Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

雨天健康

2006/06/16 08:12:04
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 さあああああああ。
 竹の葉が、雨粒に打たれる。滑り落ちる水滴、かき鳴らされる葉擦れの音が、見たことも聞いたこともない大海原を想起させる。
 ぴちゃぴちゃと、雨続きでぬかるんだ庭を、子兎が駆けていった。雨の中だというのに、元気なことである。ふと自分はどうだったかと、なんとはなしに思い出そうとした。永い間、健康に気を使っていると、あのような無茶も出来なくなったものである。まったく、年などとりたくないものだ。長生きはしたいものだが、若さを忘れてはいけないなと心に刻むことにする。

 縁側から竹林を、庭を眺めているのにも飽きた。とはいえ、中に戻るのも億劫だ。またあの気が触れたとしか思えない薬師や小生意気な餓鬼にしか見えない姫とかいう奴等のために動かなければいけない。今日は気分が乗らない、やめておこう。
 かといって、外に出ようとは思わない。雨に濡れそぼるなど、とっくの数百年昔に卒業したものだし、心がいくら若いとは言っても、濡れることを喜ぶ心自体が磨耗しているのだからどうしようもないだろう。
 しょうがないので、さあああ、と擬似的な波音を後ろに感じながら、月の光しか取り入れない暗い屋敷に戻ることにする。仕事などしたくはないが、まあ出会わなければ押し付けられるということもあるまい。

 部下の兎たちに声をかけながら歩いていると、一羽だけ耳の違う兎がいた。
 ああそういえば、私としたことがこの娘のことを忘れていた。なんでも月から来たという、鈴仙という月兎だ。ぴんと立った私たち地上の兎の耳と違い、月の兎は耳がへちょっているらしい。初見にて、盛大に大笑いしてしまったのはいい思い出である。

「あ。てゐ、どこ行ってたの?」
 彼女が声をかけてきた。いや別に。ちょっと縁側で外の様子を見てきただけだよ。
「ふーん。雨まだ続いてるんだ。困ったな」
 何が?
「いや、食料の備蓄が尽きたの」
 出かければいいじゃない。
「濡れるのはイヤだもの」
 私もイヤよ。

 やがて彼女とにらみ合うことになってしまった。鈴仙と私の関係はこんな感じだった。初対面で大笑いしてしまったからなのか、それとも一応立場では自分が上だからなのか、鈴仙は私を警戒しているふしがあった。私は別にそんなこともない。耳は違うし、目も紅いけれど、鈴仙の素直な性根は好ましいし、からかい甲斐もある。薬師の言によると、彼女は月の戦いから逃げ出した罪人らしいけれど、にわかには信じられない。むしろのんきで楽天的な、地上の兎みたいだ。

「ねえ」
 なあに? 外には行きたくないわよ。雨に濡れるのは健康を害するから。
「そうね。けど行ってもらうわ」
 それは力づくってことかしら。
「んなめんどいことしませんよ。ちょいとこっち来なさい」

 ……なんとまあ。珍しいこともあるもので、この私に向かって企んでるような顔を浮かべるなんてこの娘、身の程を知らないのかと思ってしまう。
 とはいえ、鈴仙程度に私を陥れようなんて気はないだろう。っていうか、せめてその後ろに回された両手を誤魔化してから得意気にしなさいね。バレバレなのも気を遣わせるんだということを、今度一から教えてあげたほうがいいかしら。けどまあ、今日は雨でつまらないし、面白いことになるなら騙されてみるのも一興ってところ。嘘をついたり、からかったり、それは自分がきちんと騙されたことがある方が精度が上がるってモノだ。

 てなわけでひょこひょこと鈴仙に近づいた。あまりに無防備に近づくものだから、むしろ鈴仙が警戒しちゃったかもしれないのだけれど、まあ詮無きこと。

「……あー。うん。まあいいか。ほら、これ」
 なにかしら? って、傘?
「そっそ。この前拾ったのを修繕してみたのよ」
 なんでも拾うのはやめたほうがいいと思うな。食い扶持が増えるようなのだったらどうするんだか。
「微妙に痛いところ突くわね……」
 別に貴女のことじゃなくてよ? おほほ。
「余計怪しいわ。まあてゐはいつでも怪しいけど」
 それは失礼だと思うな。こんな愛らしい兎を捕まえて。
「私よりも長生きしてるくせに何言ってるんだか」
 黙れ。

 傘ねぇ。傘なんてあっても、竹林じゃ役に立つわけ無いでしょうに。かつんかつん当たって、逆に進みにくくなると思うのだけれど、このへちょ耳鈴仙はそんなことも気付かないのだろうか。気付かないのだろうね。こんなんだから、私程度にからかわれるのだ。もう少し精進していただきたい。
 それに、雨を防げたとしても、濡れるのがイヤなんじゃなくて雨の日に外に出るのが嫌なだけで、傘があろうとなかろうと同じことなんだけれどなあ。

「ああ、てゐが首を縦に振らないことくらい判ってるから。まあそれでも一緒に行ってもらうんだけどね」
 そりゃ、どーいうこと?
「二人で行きましょ。ちょっと歩くだけだし、雨の日に外に出るんだったら、話し相手がいた方がいいもの」
 鈴仙の都合バリバリだね。私にメリットが無い。
「ん。しょーがないから、夕飯のおかず一つあげる。労働賃、ってことで」
 ま、それならやってやらないこともないかな。鈴仙ちゃんは寂しいと死んじゃうもんね。
「そーそー。兎だからね。だから、兎と一緒にいれば死なないでしょ?」
 はいはい。死なないように気をつけてね可愛い可愛い兎さん。



 結局のところ、さっきの子兎みたいに外に出ることになってしまった。違うことは、傘を差しているから雨粒が直接当たらないことと、鈴仙の靴を一足借りていること。いつもは裸足だから、靴を履くっていうのがなんだか違和感があった。まあでも、面倒くさい仕事でもないし、風邪引くような大事でもない。竹の間をすり抜ける雨粒を見ながら散歩っていうのも、まあ風流な気がしないでもないし。
 隣を歩く鈴仙は、常に真っ直ぐ前を見ている。歩幅を合わせて歩く。こんなこと、そういえば最後にしたのは何十年前だっただろう。体の健康は一人でも維持出来るけれど、心の健康ってのは知らない間に錆付くものなのだなあ、と最近になって思い知ったことなのである。しゃべる相手がいないと研磨だって出来ないものなのだ。



 んなわけで、鈴仙の足に私の足を引っ掛ける。







「わっ」









 さて。とりあえず傘を奪って走り出す。ぱちゃぱちゃと、泥が跳ねる。
 なんだ、私はもう若くは無いと思っていたけれど、まだまだこんなに現役である。なるほど納得、心も体も健康にしていれば、ずっとずっと若く在れるのだなあ、と後ろから聞こえる怒鳴り声を聞き流しながら考える私。そんな雨の日の一幕なのであった。

てゐはロリ年増。



これがマイジャスティス。
ABYSS
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コメント



1.deso削除
いじわるばあさんを思い出しましたw
なんだかんだ言って仲の良い二羽ですねぇ
2.den削除
可愛くないところがまた可愛い。
あなたのジャスティスに同意。
3.MIM.E削除
こんなてゐも可愛いですね。