警告
劇中に書き手の《趣味的独自設定》が登場します。
その手の独自設定が許せない性質の方は、これ以上ご覧にならない様お願い申し上げます。
あの人は誰だろう。
可愛い傘を差して赤いチェックの服を着た、緑の髪の女の人。
いつも向日葵畑の方からやって来て、いつも一人で里を歩いて。
何となく人間じゃないみたいから、あの人も慧音先生の知り合いなのかな?
わたしはそんな事を思いながら、その綺麗な人をずっと見ていた。
ずっと、物陰から。声をかけるのは凄く恥ずかしかったから。
――――とても、眩しく見えたから。
何日かに一度、人里に下りて細々とした物を買い込む。
いくら妖怪と言っても何も持たずに生活なんてできない。
必要な物はごく少量、片手で持てる程度。
用事が終わったらすぐに出て行こう……人の目が、人間の視線が、怖い。
建物の影から、店屋の窓越しに、わたしを見ている視線が怖い。
――――そう、怖い。
わたしは妖怪の中でも指折りに強い。
そんなわたしが恐れるもの。
それは拒絶、それは嫌悪。
嫌われたくない。
いくらそう思っても、わたしは人に酷い事を言う、酷い事をする。
それはわたしと言う妖怪の本性。
いっそ向日葵畑に篭ってしまえば良いのに、必要な物を買うんだと言い訳をして人里に出て来てしまう。
脅かしたいから? 苛めたいから?
違う。
誰かに声をかけて欲しい。
気取った言葉でなくて良い、何でも良い。
『十日前にも来てたね』
そんな他愛も無い事で良い。
『何処に住んでるんだい?』
そんな普通の事で良い。
『今年の冬も寒いね』
そんな当たり前の事で良い。
だけど、そんな言葉にさえ、待ち望んだ言葉にさえ。
わたしは満足に、思った通りの言葉を返せない。
返してどうなると、そう考えてしまっているのかも、知れない。
里から帰るその足取りは重い。
気付けばわたしは、慣れ親しんだ太陽の丘への帰り道ではなく里端れの寂しげな道を歩いていた。
このまま行けば神社に行き当たる。
気付いてしまえば、足取りは環を掛けて重くなった。
以前に神社に赴いたのは、確か。そう、二ヶ月前の事。
二ヶ月前、わたしは彼女に挑んで、負けた。
巫女は負けたわたしに、確かこんな事を言っていた気がする。
『負けは負け。挑みたいならいつ来たって良いわよ。退屈だし』
莫迦にして……どうせあの巫女だって、わたしの事を迷惑な妖怪の一人としか見ていない。
意趣返しをする予定も無く、ではどうして神社に向かっているのか。
結界の際、幻想郷の端の地、そこにその小さな神社は存在する。
わたしが知る限り、この神社は儲かっているとは思えない。
里からは少し遠い上に、道中には獣や妖怪も出る。
運の悪い里人なら、神社に辿り着く前に喰われてしまう程度には危険な道行き。
その博麗神社の境内に、いつもの様に巫女が居た。
掃きもしない、掃いても適当で終わらせる。ただ見せ掛けに近く箒を持った巫女。
紅と白の纏いもの、歳不相応の艶めいた黒髪、わたしを恐れすらしない勁い瞳。
悔しいけれど可愛い、そして綺麗。
どれだけわたしが微笑んでも手に入らない姿を自然に纏う、少しならず羨ましい。
少しでも迫力を出そうと敢えて石段から歩いて現れたわたしに、巫女は呆れ返った様な顔を向けた。
どうせまた、人の事を――――
「前の挑戦から二ヶ月は経ってるわね。修行でもしてたの?」
――――え?
確かに前に挑んで負けた時から二ヶ月ほど経っている。
人間なら 『次は勝つ』 とか言って修行に打ち込むかも知れないけど、
わたしが知る限り、この巫女の周辺にそんな人間なんて、居ない。
巫女の近くに居る人間と言うなら、あの魔法使い。
わたしと同じ煌く極光を、わたしと互角に支配する反則じみた人間。
だけどあの魔法使いが修行なんてする筈ないし、巫女に至っては絶対に無い。
そしてそもそも、妖怪に修行なんて物は縁が無い。
なのにどうして、そんな事を。
「ああもう、そんな所で突っ立ってないで入りなさいよ」
気が付いたら巫女の顔が正面にあった。
巫女はわたしより背が低いから、自然、わたしが見下ろす形になる。
入れと言われても。
わたしは前に戦った時に
『わたしが勝てば中に入れて貰うわ。負けたら帰ってあげても良いけど?』
と言ってから定番のスペルカードルールで勝負して、負けた。
負けたのだから、わたしは中に入るわけには行かない。
「なに? 前回の約束を律儀に守ってるの?」
この巫女は人の―――妖怪だけど―――の心を読めるとでも言うのだろうか。
立て続けに色々と考えてしまった所為で反応に困るわたしの顔を、巫女が覗き込む。
顔が近い――――
こうして近くで見ると、巫女はやっぱり可愛い。
可愛いのに、でもどこか大人びた艶やかさがある。
その同性でも取り込まれそうな顔を巫女は盛大に顰めていた。
顔全体に 『気に入らない』 と書いてある。
――――ああ。やっぱりわたしは嫌われている。
「ああもう、見た目に似合ず頑固な……なんでこう傘持った妖怪ってのは人の言う事を聞かないかな……」
そう言われても、わたしが頑固なのは性分。
傘を持っているのと人の言う事を聞かないのには因果関係なんて、無い筈。
大体、妖怪が人間の言う事を大人しく聞く道理なんて、最初から無い。
その傘を持った妖怪。
わたしの数少ない友人―――そう思っているのはわたしだけかも知れないけど―――の紫に言われた事。
『そんなに寂しいなら霊夢の所にでも行けば良いじゃない。霊夢は私の■■■だから、あげないけど』
だけど結局こうなった。
巫女はわたしの事なんて、その辺の迷惑な妖怪の一人としか――――
「面倒だから一勝負よ。単純明快一回勝負。内容は――――」
そうしてまた、巫女はわたしを追い出す。
この巫女は強い。
人間の癖に強い。
人間だから強い。
巫女も魔法使いも、ただの人間の筈なのに強い。
いつでも自信に満ち溢れていて、わたしの様な力在る妖怪でさえ気にも留めない。
また負ける。また追い返される。また拒絶される。
それでも良い。
たとえ巫女や魔法使いやメイドに負けても弱さの証明にはならない。
彼女たちは人間の枠に収まらないほどに強いから。
そう。わたしはこの時点で、負けて帰る事を確信していた。
だけど―――――
「―――うん。勝負の内容は『胸の大きさ』。はいわたしの負け。入って良いわよ、幽香」
――――あっさりとそう言って、巫女は笑った。
「な、何を言って……」
「何を言うも無いわよ。勝負の内容は胸のサイズって言ったでしょ?
わたしとあんた、どっちが大きいかなんて誰でもわかるわよ」
いやー、我ながら自虐よねー。なんてからりと笑って、巫女はわたしを手招いた。
「ほーら、あんたが勝ったんだから遠慮せずに入んなさいよ、外は結構寒いんだし」
違う、手招かなかった。
わたしがその手を取るかどうかなんて関係ない。
呆然としているわたしの腕を鷲掴みにして、ぐいぐいと引っ張って行く。
こっちの都合とか心境なんて微塵も考えない、妖怪の地力なんて意味が無い。
抵抗すると言う行動さえ思い浮かべられなかったわたしは、いつの間にか床の上に引っ張り上げられていた。
いつ靴を脱いで傘を置いたのかも覚えていない。
……ただ、巫女に何か怒鳴られながら、やけに手馴れた動作で靴を脱がされた気がする。
その時にレミリアがどうだとかルーミアが何だとかチルノがあれだとか言っていた気がするけど……。
「ほら、炬燵入って待ってなさい。お茶ぐらいなら淹れたげるから」
茫然自失も許容限界なわたしを畳の部屋に置き去りにして、巫女は奥へと消えた。
確かに炬燵はある、入り方だっていくらなんでも知っている。
―――実際に入るのは初めてだけど。
居心地悪気な何かを感じながら、わたしは言われた通りに炬燵に入った。
もそもそと入り込んで、掘り下げられた側に足を伸ばす。
「はぁ……」
……暖かい。思わず溜息が漏れた。
心持ち深く入り直し、子供のように肩近くまで潜り込む。
……暖かい。
天板に顎を置いてふにゃりと崩れる。
自分が酷く子供っぽい行為に及んでいる事は既に意識の外だった。
……暖かい。
いつの間にか泣いていた事なんて、絶対に知らない、覚えてない。
「あ、れいむがつれこんだおんなのこをなかしてるー」
唐突に声が聞こえた。
きゃんきゃんとかん高い、正真正銘の子供の声。
泣かされてない、泣いてない、そもそも連れ込まれてない。
一体何処のお子様なのか、わたしが気付かないうちに現れて、事実無根の事を言うのは。
がばっ、と崩れた顔を上げたその先に、純和風の炬燵に似合う紫の着物の女の子が居た。
零れる髪は金色、愛らしい顔に悪戯めいた微笑を湛えた、衝動的に連れ去りたくなる小さな小さな少女。
違う。
それは少女と言うには幼くて、幼女と言うには大人びた、不可思議な空気を絡め纏った女童。
どこかで間違いなく見た事のある、だけど今の時期には眠っている筈の。もう一人の“傘持つ最強”。
そんな筈は無い。
この寒い時期。彼女は今、眠っている筈。
そもそも彼女は、わたしよりもすらりと背の高い――――
「聞こえが悪い事を言わない。いつ来たのゆかり」
「さっき」
――――筈、なのに。
「あ、そ。丁度良いから幽香の話し相手してあげて。お茶菓子取って来るから」
「はぁい、れいむおねえちゃん」
ゆかり、と。
急須の湯飲みを載せたお盆を炬燵の天板に置いた巫女は、確かにそう呼んだ。
呼ばれた女童は少しだけ舌足らずな声で、その姿に相応い、拙い響きの言葉を返す。
「わざとらしく幼女化しない」
苦笑いを残して、巫女はもう一度奥へと消えた。
「紫、なの?」
「そうよ」
ふ、と。
巫女の気配が遠ざかるなり、女童の声は唐突に大人びたものに変わった。
聞き慣れた大妖おおあやかし、八雲紫の声。
わたしがどれだけの妖力を振り回しても絶対に届かないと思い知らされた、反則の極みの様な妖怪。
「今日は新暦二月二十七日、旧暦一月十日。旧暦一月は立派に“春”よ。
私が春に起きている事がそんなに不思議?」
その姿が女童だと言うのに、否、女童だからこそ。
くすり、と常に見せるその笑みは、より妖しく艶かしかった。
「言った通り、霊夢の住処ところに行くと良い事があったでしょう?」
「……ええ」
紫相手に強がっても仕方が無い。
どうせさっきの溶け崩れた姿を見られてしまったのだから、もう全部が今更。
「とは言っても霊夢は切っ掛け。あの娘は幻想郷の人間側のカタチだから。
あとは貴女の努力次第……でも方法は掴めた筈。違う?」
掴めた筈と言われても、わたしは何も掴めてない。
その思いが顔に出たのか、紫はふふ、と笑んだ。
「貴女は嫌われてなんていないわ。そう、幻想郷はすべてを受け入れるもの。
―――前にそう言わなかった?」
聞いた記憶が在る。気がする。
そう、確か紫はそれを指して――――
「それはそれは惨酷な話、でしょう?
拒まずに、否定せずに、責める事もなく、ただ受け入れる。
真綿で縛られるのは、鋼で縛められるよりずっと辛い事。
――――優し過ぎると、それでもひとは死んでしまうもの」
優し過ぎて死んでしまう。
そんな事、考えた事さえなかった。
優しいものに触れる事が在ったのかと自分に問いかければ、成程、考えた事がなくても当たり前。
結局それは、八雲紫だから言える事で、それをわたしが理解するのはとても遠い。
……わたしがそう考えてしまう事さえも紫には見えていたのかも知れない。
「それでも不安ならアリスちゃんに逢うと良いわ。きっと貴女の手助けになってくれるから」
アリス、森に住む人形師。
人里で人形劇をしているのを遠目に見た事もある。
あの魔法使いを照明係に扱き使っていたのを、よく覚えている。
でも、それが何だって……
「私の知り合い―――ちょっとした集まりで知り合ったんだけど―――の娘なのよ、あの娘。
昔は人間相手に人形劇なんて考えもしなかったらしいけど、
ちょっとした事がきっかけで“ああ”なったの」
貴女も知ってる森の爆撃魔砲使いに発破でもかけられたのかしら?
始まりなんて単純よ。
何処かの館に人が集まったりするのと同じ。
酷く単純で如何でも良くて在り来たりで莫迦莫迦しい日常の一幕。
そう言って意味有り気に嗤う紫。
彼女が、わたしの知っている紫だったのはそこまでだった。
巫女が―――ううん、霊夢が持って来てくれたお茶菓子を嬉しそうに頬張るその姿は。
見た目に相応しい幼く稚い、とても可愛らしい姿。
「ゆうかもね、ときどきあたしみたいにはしゃぐとたのしいよ。
さっきこたつでふにゃふにゃになってたみたいに」
「あんたのはやり過ぎよ。ああほら、ほっぺた付いてる」
ゆかりの口元を優しく拭う霊夢の声は、姉が妹を窘める響きにも似た声音。
髪の色も瞳の色も違うのに、本当にこの二人は良く似ている。
「ゆうか?」
「幽香?」
くるりと振り向いた二人の顔は、とても眩しくて、暖かくて。
「ちょっと幽香! あんた何いきなり泣き出してるのよ!?」
「ゆうかゆうか、れいむはみこだしはくれいだけどこわくないからなかなくてもいいんだよ?」
「さり気無く事実無根で失礼千万な事言うなっ!」
――――ああ、そうか。わたしが、あの向日葵畑に住み着いたのは。
「お茶渋かった? それとも何か喉に詰まった? こら幽香! 幽香ってば! 返事しなさいよっ!」
「ゆうか? ちょっとゆうか、ほんとうにどうしたの?」
同じだから。あの子達と、あの向日葵たちと同じだから。
同じものと一緒に居るのが、とても心地良かったから。
「何でもないの。ただ、ただ嬉しくて」
ただ、暖かい光に恋焦がれたから。
零れた涙は、溶けてしまいたい程に暖かかった。
こういう暖かい話って本当に良い!
しかし旧版とはいえ幽香ってアリスの初登場に立ち会ったような・・・
まあいい話ですが
なんだか視界がかすむどころじゃなくて、ぐちゃぐちゃになっちゃったのですけど(汗
これは反則的に優しすぎます。ありがとうございました。
感想、有難う御座います。
『凄い好き』……直球の感想は凄く照れます。
暖かい話なのは本人の性格の所為です。と言うかこの手のしか書けません。
蝦蟇口咬平さん
感想、有難う御座います。
ウケじゃないですよー。単に私が小さい女の子が好きなだけで。和服も。
旧版は流石に未経験なので深く考えない事にしてます。幽香も新版ですし。
あざみやさん
感想、有難う御座います。
ええっと……時期ですし、花粉でしょうか。違う? 失礼しました。
新説、花粉症は幽香の幸せオーラが原因だった……と言う事で、一つ。
幼女ゆかりんに悶えたw