「姐さん、これは何ですか」
一輪の目の前には純白のドレスらしきものが立てかけられている。
多少西洋の文化が混じっているとはいえ、およそこの幻想郷には似つかわしくない代物。
特にお寺などには縁も所縁もないものがそこには存在していた。
「それはウエディングドレスというそうよ」
「う、うえ……?ハイカラなものですか」
「そうね。この幻想郷の外の世界で、今から嫁ぐ女性が着る一世一代のお洋服らしいわ」
白蓮はドレスを少しはたくと、わずかな埃を落とした。
見た目には染みや汚れは一つもなく、輝かしいほどの白さを存分に見せつけていた。
「それにしたって、こんなもの……どこから手に入れたんですか」
「参拝の方ですよ。どうも幻想入りしたものを偶然見つけたらしく、扱いに困ってうちに寄贈されたそうです」
「確かに幻想郷の人間には無用の長物だろうね」
「私達にとってもだけどねえ」
星、ナズーリン、ぬえもドレスの美しさに引きつけらたのか、周りに集まって来ていた。
水蜜はさっきからドレスをしげしげと眺めている。
「そうですね。私は毘沙門天の代理ですから、このような服に袖を通す機会などありませんし」
「ご主人様が袖を通そうものなのなら、あの巫女の服のように脇のところから破れてしまうよ」
「何を言うんですか、ナズーリン!」
「「「確かに」」」
同時に頷いた一輪、水蜜、ぬえを見て星は派手にずっこけた。
「ほれ見たことか。……私もこんな服を着ることに興味はないね。
私の食欲旺盛な子ネズミ達ごと迎え入れてくれるというなら考えてもいいが」
「その前に貴方は小さくて、この服着れないでしょ。ネズミ」
「私は小さいのではない!背が少し低いだけだ!」
怒ったナズーリンのグルグルパンチは一輪に頭を手で押さえつけられているせいでただ空を切るだけであった。
「姐さんはどうですか。姐さんほどお美しい方なら、きっとこの服もとても似合うと思いますよ」
ナズーリンの頭を押さえつけたまま一輪は白蓮に尋ねた。
「私は……やめておくわ。命蓮がまだ生きていれば見てもらいたかったかもしれないけれど、
今の私は人と妖怪のために生きると決めましたから」
「いや、聖にはキツイでしょ、これ」
「ぬえー!!」
世の中には言っていい事と悪い事があるのだ。
「あいたたた……酷いわよ、一輪。雲山で殴るなんて」
「魔神復誦よりはマシだと思いなさい」
「? あー、私もその服パスね。私のイメージに合わないから」
「当然よ。とりあえず、その背中の邪魔なもの全部外さないと着させるわけにはいかないわ」
「何さ!いいわよ、別にそんなの全然着たくもないから。ムラサもそうよね?」
「そんなことないわ。水蜜、貴方も女の子なんだから、綺麗な服には興味はあるわよね」
「いえ、私はもう死んでいますからいいです」
ずっと黙っていた水蜜の一言に全員が動きを止めた。
このメンバーで不幸自慢をするなら断トツ1位の彼女の発言はあまりにも重すぎた。
一方、当の水蜜にはこのドレスを見た時から考えていることがあった。
彼女は自分がこの服を着るよりももっといいことを服を眺めながら思いついていた。
「それよりもずっと思っていたのはね、この服……一輪なら、似合うんじゃないかなと思って」
「はい?」
その言葉に全員が一輪を見る。
一輪は自分を見る全員の顔を見る。
上から下まで眺めて、「ああ、なるほど」と星は手を打った。
「確かに一輪がいつも着ている服と似ていますね」
「どこがよ!」
「なるほどね。この服は君が着るために用意されたものだったようだ」
「そんなわけないわよ!さっきの仕返しね、ネズミ!」
「それでは早速、一輪に着てもらいましょう。……そうだわ。それなら、いっそのこと、
このお洋服に合わせた結婚式を調べて実際にやってみようかしら」
「あ、姐さん……」
「もう観念したら?」
「ぬえ~ん……」
「人のセリフ、パクらないでよ!」
水蜜だけは嬉しそうに、まだ嫌がる一輪をにこにこと見ていた。
* * *
一輪は本堂の中に敷かれたバージンロードの上を雲山と一緒に歩いていた。
もちろん、一輪はあの白いウエディングドレスに身を包んで、顔はベールで隠している。
歩いているとは言ったが雲山は一輪の横でふよふよと浮かんでいるだけだ。
白蓮達が調べた話によれば、花嫁は父親と一緒にこの布の上を歩いて、神父の下まで行くそうなのだ。
本当に一輪の父親というわけではないのに、さっきからおいおいと泣きながら雲山は一輪の横を漂っていた。
ベールで隠し、伏せながらバージンロードを歩く一輪の顔は、誰にも見せられないほどに真っ赤になっていた。
(どうして……どうして、こんなことになったのよ!いきなり結婚式だなんて……!)
道の脇では星とナズーリンが小さく拍手をしながら、二人を見守っている。
(そもそも相手もいないのに……この道の先には誰が待っているのかしら)
神父を演じるために神父の格好までしてノリノリの白蓮は聖書を見ながら、念仏のように誓いの言葉の練習をしている。
(いるわけがないとわかっているのに、この道の先にあの娘がいることを少し期待してしまっている。恥ずかしいわね……)
花嫁は神父の前に送り届けられた。
顔を上げた一輪の前には神父の服を着た白蓮だけが立っていた。
「新郎はいないの。ごめんなさい」
「いえ、神父様にこの晴れ姿を見ていただけるだけで十分です。私は雲を操る女。晴れになれただけでも光栄なことですから」
そう、自分は雲。誰のところにも留まらず、漂うのが性に合っている。
だから別になんとも思わない。
地面がわずかに濡れているのも、雲がただ雨を降らせただけなのだ。
その時、表の扉が大きな音を立てて開かれた。
「花嫁を、奪いにやって来ました!」
セーラー服の少女が、そこには立っていた。
「え……?」
「遅いですよ、村紗。このまま来ないのではないかと少しドキドキしていました」
「真打は遅れてやって来るものだろう、ご主人様」
水蜜はバージンロードを一歩一歩と踏みしめて、一輪に近づいていく。
「早苗に見せてもらった映画の通りね。やっぱり花嫁は待っているよりも奪いに行かなくちゃ!」
扉の陰からひょっこりとぬえが顔を出している。
「ムラサとぬえがこの話を持ち出した時にはどうなることかと思いましたが、どうやら上手くいったようですね。
一輪に着させたいからと、わざわざ外の世界のドレスまで用意させて」
白蓮はそっと目線を星とナズーリンに向ける。
「私の力をフル活用させてもらいました。『花嫁が最も幸せな姿』が財宝になるなら、幻想入りさせることも可能なはずです」
「それを探してきたのは私だよ。またいつもの道具屋にあったから、譲ってもらうのが大変だったけどね」
一輪の前に立ち塞がっていた雲山は、すっと霞のようになって姿を消した。漢は涙を見せてはいけないのだ。
そうして、水蜜は一輪の前に辿り着いた。
「ごめん、これがやってみたかったの」
「……後で百発殴るわ」
「いいよ、一年に一発、少なくとも後百年は一緒にいてくれるなら」
「きゃ」
ドレス姿の一輪を抱き上げ、水蜜はまだ神父を続ける白蓮に向き合う。
「神父様、私はこんなヴァイキングですが、私達を祝福してくれますか」
「この神様はわかりませんが、私は誰に対しても平等です。ああ、愛の世界に光が満ちる」
白蓮は聖書を閉じて横に置くと二人に尋ねた。
「村紗水蜜。雲居一輪。貴方達二人は、その健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、
富める時も、貧しい時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、
その命のある限り……ムラサはその魂のある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
「誓います」
一輪の目の前には純白のドレスらしきものが立てかけられている。
多少西洋の文化が混じっているとはいえ、およそこの幻想郷には似つかわしくない代物。
特にお寺などには縁も所縁もないものがそこには存在していた。
「それはウエディングドレスというそうよ」
「う、うえ……?ハイカラなものですか」
「そうね。この幻想郷の外の世界で、今から嫁ぐ女性が着る一世一代のお洋服らしいわ」
白蓮はドレスを少しはたくと、わずかな埃を落とした。
見た目には染みや汚れは一つもなく、輝かしいほどの白さを存分に見せつけていた。
「それにしたって、こんなもの……どこから手に入れたんですか」
「参拝の方ですよ。どうも幻想入りしたものを偶然見つけたらしく、扱いに困ってうちに寄贈されたそうです」
「確かに幻想郷の人間には無用の長物だろうね」
「私達にとってもだけどねえ」
星、ナズーリン、ぬえもドレスの美しさに引きつけらたのか、周りに集まって来ていた。
水蜜はさっきからドレスをしげしげと眺めている。
「そうですね。私は毘沙門天の代理ですから、このような服に袖を通す機会などありませんし」
「ご主人様が袖を通そうものなのなら、あの巫女の服のように脇のところから破れてしまうよ」
「何を言うんですか、ナズーリン!」
「「「確かに」」」
同時に頷いた一輪、水蜜、ぬえを見て星は派手にずっこけた。
「ほれ見たことか。……私もこんな服を着ることに興味はないね。
私の食欲旺盛な子ネズミ達ごと迎え入れてくれるというなら考えてもいいが」
「その前に貴方は小さくて、この服着れないでしょ。ネズミ」
「私は小さいのではない!背が少し低いだけだ!」
怒ったナズーリンのグルグルパンチは一輪に頭を手で押さえつけられているせいでただ空を切るだけであった。
「姐さんはどうですか。姐さんほどお美しい方なら、きっとこの服もとても似合うと思いますよ」
ナズーリンの頭を押さえつけたまま一輪は白蓮に尋ねた。
「私は……やめておくわ。命蓮がまだ生きていれば見てもらいたかったかもしれないけれど、
今の私は人と妖怪のために生きると決めましたから」
「いや、聖にはキツイでしょ、これ」
「ぬえー!!」
世の中には言っていい事と悪い事があるのだ。
「あいたたた……酷いわよ、一輪。雲山で殴るなんて」
「魔神復誦よりはマシだと思いなさい」
「? あー、私もその服パスね。私のイメージに合わないから」
「当然よ。とりあえず、その背中の邪魔なもの全部外さないと着させるわけにはいかないわ」
「何さ!いいわよ、別にそんなの全然着たくもないから。ムラサもそうよね?」
「そんなことないわ。水蜜、貴方も女の子なんだから、綺麗な服には興味はあるわよね」
「いえ、私はもう死んでいますからいいです」
ずっと黙っていた水蜜の一言に全員が動きを止めた。
このメンバーで不幸自慢をするなら断トツ1位の彼女の発言はあまりにも重すぎた。
一方、当の水蜜にはこのドレスを見た時から考えていることがあった。
彼女は自分がこの服を着るよりももっといいことを服を眺めながら思いついていた。
「それよりもずっと思っていたのはね、この服……一輪なら、似合うんじゃないかなと思って」
「はい?」
その言葉に全員が一輪を見る。
一輪は自分を見る全員の顔を見る。
上から下まで眺めて、「ああ、なるほど」と星は手を打った。
「確かに一輪がいつも着ている服と似ていますね」
「どこがよ!」
「なるほどね。この服は君が着るために用意されたものだったようだ」
「そんなわけないわよ!さっきの仕返しね、ネズミ!」
「それでは早速、一輪に着てもらいましょう。……そうだわ。それなら、いっそのこと、
このお洋服に合わせた結婚式を調べて実際にやってみようかしら」
「あ、姐さん……」
「もう観念したら?」
「ぬえ~ん……」
「人のセリフ、パクらないでよ!」
水蜜だけは嬉しそうに、まだ嫌がる一輪をにこにこと見ていた。
* * *
一輪は本堂の中に敷かれたバージンロードの上を雲山と一緒に歩いていた。
もちろん、一輪はあの白いウエディングドレスに身を包んで、顔はベールで隠している。
歩いているとは言ったが雲山は一輪の横でふよふよと浮かんでいるだけだ。
白蓮達が調べた話によれば、花嫁は父親と一緒にこの布の上を歩いて、神父の下まで行くそうなのだ。
本当に一輪の父親というわけではないのに、さっきからおいおいと泣きながら雲山は一輪の横を漂っていた。
ベールで隠し、伏せながらバージンロードを歩く一輪の顔は、誰にも見せられないほどに真っ赤になっていた。
(どうして……どうして、こんなことになったのよ!いきなり結婚式だなんて……!)
道の脇では星とナズーリンが小さく拍手をしながら、二人を見守っている。
(そもそも相手もいないのに……この道の先には誰が待っているのかしら)
神父を演じるために神父の格好までしてノリノリの白蓮は聖書を見ながら、念仏のように誓いの言葉の練習をしている。
(いるわけがないとわかっているのに、この道の先にあの娘がいることを少し期待してしまっている。恥ずかしいわね……)
花嫁は神父の前に送り届けられた。
顔を上げた一輪の前には神父の服を着た白蓮だけが立っていた。
「新郎はいないの。ごめんなさい」
「いえ、神父様にこの晴れ姿を見ていただけるだけで十分です。私は雲を操る女。晴れになれただけでも光栄なことですから」
そう、自分は雲。誰のところにも留まらず、漂うのが性に合っている。
だから別になんとも思わない。
地面がわずかに濡れているのも、雲がただ雨を降らせただけなのだ。
その時、表の扉が大きな音を立てて開かれた。
「花嫁を、奪いにやって来ました!」
セーラー服の少女が、そこには立っていた。
「え……?」
「遅いですよ、村紗。このまま来ないのではないかと少しドキドキしていました」
「真打は遅れてやって来るものだろう、ご主人様」
水蜜はバージンロードを一歩一歩と踏みしめて、一輪に近づいていく。
「早苗に見せてもらった映画の通りね。やっぱり花嫁は待っているよりも奪いに行かなくちゃ!」
扉の陰からひょっこりとぬえが顔を出している。
「ムラサとぬえがこの話を持ち出した時にはどうなることかと思いましたが、どうやら上手くいったようですね。
一輪に着させたいからと、わざわざ外の世界のドレスまで用意させて」
白蓮はそっと目線を星とナズーリンに向ける。
「私の力をフル活用させてもらいました。『花嫁が最も幸せな姿』が財宝になるなら、幻想入りさせることも可能なはずです」
「それを探してきたのは私だよ。またいつもの道具屋にあったから、譲ってもらうのが大変だったけどね」
一輪の前に立ち塞がっていた雲山は、すっと霞のようになって姿を消した。漢は涙を見せてはいけないのだ。
そうして、水蜜は一輪の前に辿り着いた。
「ごめん、これがやってみたかったの」
「……後で百発殴るわ」
「いいよ、一年に一発、少なくとも後百年は一緒にいてくれるなら」
「きゃ」
ドレス姿の一輪を抱き上げ、水蜜はまだ神父を続ける白蓮に向き合う。
「神父様、私はこんなヴァイキングですが、私達を祝福してくれますか」
「この神様はわかりませんが、私は誰に対しても平等です。ああ、愛の世界に光が満ちる」
白蓮は聖書を閉じて横に置くと二人に尋ねた。
「村紗水蜜。雲居一輪。貴方達二人は、その健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、
富める時も、貧しい時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、
その命のある限り……ムラサはその魂のある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
「誓います」
>怒ったナズーリンのグルグルパンチは一輪に頭を手で押さえつけられているせいでただ空を切るだけであった
そしてナズも可愛いよ!
>一年に一発、少なくとも後百年は一緒にいてくれるなら
このセリフいいなぁ…
6月1日からムラいちを連想して即座にジューンブライドSSとか、他の誰に書けただろうか。
今日は本当に良い日だ。ごちそうさまでした、そしてお二人さんいつまでもお幸せに。
百年と言わず千年でも万年でもお幸せに。
この結婚に異義を唱える人は南無三されるなwww
ナズーリンの届かないぐるぐるパンチ……! すみません!あなたの弟子にしてください!
いろいろコスプレさせてウエディングドレスまで着せて。次はいったいどうなるんだ!
6月1日はムラ一の日か!盲点だった。くそっ!こうなったら……!
なんて破壊力だ……