※前作「春がくる」の続きです。微妙に。
リリーホワイト。
春を運ぶ妖精。
春になるとどこからともなくやってくる妖精。
彼女の通った後には、色とりどりの綺麗な花々が咲き誇り、
人間の里の人々をことのほか喜ばせる。
春の使徒。
それがリリーホワイトである。
「春を告げにきたわ。」
幻想郷と外の世界の境界。
博麗神社に彼女は今年もやってきた。
目一杯の春を引き連れて。
「今年もよろしくね、リリー。みんなに春を伝えてあげて。」
「もちろんよ、博麗の巫女。それが私の役目だもの。」
「ついでにここの桜も咲かせてくれないかしら。」
「おやすい御用よ、人形遣いさん。今日は春を祝って宴会かしら?」
「ええ。あなたも参加するわよね?というか、しなさい。
今年も元気なあなたを歓迎する会にするから。」
「嬉しいわ。時間は夜から?みんなのところへ一端挨拶に行ってきたいの。」
「挨拶しながら声かけてきなさいな。そうすれば、あなたが戻り次第始められるから。」
「ありがとう、素敵な巫女さん。それじゃ行ってくるわね。」
「あぁ、そうそう。レティがこの前からあなたのこと待ってたわよ。暖かくなってきたから。
春がきたら行かなきゃって言ってた。一番に行ってきた方がいいんじゃない?」
「そう。レティは今年もどこかに行くのね。わかったわ。
1年に1回、私が春を伝える日にしか会えないし。
今日もいつもみたいにレティが行ってしまうまで、一緒にいようかしら。教えてくれてありがとう。
お礼を兼ねてご要望にお答えするわ。」
リリーはその場で優雅に両手を広げて1回転。
彼女の羽から春の光があたり一面を照らし出す。
「それじゃ行ってくるわね。」
リリーが飛び去った後には、見事に咲いた桜が神社を華やかに彩っていた。
紅魔館の近く、とある湖をねぐらにする妖精がいる。
チルノ。氷の妖精。悪戯好きの元気者。
その明るく愛らしい性格は妖精、妖怪、人間問わず人気がある。
たまに元気が過ぎて周りに迷惑をかけるときがあるが、
それすらも彼女の魅力の1つといえよう。
そんなチルノは今日、普段の元気がなかった。
春が来た。それは嬉しい。氷の妖精とはいえ、やっぱりみんなが明るい春は好きだ。
しかし、1つだけ哀しいことがある。
それは寒さ、というチルノと共通点を持つ冬の妖怪、レティ・ホワイトロックが
春の到来とともにどこか ― 誰も知らないどこか ― に行ってしまうからだった。
レティは冬の間しか活動しない。暖かくなるとどこかへ行ってしまうのだ。
冬眠ならぬ春眠といえばいいのか。
冬の間中ずっと一緒にいたレティ。
チルノにしてみれば、近所のお姉さんといったところ。
親友の大妖精とチルノとレティと。
冬はいつも三人で遊んでいた。
そのレティがしばらくいなくなってしまう。
それが哀しい。
「レティ、今年も行っちゃうの?」
「ええ。春が来たらね。」
「ちぇっ。つまんないの。また大ちゃんと2人きりかー。」
しょんぼり顔でチルノ。レティは思った。正直、お持ち帰りしたい。
「大妖精以外にもルーミア、ミスティア、リグルがいるじゃない。
サニー達だって誘えば一緒に遊んでくれるわよ?」
自分だって、このかわいい妹分と離れるのはつらい。
しかし、冬の妖怪として、自身の存在意義として、
春はいられないのだ。
幻想郷内で冬眠ならぬ春眠をしてもいいのだが、遊べないことに変わりはない。
おしゃべりくらいならできるかもしれないが、それでも非常に力を使ってしまう。
それになにより、暖かな春を楽しみにしている人や妖怪達に、
再び冬をもたらすのはどうも忍びない。
自分は冬の妖怪。それは、冬以外の季節に活動することを許されていないことと同義である。
冬に生きる。それが私のルール。
「ルーミア達と遊ぶのも楽しいけど、レティがいればもっと楽しい!」
・・・本当に連れて行っちゃおうかしら。
レティは心の底から思った。
なんとかわいらしい。お馬鹿な子ほどかわいいと言うが、
この子はまさにそれである。
春の間、ねぐらに連れ帰って思う存分に愛でたい。
そして、来年の冬までにはこう呼ばせるのだ。
お姉さま、と。
ぐふぐふぐふ、いやらしい笑みを浮かべるレティ。
黒幕たるにふさわしい不気味な顔であった。
「こんにちわ。」
タイミングがいいのか、悪いのか。
妄想特急大暴走中の不思議空間に柔らかな声がかけられた。
空間内の2人は揃って上を見上げる。
チルノはキョトンとした顔で、レティは驚愕に目を見開いて。
そこにいたのは、春を運ぶ妖精リリーホワイトだった。
「お久しぶりね、2人とも。今年もまた会えて嬉しいわ。」
「おー、リリー!春が来たのかー!?」
「・・・今年は少し早いのね。」
久しぶりに会う友人の挨拶に輝かんばかりの笑顔で答えるチルノ。
何かをごまかすようによそよそしいレティ。
妄想中に声を掛けられることほど恥ずかしいことはない。
反省。
「ええ、暖冬だったから早くに冬が明けたの。レティ、今年も行くの?」
「もちろん。私は冬の妖怪。春に私の居場所はないわ。」
「そう。じゃあ、また今日しか一緒にいられないのね。寂しいわ。
あなたとは一度、一年中思い切り遊んでみたいものね。」
「それは叶わぬ夢よ、リリー。私が冬で、あなたが春である限り。」
「なら、今日ぐらい一緒におしゃべりでもしましょう。いつものように。」
「ええ。今日一日、一年に一回、あなたが春を伝えにやってくるこの日だけが、
私とあなたの約束の日。一緒にいましょう。いつものように。」
2人の挨拶。毎年のように行われる儀式。再会と別れの挨拶。交し合い、微笑み合う。
長年の親友同士の交流。1年にたった1度しか会わずとも心は通い合っている。
幻想郷に知り合いは数多けれど、浅いようで深い、知らないようで知っている、
そんな関係はお互いにお互いしかいなかった。
「あたいも一緒にいる!」
チルノが叫ぶ。大好きなレティといられるのが今日まで。絶対、今日は離れない。
これも毎年のことだった。
「ええ、もちろんそのつもりよ、チルノ。」
レティとリリーの声が重なる。これもいつものことだった。
ふわふわふわふわ。ふわふわふわふわ。
3つの影が空を飛ぶ。幻想郷内のどこからでも見えるように、くまなく空を飛び回る。
それはおなじみの光景。春が来たことを伝える光景。
リリー、レティ、チルノ。
楽しげに空を舞う。
3つの影が絡み合い、もつれ合い、解け、また重なる。
これは合図。春の合図。そして、宴会の合図。
しばらくの間、去り行く友の送迎会。
しばらくの間、留まる友の歓迎会。
春の宴会。始まりの宴会。
さぁ、今日も楽しく騒ごう。
この春の始まりの日に。
何はともあれ、爽やかな作品ありがとうございました。
落ち着いた話し方をするリリーって珍しいかも…