さわさわと風が吹く。
雲は天高く、陽光は燦々と。
季節は春、春告精は己の存在価値を見せつけるようにはりきり、地には桜、空には弾幕の花が開く。
人里は深い雪に閉ざされた冬の終わりを歓迎し、その間に停滞してしまった交流を再開した。一方で妖怪側は、氷精が冬の妖怪と別れの挨拶を行い、スキマ妖怪は冬眠明けとしてその式に布団から追い出されていた。
そんな春爛漫の幻想郷、人里から離れた草原の真ん中で、一人の黒白衣装の魔法使いが大の字になり転がっていた。
表情はあどけなく、静かに目を瞑ってさわさわと風に吹かれるまま寝転んでいた。
被っている帽子の一角や、エプロンの裾が思い出したように揺れるなかで、むにゃむにゃと微睡んでいた。
普段ならば爆弾さながらの行動力を持つ魔法使いも、優しく包み込むような春の陽気に負け、久方ぶりな外での午垂を楽しんでいた。
そんな魔法使いを最初に見つけたのは、八ツ目鰻の屋台を営む夜雀だった。
八目鰻は食べないくせによく飲みにくる魔法使いは、屋台の常連であり、夜雀の記憶にも強く残っていた。最近商売っ気を出し始めていた夜雀は、挨拶だけでもしておこうかと高度を下げた。
元気よく右腕を虚空に突き出しながら、夜雀は挨拶をするが、完全に夢の世界に旅立ってしまっている魔法使いはそれに気付く様子もなく、モゴモゴと動くだけであった。
無視された、とでも思ったのか夜雀は頬をぷくーっと膨らませるが、それも長続きせずにいきなり大きなあくびをすると、何を思ったのか魔法使いの傍らでころんと転がり寝息をたてはじめた。
一陣の風が通り抜け、二人の衣服と帽子をさわさわと揺らす。
それと同時に、その風に乗ってきたかのように氷精が後頭部から地面に落着し、二度三度バウンドしてから傍らの木に顔面から叩き付けられた。
いい角度で入ったように見受けられたが、どうとでもないように木から己を引き剥がし、憤懣やる方なしといわんばかりの表情で天狗への恨み言(というよりは負け惜しみ)を口にする。
一通り口に出してすっきりしたのか、はじめて周囲を見回す。
目に入ってきたのは寝息を立てる魔法使いと夜雀だった。
首をかしげ、なぜこんなところで寝ているのか不思議に思いつつ氷精は二人に近づいた。
気持ち良さそうに寝る二人を見て、最初に悪戯をしてやろうかと思い、次に興味が湧いたのか夜雀の隣に寝っ転がり、二人と同じように目を瞑ってみる。
………しばらく静かだったのだが、寝付けなかったのか氷精は勢いよく起き上がり、口を歪ませながら魔法使いににじりよっていった。
大きく足を開き、腕を組んで不敵な笑みを浮かべながら、さてどうしてくれようかと氷精は魔法使いを見下ろしていたが、突然魔法使いが手を前にかざした。
かざされた手のひらを眼前に突き出された氷精は、何が起こったのか分からず目をしばたかせる。
が、寝惚けたように呟いた魔法使いの一言と共に星屑がその手のひらから吹き出し、哀れ氷精にその全てが直撃した。
威力だけは普段の弾幕ごっこと変わらないものだったそれは、氷精を前後不覚にするには充分なものだったようで、目を回しながら氷精は草むらに身体を投げ出した。
再び風が大地を駆け抜け、さわさわと草を揺らす。
それと共に、嬉しそうに午後のオヤツを歌う歌が流れてきた。
尻尾を振りながら丘の上を目指して歩いてくるのは、スキマ妖怪の式の式である化け猫だった。
式は昼間、朝御飯が終わってからオヤツまでの時間を外で過ごしている。自らが管理する(そう主張している)猫の村で昼食をとった後は、オヤツの時間まで昼寝をするのが式の日課であった。
が、いつもは閑散としているお昼寝スペースは、今日に限って大混雑の様相を呈しており、式は目を丸くする。
はて今日は何かあっただろうかと、腕を組んで思案に耽ってみるものの心当たりは皆無であった。
しばらくうんうん唸っていた式であったが、やがて目が少しずつ落ちてきてトドメとばかりに顎が外れるのではないかと心配になるよいな大あくびをする。
そのまま四つん這いになり、丸くなって寝息をたてはじめた。
風が四重奏になった寝息をリズムのように運ぶ。
今度はそこに、蟲が一匹迷い込んできた。
先ほどまで氷精と一緒だったのか、大の字になってヨダレをたらす人物を見つけ安堵の表情を浮かべる。が、即座に周囲の状況をつかめなくなって首をかしげた。
いつも静かであるはずの草原に、人妖入り乱れて雑魚寝しているのだ。不思議に思わない方がおかしい。
少し考え込むものの、一陣の風が通りすぎると共に例によって例のごとく大あくびをする。
口を閉じてから半目になり、目を擦ってからキョロキョロと周囲を見回す。
式と夜雀の間に若干の空間があることを見てとると、そこにマントでくるまって横になる。
程なくしてすうすうと比較的おとなしめの寝息をたてはじめた。
それを待っていたかのように草原のそこかしこから蝶が現れ、寝息をたてる光の蟲に我先にと群がる。
しばらくのちに、まるで蝶の塊のようになってしまった何かが、寝苦しそうな声をたてていた。
風が吹く。どこからか舞い上がったのか、花弁が数枚それに混ざっていた。
そして彼女が現れた。
日傘をさしたいつもの格好で、いつものような笑みを浮かべながら。
一歩一歩、花を操る妖怪は人妖ごたまぜで昼寝をする一団に近付いていく。
前髪と傘で作られた影で、目元を窺うことはできない。しかし、もしここで誰か一人でも起きていたのならばこう思ったであろう。
即ち、ヤバい、と。
春の陽気に完全に屈服しているのは、良いことなのか悪いことなのか、第三者がいたところで判別はつかなかっただろう。
花の妖怪は、にっこりと(それこそ背筋が凍るような)、花の笑顔を浮かべているのだ。下手な妖怪なら、恐怖に凍りついて動けないだろう。
ゆっくりと、雑魚寝の広場に足を踏み入れた花の妖怪は、周囲を笑みを浮かべたまま睥睨し………傘を一回転させ、地面をぺし、と叩いた。
数瞬の後、薔薇まみれになった小高い丘の上は、怒号と弾幕と悲鳴が入り交じった地獄絵図となるのであった。
>弊倪
睥睨か俾倪の誤字なのか、このままであってるか分からないけど一応
あやふやですみません
ご指摘どうもです。もっと推敲しないといけないですなぁ(汗
しかしどうやったら『弊倪』なんつう言葉が出てくるんでしょうか……?