鳥なんて簡単だろう?」
「そうね、代わりならいくらだって作れるけれど」

「そうだよ、それがいい。本物そっくりに歌う小鳥をそばに置けば、少しは気も晴れるだろ?もし作り物が嫌なら、また別の小鳥を飼えばいい。今度、一緒に市場に探しに行こう」

 ようやく、アリスが振り向いた。やまない雨の中でも、そこだけ晴れた青空を閉じ込めたようなその瞳に、私を映して。
 どこか頼りなげな風情を励ましてやりたくて、力づけるように微笑みかけた。
 色をなくしたアリスの唇が動く。

「でも、それはあの子じゃないわ」


◇  ◆  ◇

 
 私は席を立った。あの雨音のうるさい、そのくせ静かな部屋に居たくなかった。私の場所が無いように思えた。そこに居てもいいのは、そこに居ることが許されるのは、アリスと小鳥だけだった。

 キッチンで、ホットミルクを作った。冷えた空気に立ち上る湯気が、気持ちをやわらげる。一口飲むと、ほんのりと甘い暖かみが喉を滑り落ちて、ようやく呼吸が楽になった。

 諦めたように、アリスは笑ってみせた。肩の上で切りそろえた、柔らかな金髪を揺らして。

「いいの。翼を持つ鳥に、籠の中は似合わないもの。……たぶん、飛ぶものは心にも翼を持っているのよ。……私の窓辺は小鳥にとって、餌場で遊び場なんでしょう。小鳥の鳥頭では、三歩歩いたら忘れちゃうけど、きっと、飽きたらすぐに飛んでっちゃうんだろうけど。……時々、遊びに来てくれたらそれでいい。こんな日なら、雨宿りくらい許してあげるのに……小鳥は、どこに行ってしまったのかしらね」

 そしてまた、窓の向こうに目をやるのだ。

 思い出しながら、スプーンでミルクをかき混ぜる。甘いミルクの味がものたりなくて、コーヒーを足した。白の中に、渦を巻いて黒が溶け込んでいく。コーヒーの粉を入れすぎたのか。飲んでみたら、ひどく苦かった。

「可愛い、可愛い小鳥ちゃん、か。……私なら、小鳥を逃がしたりしないけどな」

 失敗したカフェオレを、シンクに流す。
 キッチンの窓から外を見る。夕方から、雨足がだんだんと激しくなってきた。降りしきる雨が森に叩きつけ、舞い上がる細かな白い霧で、一寸先すら曇って見えない。どしゃぶりの雨だった。何かとても悲しいことがあって、空が泣いているようだった。きっと屋根の下から一歩足を踏み出せば、天の流す涙に打たれて頭のてっぺんからつまさきまで、ずぶ濡れになってしまうだろう。

 金色の小鳥は、今も窓の向こう側を眺めているだろうか。


◇  ◆  ◇
 

 窓の向こうを見るふりをして、窓硝子に映ったあの子を見ていた。
 開いたままの窓から、濃密な雨の匂いが流れ込んでくる。
 
「……馬鹿ねえ、小鳥さん」

 ため息は、冷えた指先をほんのりと温め、すぐ消えた。

「お気に入りの窓から金色の小鳥が迷い込んだとき、……あなたみたいだって、思ったのに。あなたをどうしたらいいのか、わからないから本人に聞いてあげたのに。……どうして、いけない答えばかりするのかしらね」

 降りしきる雨のしずくが、時々頬を打つ。窓に伝う透明な雫を、ひとつ、ふたつと意味もなく数える。
 開いたままの窓を、閉じる気にはどうしてもなれなかった。
 思えばこの窓は、ずいぶんと長い間、開け放してあった。蝶番が錆び付いてしまったかもしれない。
 待ち人は、今日、この窓辺にやってきた。

「ピイピイうるさくって我がままだけど、可愛い金色の小鳥さん。……こんな雨降りが嬉しいなんて、思ってしまう私は嫌ね。翼が濡れるのを嫌って、きっと雨やどりしていくでしょうから……ほんのひと時でも、私の窓辺に立ち寄ってくれることを待ち遠しく思ってしまう私は、ダメね」

 そっと触れると、空っぽの鳥篭がキイキイと耳障りな音を立てた。

 自由を奪われた小鳥が、やがて空を恋うように。
 心に翼を持つひとを、一つ所に縛り付ければ、きっと息が出来なくて死んでしまう。
 そんなことは望んでいない。

「……あいしてるわ、私の小鳥さん」

 一人きりの部屋で、私は雨音に耳を澄ます。階段をのぼってくる足音に気づいて、ふと微笑みがこぼれた。
 ……望んでは、いけないのだ。


◇  ◆  ◇


「ホットミルクでよかったか?」
「うん」
「……冷たい指」
「……あたたかいカップ」
「……雨、やまないな」
「……やまないね」

 ざあざあと、雨音が耳にうるさく響く。途切れなく降り注ぐ雨が、世界を閉ざす。小さな部屋には、二人きり。

「……なあ、いいかげん、泣きやめよ」

 アリスの横顔を伝う涙が、ほろりと落ちる。

「今日は雨だから、仕方がないの。空が泣いてるから、つられて私も泣きたくなっちゃうのよ」
「何だよ、理由になってない。しょうがない奴だなあ……」

 アリスが窓から目を上げて、振り向いた。一瞬だけ、視線が絡む。

「……雨がやむまで、そばにいて」

 それきり、アリスはまた窓を眺め、帰らない小鳥を待ち続ける。

「小鳥は、幸せ者だな。こんなにも待ってくれる人がいるんだから」

 いつの日か、気まぐれな小鳥が金色の羽をはためかせて、あの窓から舞い降りれば。
 きっと白いたおやかな手が迎えてくれるのだろう。
 その手が自分のためにあるものなら、どんなにかいいだろう。

 魔理沙は願う。
 捕まえてほしい。遠い空が恋しくなって、私が飛んでいかないように。

 アリスは願う。
 重荷になりたくない。心に翼があるのなら、自由に空を飛ばせてあげたい。

 すれ違う願いは、雨音にかき消されて、だれの耳にも届かない。
 小鳥は逃げてしまった。後には、空の鳥篭がむなしく揺れるばかり。

 ホットミルクを飲みながら、魔理沙は呟く。

「……雨が降ってるから、もうどこにもいけないな」

 金色の小鳥が二羽、開いた窓を前にして。
 雨音の檻に閉じ込められた。
連続投稿、失礼します。

今日は雨だからしっとりとしたお話を、と思ったら、両片思いですれ違う、うっすら暗い感じのお話になりました。
aoi
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コメント



0.簡易評価なし
1.無評価名前が無い程度の能力 削除
すれ違い両思いって良いですよね
2.無評価名前が無い程度の能力 削除
苦めですね。
こういうのも良い。
3.無評価奇声を発する程度の能力 削除
切ないなぁ…
良かったです。
4.無評価名前が無い程度の能力 削除
氏のマリアリはこう……一味違うな
5.無評価名前が無い程度の能力 削除
良い苦味だ
6.無評価名前が無い程度の能力 削除
この感じ……
悪く無い
7.無評価名前が無い程度の能力 削除
すばらしい苦味。
お見事。
8.無評価けやっきー 削除
あなたの作品を見て、私は苦いマリアリも好みだということに気付きました。
ありがとうございます。