白玉楼に珍客ひとり
「おや」
二本の箒を操る手を止め、庭師は目を見開いた
「悪いけど、ここは人間用の冥界よ」
「べつに死んだわけじゃない」
優曇華院は耳を引っ張った
「ちょいと用事があってね」
「というと?」
「あんたが、欲しい」
箒が折れた
湯呑みがみっつ、たちのぼる三筋の湯気
「なるほどね」
と亡霊姫幽々子
「あの御仁は、そんな柄ではなさそうだったけど」
「気まぐれなんです」
頭をさすりさすり、優曇華院
「わかったわ。そういうことならお貸しします」
「――ちょいとお待ちください」
庭師妖夢
「私は厭ですよ、あんな得体の知れない……」
「そうは言うけど妖夢、借りはあるじゃないの」
「それはそうですが……でも」
「でももすももももももないわ」
妖夢は折れた
永遠亭にて
「悪いわね、忙しいところ」
とは、薬師永琳
「……まぁ」
仏頂面妖夢、略してぶっよむ
「お待ちかねよ」
がらり、と戸を開ける永琳
奥に蠢く何かしら
「オモイカネよ」
妖夢は脱力した
庭に女
緑の黒髪の女
ぬぼっとして、隙だらけのくせに
(斬れそうに無い)
そんなふうに思わせる、女
より厳密にいえば
(斬り切れない)
とでもいうべきか
「ああ」
女は客へ笑いかけた
手には、竹光ひとふり
「やっと来たのね」
その永遠、蓬莱山輝夜
「一別以来。眼は良くなったようね」
おかげさまで、というのも妙な話
とまれ妖夢は竹刀をとり
「それで……何を、学びたいと?」
知れたこと、と輝夜
「剣技。剣術。剣法。剣理。剣心――」
ようするに、
「――剣のすべて」
妖夢は、知らず身震いしていた
一に所作
次いで太刀の持ち方
そして構え
「飽きたわ」
ブンムクレ、ふくれっ面の輝夜
「まだ初歩の歩」
あきれ顔の妖夢、手立てなし
「ま、のんびりやろうかしらね」
「冗談じゃ――」
どうあれ、と輝夜
「時間は、たっぷりあるのよ」
漸く、妖夢は気づいていた
自分たちは既に、
(――永遠の中にいる)
「さぁ」
輝夜、たおやかにほほ笑み
「続けて頂戴、お師匠」
妖夢は、ほとんど戦慄していた
指南
教授
口伝
「ふんふん。だいぶわかってきたわね」
輝夜の得意顔
竹光をひねる手つきも、馴れたもの
「もう――十分でしょう」
疲弊の濃い顔妖夢
「そうねぇ。それじゃ」
ひた、と正眼の構え
「そろそろ、実践といこうかしら」
走る怖気
「――ッッ」
背を這うおののき
対峙するはおのがわざを全く学び取った剣客
技量が同等ならば、勝敗は『器』が分ける
相手のそれが量れぬほどであることは、既に明らか
されど
されど、魂魄妖夢は剣士なり
竹刀を足元へ置き
無い太刀を構えた
輝夜の教わっていない、それは所作
「いざ」
竹光
七色おびて閃き
須臾の斬撃
まばゆく火花さいて
飛散したのは竹の粉
「美事ね」
永遠は、雅に笑った
仔細の報告
「――それで、帰ってきたのね」
はい、と頷く庭師
「どうりで」
「えぇ?」
「なんでもないわ。もう休んだら?」
「は」
どうりで、今の妖夢は剣呑なのだ、と西行寺の娘は思った
「お気は晴れましたか」
少々はね、と薬師のあるじ
「剣では、永遠を斬ることなど――できません」
どうかしらね、と輝夜
「あの者が、斬ったとでも?」
「それは違うわ。斬ったのは――私」
己自身を剣と為す
悉く私を滅し尽し
澄んだ刃へと化す
されば触れなば斬れるのみ
「あのまま、永遠の内に在っても良かったと?」
あぁそうね、と黒髪
「それはそれでも良かったかもしれないわ。ぞんがい、あの娘は面白い」
「…………」
「さ、イナバを呼んで頂戴。遊びたいわ」
「剣の稽古ではないでしょうね」
まさかね、と姫君
「私はひどく飽きっぽいのよ。知っているでしょう?」
それは承知していたから、永琳は何も言わなかった
しかし同時にまた
「こんど妹紅が来たら、チャンバラでケリをつけるのも、いいかもしれないわね」
「……ご随意に」
ひどく気まぐれなことも、重々承知していたのではあった
「おや」
二本の箒を操る手を止め、庭師は目を見開いた
「悪いけど、ここは人間用の冥界よ」
「べつに死んだわけじゃない」
優曇華院は耳を引っ張った
「ちょいと用事があってね」
「というと?」
「あんたが、欲しい」
箒が折れた
湯呑みがみっつ、たちのぼる三筋の湯気
「なるほどね」
と亡霊姫幽々子
「あの御仁は、そんな柄ではなさそうだったけど」
「気まぐれなんです」
頭をさすりさすり、優曇華院
「わかったわ。そういうことならお貸しします」
「――ちょいとお待ちください」
庭師妖夢
「私は厭ですよ、あんな得体の知れない……」
「そうは言うけど妖夢、借りはあるじゃないの」
「それはそうですが……でも」
「でももすももももももないわ」
妖夢は折れた
永遠亭にて
「悪いわね、忙しいところ」
とは、薬師永琳
「……まぁ」
仏頂面妖夢、略してぶっよむ
「お待ちかねよ」
がらり、と戸を開ける永琳
奥に蠢く何かしら
「オモイカネよ」
妖夢は脱力した
庭に女
緑の黒髪の女
ぬぼっとして、隙だらけのくせに
(斬れそうに無い)
そんなふうに思わせる、女
より厳密にいえば
(斬り切れない)
とでもいうべきか
「ああ」
女は客へ笑いかけた
手には、竹光ひとふり
「やっと来たのね」
その永遠、蓬莱山輝夜
「一別以来。眼は良くなったようね」
おかげさまで、というのも妙な話
とまれ妖夢は竹刀をとり
「それで……何を、学びたいと?」
知れたこと、と輝夜
「剣技。剣術。剣法。剣理。剣心――」
ようするに、
「――剣のすべて」
妖夢は、知らず身震いしていた
一に所作
次いで太刀の持ち方
そして構え
「飽きたわ」
ブンムクレ、ふくれっ面の輝夜
「まだ初歩の歩」
あきれ顔の妖夢、手立てなし
「ま、のんびりやろうかしらね」
「冗談じゃ――」
どうあれ、と輝夜
「時間は、たっぷりあるのよ」
漸く、妖夢は気づいていた
自分たちは既に、
(――永遠の中にいる)
「さぁ」
輝夜、たおやかにほほ笑み
「続けて頂戴、お師匠」
妖夢は、ほとんど戦慄していた
指南
教授
口伝
「ふんふん。だいぶわかってきたわね」
輝夜の得意顔
竹光をひねる手つきも、馴れたもの
「もう――十分でしょう」
疲弊の濃い顔妖夢
「そうねぇ。それじゃ」
ひた、と正眼の構え
「そろそろ、実践といこうかしら」
走る怖気
「――ッッ」
背を這うおののき
対峙するはおのがわざを全く学び取った剣客
技量が同等ならば、勝敗は『器』が分ける
相手のそれが量れぬほどであることは、既に明らか
されど
されど、魂魄妖夢は剣士なり
竹刀を足元へ置き
無い太刀を構えた
輝夜の教わっていない、それは所作
「いざ」
竹光
七色おびて閃き
須臾の斬撃
まばゆく火花さいて
飛散したのは竹の粉
「美事ね」
永遠は、雅に笑った
仔細の報告
「――それで、帰ってきたのね」
はい、と頷く庭師
「どうりで」
「えぇ?」
「なんでもないわ。もう休んだら?」
「は」
どうりで、今の妖夢は剣呑なのだ、と西行寺の娘は思った
「お気は晴れましたか」
少々はね、と薬師のあるじ
「剣では、永遠を斬ることなど――できません」
どうかしらね、と輝夜
「あの者が、斬ったとでも?」
「それは違うわ。斬ったのは――私」
己自身を剣と為す
悉く私を滅し尽し
澄んだ刃へと化す
されば触れなば斬れるのみ
「あのまま、永遠の内に在っても良かったと?」
あぁそうね、と黒髪
「それはそれでも良かったかもしれないわ。ぞんがい、あの娘は面白い」
「…………」
「さ、イナバを呼んで頂戴。遊びたいわ」
「剣の稽古ではないでしょうね」
まさかね、と姫君
「私はひどく飽きっぽいのよ。知っているでしょう?」
それは承知していたから、永琳は何も言わなかった
しかし同時にまた
「こんど妹紅が来たら、チャンバラでケリをつけるのも、いいかもしれないわね」
「……ご随意に」
ひどく気まぐれなことも、重々承知していたのではあった
ともあれ最近輝夜分が豊富で嬉しいな。
狂気すら戯れ合いの対象となるパーフェクトプリンセス。
その所為に下賎が踏み込む余地もなし。
それゆえに、彼女は女帝なのだ。