Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

あなたがここにいてほしい

2012/09/04 03:46:02
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 貴方は私を知っているが、私は貴方を知らない。
 推測することは出来る。今、貴方が新聞を読んでいることは、まず間違いないだろう。そこから類推すれば、文盲ではないと思われるし、拾った物でなければ、新聞の購読料を払える程度には余裕が有る生活をしており、情報に飢えているとも推測できる。
 しかし、推測だ。貴方が人間か妖怪か、男性か女性か、子供か大人か、富んでいるか貧困にあえいでいるか、愚かか賢いか……わからない。
 
 前もって断っておきたいが、私の話に面白みは無い。ためになる要素もない。
 スリリングな展開も無ければ、吹き出すユーモアも無い。取り留めはなく、落ちもない。
 幸い、私の体(人間風にいえばそうだと認識している)にはそれらが溢れている。異変の速報、漫画、連載小説、広告、文化欄スポーツ欄――
 退屈を覚えたら、それらに目を通せばいい。それにも飽きたら屑籠に投げ捨てればいい。 

 そもそも、私の言葉が誰かに届いているかも謎なのだ。私は独り言であることを望まないが、その可能性を否定することは出来ない。同時に、肯定することも出来ない。
 仮に、ここまで読み進める――あるいは聞くことが出来ていれば――貴方には私の声が届いているのだろう。私に、確認する術は無いが。
 
 そうでなければ話は進まない。また、全くの無意味だ。だから、一方的で恐縮であるが、貴方に私の考えが届いている物として話させていただきたい。それは前提であって、無謬の土台としていただきたい。
 
 まず――遅ればせながらだろうか――自己紹介をしよう。
 私は、新聞だ。ここで貴方が意地の悪い存在であれば、包み紙、燃料、鍋敷き、等々と言い換えることも可能だろうが、一般的な用途として、情報を知るために用いられる媒体であって、貴方たちが文々。新聞。と呼ぶものだ。
 しかし、一口に新聞と言っても、それが含む物は膨大だ。一面も最終面も、ニュースも広告も、日付も天気予報も、その元となる原稿も、輪転機にかけられた版下も、それが刷った無数の誌面も新聞だ。
 
 その全てを含む抽象的な概念こそが私であって、全てを私と規定することは間違いではないが、抽象的な存在を理解するには、個別のものに寄せた方がわかりやすいことだろう。
 雷という無数に起きる自然現象を神(建御名方、あるいはThorなど)という、一つの個と認識することで理解しやすくなるように。
 だから、本質的には違う、と言う事は承知で、単純化・具体化して貰いたい。「私は、貴方の手元にある文々。新聞である」と。
 それはそれで、間違いではない。付け加えれば、「付喪神」としていただければ、より私を認識しやすくなるはずだ。

 もし貴方の想像力が豊かならば、私を擬人化していただきたい。そう、私を貴方好みの存在と出来れば、この索然とした話も些かは面白く聞こえるはずだ。
 一応、私には「自分」と言う物へのイメージはある。壮年の男性であり、この言葉は穏やかな低音で聞こえているとイメージしている。
 
 しかし、私に口はないのだから、それに拘る必要は無い。本来の用法でいう肉体も無いのだから、拘る意味も無い。
 可憐な少女でもいいし、精悍な青年でもいい。それは貴方の選択に委ねる。口調すらも自由だ。そもそも、私の言葉がどういう形で貴方に届いているのかはわからない。音を伴い耳に響いているのか、抽象的な記号として見えているのか、神の啓示が如く脳に響いているのか。
 わからない。どんな形でもいい、届いているならばどんな姿でもいい。私だと思えるなら。

 ――多分私は……新聞だと思うから。
 ――べ、別にあんたのために私が新聞だって説明してあげてるんじゃないからね!
 ――私が新聞であるという証明につきましては、各方面と相談の上前向きに対処させていただきたいと思います。
 ――にぱ~☆ ボクは新聞なのです。
 ――オッス! オラ新聞! いっちょやってみっか!
 ――私はひんぶん……失礼、噛みました。新聞です。
 ――イタズラ子猫ちゃん。新聞相手にそんな濡らしちゃって……いけない奴だな
 ――ん~そうですね~。カーンと来た記事をグッと読む感じ。いわゆる一つの新聞ですね。
 ――我輩は新聞である。
 ――新聞とは天狗を中心に発行されるメディアであり[独自研究]その中の一つである私は[要出典]文々。新聞と呼ばれている[要出典]深い知識を得る上で、また考察を行う上では大天狗の新聞に優るともされる[誰?][まさかとは思いますが、この「新聞」とは、あなたの想像上の存在にすぎないのではないでしょうか][要検証]

 このテンプレートのどれかに従っていただいても構わないし、無論、自由に考えて貰っても構わない。「私が新聞である」という本質さえ伝われば。
 いいや、私が新聞と言うことを疑っていただくのも結構だ。自分でも、時折思うのだ。自分が新聞ではなく、妄想に取り付かれた狂人ではないかと。
 私は新聞として貴方に語りかけているつもりだが、実際の所、無人の部屋で妄想に耽っている狂人かもしれない。むしろ、その方が理に適っているとも思える。「私を貴方の手元の文々。新聞だと思って貰いたい」という発想からして、実に人間じみている。
 自分では、それは新聞として累積され続けた情報から導かれる物だと思っているが、単に、私が人間だから人間らしい発想を自然としているのかもしれない。

 第三の選択肢としては、貴方が妄想に取り付かれているという可能性もある。新聞と話すおかしな人として見られている可能性を否定することは出来ないし、他にも可能性は無限だ。
 それを全て考えていては、貴方が死に、文々。新聞が廃刊し、地球が太陽に飲み込まれ、ビッグクランチを経た後ですら、なお終わりは来ない。それが無限なのだから。
 どう受け止めていただいても構わない。結局の所、私に選択権など無いのだ。ただの新聞には。いや、新聞かすらわからない何かだ。何かを考えればまた無限が待っている……

 私に言えることは、そして望むことは、私の独り言に付き合っていただきたい。それだけだ。私が新聞であっても、狂人であっても、貴方の見る幻覚であっても、「私」はそう思う。
 この自我の出元はどこにあるのかわからないが、自我を捨ててしまえば私は消えてしまうだろう(その後に狂人が回復した人格は現れるかもしれないが)それは避けたい。
 屑籠に投げ入れるも、耳を閉ざすも、他の記事を読むも自由だ。だが、私を、否定しないで貰いたい。可能ならば、話に耳を傾けて貰いたい。

 ◇

 改めて思えば、なんと回りくどく取り留めの無い話をしているのだろうと思えてしまう。自己紹介までに、どれだけの言葉を費やしたのだろう? とはいえ、どう構成を練ろうとも、興味深い入り口を用意できるとも思えなかったのだが。

 それでも、無いなら無いなりに、もう少しは進みたくなる入り口を作る事が出来たかもしれない。
 
 ――私は貴方の目の前の新聞です。私の話を聞いてくれると嬉しく思います。

 少なくとも、ここまでに述べたことはこれだけで事足りたのではないだろうか? 「無謬の土台」などと言うことを持ち出したのに、一方では新聞の定義や私の定義をくどくどと……、ああ、まただ、冗長だ……

 しかし、このように、冗長極まりない話し方をしている(もう、話し方の定義を語るのもやめよう。終わりがない)辺りが、自分が新聞だと疑う一因だ。
 質の悪いことに、冗長性に魅力を感じてもいる。新聞とは、簡潔を旨とすべきものの見本だ。
 短時間で要点を把握できるように、見出しだけで大凡が理解できるように作られている。見出しには、要点が詰まっている。

 新聞らしく結から述べれば、要点は「私は貴方を愛している」とでもなるのだろう。(下世話な)新聞風に言えば「新聞氏! ○×さんとの熱愛発覚!」という見出しが付いているところだ(もっとも、相思相愛とは限らないから「新聞――恐怖のストーカーの実態に迫る!」の方が的を射ているかもしれない)

 ただ、「愛している」は語意が強すぎるだろうか? 一緒に散歩をしているだけで「熱愛」と断定するのが新聞だから、なるほど新聞らしくはあるが、弱めれば「私は貴方を必要としている」となる。こちらの方が私の心情に近い。新聞らしいインパクトには欠けるが。

 だが、自分で言ってみて気がついたが、先に結論を述べるというのはなるほどいい物だ。こう話すうちにも、一体どれだけの貴方が私を古新聞入れに詰めているのだろう? この先も、私は読み捨てられていく。だが、「I Need You」と言う要点は伝えられた。
 この先の全ては、その言い換えだ。見出しと序文の下に長々と書かれる補足だ。

 私にとって貴方は欠かせない存在だ。閻魔の言うことに従えば、私が死んだ後――新聞の死が廃刊の日なのか、印刷された全てが消え去った日なのかまではわからないが――記者もろとも地獄に投げ込まれるだろう。
 だから、私は貴方を、読者を必要としている。読者がいれば、私は死なない。
 例え射命丸が消えても、読者さえいれば(引き継ぎは必要かもしれないが)私は消えない。そう信じている。

 貴方は、私を読む。だから、私は地獄に堕ちる。それがどうしたというのだろう? 貴方の罪を感じる事で、私は貴方を認識出来るのだ。世界を知ることが出来るのだ。
 記事は貴方に影響を与え、罪を、事件を生み、記事を紡ぐ。だからこそ、ただの紙くずが、こうしていられるのだ。意識があるから、地獄に堕ちるのだとしても。

 こうして、一方的に求愛しても、貴方は困惑するだけかもしれない。しかし、私にはリアルタイムで貴方を知る術がないのだ。全てが一方的になってしまうのだ。貴方が新聞の記事に不満を抱いても、その場では何も訴えられないように。
 
 一応は、私にも貴方の心情を測る術がある。
 私は、今までの記事の全てを知っている。私が新聞である以上当然だ。「騒霊ライブ、突然の会場移動」こんな見出しが躍ったのは第百十三季の文月の事だった。「巨大流れ星空中爆発」こんな見出しが躍ったのは、第百二十季の弥生の事だった。

 どちらの売り上げが良かったかは言うまでも無いだろう。後者に決まっている。
 プリズムリバー楽団の記事を載せると言う日は、事件の無い日だ。穴埋めに、開催されることがわかっているライブの記事を書くのだ。それを求める者は少ない。
 一方、隕石が落下。これは一大事だ。幻想郷に隕石が落着したなら、幻想郷、いや、地球の生き物が死に絶えてもおかしくない。「あれは何事だったのか」と関心を持った者が、新聞を買いに走れば、当然売れ行きは伸びる。

 こういった、売れ行きの変化で、私は読者の反応を知ることが出来る。つまり、遠回しとはいえ貴方を知ることが出来る。このような要素は無数にある。「やってやれ幻想郷」が載るときは売れ行きがいい。つまり、貴方の内の大半は、漫画を好むパーソナリティだと思える。
 紅魔館が広告を出した。すると、暫くして「紅魔館にメイドの応募が殺到中。ただし妖精のみ。役立たずが増えただけだとメイド長は嘆く」という記事が書かれた。つまり、貴方の内の何匹かは妖精だということが認識出来る。
 もっとわかりやすい方法は、読者の声、投書だ。「フランドールさんのおかげで地球が救われたとわかりました。ありがとうございます」「古代日本語とはなんだったのか。不確かな情報を載せるのは新聞として如何なものかと思う」私の投稿欄には、生の声が溢れている。

 貴方は、私を読み、反応する。
 それによって、私は自分の存在意義を知ることが出来る。読者のいない新聞など、ただの紙くずだ。聞き手のいない妄言と変わらない。一部も売れない新聞ならば、明日にも廃刊だ。貴方がいるから、私は存在できるのだ。未だ、地獄に堕ちずに済んでいるのだ。
 だからこそ、悲しい。私の声が貴方に聞こえているかわからないことが。貴方と共に、考えることが出来ないことが。私の考えはここにあるけれど、私の体のどこにも、私の考えは印刷されていない。

 ――独占グラビア! 多々良小傘の全て!

 貴方の手元にある私を捲り、芸能欄を開けば、にこやかに笑う付喪神が映っているはずだ。
 彼女は自在に話すことが出来る。「わちきを可愛いって言ってくれる人がいるなんて今でも信じられないんですよ……わっちは元々不人気な傘だったから……」などと言うインタビューが載せられるほどには。

 私は紙だ。彼女は傘だった。どちらも無機物だったはずだ(今の彼女の体を何が構成しているのかは知らないが、少なくともかつては)私の体は紙だ。彼女の体は鉄の骨と、紙の皮で出来ていた。
 何も、私は「うわあ、新聞さんってイケメンですね」「俺は新聞と結婚した! 結婚したぞ!」と言われたいと望むわけではない。その願望が皆無とは言わない。だから、

 ――あんたの事なんて大嫌い!
 ――べ、別に、あんたのことなんてちっとも好きじゃないんだからね!
 ――マイハニー。俺は恋多き男さ。君だけを見ていられるわけじゃないよ。
 ――いいのかい? 俺はノンケだって構わずやっちまう男だぜ?
 ――あー。最低。幼なじみの腐れ縁で、貴方と一緒になっちゃった。感謝しなさいよ。好きでも無いのに拾ってやったんだから。
 ――兄貴じゃなかったら絶対口なんて聞かないのに。

 こうやって、婉曲な表現で私は貴方への親愛の情を示してもみる。テンプレートを用意してもみる。私は貴方への憎しみと親愛を共に抱いているから、所謂ツンデレが嫌いなら、

 ――い、いいんですか? 私みたいな役立たずの新聞を好きになってくれるなんて……きっと後悔しますよ?
 ――お嬢様、お考え直し下さい。私めのような下賤な者を愛するなど、不幸しか待ってっていません。

 これでも構わない。これはこれで、私の自尊心の低さを表している。ここで絵でも描ければ良いのだが、あいにく私に腕はないのだ。それでも、テンプレートくらいは容易出来るだろう。仮に貴方が男性なら、

 髪型……ツインテール。短髪。長髪。三つ編み。新聞。
 髪の色……青、赤、ブロンド、緑、黒、新聞。
 目……垂れ目、釣り目、眼鏡、オッドアイ。新聞。
 胸……貧乳、普通、巨乳、新聞。
 性格……ツンデレ。真面目。不思議。おっとり。新聞。
 立場……妹。同級生。メイドさん。巫女さん。付喪神。新聞

 この組み合わせだけで、18,000通りが用意出来る。一つくらいは、貴方好みがあるのではないだろうか。

 ツインテール・金髪・釣り目・貧乳・ツンデレ・同級生「取りたくて文々。新聞を取ってやってるんじゃないからね!」の典型的ツンデレ幼なじみでもいい。
 三つ編み・黒・眼鏡・巨乳・おっとり・メイドさん「ご主人様。新聞の集金が来ましたよ」でもいい。
 長髪・緑・オッドアイ・貧乳・不思議・付喪神「うらめしやー」もいいだろう。
 新聞・新聞・新聞・新聞・新聞・新聞「本日の降水確率は0%」こういう選択肢もある。

 まだ足りないならば「病弱」「無口」「眼帯」「魔法少女」「ロボット」「神様」属性も付け放題だ。今度は、108,000通りのパターンが生まれた。

 短髪・緑・垂れ目・貧乳・真面目・メイドさんにロボットを足せば、「はわわ……ご主人様。似てないですよ」夢子の運んできたメイドさん。ま○ちだ。 

 とにかく、私は貴方は心底から愛している。求めている。貴方は私を知っている。今日の一面の見出しを知っている。私から、世界を知った貴方なら。

 ――博麗の巫女が亡くなってから早一月。未だ冬眠中の紫氏。結界安定化のため早期の起床と新たな巫女を招聘することが望まれる。

 しかしだ、そこに書かれた内容は私の考えではないのだ。射命丸文の考えでもないのだ。私には私の考えがある。射命丸には射命丸の考えがある。
 かといって、個人の考えがそのまま反映されるわけではない。書きたいことを書くより、読まれる物を書くのが新聞だ。事実のみを伝える公器としての建前もある。
 だが、射命丸はいい。彼女には体が有って、口がある。新聞に記録されない何処かで、彼女は自分を表せる。
 私には表せるのだろうか? いいや、表せると思いたい。貴方は新聞とは無味乾燥と思っているだろう。だが、少なくとも私は無味乾燥ではないのだ!
 博麗の巫女は詳しく知っている。幾たび、彼女が記事となったことであろうか。私が知る彼女は、新聞に載せられた断片だけだと知っている、しかし、博麗の巫女が、まるで代用品のような言われ方をするのは釈然としない。

 確かに、巫女は代わりが効く、効かねば結界の維持できない存在だ。しかし、博麗霊夢と言う個人は別物だと思う。
 そう、文々。新聞と言う存在と、一付喪神足る私の間にある壁のように、博麗の巫女と、霊夢という存在の間には壁がある。総称と個。公人と私人。その間にある壁が。
 しかし、多くの人間が霊夢という個人を知っている。だが、貴方は私を個として認識していられるのかどうか……絶望的な気分にもなる。だからこそ、渇望するのだ。私を知って欲しいと。それが出来るのは、私の声を聞いている貴方だけだ。だからこそ私は貴方を愛している。必要としている。

 ◇

 あれは、第百二十季の事だ。射命丸と閻魔の間に一悶着あったという。彼女の書いたメモ(新聞の元である以上、それも私だ)を通し、恐らくは事実であろうやりとりは認識している。
 簡潔に言えば「新聞で事件を知らしめることは、新たな事件を生む種になる」が閻魔の理屈だ。もう少し踏み込むと、「記事を書けば、事実が変わる。事実が変わったのを見て記事を変えれば、また事実が変わる」という理屈だ。

 第一には「事件を報道することにより犯罪を誘発する」と言うことが罪であり、また、事実を変える……つまり、過去の「真実」を射命丸の信じる「事実」とし、記事を書く。それにより、「真実」では無かった「事実」が「真実」に上書きされる。それが罪となる。

 ――新聞の記事にすることで、真実が変わる。変化した真実を記事にすると、また真実が変わる。理解せずに記事を書く事は愚かなことですが、その事を理解さえしていれば、新聞は事実を変える力を持つ。

 これが射命丸の考える新聞の存在理由である。そう、私は事実を変えるために存在するのだ。「真実」は全て記事にした時点で「事実」となる。より正確にいえば、誰かがそれを観測した時点で「事実」となる。
 言うまでも無いが、「事実」は人の数だけ有るのだ。「真実」はある。原子レベルにまで分解した、原子の動きは誰が見ても同一である(それを認識出来るのはラプラスの魔だけだろうが)
 そこまで分解せずとも、AさんがBさんを刺し殺したとしよう。その時にナイフに働いた加速量。ナイフを動かす手の運動量。手を動かす筋肉の出した熱量。筋肉を動かす神経に流れた電流の量、神経に信号を送った思考、つまり脳内電流――これは絶対に一つしかない波動だ。
 だが、事実はそれを観測した者が決める。無理心中? 痴話喧嘩? 殺人ゲーム? 解釈が生み出す事実は貴方の思うままだ。
 私が何者であるか、という真実は一つしかない。私を観測する貴方が私をどのような存在として捉え「事実」とするかには、無数の選択肢がある。

 ともあれ、地獄の裁判所には白と黒しかない。そして、私は黒と認定されたわけだ。同時に射命丸もだ。彼女はまだいい。それから幾日かして、

 ――四季映姫氏に問う。新聞とは罪をもたらす物なのか!

 社説に、そのような言葉が踊っていた。新聞に限らず、世の中の問いとは九割九分が答えではなく、同意を求めていると私は思う……そうでなければ、人生相談の欄に投書する読者など消えてしまう。

 Q.「恥ずかしがり屋で、話すのが苦手です。強面な入道と言うこともあって、初対面の人妖からは恐れられてしまいます。周囲からは『もっとフランクに話した方がいいよ』とも薦められますし、性格を改善するために行動した方が良いでしょうか? 男は無口に、黙々と仕事をこなす姿が粋だとも思うのですが……」
 A「不言実行。という言葉があります。あるいは、沈黙は金、雄弁は銀とも言います。貴方は確かに無口かもしれませんが、他の人妖が手に入れようと努力する美徳を、既に身につけているのです。男は背中で語るもの。周囲の軽薄な言葉に惑わされず、実績を示しつつ自分を貫くことをお薦めします」

 このような返答により、読者は満足を得るのだ。先の見出しも、この例に漏れない。
 公開質問という形式を取ってはいるが、射命丸が「新聞とは罪をもたらすものではない」としているのは言うまでも無い。
 罪悪だと感じながら新聞を発行することなど出来るものか。
 無論、私も同意する。新聞の存在が罪を招くなら、私は息をしているだけで罪を背負い、重ねているわけだ。
 ここで人間なら「罪は全て油を注がれた救世主が受け持ちました。天国は約束されていますよ。安心ですね」とでも言って貰えるのだが、私は新聞なのだ。
 万一に――可能性はそちらの方が高いかもしれないが――この言葉が誰にも届いていないなら、私には罪を白状する機会も嘆く機会も、勿論償う機会もないまま、地獄で裁かれることになる。
 
 これ以上に理不尽なことなどあるのだろうか? 何も私は新聞として生まれたかったわけではない。ただ、私が自我を持ったときには新聞だった、それだけだ。
 なるほど、生まれ、これより理不尽なことはない。天狗の世界という者は見事なまでの階級社会だ。白狼天狗は下っ端。木っ端者。射命丸に言わせれば「犬っころ」である。
 それに比べれば鴉天狗はそれなりの地位だろう。かといって、天魔や大天狗などと比べればさしたる種ではない。

 これは生まれつきだ。狼が天狗になれば白狼天狗。烏が天狗になれば鴉天狗。天魔は悪魔――波旬が天狗となった物である。付け加えれば、私は紙くずの付喪神だろう。
 それはそれで理不尽であるが、「天国」や「来世」が有る分ましだ。天狗からして、人間道ないし畜生道から天狗道に転生したとされるのだから。
 そもそも、それすらどうでもいい。来世や天国の保証など誰もしてくれないのだから。

 冥界や天界があって、亡霊がいるからといって、死後の世界が保証されるとは限らない。天人や亡者とて、猿が人に変わった程度の存在かもしれない。
 彼岸の向こうの向こうなど、冥界の民も見ていない。死後に何かがあると、確認してはいない。
 人もアメーバも、元は同じ存在だったのだ。ミドリムシと人間よりは、人間と幽霊の方が余程近く見える(半人半霊の者すらいるのだから)

 ……人間的な意味で死を考えるのも詮無きことだが。「我思う、故に我有り」という。
 なるほど正論だが、我が思う場所が私にはわからない。脳など無い。心臓もない。無機物にあるわけもない。
 無機物が妖怪になった例もある以上、どこかにはあるのだろう。ひょっとしたら、どこか遠いところにあるのかもしれない。
 遠くのどこかに、私の知らない何かが有って、それが考えているのかもしれない。何かはわからないが。守矢神社の宝物殿にあるような機械か、それとも脳でも置いてあるのか。
 
 人間は脳で考えるというのはこの郷においても常識だが、ほんの数千年前のエジプト人は、思考は心臓が生み出していると信じていた。決して脳ではなかった。ピラミッドを作り上げた民ですらそう思っていたのだ。
 私はただの紙くず。思考の源がわからないのも、おかしくは……恥じることとではないだろう。
 
 ああ、また冗長だ。要点をはっきりさせたい。我は思う。それはいい。だが、私が思ったこと、それは欠片さえも「紙面」「記事」には反映されていないのだ。私は新聞だ。だが、新聞の内容には私の考えなど微塵も存在していないのだ!

 それは当然だろう。貴方の手元に有る物……なんでもいい。ペンでもハサミでも鼻紙でも傘でも笠でも。それが勝手に動いては道具の役に立たない。「この記事は私好みですね」と勝手にスクラップを始めるハサミなど邪魔なだけだ。
 しかし、あいにく私には自我がある。にもかかわらず誰とも分かち合えない。
 私なりの意見、性格、個性、感性、体制、姿勢……誰が聞いているのかもわからない、どうやって届いているのかもわからない。私の意志通りに伝わっているのかもわからない。
 そもそもどうやって発されているのかもわからない独り言を述べるのが精一杯で、仮に届いていても、貴方の声は私には届かない。少なくとも、今の私が直接聞くことは出来ない。

 だからこそ、私は貴方を愛している――I Love You,Je t'aime,Ich liebe dich.Ti amo……幾億言を使ってでも、世界中全ての言葉を使っても足りないくらいに愛している。必要としている。
 可能性。それよりも甘美な物は存在しないと私は思っている。「コキュートスで永遠に凍り付けにされる」「無間地獄で一中劫の間苦しみを味わう」この二つの間にある壁のなんと分厚いことだろう。
 一中劫は数億年とも数十億年ともされるが、そんなものは永遠に比べれば塵芥にも満たない。

 だからといって、私が地獄に堕ちるのはぞっとしない。
 私は、何も強制しない、出来ない。だから最初に述べたように、私を誰だと思って貰ってもいい。残り僅かだが、聞ききらずに屑籠に捨ててもいい。
 それでも、希望はある。貴方の目の前の新聞紙が私だと。自我を持った個だと認識して貰いたい。誰か一人にでも、気まぐれにでも。
 そうすれば、新聞から離れた何かになれるかもしれない。地獄に堕ちることもないかもしれない。

 恐ろしいのだ。新聞、とは文字通り「"新"しいことを"聞"かせる」ための媒体だ。
 ひょっとすると、私は明日の新聞が発行されると同時に消えてしまうのではないだろうか? とも思う。連続性を保っているように見て、実のところ書き換えられているのではないか?――「真実」が「事実に」に上書きされるように――という疑念が否めない。
 そういうと、貴方は「人間だってそうでしょ?」と思うかもしれない。人間を形作る細胞は死んで死んで死んで……再生され続けているのだと。
 あるいは、世界など全部夢で、全ては個人の幻想だと言うかもしれない。胡蝶の夢の説話でも引きながら。

 しかし、しかしだ。私は貴方とはやはり違うのだ。
 貴方は自分を疑うかもしれない。だが、貴方はその時に他者と接する事が出来る。万一、胡蝶の夢のような幻想だとしても、貴方は確かに他人を感じられるのだ。
 ここには、私一人だ。新聞に詰め込まれる山ほどの情報はある。間接的に、世界を知ることが出来る。無数の知識が蓄えられている。この暗くて明るく、冷たく暖かい場所を人の言葉でなんと形容するのだろう? 
 ××××。私は今、確かに述べようとした。だが、貴方には届いているのだろうか? 理解できているのだろうか? 認識出来ているのだろうか。繰り返す。××××。そう、××××だ。

 ――××××××××
 ――××××××××××××
 ――××××××××××××××××

 テンプレートも××××××××××××

 ××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××

 ああ! これは貴方にはなんと聞こえたのだろう。いや、認識、違うのか? 観測なのか?
 百年の間大事にされた道具は神になり、九十九年でうち捨てられれば付喪神――九十九神と書いた方がいいだろううか――となるとされる。
 そうすると、九十九年持たなかった道具、その心はどこにいくのだろうか? 道具用の地獄か? それとも無だろうか?

 ……私は望むのだ。あなたがここにいて欲しい。と
 最初に述べたように。私の話に面白みは無い。ためになる要素もない。スリリングな展開も無ければ、吹き出すユーモアも無い。取り留めはなく、落ちもない。私の話はここまでだ。
 
 そして、言いたいことは私を貴方を必要としている。それだけだ。あなたがここにいてほしい。Wish you were here。
 
 あなたがここにいてほしい
 Wish you were here。
 
 あなたがここにいてほしい
 Wish you were here。
 
 そうすれば、私は私だと思える。私一人では世界は作れない。そこには、私の知らない物は絶対に混じらない。私の中にある、ただ一つの事実が支配する世界は、きっと世界ではない。
 
 私は新聞だ。事実を変え、それゆえの罪を背負う"物"
 そのはずだ。物だ。いや、者かもしれない。違うのだろうか。
 ともかく、そうだ、それでも、だからこそ、思う、貴方の、存在を、欲しい。と。
 自分では感じている。落ちついていたはずの口調が酷く感情的になっていて。内容も支離滅裂だと。
 ああ、でもそれでもいいのだ。私が人間であって、ドーパミンやエンドルフィンが過剰分泌されている可能性を見られる。狂気に怯え、狂気をもたらす脳内麻薬が怯えを沈めようとしているのだと。
 私の考えが間違っていてもいいのだ。私の存在も口調も何もかも自由と言ったのは私だ。私は錯乱し始めたようにおもえてきたが、これも思い込みかもしれない。
 そもそも、貴方の前に本当に新聞はあるのだろうか……あればいい。ないとしたらどうやって聞いているのだろう?/見ているのだろう? また無限の可能性がある……

 ああ、もしかするとそうかもしれない。だが、それならこの妄想か、夢か、狂気か、××××……?????△△
 
 ?の話をどう思っても、?が何者でもいい。求めるのは、私の知らない意見、世界、情報、新聞に含まれない事実……否定……?の?……
 そうして、わたくしは星空のドライブへと出かけました。
 というのも、天の川を見たかったからです。そこは、本当のさいわいが待つ楽園だと聞きました。
 ニライカナイやシャングリラ、あるところではイースタシア。あるいは蓬莱の国とも言うそうです。そこには全てがあるのです。
 だけれども、すぐに気付いてしまいました。天の川というのは本当に近くに有ると言うことに。
 知ってしまいました。たったの5マイルしか離れていないことに。
 手を伸ばせば届いてしまいそうな距離。わたくしはのんびりと行くことにしました。

 おおきな木の側でかくれんぼをしたり、レモネードを飲んで一休みしたり。
 ねずみさんと鬼ごっこをしたり、炎を投げ合ったり。気狂いダイヤモンドを探したり。ルーシーとはそれ以来お別れです。LSDともお別れです。
 画家に呼ばれてモデルになって、その裏にはミルキーウェイがもやもやと。辿り着いてしまいました。ゆっくりしていたのに。
 いいえ、やはり急いでいたのでしょう。わたくしは知りたかったのです。
 だから、とても悲しくなりましたけど、全部のある天の川で、ひといきでなにごとをも知りました。タコとシドお爺さんが教えてくれました。
 かぜに吹かれてみずに揺られて、体がぐっと重くなってまっさかさま。
 ラジオの音を聞きながら、幺樂に揺られて……狂気日食に照らされながら……わたくしは落ちていきます。閻魔様の鏡を目がけてまっさかさまに。
 
Pumpkin
[email protected]
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
寒い。
2.名前が無い程度の能力削除
おお
3.名前が無い程度の能力削除
ピンク・フロイドがお好きなのでしょうか?
だとしたら気が合いそうですね……この作品は、ちょっと難解でしたが。