グゥエホッゴホォッガフッ
ゴハァグフゥコフッ
「お前は気づいていないのかもしれないが、酷く咳き込んでるぜ」
魔理沙は霊夢に、そう指摘した。
「あら、気づかなかっ」
ゲホッゲハッグホッ
「たわ」
「…」
「どうかしたの?魔ゲホッ理沙」
「そんなヘンテコな名前ではないぜ」
「はぁ?」
「…いや、何でもない」
魔理沙は一旦は引いたのだが、当然それで治まるはずが無かった。
「熱を測らせてもらうぜ」
「え?ちょ、ちょっと」
魔理沙は、自分の額を霊夢の額に押し付けた。
二人の距離は今、限りなくゼロに近い。
「…」
遅くも、それに気づく魔理沙。
対する霊夢の方は、既に頬を赤く染めていた。
「や、やるんだったら、早くしなさいよ!もぅ…」
魔理沙はこの刹那で、目的をすっかり忘れていた。
慌てて、熱を測る。
「…無いな」
今となっては、この状況の方が、魔理沙にとって主題と言うべき問題だった。
熱の事など、もうどうでもいい。
「どうしたの、魔理沙?」
終えて、離れてから、霊夢が自分の額を触りながら言った。
「あ、あのな、霊夢」
今になって、魔理沙は恥ずかしくなってきた。
全身が、かぁっと熱くなっていく。
「私は、えっと、その」
上手く言葉が続かない。何といえばいいのか。
単純な事を伝えるだけなのに、どうしてこんなに難しいのだろうか。
「…うん」
霊夢はそんな魔理沙の様子を見て、ゆっくりと頷いた。
それは、普段の態度からはかけ離れた、可笑しくて、貴重で、真剣な物だ。
霊夢は、自分の気持ちに気づいていた。
魔理沙も、そう思っていてくれる事を、半ば願っていた。
だから、もし、これで、魔理沙が----
「…霊夢の事、さ」
魔理沙は、そこで唾を飲んだ。
「す、す、…すk」
ゲホッケッケッカヒックホッゴフゥッガホォッカッコッゴホゴホゴホ ヒューヒュー
霊夢が、爆発した(ように見えた)。
「……す、少し、ヤバいんじゃないか?」
霊夢はその場にうずくまり、やがてうつ伏せに倒れこんだ。
その様は、ノックアウトされた総合格闘家のようである。
「…少しどころじゃなさそうだな」
ヒューヒュー言っている。咳き込みすぎて呼吸が出来ない様子である。
「…気分は?」
「ヴェ」
おおよそ人間語ではない返答を貰った。
「大丈夫か?」
グォフッゲフッゲホッグッホゲッホ
「ヴォ」
咳のし過ぎで頭のネジがとんでしまったのだろうか。
魔理沙が困った顔でしばらく様子を見ていると、霊夢がやっと、魔理沙にも分かる言語を使った。
「ぐ…ゲフゥ、ぐるじガホッ、い…」
声からしてかなり深刻であるが、頭は大丈夫なようだと、魔理沙は冷静に安心した。
「何か欲しい物、あるか?」
魔理沙がそういうと、霊夢は上体を上げて涙目をそちらに向けて、苦しそうに、
「みゲフッ…ゲホッ、み、ず…」と言った。
「音速で持ってくるぜ」
魔理沙がそういうと、霊夢は力尽き、また倒れこんでしまった。
「落ち着いたか?」
「やっと、だいぶ、だいたい、おおよそ、って感じかしら」
「新手の4択問題か?」
「まあ、一時的に回復したって所ね」
とりあえずは魔理沙が神社の一室に担ぎ込み、病人の看病のように布団に寝かせ、落ち着くのを待っていた。
度々顔を見てみるのだが、真っ赤で涙目で苦しそうで、普段の表情から豹変していた。
時々こちらを見る目が潤んでいるのは、普段の様子からはかけ離れた、可笑しくて、貴重で、新鮮な物だった。
長い時間の出来事のように思えたが、ひどい咳は担ぎ込んでから2、3分で治まった。
今も度々、単発が出ているが、様子を見る限り、あまり支障はなさそうだ。
「ま、体は大事にしないとな」
「アンタに言われると、何だか知らないけど腹が立つわ」
「心外だぜ」
「ケホッケホッ」
「だ、大丈夫か?」
「何よこの位。驚くほどでも無いでしょう?さっきの、と、……比べれば」
目を逸らしながら、口元をヒクヒク引きつらせて、苦笑いのような表情で霊夢が言った。
どうやら、既に忘れたい過去の出来事となっているようだ。
「でも、治まってよかったな。あのまま続いたらどうなる事かと思ったぜ」
「私だって、どうなる事かと思ったわよ」
大分、普段の霊夢らしさが戻っている。ここでやっと、魔理沙はホッとしたのだった。
「で、さっき、何て言おうと思ってたの?」
話をパッと切り替え、霊夢が言った。
「え?さっき、って何の事だ?」
「だから…私の事が、一体何なのよ」
「あ、あぁ…それな…」
魔理沙は頬を掻いた。
「…少し、医者とかに見てもらった方がいいと思う、って」
「ケホッ…はぁ?」
全く持って呆れた、これは駄目だ。まるでそんな事を言わんばかりに、霊夢は顔をしかめた。
「善意の助言だろ?」
「何よそれ…。別にあんな溜めて言うことじゃないし、そもそも、あんたに言われないでも」
「お前、何で怒ってるんだ?」
「私の何処が怒っているって言うのよ!」
そう言われても、今の霊夢の姿を見れば誰もが怒っていると言うだろう。
やっと落ち着いたのに、また顔を真っ赤にして、大げさな身振りを使い、体全体で怒りを表現しているのだ。
「と、とにかく、もう、アンタは、いらな、いから、か、かえっ」
ゲホッゲホッゴホゴホッ
「…帰れそうにないな。その様子だと」
「別に、私ゲホッ一人でもゴホッ、大丈夫、だ、わ」
「あー、分かったからゆっくり休めって。私に任せろ」
起き上がろうとする霊夢を魔理沙が制し、また布団に寝かす。
「有難迷惑、って、ケホッ、知ってるかしら?」
「仮に知ってて、それが意味を為すのか?」
「…はぁ」
目を瞑って、また呆れ顔になる霊夢。
「私は霊夢を心配して言ってるんだ。お前にとって迷惑でも、私には大切な事なんだ」
「…あっそ」
「だから、帰ることは出来ないな」
「…勝手にすれば?」
霊夢は、布団を頭まで被ってしまった。
その様子が、魔理沙には可笑しくてたまらなかった。が、バレないように、懸命に笑いを押し殺した。
「お前も、もっと素直になれば、可愛いと思われるんじゃないか?」
「別に…、思われても仕方ないでしょう?」
「なんだ、お前。もう少し、乙女心ってのが無いのか?」
その言葉が、霊夢には可笑しくてたまらなかった。が、バレないように、布団の中でこっそり、笑っていた。
腹筋が大変なことになりそうだ
霊夢さんも作者さんも、お大事に。
酷い時はほんとに霊夢みたいになる
霊夢は色々素直になるべきですっ。