Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

うそっこメイドとおままごと

2013/02/16 05:13:28
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 香霖堂という物は、僕の営む店であると共に、我が家でもある。前者が公であれば、後者は私だ。我が家がそのまま仕事場になるのだから、利便性については言うまでも無い。
 しかし、利便性の裏には常に害がある。長所と短所とは表裏一体なのだ。
 例えば香霖堂にあるストーブは便利な物だ。暦の上では春だが、まだ肌寒い。そんな店内を暖めてくれる品だ。
 それ故に季節感を喪失させたり、運動不足を招く物でもある。僕のように自制心を持った物でなければ扱いきれない品であり、それが非売品にしている理由でもある。決して、こんな便利な品を売るのが勿体ないと思ったわけではない。

 それ故に、僕は目の前の、机に乗った巫女服を繕うべきか否か迷っていた。先ほど「妖怪退治の最中に破れたのよ」と言いつつ、霊夢が運んできた服だ。この所多忙らしく、言葉を残しては慌ただしく出て行ったが。
 僕は裁縫を仕事にしているわけではないが、霊夢の服は僕が作り、販売――未だに代金は回収してないが――したわけであって、修理もまた、道具屋の仕事であろう。
 だが、この服を修理したところで、彼女は料金を支払いはしまい。知らぬ仲でもない。友人を助けるとなれば、それはそれで構わないのだが、それは「私」ではないだろうか? 商売人として、公私混同はもっとも忌避せねばならないことでもある。

「ふむ」

 僕は考え、巫女服を繕うのをやめた。閉店後にゆっくり行えばいい。僕は仕事に戻ることにした。巫女服を脇にやり、帳簿を確認し、小さく嘆息する。ツケの山で、増える一方だ。
 それを見ても気が滅入るだけなので、僕は静かに読書をする。直接仕事と関係があるわけではないが、古道具屋には広範な知識が求められる。これは「公」の事だ。

 ――カランカラン

 その音を聞いても「お客様が来店した」と胸を沸かせられなくなったのはいつからだろう? 最近は、「いらっしゃいませ」と声を出すのも憚られる。店の鐘を鳴らす者の殆どは、客ではないのだから……

「いらっしゃいませ」

 しかし、今日はとっさに声が出た。本を見やりつつ、横目で見やった先にはメイド服があった。メイド服の少女はお得意様である。

「ええ、こんにちは」

 その返事は聞き慣れぬ声で、僕が視線を移すと、メイド服だが見慣れたお得意様。紅魔館のメイドとは随分と異なった風体だった。金の髪に、他では見たことのない衣服、子供のような顔立ち。
 見慣れぬ者が香霖堂にいる。僕はそれに違和感を感じてしまった。ここは店なのだから、見慣れぬ客がいるのが普通なのだ。それがまるで我が家に知らぬ客が来ているように感じている。
 良くないことだ。無意識に公私混同をしてしまっているらしい。僕は立ち上がり、愛想良く問いかけた。

「どこのお屋敷のメイド様ですかね? 何かお探し物でも? そうですね、西洋風のカップの逸品が入ったばかりでして。ジノリ、と言う外の世界で著名な工房の品ですが」

 正直に言えば、著名かどうかはわからないが。
 僕の力が「リチャード・ジノリのティーカップ」と言うことは伝えてくれる。しかしながら幻想郷に住む僕には、外の世界の事は把握しがたい。
 とはいえ、業物なのはわかる。道具の価値、古道具屋の目利き、というものは結界の内外で代わりはしない。故に値段自体もかなり強気であり、売れる気配も無い。まともなお客様さえいれば、これでもお買い得だと思うのだが。

「カップは足りてるわ。それに私はメイドじゃないの。これは……お姉様の趣味でね。まあ私服よ」

 そっけなく言い張って、メイド――姿の少女は店内を物色していた。お姉様とやらも彼女も、随分変わった趣味に思えるが、お金さえ払ってくれれば僕にはどうでもいいことだ。

「あら」

 そんな声が聞こえて、

「素敵ね。お幾ら?」

 と続けば、さて、なんと勧めようかと色めき立ってしまう。残念ながら、それは非売品だったのだが。

「ああ……すいません。お客様から修理に預かっている品でして」

 非売品と言うより、僕の物ではないと言った方が正しいだろう。霊夢の預けていった服だったからだ。

「お客様? 本当に?」

 そう言われると返答に困ってしまう。霊夢の服を直すのが「私」とすれば、お客様とは言いかねる。思わず口ごもってしまった。

「案外、彼女さんのじゃないの? 霊夢ちゃんの」
「はあ?」

 と返した言葉はどうにも素っ頓狂で、少なくともお客様に投げかける物ではなかった。しかし、いきなり意味のわからないことを言われれば、誰でもこういう声が出るのではないのだろうか。

「まさか……ところで、霊夢の知り合いですか」
「ええ、彼女がこんな頃――」

 メイド姿の少女が手を下げて、高さを示す。子供の背丈だ。霊夢だとすれば――第一回の流星鑑賞会くらいの背丈かもしれない。

「――からの知り合いよ。亀に乗らなきゃ空も飛べないくらいの。あの子を知らないなら、こんなほつれた服なんて欲しいというわけ無いわよね」

 とりあえず、霊夢の服だと知った上で「おいくら?」と聞いてくるあたり、既に客の感じがない。何故、香霖堂はこうも来客に恵まれないのだろう……

「随分古い仲みたいですね」

 それでも僕は店主を全うすべく、柔らかに対応をするのだ。入り浸ってはぐだぐだと話し、ツケで物を持って行く少女はもう余っているが、彼女は金は出すやもしれない。

「ええ、最近は新参の吸血鬼が悪魔気取りだけど、ずっと悪魔と言えば私とお姉様だったものよ」
「はあ、お名前は何というのでしょう? 霊夢によろしく言っておきますよ」
「夢月。お姉様は幻月ね。霊夢に聞いてご覧なさい。いかに恐ろしい存在かわかるでしょう。レミリアとか言うひよっこにもそろそろ本当の悪魔を教えてあげましょうかね……」

 恐ろしいか否かはよくわからないが、紅魔館はお得意様であるからして重要度は比にならない。
 夢月はまた、店内を物色し始めた。ここで大きな買い物でもしてくれれば紅魔館のお嬢様より重要な存在にもなるが。
 しかし、霊夢は随分と顔が広いな。さして興味もないし、僕も詳しくは知らないが、彼女は幼い頃から異変に対処していた。それもあるのだろう。

「ツケは効くのかしら?」
「いえ……基本的に現金でお願いしてます。見ての通り、小さな店ですからね」
「ふうん。霊夢は全部ツケで済ませてると言っていたのに。やっぱり、彼女は特別なのかしら?」

 顔が広いのは構わないが、何でもツケで効くと言い回るのはやめてもらいたい。そろそろ彼女にも厳しくした方がいい時期なのだろうか。

「このカチューシャは売り物?」

 夢月が取ったのは、白いカチューシャだった。いかにもメイドという体のカチューシャだ。

「もちろん。それならお安くしておきますよ」

 言いながら、僕は値を示した。
 香霖堂には古着という物も多くある、メイド然としたカチューシャは、かつては掃いて捨てるほど手に入った物だ。最近は見る事も少なくなったが。「メイドさんはもう幻想の存在じゃないみたいですね。街でよく見ました」と、いつか山の風祝が言っていたか。
 忘れかけられた物が蘇るのはこちらでもよくある。そんなリバイバルが外の世界でもあったのだろう。ひょっとすると、夢月みたいに私服としてメイド服が認知されたのかもしれない。
 こうやって古道具屋を――外の世界の道具を主にした古道具屋を――営んでいると、幻想郷に住んでいても、外の世界の流行は掴める物だ。流れつく頻度という物は、残酷なまでに流行を示してしまう。

「それならいただくわ」
「ありがとうございます」

 僕は満面の笑みを浮かべつつ、カチューシャを袋に詰めた。
 お安くしておきます。その言葉は真実だったから、二束三文ではある。とはいえ、物を売り、それに対して正当な報酬として代金をいただく。これはなんとも心地よい。自分が商売人だと実感できる。
 満面の笑みのまま、夢月に袋を渡す。

「でも、商売が下手ねえ。貴方――お名前は何?」
「霖之助。森近霖之助です」 
「霖之助、さん。私はきっとこの十倍、いいや、百倍を出してもこれを買ったわね」

 そう言いながら、夢月はさっそく袋を開けて、カチューシャを取り替えた。なるほど、確かに気に入ったようだ。店の奥に鏡がある。

「うん。良い感じ」

 と言いながら笑みを浮かべていた。しかし、百倍だしても買うとは、何かいわれのある逸品なのだろうか。僕の力では、目利きでも、それを捉えることは出来なかった。
 彼女の頭に乗っているのを見ても、先ほどまでのと何が違うのか? と思ってしまうほどだ。

「それだけのお金を出しても欲しいなんて、何か謂われのある品なんですかね?」

 基本的には理解できないことは考えない主義だが、これは今後の非売品選定、いや、商売に関わることだ。聞くは一時の恥。僕は問いかける。

「いや、別に。単に私が気に入ったってだけ。あとは私はお金を沢山持ってるから。夢幻世界と言えば私たち姉妹だしね。と言うか二人しか住んでないけど」

 夢幻世界と言ってもどこだかわからないが。幻想郷は狭いが、天界や神社の裏から繋がる地獄など、僕が行ったことのない場所も多くある。そのどこかだろう。まあ、それはどうでもいいことだ。商売には関係ない。

「でも、それが一番大事なことだと思わない? ま、貴方にはただのカチューシャに見えるかもしれないけれど、私にはうぐぅって来たの。自分が好きな物には幾らだって出しても良いと思うでしょう? それが無意味な物なら尚更よ」
「無意味、ですか」
「ええ、カチューシャのこのフリルって何の意味があるの? せいぜいメイドさんってわかるくらいだけど、私はメイドじゃなくてうそっこメイドだし、ますます無意味ね。だからこそいいのよ。嗜好品と同じでね、無意味な物ほどいいの。この平和な時代に悪魔なんてやってて、二人であんなとこに住んでればなおさらね。生産性なんて言葉は私たちの辞書にはないし」

 そう言って、夢月はくすりと笑った。

「あの子も……霊夢よ。無駄の意味はわかってたのかもね。夢幻世界くんだりまで来て暴れて、結局何の用事で来たのか今もわからない」
「東に妖怪がいれば退治し、西に妖怪がいれば退治するのが巫女のようですよ」
「と言っても、私たちは何も退治されることなんてしてないわよ。どっかで暴れたわけでも無し」

 確かに新聞を賑わすようなもめ事や異変を彼女たちがやったという記事は見ていない。

「私たちはよく知らないけど、今は弾幕ごっこってのが流行だって? そいつに名前を付けて、その美しさとか意味合いとかを競う決闘が」
「そうですね。命名決闘。霊夢と……とある賢者様が考えた作法です」
「で、絶対かわせないのはやっちゃいけないんでしょ?」
「そのようです。意味のない攻撃はしてはいけない……。意味がそのまま力であり……あとは余力を残しても負けを認めねばならない。そんな感じですか」

 僕は決闘には興味はないし、うろ覚えだが、幻想郷縁起にはそのようにあったはずだ。

「全く持って無駄ね。でも、あの子もちょっとは無駄の意味がわかったみたい。無駄なことがない人生なんて、楽しくも何ともないしね。そう、あの子が夢幻世界に来たときの話よ」
「はあ」

 どうも単なる昔話に付き合わされるような感がある。結局香霖堂に来る者は皆こうやって話したがる定めなのだろうか……

「私とお姉様は悪魔様。人間なんてどうでもいいくらいの力があるわけ。霊夢だってぱっと見で『邪悪な力が溢れている……』とか恐れちゃうくらい。本気出したらそりゃ瞬殺よ」
「そうですか」

 とはいえ、仮にもお客様だ。愛想を売ることがお得意様確保にもなる。これも仕事だと気を取り直し、相づちを打った。

「でも、最初から本気じゃつまらないでしょ? 秒殺でバイバイってのも」
「そうかもしれませんね」
「だから私は思いっきり手を抜いて――そうじゃないとお姉様の出番がないし。でまあ、霊夢も人間にしちゃそこそこ出来るたちだから、お姉様も、そう、あの幻月お姉様が最後はちょっと本気出したのよ。霊夢がちんたらちんたらしてるから面倒になったのもあるのかな」
「暢気な性格ですからね」
「そうしたら所詮人間ってとこか。何にも出来ず『ふえええん』って大泣きで尻尾撒いて逃げ帰ったわ。それを見れば私たちは悪魔だし愉快になるけど、無駄な手抜きと過程で……互いに戯れたから、そうも感じられたと思うわ」

 幼い頃の霊夢にして、「ふえええん」と泣くのだろうか。僕の記憶だと今よりもっと気の荒い質だった気がする。今でも異変となると気が立つようだが。
 今更確認できることでもないしどうでもいいか。

「そんな霊夢ちゃんも最近はご活躍のようね」
「異変解決に妖怪退治と忙しいようです。あの服も、妖怪退治の最中にほつれたとかで」
「私たちが命名決闘とやらに出たらほつれるどころじゃなさそうだけど。でも難しいのよ。やりたいけど、手の抜き方がね。本気出したら人間や木っ端妖怪にはかわしようがないし。七割でもねえ。五割だとしても、あの新参悪魔さんは無理だろうな」

 紅魔館が現れてからかなりの時間が経った。それを新参であり自分の弾幕をかわせないと言い切る夢月。それだけの力の持ち主なのだろうか。決闘に勤しむ少女たちなら興味があるだろうが、僕にとっては紅魔館と彼女の売り上げを天秤にかけ、紅魔館がお得意様と思うしかできない。

「それにしても」

 と言いながら、夢月は巫女服を手に取った。

「まだ巫女服なのね。こっちに来たときも、少し前に会ったときもそうだったけど」
「いつでもそうですね。神社で神事をするときも、異変に立ち向かうときも……家でだらだらしているときも、やっぱり巫女服です」
「家でだらだらねえ。やっぱり、お客様よりもっと大事な人みたい」
「まさか……」

 小さく嘆息して、僕は呟く。少なくとも霊夢よりはお金を落としてくれる人の方が、大事な存在だ。やはり「商売人」というものが僕で、そのアイデンティティなのだから。

「冗談よ。悪魔だけど、かわいい系の小悪魔を目指してるから。でも……少なくとも、信頼されているんでしょうね」
「信頼ですか」
「ええ、服ってのはとても大事な個性よ。時に、自分自身すら形作るもの。ほら、私はこういうメイド格好でしょう?」

 言って、夢月は片手でスカートを掴み、片手を胸の前で曲げて「お帰りなさいませ。ご主人様」と言った。
 彼女は「うそっこメイド」と言っていた。だからメイドではないのだろう。とはいえ、様になっている仕草だった。

「最初はあの馬鹿、失礼、お姉様が無理矢理着せてきて、いやいやコスプレをしていたの……でもねえ、いつの間にか私自身も気に入って、ずっとメイド服を続けてて、そうすると気分までメイドになったわ。家で掃除したり、料理してたりすると、もうまるっきりメイドね。自分がメイドなのか住人なのか、職場なのか家なのかもなんか曖昧になっちゃった」

 ここ香霖堂はまさしく僕の家であり、職場である。完全にそれが曖昧な場所だ。夢月の言葉を聞きつつ、僕は思い出していた。彼女が来る前に考えていたことをだ。

「公私が曖昧と言うことですかね? でしたら僕もわかります。自宅兼店舗で店をやっていると、そこが適当になるのはありますから」
「メイドが公で、私自身が……そうねえ、それも確かにある。でも、もっと先かもしれないわ」
「先と言いますと?」
「自分が何者かと言うこと、可愛いメイドさんか、恐怖の悪魔か――」

 具体的に何が恐怖なのかは仄聞したこともないが、この際どうでもいい。しかし、公私の先というのは気になる。

「――幻月お姉様の従者なのやら、妹なのやら。うーん。あるいは貴方の言う公私の区別かもしれないけど、それとは違うかな、私の中では。そもそも、私はそこはそんなに気にしてはいないの」
「まあ、僕のように商売に精を出さねばという身ではないようですね」
「そうね。で、何が言いたいかというと、メイド服は私を変えたのよ。性格とか行動まで変えるほどに。そんな私は曖昧だけど嫌いじゃないし、小悪魔系可愛いさでメイド服は好きだし……お姉様が繕ったメイド服だけど、愛着も凄いわ。信頼できない人間に修理なんてさせるわけがない。だって、これ自体が半分私だもの。だから半分は自分を預ける感じよ」

 そんな話を聞きながら、僕はもう一度巫女服を見やった。霊夢との付き合いもそれなりにある。その中でこれ以外を纏っている姿は殆ど記憶にない――彼女が巫女として「公」で有るときも、一人の少女として「私」で有るときも。
 同時に、この服を見ただけで彼女の物だと認識できる。半分、いや、それ以上に彼女そのものかもしれない。

「そうですね、僕も霊夢の服を見ると、それだけで彼女の姿が思い浮かびます」
「服ってのはそのくらい大事な個性だから。それを託すくらい貴方は信頼されてるわけだし、解れているならさっさと繕ってあげれば? さっきから客の影もないし、お暇でしょう?」

 貴方は客ではないのかと言いたくなったが、お買い上げ頂いてからこれだけ時間が経ち、話をしているとやはり客でもないか、とも感じる。

「仕事中ですから。代金も払わない巫女の事は閉店後にでもやりますよ。仕事中と仕事後、そのメリハリを付けようかと試みてまして」
「私が来たときは本を読んでた気がするけど……」

 あれは道具屋に必要な知識を得るために必要な作業であって問題はない。

「それはともかく、私は別にそんなの曖昧でいいと思うけどね。ほら、お客様って言うじゃない。貴方は常にそれを望んでいるわけでしょ?」
「もちろんです」
「でも、ここに買い物に来る人間も、遊びに来る妖怪も、やっぱり客よ、お客様」
「……なるほど」

 確かにそうかもしれない。金を払わない少女は客ではないと常々考え、述べてきたが、日本語としてはそうだ。

「私がメイド気分で夢幻世界に来た客を迎えるときも、お姉様が主として客を迎えるときも、やっぱり『お客様』というわ。私もお姉様も『いらっしゃいませ』と口に出す」

 僕はツケでしか買い物をしない少女にはもう「いらっしゃいませ」とは言わないが、確かに一理ある。言葉としては間違っていない。

「確かに……そうですね」
「公私の区別なんてそのくらい適当でいいと私は思うけど。それに、店なんて評判が大事じゃない? 私は霊夢から『変わった物を売る店がある』ってきいて夢幻世界から来たわけだし、貴方が霊夢に優しくしたから、私みたいなお客様も増えた」
「霊夢が珍しく家の役にたったのかもしれませんね」
「珍しいかはさておき……まあ、あの子くらい適当ならそんな気はするけど、貴方がプライベートでやったことがビジネスの成果に繋がったわけよ」

 初めてでも無いとは思う。問題は霊夢に関わるのはあの妖怪少女のように胡散臭い客か、金も払わぬ客だという点だが。
 しかしながら「お客様」には変わらない。

「だから霊夢ちゃんとか他の人にも、同じお客様として丁寧に接すればいいことがあると思う。霊夢とか――魔理沙はご存じ?」
「ええ、良く来ますよ。僕の修行した店の娘さんですし……まあ、霊夢と同じような感じです。諸々において」
「あの辺は今の所ちんちくりんな感じだけど。将来はわからないわよ」

 そう言った夢月の姿を見直しても、霊夢や魔理沙以上に幼く見える。紅魔館のお嬢様同様、姿で年や内面は計り知れぬのが妖怪だが。

「……それはもてかわで小悪魔な冗談としても、お友達に優しくして損はないでしょう? 貴方を慕って遊びに来てくれるわけだから」

 冗談でないとあまりに面倒だ。

「仕事中でなければ歓迎なんですがね」
「だ、か、ら、仕事中とかたまには放り投げてみなさいって、うそっこ店主気分で遊ぶのよ、私たちは妖怪。食わねば死ぬわけで無し。仕事なんて無駄な趣味よ。おままごとと大差ないわ」

 僕の場合それは半分だが……食わねば死ぬわけでないというのは、確かに正しくもある。
 おままごとか。それも幾らかは正しいのかもしれない。生きていく上で不要な嗜好品のように。
 僕は嗜好品を窘めるか否かで、その人物が深く、面白い奴かと言うことを判断する。
 わけのわからない、生きる上では無駄でしかない物を。

 先ほどの命名決闘の話を思う。あるいは、夢月の語った無駄の美学。長い長い妖の生。非合理的な無駄がなければ、あまりに単調でつまらぬ時間だと言うことはわかる。

「ままごととまでは思いませんが……」
「ちょっと言い過ぎたかしら。失礼」
「いえ、意味はわかります。仕事を忘れて気楽に生きる。そんな非合理な事も、時には必要かもしれません。僕や貴方の生の長さを思えば」
「それでいいのよ、……長く話したら喉が渇いちゃった。アイスミルクでもないかしら?」
「氷は無いですが……牛乳ならあります」
「しょうがないわね。家はばけばけ達が頑張って冷やしてくれてるけど、氷もこの辺じゃ貴重品だしね」

 夢月にはカチューシャ以来、一切買い物をする気配が見えないが、時には無駄を楽しもうと決めたばかりだ。冷蔵庫――その名と裏腹に物を冷やす気配のない――という名の棚から牛乳を取り出し、グラスに注いだ。

「こうも閑散としているんじゃ私が帰るまでに客が来る気もしないけど……物を買いに来る人が来ても、お友達が来ても『いらっしゃいませ』ともてなしてあげましょうよ。夢月お姉さんとの約束ね」
「はあ」

 ――カランカラン

 夢月が牛乳を飲み干すより早くその音が響いたのは意外だったかもしれない。

「……いらっしゃいませ」
「むむ、どうした香霖。お前が挨拶をするなんて」
「お金を払う客には常にこうしていたさ。そうでない客には……ちょっとした心境の変化があってね」

 その客が金を払わぬ少女、魔理沙であったのは残念ながら意外ではなかった。

「何の変化があったのは知らないが……お客様は神様だからな、存分に崇めてくれて構わないぜ」
「売り上げという利益を残してくれれば幾らでも崇め奉ってあげるよ」
「それは私の気分次第だな、まだ寒い。お茶でもくれないかい? そうすると私の財布の紐も――おお!」

 相も変わらず身勝手な要求をする中で、魔理沙が夢月に目を止める。
 ほほえましさと共にそれを見ては、僕は奥へと向かった。お客様のためにだ。

「久しぶりじゃないか。懐かしいな」
「そうね。どれだけぶりかしら」
「魔理沙、君と彼女は古い知り合いだそうだね。積もる話もあることだろう。お客様のためにお茶を淹れてくるから、お茶でも飲んでゆっくりしていくといい」  

 お茶の場所と……種類に値段を思い浮かべる。特別な日に飲むためのお茶とはまではいかずとも、それなりのを出しても良いかもしれない。そう思いつつ、僕は湯を沸かした。

「…………で………だったっけ」
「…………じゃなくて………」

 ここからでは何を話しているかはよくわからないが、賑やかそうな声が聞こえてくる。その間に湯気が立ってきた。僕は急須にお湯を注ぎ、湯飲みに取り分け、盆に載せる。声は大きくなってきていて、

「この私を紅魔館の妖精風情と取り違えるとは……」

 盆を持って戻ればはっきりと聞き取れた。夢月のわなわな、と言うような声音に、非常にに嫌な雰囲気を感じる。しかもこれは霊夢や魔理沙で慣れた類だ。慣れているし予想が付くのは非情に悲しい。住人としても店主としても……

「あれ? でもメイドだしそこで見た覚えがあるんだよなあ」
「そもそも私は妖精じゃない! 悪魔! 悪魔よ!」
「ああ、そうか、すまんすまん。紅魔館にも悪魔がいるよな、図書館のあれとか。名前は知らないんだけどさ。そうか、メイドの中に悪魔も混じってたのか。そもそもさ、お前の名前って何だっけ。顔は覚えてるんだが名前が思い出せなくてな。聞くは一時の恥。悪いが名前を教えてくれと助かるぜ」

 僕は盆を机の上に置き、湯飲みに口を付ける。残り二つはこの後無事でいられるだろうか。そうでなくとも冷めるのは、同時に僕の穏やかな時間が奪われるのは間違いないだろう。

「……いいでしょう。冥土の土産に教えてあげるわ」
「メイドなんてのは見ればわかるって」
「そのメイドでもないし私はメイドではないって! ……私は悪魔、恐怖の悪魔。人の命なんてね、なーんとも思ってないの」

 美味い茶だ。多少だが心も安まる。

「頼むから決闘は外でやってくれよ!」
 
 魔理沙と、今にも弾を撃ちそうな構えの夢月に僕の声が届いたかどうかはわからないが。

「ふうむ。その台詞はなんか記憶にあるな……ああ、ええと……そうそう、思い出した。悪かったな」
「……私の邪悪な力に触れて流石に怖じけ着いたか。それに免じてここは許してあげましょうかね」
「いや、決闘はいつでも歓迎だぜ、幻月。うむ、マスタースパークを開発するにあたってはお前の弾幕を参考にした気がする。参考にしたんじゃないかな、ともあれ、お前の十倍は凄いぜ」

 僕は思う。お客様を迎えるのはいい、しかし、それが公の客であれ、私の客であれ、「招かれざる客」をきちんと区別せねばならぬと。あと人の名前はきちんと覚えねばと言うことを。

「うぐー……あのコスプレ好きの変態とこの夢月様を一緒にするとは……わかったわ。貴方が本気で死にたいって事をね! こんなこともあろうかと、私もスペルカードとやらを作っておいたのよ! 無駄に洗練された無駄な弾で血祭りに上げてやるわ!」
「うむ。だが無駄さじゃ私も引けを取らないな。なんせ新弾幕は味に加えて匂い付きだ。生きた実験台として付き合ってもらうぜ!」

 彼女の言うように、時には公私を忘れ、お客様をもてなし、語らうのもまた人生の楽しみだろう。とはいえ、この二人は別だ。今日も香霖堂は騒動に包まれている。相も変わらず。
 ここ香霖堂は流行らない店だ。だけれど、無駄な騒ぎを起こす招かれざる客だけは……欠かないようだ。
旧作の少女達には今とは違った愛らしさがあってよいですね。
Pumpkin
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コメント



1.名前が無い程度の能力削除
面白かったです。軽そうな気配でも、細かく考えられているお話だと思いました。
2.奇声を発する程度の能力削除
良いですね、面白かったです
3.名前が無い程度の能力削除
素敵な会話でした。嘘メイドをこう展開するとは。
でも、うぐーはうぐーでしたw 霊夢は覚えているだろうかw
4.名前が無い程度の能力削除
面白かったです、ありがとう