柔らかな日差しの中に、穏やかな小鳥の囀りが聞こえる。
冬の間にすっかり葉を落とした木々にも、良く目を凝らせば其処此処に新芽がついていた。
耳を澄ませば遠く、恐らくは水辺を在所にする妖精達のだろう、明るい笑い声も聞こえてくる。
湖を渡る風はまだ少しばかり肌寒いが、門の外には暖かい平和な風景が広がっていた。
だが。
「困りました……」
紅魔館の門番、紅美鈴はポツリと呟いた。
「困りました。私、咲夜さんの事が好きになってしまいました……」
門の脇に備えられた詰め所の入り口に突っ立ったまま、見るとはなしに門前の光景を眺めていた。
『寝ては夢、覚めてはうつつの幻の君を慕いて、じっと手を見る』
何処かで聞いた様な詩文を呟く様は、まるでポエマーである。
「はあ……」
深く大きな溜息をつく。
『いけない事とは知りながら、諦めきれない恋の悲しさ』
次々と浮かび来るフレーズに、思わずうっとりしてしまう。
恋は人を詩人にするとは、よく言ったものである。彼女は妖怪だけど。
「ああ、いけない。私は女、咲夜さんも女。女と女の恋なんて、しょせん不幸の第一歩」
でも、好きなものは好きなのだ。女だから好きになったのではない。好きになった咲夜が、たまたま女だっただけだ。
「……やっぱりヘンかな」
頭の中でぐるぐる考える。
咲夜さんの方が背が高い。咲夜さんの方が年下。咲夜さんは人間、自分は妖怪。咲夜さんは5ボスで自分は3ボス。
「不釣り合いかな……」
咲夜さん……。咲夜さん……。咲夜さん……。
笑った顔、怒った顔、呆れた顔、寝惚けた顔……いろんな顔が脳裏を過ぎる。
「ああ、駄目! 私、やっぱり自分の心に嘘は付けない。告白よ、告白しかない!」
ぐっと握りしめた拳が、決意の強さを物語る。
「でも、その前にカウンセリングよ!」
紅 美鈴。紅魔館の門番で、気を遣う程度の能力の持ち主。大陸風の衣装をいつも着ていることから、一部では中国というあだ名で呼ばれてたりする。
その割にはアメリカンナイズされた感性の持ち主であった。
「先生、私は間違っているんでしょうか?」
「ん……」
唐突な質問に、パチュリー・ノーレッジは内心困っていた。しかし顔は平静を保っている。
動かない大図書館の異名は伊達じゃない。
テーブルの上に広げられた読みかけの本に栞を挟むと、美鈴の方を向き直る。
「……恋と友情は違うわよ、美鈴」
「でも先生、私は本当に咲夜さんの事が好きなんです。愛してるんです。出来る事なら結婚だってしたいんです。
そりゃあ私の方がヘッポコだし、下っ端だし、背も低いです。だから私は絶対に受だと思ってたんです。でもそれは違うんです。
咲夜さんはハッキリ言って可愛いんです。真剣にボケるトコとかお嬢様の事以外無頓着なトコとか本当に可愛くて、私、守ってあげなきゃって思うんです。
だから咲夜さんが受になって、輝ける美×咲になるんです」
「何、それ?」
「私が攻、咲夜さんが受でメイサク、咲夜さんが攻、私が受でサクメイ。この際リバもアリって事で……。だから、私は咲夜さんを幸せにしてあげたいんです!」
「美鈴。貴女……頭、平気?」
魔理沙が門を突破するたびに吹っ飛ばしているらしいから、何処か打ち所でも悪かったのだろうか?
パチュリーの呟きも、まったく意に介さない美鈴である。
「あの咲夜さんの、ちょっとキツめの睫の長いビームな眼に見つめられるとクラクラして、もう自分の衝動が抑えられなくなるんです。
ああああ――咲夜さーーーん!!!」
両手で頭を抱えて蹲る美鈴は、既に愛のトリッパーと化していた。
『私に恋愛相談なんてされても、ハッキリ言って経験不足』
そう言いたいパチュリーであったが、まだまだ続く美鈴のパフォーマンスに、口を挟む余地がなかった。
「私は咲夜さんの為に、幻想郷の外れに白い小さな家を建てるんです。大きな窓にレエスのカーテン、部屋には小さな暖炉があるの。
真っ赤な薔薇と白いパンジー、子犬の横には咲夜さん、咲夜さんが居て欲しい。それが私の夢なんです! 愛しい咲夜さんは今どこ~にぃ~~♪」
「レミィのお共で神社に……」
呆れたと言わんばかりの口調で、パチュリーが言う。
「何の歌よ、それ。美鈴、貴女、キレてるわよ……」
「畑でプチトマトを作ってもいい、ウズラを飼ったっていい。咲夜さんは山に洗濯に、私は川に夜雀狩りに……ああ、なんて素敵な新婚生活(はぁと)」
「何処が?」
「何処も彼処も咲夜さんと二人。ねえ、パチュリー様。貴女だって恋した事くらい有るでしょう? 私のこの気持ち、判って下さいますよね?」
『頭、痛い……』
知識と日陰の少女・パチュリー、深い溜息をついた。
「……私は恋愛には寛大なつもりよ? でもね、美鈴。それは相手にも困るわ」
「と言いますと?」
パチュリーの言葉に多少正気?を取り戻したのか、美鈴が真面目な顔で見上げる。
「咲夜には判らないと思うわ。そういうの疎そうだから。好きだ、愛してる、なんて迫れば迫るほど、咲夜を混乱させるだけよ。
それは貴女だけでなく、咲夜にとっても不幸な事だわ」
美鈴はパチュリーの言葉を一言も聞き漏らさない様に、真剣な面持ちで耳を傾ける。
「お互いの気持ちが同調してこその恋愛。故に、私のアドバイスは一つしかないわ」
「それは何ですか?」
「愛を育てるのよ」
「愛?」
パチュリーの言葉に美鈴はきょとんとしている。
「そうよ。愛」
「愛……」
美鈴の瞳が輝く。
「そう、そしてこれが愛よ!」
叫びと共にパチュリーが美鈴の目の前に、何処から取り出したのか、小さな植木鉢を付き出した。
「……?」
「これは『幸福の木』という物よ」
パチュリーの説明に、美鈴はまじまじとそれを見つめる。
鉢には南方系らしい、背の低い苗が植えられている。
「これが……幸福の木?」
「愛を育てるには忍耐と時間が必要なのよ。この苗が立派な木に育ち、白い大きな花を咲かせた時が愛が食べ頃、美味しいよッと育った時よ。
頑張りなさい、美鈴。咲夜との愛を貫く為にも、花を咲かせるのよ!」
美鈴はパチュリーから鉢植えを受け取った。
「パチュリー様……。判りました、ありがとうございます。私、頑張って愛の花を咲かせます!」
美鈴は両手で『幸福の木』を抱きしめた。
「幸せになりましょうね、咲夜さん……。そうだ! この木の名前はサクヤにしましょう! ねえサクヤ。うわぁ、感動ですぅ~~~!」
踵を返し、ルンルンと走り去る。途中、くるりと振り返り、ニッコリと微笑んだ。
「ありがとうございます、パチュリー様(はぁと)」
そんな美鈴に答えて、パチュリーは軽く手を挙げて見せた。
図書館での大パフォーマンスの終焉を見て、本棚の影から慧音とアリスが顔を覗かせた。
最近この二人以外にも、月人の薬師なども時折この図書館を来訪する。
白黒魔法使いと違いこの連中は勝手に本を持っていかないし、借りた本は必ず返してくれる。
オマケに代価と称して自分の持っている魔導書や歴史書の類を貸してくれるので、パチュリーとしても取り立てて拒んだり追い払ったりする必要がないのだ。
「嘘はいかんな、パチュリー。アレは大きな木になど成らないだろう?」
慧音の指摘にアリスが同意を示す。
「そうよね。まして花なんか咲かないわよ?」
「いいのよ、あれで」
パチュリーの言葉に二人は顔を見合わせる。その顔には疑問の色がありありと浮かんでいた。
「美鈴は暇なのよ」
「ヒマ?」
「そもそも、紅魔館には門番なんてあんまり必要ないのよ。館の主がスカーレットデビルとは知らずに侵入する程度の輩ならメイド達の餌食でしょう?
知ってて尚やってくる様な相手には、彼女じゃ力不足だわ」
あまりと言えばあまりなパチュリーの物言いに、アリスが疑問を挟む。
「それじゃ何で門番なんか置いてるのよ?」
「……韻を踏むのよ」
「韻??」
慧音とアリスがハモった。
「吸血鬼という種族の特徴なのか、彼女……レミィの事ね。彼女は本能的に象徴的な韻を踏みたがるのよ。この屋敷の外観や、メイド達の衣装も引っくるめて、紅魔館の全てが『そう』よ」
「スタイルに拘るって事?」
「なるほどな。『館には門番』……か」
そこまで話したパチュリーは、テーブルに置いてあったカップを持ち上げると一口啜り、乾いた唇に湿り気を与える。
「美鈴の役目は『門番として存在する』事。数少ない敵対者の筈の博麗の巫女は、レミィが自分から会いに行く有様だし、今は呆れるくらい平和なのよ」
「まあ確かにそうね。最近は何も起きなくって、ホント暇よね」
「私としては平和な方が良いがな……」
アリスの台詞に慧音が苦笑しながらも頷く。
「とは言え美鈴もそれなりの力のある妖怪だし、エネルギー……活力は余ってしまうわ。ストレスを発散させるには、何か夢中になるのが一番って事よ」
「そういうモノなのか?」
筋は通っているのだが、どうも慧音は納得しがたい様子だった。
「……どうやらそうみたいよ? ほら」
窓から外を見たアリスが、二人を手招く。
見下ろした先の庭には花壇があり、美鈴が先程の植木鉢に如雨露で水を掛けている姿が見える。
足元も軽く、今にも踊り出しそうな程ウキウキと浮かれている。窓越しで聞こえはしないが、きっと鼻歌も歌っているだろう。
「ね?」
「なるほど」
頷く慧音とアリスだった。
「あら、皆さんお揃いですね」
図書館の入り口が静かに開き、咲夜が顔を覗かせた。
「早かったのね。咲夜一人? レミィは?」
「霊夢と二人きりになりたいからと、追い返されてしまいました」
パチュリーの問い掛けに、咲夜が苦笑しながら答える。
「色々と大変そうだな、霊夢も……」
「まったくね」
慧音の呟きにアリスも頷いた。
「そうだわ。咲夜、ちょっと此処に座ってくれる?」
自分の隣の席を促すパチュリーに、咲夜が少し困惑しながら答える。
「でも仕事に戻りませんと」
「そんなに時間はとらせないわ。レミィは居ないんだし、少し位は大丈夫でしょう?」
「はあ」
勧められるまま席に着いた咲夜の前に、後ろから小悪魔が紅茶の入ったティーカップを差し出す。
会釈して受け取る咲夜に微笑みで返事をすると、パチュリー達のカップにも新しい紅茶を注いでいく。
「それではお言葉に甘えて」
咲夜が紅茶を一口飲むのを見てから、パチュリーが口を開いた。
「ねえ、咲夜。――貴女、愛って何だと思う?」
唐突な質問だ。事情を知っている慧音は吹きだし、アリスは紅茶にむせた。
「はあ?」
流石のメイド長も、思い掛けない人物から発せられた思い掛けない質問に戸惑いの色を隠せない。
「他意は無いわ。貴女の率直な意見を聞かせて」
「愛ですか……」
視線をカップの中に落とし考える咲夜を、三人はじっと見つめた。
「慈しみ、育てるもの――でしょうかね?」
誰かの事を想ったのだろうか、そう答える咲夜の顔にとても穏やかで優しい微笑みが浮かぶ。
それが誰の事なのか、少なくともこの場に居合わせるパチュリー達には伺い知ることは出来なかった。
「愛は慈しみ育てるもの。パチュリーが美鈴に言った言葉は、満更嘘では無かったという事か……」
慧音が朱鷺色の瞳を閉じて呟く。
「……今日は久しぶりに妹紅と鍋でも突っつくかな」
「私も上海達のお手入れをしてあげようっと」
慧音とアリスは立ち上がり、パチュリーに会釈をすると去っていった。
二人を見送りながら不思議そうな顔をする咲夜に、パチュリーが微笑む。
「良い答えね、咲夜」
美鈴が恋したという気持ちも分かるな、とパチュリーは思う。
「何なんです?」
咲夜には訳が分からない。
「別に。平和だねってコトよ……」
そう言ったきり本に向けた顔を上げようとしないパチュリーに、些かの困惑を滲ませながら咲夜も退室する。
だがパチュリーは別の事を考えていた。
敢えて訂正しなかったが、慧音もアリスも勘違いしている事が一つある。
美鈴にあげたあの木は、決して花が咲かない訳では無い。
ただアレはもっと南の暖かい地方の植物だから、冬は雪に閉ざされる幻想郷では可能性が低いと言うだけの事だ。
低いと言ってもゼロでは無い。もしかしたら美鈴は、あの木に花を咲かせてしまうかも知れない。
もし本当に花が咲いたら……。
その時は美鈴の恋を応援してあげても良いかな、と思うパチュリーだった。
【終】
冬の間にすっかり葉を落とした木々にも、良く目を凝らせば其処此処に新芽がついていた。
耳を澄ませば遠く、恐らくは水辺を在所にする妖精達のだろう、明るい笑い声も聞こえてくる。
湖を渡る風はまだ少しばかり肌寒いが、門の外には暖かい平和な風景が広がっていた。
だが。
「困りました……」
紅魔館の門番、紅美鈴はポツリと呟いた。
「困りました。私、咲夜さんの事が好きになってしまいました……」
門の脇に備えられた詰め所の入り口に突っ立ったまま、見るとはなしに門前の光景を眺めていた。
『寝ては夢、覚めてはうつつの幻の君を慕いて、じっと手を見る』
何処かで聞いた様な詩文を呟く様は、まるでポエマーである。
「はあ……」
深く大きな溜息をつく。
『いけない事とは知りながら、諦めきれない恋の悲しさ』
次々と浮かび来るフレーズに、思わずうっとりしてしまう。
恋は人を詩人にするとは、よく言ったものである。彼女は妖怪だけど。
「ああ、いけない。私は女、咲夜さんも女。女と女の恋なんて、しょせん不幸の第一歩」
でも、好きなものは好きなのだ。女だから好きになったのではない。好きになった咲夜が、たまたま女だっただけだ。
「……やっぱりヘンかな」
頭の中でぐるぐる考える。
咲夜さんの方が背が高い。咲夜さんの方が年下。咲夜さんは人間、自分は妖怪。咲夜さんは5ボスで自分は3ボス。
「不釣り合いかな……」
咲夜さん……。咲夜さん……。咲夜さん……。
笑った顔、怒った顔、呆れた顔、寝惚けた顔……いろんな顔が脳裏を過ぎる。
「ああ、駄目! 私、やっぱり自分の心に嘘は付けない。告白よ、告白しかない!」
ぐっと握りしめた拳が、決意の強さを物語る。
「でも、その前にカウンセリングよ!」
紅 美鈴。紅魔館の門番で、気を遣う程度の能力の持ち主。大陸風の衣装をいつも着ていることから、一部では中国というあだ名で呼ばれてたりする。
その割にはアメリカンナイズされた感性の持ち主であった。
「先生、私は間違っているんでしょうか?」
「ん……」
唐突な質問に、パチュリー・ノーレッジは内心困っていた。しかし顔は平静を保っている。
動かない大図書館の異名は伊達じゃない。
テーブルの上に広げられた読みかけの本に栞を挟むと、美鈴の方を向き直る。
「……恋と友情は違うわよ、美鈴」
「でも先生、私は本当に咲夜さんの事が好きなんです。愛してるんです。出来る事なら結婚だってしたいんです。
そりゃあ私の方がヘッポコだし、下っ端だし、背も低いです。だから私は絶対に受だと思ってたんです。でもそれは違うんです。
咲夜さんはハッキリ言って可愛いんです。真剣にボケるトコとかお嬢様の事以外無頓着なトコとか本当に可愛くて、私、守ってあげなきゃって思うんです。
だから咲夜さんが受になって、輝ける美×咲になるんです」
「何、それ?」
「私が攻、咲夜さんが受でメイサク、咲夜さんが攻、私が受でサクメイ。この際リバもアリって事で……。だから、私は咲夜さんを幸せにしてあげたいんです!」
「美鈴。貴女……頭、平気?」
魔理沙が門を突破するたびに吹っ飛ばしているらしいから、何処か打ち所でも悪かったのだろうか?
パチュリーの呟きも、まったく意に介さない美鈴である。
「あの咲夜さんの、ちょっとキツめの睫の長いビームな眼に見つめられるとクラクラして、もう自分の衝動が抑えられなくなるんです。
ああああ――咲夜さーーーん!!!」
両手で頭を抱えて蹲る美鈴は、既に愛のトリッパーと化していた。
『私に恋愛相談なんてされても、ハッキリ言って経験不足』
そう言いたいパチュリーであったが、まだまだ続く美鈴のパフォーマンスに、口を挟む余地がなかった。
「私は咲夜さんの為に、幻想郷の外れに白い小さな家を建てるんです。大きな窓にレエスのカーテン、部屋には小さな暖炉があるの。
真っ赤な薔薇と白いパンジー、子犬の横には咲夜さん、咲夜さんが居て欲しい。それが私の夢なんです! 愛しい咲夜さんは今どこ~にぃ~~♪」
「レミィのお共で神社に……」
呆れたと言わんばかりの口調で、パチュリーが言う。
「何の歌よ、それ。美鈴、貴女、キレてるわよ……」
「畑でプチトマトを作ってもいい、ウズラを飼ったっていい。咲夜さんは山に洗濯に、私は川に夜雀狩りに……ああ、なんて素敵な新婚生活(はぁと)」
「何処が?」
「何処も彼処も咲夜さんと二人。ねえ、パチュリー様。貴女だって恋した事くらい有るでしょう? 私のこの気持ち、判って下さいますよね?」
『頭、痛い……』
知識と日陰の少女・パチュリー、深い溜息をついた。
「……私は恋愛には寛大なつもりよ? でもね、美鈴。それは相手にも困るわ」
「と言いますと?」
パチュリーの言葉に多少正気?を取り戻したのか、美鈴が真面目な顔で見上げる。
「咲夜には判らないと思うわ。そういうの疎そうだから。好きだ、愛してる、なんて迫れば迫るほど、咲夜を混乱させるだけよ。
それは貴女だけでなく、咲夜にとっても不幸な事だわ」
美鈴はパチュリーの言葉を一言も聞き漏らさない様に、真剣な面持ちで耳を傾ける。
「お互いの気持ちが同調してこその恋愛。故に、私のアドバイスは一つしかないわ」
「それは何ですか?」
「愛を育てるのよ」
「愛?」
パチュリーの言葉に美鈴はきょとんとしている。
「そうよ。愛」
「愛……」
美鈴の瞳が輝く。
「そう、そしてこれが愛よ!」
叫びと共にパチュリーが美鈴の目の前に、何処から取り出したのか、小さな植木鉢を付き出した。
「……?」
「これは『幸福の木』という物よ」
パチュリーの説明に、美鈴はまじまじとそれを見つめる。
鉢には南方系らしい、背の低い苗が植えられている。
「これが……幸福の木?」
「愛を育てるには忍耐と時間が必要なのよ。この苗が立派な木に育ち、白い大きな花を咲かせた時が愛が食べ頃、美味しいよッと育った時よ。
頑張りなさい、美鈴。咲夜との愛を貫く為にも、花を咲かせるのよ!」
美鈴はパチュリーから鉢植えを受け取った。
「パチュリー様……。判りました、ありがとうございます。私、頑張って愛の花を咲かせます!」
美鈴は両手で『幸福の木』を抱きしめた。
「幸せになりましょうね、咲夜さん……。そうだ! この木の名前はサクヤにしましょう! ねえサクヤ。うわぁ、感動ですぅ~~~!」
踵を返し、ルンルンと走り去る。途中、くるりと振り返り、ニッコリと微笑んだ。
「ありがとうございます、パチュリー様(はぁと)」
そんな美鈴に答えて、パチュリーは軽く手を挙げて見せた。
図書館での大パフォーマンスの終焉を見て、本棚の影から慧音とアリスが顔を覗かせた。
最近この二人以外にも、月人の薬師なども時折この図書館を来訪する。
白黒魔法使いと違いこの連中は勝手に本を持っていかないし、借りた本は必ず返してくれる。
オマケに代価と称して自分の持っている魔導書や歴史書の類を貸してくれるので、パチュリーとしても取り立てて拒んだり追い払ったりする必要がないのだ。
「嘘はいかんな、パチュリー。アレは大きな木になど成らないだろう?」
慧音の指摘にアリスが同意を示す。
「そうよね。まして花なんか咲かないわよ?」
「いいのよ、あれで」
パチュリーの言葉に二人は顔を見合わせる。その顔には疑問の色がありありと浮かんでいた。
「美鈴は暇なのよ」
「ヒマ?」
「そもそも、紅魔館には門番なんてあんまり必要ないのよ。館の主がスカーレットデビルとは知らずに侵入する程度の輩ならメイド達の餌食でしょう?
知ってて尚やってくる様な相手には、彼女じゃ力不足だわ」
あまりと言えばあまりなパチュリーの物言いに、アリスが疑問を挟む。
「それじゃ何で門番なんか置いてるのよ?」
「……韻を踏むのよ」
「韻??」
慧音とアリスがハモった。
「吸血鬼という種族の特徴なのか、彼女……レミィの事ね。彼女は本能的に象徴的な韻を踏みたがるのよ。この屋敷の外観や、メイド達の衣装も引っくるめて、紅魔館の全てが『そう』よ」
「スタイルに拘るって事?」
「なるほどな。『館には門番』……か」
そこまで話したパチュリーは、テーブルに置いてあったカップを持ち上げると一口啜り、乾いた唇に湿り気を与える。
「美鈴の役目は『門番として存在する』事。数少ない敵対者の筈の博麗の巫女は、レミィが自分から会いに行く有様だし、今は呆れるくらい平和なのよ」
「まあ確かにそうね。最近は何も起きなくって、ホント暇よね」
「私としては平和な方が良いがな……」
アリスの台詞に慧音が苦笑しながらも頷く。
「とは言え美鈴もそれなりの力のある妖怪だし、エネルギー……活力は余ってしまうわ。ストレスを発散させるには、何か夢中になるのが一番って事よ」
「そういうモノなのか?」
筋は通っているのだが、どうも慧音は納得しがたい様子だった。
「……どうやらそうみたいよ? ほら」
窓から外を見たアリスが、二人を手招く。
見下ろした先の庭には花壇があり、美鈴が先程の植木鉢に如雨露で水を掛けている姿が見える。
足元も軽く、今にも踊り出しそうな程ウキウキと浮かれている。窓越しで聞こえはしないが、きっと鼻歌も歌っているだろう。
「ね?」
「なるほど」
頷く慧音とアリスだった。
「あら、皆さんお揃いですね」
図書館の入り口が静かに開き、咲夜が顔を覗かせた。
「早かったのね。咲夜一人? レミィは?」
「霊夢と二人きりになりたいからと、追い返されてしまいました」
パチュリーの問い掛けに、咲夜が苦笑しながら答える。
「色々と大変そうだな、霊夢も……」
「まったくね」
慧音の呟きにアリスも頷いた。
「そうだわ。咲夜、ちょっと此処に座ってくれる?」
自分の隣の席を促すパチュリーに、咲夜が少し困惑しながら答える。
「でも仕事に戻りませんと」
「そんなに時間はとらせないわ。レミィは居ないんだし、少し位は大丈夫でしょう?」
「はあ」
勧められるまま席に着いた咲夜の前に、後ろから小悪魔が紅茶の入ったティーカップを差し出す。
会釈して受け取る咲夜に微笑みで返事をすると、パチュリー達のカップにも新しい紅茶を注いでいく。
「それではお言葉に甘えて」
咲夜が紅茶を一口飲むのを見てから、パチュリーが口を開いた。
「ねえ、咲夜。――貴女、愛って何だと思う?」
唐突な質問だ。事情を知っている慧音は吹きだし、アリスは紅茶にむせた。
「はあ?」
流石のメイド長も、思い掛けない人物から発せられた思い掛けない質問に戸惑いの色を隠せない。
「他意は無いわ。貴女の率直な意見を聞かせて」
「愛ですか……」
視線をカップの中に落とし考える咲夜を、三人はじっと見つめた。
「慈しみ、育てるもの――でしょうかね?」
誰かの事を想ったのだろうか、そう答える咲夜の顔にとても穏やかで優しい微笑みが浮かぶ。
それが誰の事なのか、少なくともこの場に居合わせるパチュリー達には伺い知ることは出来なかった。
「愛は慈しみ育てるもの。パチュリーが美鈴に言った言葉は、満更嘘では無かったという事か……」
慧音が朱鷺色の瞳を閉じて呟く。
「……今日は久しぶりに妹紅と鍋でも突っつくかな」
「私も上海達のお手入れをしてあげようっと」
慧音とアリスは立ち上がり、パチュリーに会釈をすると去っていった。
二人を見送りながら不思議そうな顔をする咲夜に、パチュリーが微笑む。
「良い答えね、咲夜」
美鈴が恋したという気持ちも分かるな、とパチュリーは思う。
「何なんです?」
咲夜には訳が分からない。
「別に。平和だねってコトよ……」
そう言ったきり本に向けた顔を上げようとしないパチュリーに、些かの困惑を滲ませながら咲夜も退室する。
だがパチュリーは別の事を考えていた。
敢えて訂正しなかったが、慧音もアリスも勘違いしている事が一つある。
美鈴にあげたあの木は、決して花が咲かない訳では無い。
ただアレはもっと南の暖かい地方の植物だから、冬は雪に閉ざされる幻想郷では可能性が低いと言うだけの事だ。
低いと言ってもゼロでは無い。もしかしたら美鈴は、あの木に花を咲かせてしまうかも知れない。
もし本当に花が咲いたら……。
その時は美鈴の恋を応援してあげても良いかな、と思うパチュリーだった。
【終】
さり気に優しいパチュリーに涙しました……。