Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

月有陰

2007/12/13 11:27:59
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※香霖→『とあるキャラ』の話です。
※香霖がちょっとヘンでも許せる人向け。





























 多分、いつかそんな日が来ることを、心の何処かでは分かっていた気がする。
 だからそれを聞いた時も、ただそうか、と一言返しただけだった。

「――それだけか?」
「何だ、もっと大袈裟な反応でも欲しかったのか?生憎、僕にそんなものを期待する方が間違っている」
「別にそういう訳じゃ、ないけどさ」
 そう言って、少女は小さく肩をすくめた。
 また、いつもの癖だ。
 この少女はどうしてか、自分の本心を隠すきらいがある。
 有り体に言えば――彼女は嘘吐きだ。
 何故嘘を吐いているのが分かるのかと問われれば、彼女の表情が、言葉とは裏腹に本心を誠実に映し出してしまっているのが見えてしまうからだ、と答えるしかない。
 要するに、彼女は嘘を吐ききれていないのだ。
 結果、言葉は本心を裏切って建前を取り繕おうとするのに、表情の方はその努力を裏切ってしまう――言わば二重の裏切りを、彼女は自身に対して知らず行っていることになる。
 もっとも、作られた表情と発した言葉との齟齬などほんの僅かに過ぎないので、普通に会話をしている分には、それが嘘だと看破するなど不可能だろう。
 大抵の相手に対しては、彼女の努力は概ね成功している筈である。
 残念ながら――あくまで彼女にとっては、という意味で――その“大抵の相手”の中には、僕は含まれていない訳だが。
 現に今だって、こちらへ向けるその瞳に微かに見える落胆の感情を、僕の目は見逃す事なく捉えてしまった。
 ――やれやれ、気付かなくていいような事まで気付いてしまうのも考えものだな。
 少女に悟られないよう、心の中で嘆息する。
 その落胆を無視するのは気が引け、さりとて折角押し隠そうとしている本心を暴き立てるのも無粋に思え、結局次に僕の発した言葉は、先ほどと変わらぬ随分と味気ないものになった。
「単に君の暮らす場所が変わるというだけの事だろう?君が誰と一緒に暮らすことになろうと、それが僕に何らかの変化をもたらすとは思えないが」
 精々が、住む場所が変わる事によって、今までよりも取引の機会が少なくなる、という位だろうか。
 とはいえ、彼女との取引は、僕の商売にとってさして比重の大きいものではない。
 少なくとも、それによって僕の生活が劇的に変化するなどという事にならないのは確かだ。
 そう告げると、少女は口を尖らせる。よほど思う所でもあるのか、今度は不満気な感情を隠そうともしない。
「分かってるよ。それでも、折角人が一世一代の決心をしたんだから、もうちょっと何か、一言あってもいいんじゃないかと思ったんだよ。……それなりに長い付き合いなんだし」
 まあ、あんたにとっちゃ長いうちに入らないのかもしれないけど、と小さく付け加える。
 僅かに視線を逸らしながら呟くその仕草は、まるで玩具を取られた幼い子供が拗ねているように見えた。
 そんな表情を見せられてしまうと、こちらとしては無下にはできない。
「そんな事はないよ。僕にとっても、君との付き合いは決して短いとは言えない。そう考えたら、何かしら言葉を送るべきなのかもしれないな。でも、」
「でも?」
 首を傾げる少女に、僕は答える。
「たとえ君の環境が変わっても、僕と君の関係が変わる訳じゃないだろう?だったら……むしろ、特別な言葉などかけない方が良い気がしないか?」
 僕の返答が予想外すぎたのだろう。彼女はまずきょとんとした表情を浮かべ、次に眉を顰めて考え込み――ややおいて、へへへ、と笑顔になる。
「……そっか。そうだよな。うん、何だかその方が香霖らしいや」
「納得してもらえて何よりだ」
 うんうんと、一人で頷き続ける少女。
 それは良いのだが。
「で、今日の用件は君の引越しの報告だけなのか?」
「あ、あー……えーと。……うん、実は、それだけなんだ」
 照れ隠しのつもりなのか、大きな帽子を被ったままの頭をぽりぽりと掻いている。
「それを世間では単なる“惚気”と言うんだが。残念ながら、うちは形の無い物は取り扱っていないんでね。だから、そういうものを持ち込まれても困る」
「分かったよ。……商売の邪魔をして悪かったな」
 別に追い出す気は無かったのだが、どうやら少女は本当に、それを伝える事だけできれば良かったらしい。
 じゃあな、と言って踵を返し、用は済んだとばかりにさっさと店の出口に向かってしまう。
 こんな風に彼女が店にやって来て、僕は店主として、或いは話し相手として彼女と言葉を交わす。
 それは何年も前から幾度となく繰り返されてきたお馴染みの行為で、僕か彼女のどちらかがこの地から消えるまでは、きっとこの先も幾度となく繰り返される行為だ。
 彼女の環境がどれだけ変わっても、同じように繰り返される筈の、行為。
 さして広くない店内、ほんの数歩、歩みを進めただけで、少女はもう店の出入り口の戸に手をかけていた。
 戸口の上部に備え付けてある鐘が、からん、と乾いた音を立てる。
 少女がいる場所は、薄暗い店内と、陽光の注ぐ外の、まさに境界。
 開きかけた入口の戸の隙間から日差しが零れ、少女の金色の髪の上に小さな光の粒が跳ねる。
 その光の欠片が、僅かな髪の動きに合わせて思い思いに踊るのが妙に眩しく感じて――
「――――え?」
 ――刹那。
 僕の左手は彼女の手首を掴んでいた。
「な、何だ?」
 戸惑う少女。
 それも当然だ。何しろ、掴んだ僕ですら、自分の取った行動に戸惑っているのだから。
 一体、僕は何がしたかったのか。
 しばし考え――僕は、僕がその行為に至った理由を考えることを放棄した。代わりに、思ったまま行動することを選択する。
 左手を開き、今の今までずっと掴んでいた少女の手首をようやく解放し、彼女の正面へ。
 空になったばかりの左手は、今度は彼女の帽子を掴み、それを取った。
 何が何だか分からない、という風にこちらを見つめる彼女と目線が同じ高さになるように腰を屈め――
 ぽん、と、右手を少女の頭の上に置いた。
 そのまま頭を撫でる。
「わ!わわっ!?」
 突然の不意打ちに戸惑っていた彼女の声は、やがて抗議のものへと変わる。
「こっ、子供にするみたいな真似をするなっ!私は子供じゃないっ!」
「ああ。とっくに家を出て自立している君を、子供と呼ぶべきではないな」
「分かってるなら、離せ!」
「でも、僕から見た君は、まだ子供だ」
「え……」
 抗議の声を止め、僕を凝視する少女。
 正確には子供だった、と言うべきか。そう、先刻、彼女の話を聞くまでは。
 けれど。
「共に人生を歩む相手を見つけた君は、僕にとっても、もう子供じゃない。さっきの僕の言葉は訂正しよう。僕は君への態度を変える。大人に対する君へのものに」
「香霖……」
「だからこれは――子供の君への餞別代わりだ」
 そして、子供時代に別れを告げる為の、言わば儀式。
「……こんな事をされるのは、厭かい?」
 抗議から驚愕へと変容した少女の表情は、
「……そんなこと、ない。厭、じゃない……」
 尻すぼみの言葉を経て、今ははにかんだ笑顔。
 まるで子猫のように目を細めて、僕の手を受け入れる。
 子供の頃から変わらない、あどけない笑顔だ。
「――大きくなったな」
 背丈も魔法の技術も、幼い頃とは比べ物にならない程に成長した。
 それでも、この笑顔だけは全く変わらない。
 胸のサイズも幼い頃とあまり変わらないかもしれないが、それに関しては僕の知る由ではない。
「……香霖は、昔から変わらないな。若作りも大概にしろよ」
「余計なお世話だ」
 彼女の言葉に憮然として答える。
 一番成長したのはその口の悪さかもしれないな、などと思いながら。
 そうしてしばらく頭を撫で続ける。
 撫でる僕も、撫でられている少女も、お互い無言。
 こんな風にできるのは今が最後だ、どちらもそう感じての事だろう、ただするがまま、されるがまま、そうしていた。

 どれだけの時間そうしていたか、などと考えるのは無意味だ。
 どんな物事にも始まりがあり、始まりがあるのならば逆に終わりも必ずあり――つまりは、重要なのは“終わる”という事実だけだ。
 僕から少女への“餞別”もまた、終わりを迎える。
「――さて、これでおしまいだ」
 ぽん、と最後に少しだけ強めに頭を叩き、僕は彼女の頭から手を放した。
 彼女は名残惜しそうにこちらを視線を向け、何かを言いたげに口を開きかけたが、僕の表情を見て、先程までの行動を再開する気が僕に無いのを理解したのか、口を噤む。
 そして、投げ置かれていた帽子を拾い上げ、被り直した。
 一連の動作は何故かひどくゆっくりで、帽子を被り終えるまでの数刻、彼女の顔は僕の視界から消えた。
 次に僕を見上げた表情はもう、名残を惜しむものではなく、再び開かれた口から出た言葉も、
「これからもよろしくな、香霖」
 ――別れの挨拶だった。
 新たに道を歩み始める彼女からの“出会い”の挨拶であり、同時に、子供時代の彼女からの“別れ”の挨拶。
 言葉に一拍遅れて差し出された手を僕は握り返し――
「ああ。これからも、変わらぬご愛顧を」
 少女との別れの儀式は終了した。
 からん――――。
 再び鳴る鐘の音に乗せて、ふわりと靡く金髪。
 金色の煌きを最後に残し、少女は今度こそ境界を越えて、陽光の下へと消えて行った。
 戸が閉じられると共に陽光と薄闇の世界を繋いでいた境界は消滅し、世界はまた二つに分断された。

「――あの子のこと、聞いた?」
「いちいち確認するまでもないんじゃないのか?君もさっきの場面を見ていた筈だろう」
 隣に無造作に腰掛け、疑問符付きの言葉を口にする巫女。けれどその視線の向く先は僕ではなく、自身が先刻くぐって来た戸口の辺り。
 窓から差し込む光は、既に真昼の眩さを失い、鈍く輝く朱色。
「あら、気付いてたの」
「……鎌をかけただけだったんだがな。やっぱり、見ていたのか」
 最近の巫女は覗きもこなすらしい。まったくもって、悪趣味な話だ。
「見たくて見てた訳じゃないわよ。店に入ろうとしたら変な雰囲気だったから、何となく入りそびれただけ」
 こちらに視線を移し、心外だ、とばかりに目を眇める霊夢。
「それで。何の用だ?」
「別に。ただ――今日はここに来なければいけないような気がしたの」
「ここに来て、僕達の会話を覗き見する為に、か」
 揶揄のつもりで言った僕の台詞を、何故か霊夢は咎めなかった。
「――そうかもね」
 ぽつりと呟く。
「霊夢……?」
 返答代わりなのか、ふう、と小さな溜息を漏らす霊夢。そしてまた、ぽつりと一言。
「……取られちゃったわね」
「親しい知人が他の誰かの元へ去るという意味なら、君だって立場は同じだろう?」
「違うわよ。私にとってあの子は――そう、強いて言うなら単なる友人。ただちょっとだけ個人的に付き合いがあるだけの、知人」
「僕だって変わらないさ。君よりも多少、付き合いが長いだけだ」
「――ふうん」
 気の無い返事と共に、霊夢は勢いをつけて床に降りた。床に足を着けた時のとん、という音が、静まり返った店内にやけに大きく響く。
 とん、とん、とん、と規則正しく三度足音が鳴り、巫女はくるりと振り返った。
「何だ、その目は」
 僕を見据える霊夢。
 紅と白を身に纏った巫女の輪郭は、背後の窓から差す夕陽によって朱く縁取られている。
 朱と紅に彩られた全身の中でなお、底知れぬ漆黒を湛える瞳。そこからは、何の感情も読み取れない。
「……良かったの?」
 巫女の問い。
「何のことだ」
 僕は問い返す。
 返答は、無言。
 ふう、と、今度は僕が溜息を吐く番だった。
 目の前の巫女は、どうあっても僕から何某かの返答を引き出すつもりらしい。
「…………彼女が自分の意思で決めたんだ。僕が口を挟むべき事じゃない」
 再び視線が交錯し、
「――そう」
 言葉と共に、霊夢はようやく視線を逸らした。
 そのまま視線を追うように再びくるりと後ろを向き、すたすたと戸口の方へ歩いて行く。
「霊夢?」
「帰るわ。用事はもう済んだから」
 僕のかけた言葉に、振り向きもせず答える霊夢。
 戸口に手を掛けた巫女は、そこでようやくこちらを振り返り――
「――――嘘吐きね、貴方は」
 鐘がまた、からんと鳴った。

 ふらりと店を訪れた巫女は目的を告げないまま、訪れた時と同じようにまたふらりと店を出て行った。
 僕は一人になる。
 いつの間にか陽はすっかり落ち、昼間でも薄暗かった店内はいよいよ闇一色。
 暗闇の中で、ぼんやりと昼間の出来事を反芻してみる。
 今になってもう一度思い返してみても、あの時僕があんな行動を取った理由は分からなかった。
 分からないままに心に浮かんだ、もう一つの問い。
 ――あの儀式は、誰の為のものだったのか。
 答えはすぐに出る。
 彼女の為などでは決してない。
 そう、あれは――僕の為の儀式だ。
 だから、儀式を終わらせるのも僕の方からであるべきだったのだ。
 僕は、昼間彼女の頭を撫でた右の掌を掲げた。
 暗闇に満ちた店内で掲げた掌は、漆黒に遮られてその形を認めることすら出来ない。
 少しだけ癖のある彼女の金髪の感触だけがただ、今でも手の中に残っていた。
 僕はゆらりと立ち上がる。
 視界のろくに利かない闇の中、迷いのない足取りで店の片隅へ向かう。まるで最初からそこが目的だと分かっていたかのように、真っ直ぐに。
 手元すら見えない暗闇に手を差し出すと、触れたのはほっそりとした硝子の感触。
 その硝子の瓶は、まるで今この時、手に取られる為だけに存在していたかのようにすんなりと手に馴染み、掴んだ硝子の冷たさで、残っていた彼女の髪の感触も消えた。
 再びゆるりと店内を横切り、やはり最初からそこが目的だったかのように、迷う事無く一つの棚の前へ歩を進める。
 今度手に取ったのは、小さな杯。
 これもまた同じく、今手に取られる為だけに用意されていたかのように、ぴったりと僕の掌に収まった。
「…………ふう」
 壁にもたれかかり、手に持った瓶を、杯に向けて傾ける。
 微かな水音を立てながら、空虚な暗闇の満ちた杯を、質量を持った暗闇が侵食していく。
 小さく円形に切り取られた漆黒の中、ぽつんと浮かぶ幽かな白い光を見つけ、僕は振り返った。
 肩越しに目をやった窓の外、その遥か上空に在ったのは、薄雲に覆われてぼんやりと光を放つ月。
 ――まるで、僕みたいだな。
 暗い夜空で淡く白く光る月は、小さな薄暗い世界の中にただ一人佇む僕を思い起こさせた。
 ならば今の彼女を輝かせている存在は、さしずめ太陽といった所か。報告の時の、幸福に満ち溢れた少女の笑顔に、そんな事が思い浮かぶ。
 そんな自分自身の想像が何だかひどく滑稽で、僕は口の端を歪めるようにして、少しだけ笑った。
 ――もしかしたら。
 彼女にとっての僕という存在も、あの月のようなものなのかも知れないな。
 ふと空を見上げれば、いつでも自分を見守っている月。見る度毎に様々に違った姿を見せる月。
 自ら輝く事が出来ず、太陽が無ければ自身の存在を主張することすら出来ない月。
 だが、彼女が太陽の下へ去っていったのだとしても、太陽と同じ天空には、月も同時に在るものだ。
 その姿は太陽の傍にあってはとても薄く儚いけれど、それでも確かに存在している。
 そんな風に、ひっそりと彼女を見守るのが、きっと僕に割り当てられた役割なのだ。
 ――――嘘吐きね、貴方は。
 霊夢の帰り際の言葉が、僕の中に蘇る。
 その言葉は僕の耳の奥に木霊のように何度も反響したが、木霊のようにやがて消えて行ったりはしなかった――さながら、僕に決して忘れさせてはいけないと、念を押すように。
 ――確かに君の言う通りだ、分かっているさ。
 彼女は嘘吐きだ。それは間違ってはいない。何よりも、僕がそれを知っている。
 でも本当に嘘吐きなのは――――僕だ。それこそ僕自身が一番良く知っている。
 だとしても――いや、だからこそ、僕は嘘を吐き続けよう。それが彼女の為であり、僕自身の為でもあるのだから。
 嘘吐きの彼女は、自分が嘘を吐くのに忙しくて、他人が嘘を吐いているのを見抜くような余裕など無いに違いない。
 だから彼女だけは、僕の嘘を見抜けない。見抜けないままでいい、と思う。そして、できれば見抜けないままでいて欲しい、とも思う。
 けれど。
 僕は確かに嘘吐きだが、嘘だって吐き続けていればやがて真実になりもするものだ。
 僕の中の嘘が真実になったら――その時はまた、子供の彼女に再会できる気がする。
 その時を楽しみに、今はただ待とうじゃないか。真昼の月のように、ひっそりと。

 杯に満たされた酒を、一気に飲み干す。
 杯の中の月は一瞬ゆらりと揺れて、消えた。
お初にお目にかかります。
東方書いている知人達に触発されて、自分も書いてみた次第です。
拙い文ではありますが、皆様の一時の慰みになれましたら幸いでございます、べべん。


タイトルに「月」を絡めようと翻訳サイトに放り込んだら、どういじっても「尻が出る」と翻訳されてガクリ。
鷹実
コメント



1.三文字削除
いいお話でした。
香霖から彼女に対する心の揺れ動き、彼女とのある意味での別れの儀式の意味。
細かな心の揺れ動きが心に沁み入ります。
うん、いいお話でした。
2.名無し妖怪削除
やっぱ寿命の差がなあ……
3.名無し妖怪削除
なんでだろう霊夢の「嘘つき」の辺りでプライマルを思い出したのは
4.ドルルン削除
なんだろう目から汗が…
それはそうといい気持で読ませていただきました。