硬いものを斬った時、その硬さは刀を伝い持ち主にその硬さと存在を伝える。
命を斬った時、その重みは刀を伝い持ち主に命の尊さを伝える。
刀から伝わることに、偽りは無い。
つまり、斬ってこそ真実は知れる。
刀の道とは、そういうことだと妖夢は少なからず思っていた。
迷いを断つ白楼剣。
なんとも不思議な刀である。
妖夢自身もその刀の出自はよく知らないが、刀を振るうにあたり重要なのはそんなことではないと思っているので気にしない。(出自を知らなければ武器を使ってはならないというなら、きっとあのメイドもナイフの一本も投げられなくなるだろう。)
迷いを断つということは、想いを断つということに等しい。
想いを断ったとき、やはり刀はその想いの質と存在を持ち主に伝える。
所詮は妖夢自身の迷いや想いではない。他人の迷いや想いである。
しかし、妖夢がそう割り切るには幼すぎた。
これは、そういう類のはなしである。
妖夢は神社からの帰り、臨終の人間に出会った。
妖怪にやられたのだろう。体の大半を失っていた。
それでも、その人間は生きていた。
生への執着。
半人半霊の妖夢には良く解らない感覚。
その人間はすでに視力もないのらしく、妖夢にも気付かずただ何事かをうわごとのように呟いていた。
「…もう助からないのに…」
妖夢は刀を抜く。
「こうして出会ったのも何かの縁…助けることは出来ませんが…生への迷いを無くし、せめて安らかに冥界へ渡れるように…」
白楼剣を振り下ろした。
途端、その人間はすぅと、もがくことを止めた。
死んだわけではない。死ぬことを、受け入れたらしい。
妖夢はふらり、とよろめいた。
「…」
涙が出そうになる。
刀を伝い、この人間の想いが流れてきた。
ぬめるような感触。
あまりにも、
「辛い…」
何が辛いのか解らない。どうして死がそれほど辛いのか解らない。
死んだ人間は冥界へと行ける。
それは或いは幸せなことですらある。
この人間も生きるだけ生きた。きっと冥界へ行けるだろう。
解っているはずなのに、辛い。
死ぬことが辛い。
恐い。
どうしようも無く恐い。
妖夢は震える体を抱えながら、白玉楼へと帰った。
ただ、すぐにでも幽々子の顔が見たくて仕方が無かった。
幽々子は明らかにおかしい妖夢の様子に少し驚いたようだったが、何も聞かずに横になって休むように言ってくれた。
布団で横になりながら、妖夢はもう一度刀から伝わった想いを思い出していた。
軽く、体が震える。
幽々子が妖夢の頭を優しく撫でながら言う。
「何も考えないほうがいいわ。あてられちゃったみたいだから」
「考えないなんて出来ません」
幽々子はくすりと笑う。
「まだまだね、妖夢は」
「…幽々子様は解っているんですね…私に何があったか」
「まさか、知らないわ」
「でもさっき…」
「ただ良くないものを斬ったんじゃないかと思っただけよ」
良くないもの、その言葉が妖夢の心に響く。
「臨終の人間の迷いを、断ちました」
「あら、おせっかい焼きね。放っておいてあげなさいよ」
「刀を伝わって、その想いが解りました」
「…妖夢はそれをどう思った?」
「…」
妖夢はしばらく黙って、ようやく
「恐かったです」
と言った。
「最初から穏やかに逝ける人間なんてそういないわ。妖夢は、死ぬ間際でもないのに死ぬ感触に触れてしまったのね」
「……あの人間には家族がいるようでした…親しい人も…そういう想いが、全部死を受け入れることへの迷いになっていたんです」
「そう」
妖夢は目を閉じる。
「私は余計なことをしたんでしょうか?」
「どういう意味でかしら?自分が恐い思いをしてしまったから?」
「いえ…あの人間に…」
「そんなことはないんじゃない?もう死は避けられない状態だったんでしょう?それなら、少しでも穏やかにこちらへ来れて感謝してるはずよ」
「それなら…よかったです」
幽々子は立ち上がる。
「しばらく寝てていいわよ」
「すいません…」
幽々子は困ったように笑う。
「でもこんなに簡単に毎度ひっくり返られたんじゃねぇ…そこまで他人の迷いに入れ込まないようにしなさいね。文字通り、斬り捨てるのよ」
「はい…」
「今回のことは、まぁ人生経験になったでしょ?良しにつけ悪しきにつけ…」
幽々子はそう言うと部屋を後にした。
一人残される妖夢。
幽々子の声を聞いたら随分と落ち着けたように思う。
手にはいまだにあのぬめるような感触が残っている。
真実は斬って知るもの…そう、思っていた。
「師匠、私はまだまだ未熟です…剣を持つということ…死に臨むこと…解っているつもりでした。でも今日、今際の際に出会い自分が何も知らないということを知りました…たぶん、今日手に残った感触は忘れないと思います…」
妖夢は手をキュッと握る。
「ひとつ、成長できたでしょうか…」
それだけ呟くと、妖夢は布団に体を沈めた。
夢うつつに妖夢は考える。
あの人間は最後に家族のことを思った。
自分は、誰のことを思うだろう。
幽々子のことを思うのか、師匠のことを思うのか、それとも知り合った彼女たちのことを思うのだろうか。
グルグルと考えるうち、妖夢はなんだか不安になってきて…
「幽々子様~」
布団から飛び出して幽々子の元へ駆け込むのだった。
《終わります》
命を斬った時、その重みは刀を伝い持ち主に命の尊さを伝える。
刀から伝わることに、偽りは無い。
つまり、斬ってこそ真実は知れる。
刀の道とは、そういうことだと妖夢は少なからず思っていた。
迷いを断つ白楼剣。
なんとも不思議な刀である。
妖夢自身もその刀の出自はよく知らないが、刀を振るうにあたり重要なのはそんなことではないと思っているので気にしない。(出自を知らなければ武器を使ってはならないというなら、きっとあのメイドもナイフの一本も投げられなくなるだろう。)
迷いを断つということは、想いを断つということに等しい。
想いを断ったとき、やはり刀はその想いの質と存在を持ち主に伝える。
所詮は妖夢自身の迷いや想いではない。他人の迷いや想いである。
しかし、妖夢がそう割り切るには幼すぎた。
これは、そういう類のはなしである。
妖夢は神社からの帰り、臨終の人間に出会った。
妖怪にやられたのだろう。体の大半を失っていた。
それでも、その人間は生きていた。
生への執着。
半人半霊の妖夢には良く解らない感覚。
その人間はすでに視力もないのらしく、妖夢にも気付かずただ何事かをうわごとのように呟いていた。
「…もう助からないのに…」
妖夢は刀を抜く。
「こうして出会ったのも何かの縁…助けることは出来ませんが…生への迷いを無くし、せめて安らかに冥界へ渡れるように…」
白楼剣を振り下ろした。
途端、その人間はすぅと、もがくことを止めた。
死んだわけではない。死ぬことを、受け入れたらしい。
妖夢はふらり、とよろめいた。
「…」
涙が出そうになる。
刀を伝い、この人間の想いが流れてきた。
ぬめるような感触。
あまりにも、
「辛い…」
何が辛いのか解らない。どうして死がそれほど辛いのか解らない。
死んだ人間は冥界へと行ける。
それは或いは幸せなことですらある。
この人間も生きるだけ生きた。きっと冥界へ行けるだろう。
解っているはずなのに、辛い。
死ぬことが辛い。
恐い。
どうしようも無く恐い。
妖夢は震える体を抱えながら、白玉楼へと帰った。
ただ、すぐにでも幽々子の顔が見たくて仕方が無かった。
幽々子は明らかにおかしい妖夢の様子に少し驚いたようだったが、何も聞かずに横になって休むように言ってくれた。
布団で横になりながら、妖夢はもう一度刀から伝わった想いを思い出していた。
軽く、体が震える。
幽々子が妖夢の頭を優しく撫でながら言う。
「何も考えないほうがいいわ。あてられちゃったみたいだから」
「考えないなんて出来ません」
幽々子はくすりと笑う。
「まだまだね、妖夢は」
「…幽々子様は解っているんですね…私に何があったか」
「まさか、知らないわ」
「でもさっき…」
「ただ良くないものを斬ったんじゃないかと思っただけよ」
良くないもの、その言葉が妖夢の心に響く。
「臨終の人間の迷いを、断ちました」
「あら、おせっかい焼きね。放っておいてあげなさいよ」
「刀を伝わって、その想いが解りました」
「…妖夢はそれをどう思った?」
「…」
妖夢はしばらく黙って、ようやく
「恐かったです」
と言った。
「最初から穏やかに逝ける人間なんてそういないわ。妖夢は、死ぬ間際でもないのに死ぬ感触に触れてしまったのね」
「……あの人間には家族がいるようでした…親しい人も…そういう想いが、全部死を受け入れることへの迷いになっていたんです」
「そう」
妖夢は目を閉じる。
「私は余計なことをしたんでしょうか?」
「どういう意味でかしら?自分が恐い思いをしてしまったから?」
「いえ…あの人間に…」
「そんなことはないんじゃない?もう死は避けられない状態だったんでしょう?それなら、少しでも穏やかにこちらへ来れて感謝してるはずよ」
「それなら…よかったです」
幽々子は立ち上がる。
「しばらく寝てていいわよ」
「すいません…」
幽々子は困ったように笑う。
「でもこんなに簡単に毎度ひっくり返られたんじゃねぇ…そこまで他人の迷いに入れ込まないようにしなさいね。文字通り、斬り捨てるのよ」
「はい…」
「今回のことは、まぁ人生経験になったでしょ?良しにつけ悪しきにつけ…」
幽々子はそう言うと部屋を後にした。
一人残される妖夢。
幽々子の声を聞いたら随分と落ち着けたように思う。
手にはいまだにあのぬめるような感触が残っている。
真実は斬って知るもの…そう、思っていた。
「師匠、私はまだまだ未熟です…剣を持つということ…死に臨むこと…解っているつもりでした。でも今日、今際の際に出会い自分が何も知らないということを知りました…たぶん、今日手に残った感触は忘れないと思います…」
妖夢は手をキュッと握る。
「ひとつ、成長できたでしょうか…」
それだけ呟くと、妖夢は布団に体を沈めた。
夢うつつに妖夢は考える。
あの人間は最後に家族のことを思った。
自分は、誰のことを思うだろう。
幽々子のことを思うのか、師匠のことを思うのか、それとも知り合った彼女たちのことを思うのだろうか。
グルグルと考えるうち、妖夢はなんだか不安になってきて…
「幽々子様~」
布団から飛び出して幽々子の元へ駆け込むのだった。
《終わります》
素晴らしいです!最後の妖夢は確かに可愛くてそれを変えるのは勿体ないけどそれでもこの作品はもっと読んでいたいです!
ぜひ、またこんなかわいいくて幼い妖夢を書いてください
○ ない(~だろう)。
地の文はこれくらいでちょうど良いと思います。