「こんにちは美鈴、はいどうぞ」
そう言いながらアリスが綺麗に包装された箱をくれた。
「ありがとうございます、いつもに増して豪勢(?)ですね」
私は受け答えをしながら、それを受け取る。本当に綺麗な箱である。
アリスは紅魔館に立ち寄る際にお土産の洋菓子を持ってきてくれる事が多い。
元々は館内の図書館にいる魔法使いと、その使い魔のために持参していのだが、
親しくなるにつれて門番である私の分まで作ってくれるようになったのだ。
今や彼女のくれるお菓子は仕事の合間のオアシスといっても過言ではない。
しかし、今日のそれは何だかいつものよりも気合いが入っているようだ。
何かいい事でもあったのだろうか?
私が不思議そうにしているのが可笑しかったのだろうか
「今日はバレンタインデーよ、美鈴?」
彼女は少し笑いながら私の疑問に応えてくれた。
しかし、その言葉は私にとっての解答にはならなかった。
「バ、バレンタインデー?」
聞き慣れない言葉だったので彼女に聞き返してみる。
まるで人間の里にある寺小屋の生徒である。
「そう、バレンタインデー」
そう言うと、アリスはまるで寺小屋の慧音さんのように、私に今日という日の簡単な説明をしてくれた。
彼女曰く、外の世界では2月14日に好きな人にプレゼントをする風習があるとのこと。
そう言えば、以前宴会の席でスキマ妖怪がそんな事を話していた気がする。
あの日は一緒に飲んでいた咲夜さんが酔い潰れてしまい大変だった記憶がある。
「それなら、私なんかが貰っても大丈夫なんですか?」
アリスには意中の人がいた筈、その人を差し置いていいのだろうか。
「大丈夫よ、ちゃんとあの子にも渡す予定だし」
彼女は少し頬を赤く染めながら応え、更に言葉を続ける
「それにあなたの事も好きよ?美鈴」
もしあの白黒に聞かれると、誤解されてしまうであろう言葉を彼女は言い放つ。
「私も好きですよ、アリス」
冗談とはいえどうしても顔が赤くなってしまう。
これではまるで本当に告白し合っているようだ。
「じゃ、そろそろ行くわね」
そう言い残すと彼女は赤い顔のまま図書館へ向かって行った。
おそらく彼女は先ほどのやりとりを図書館でも試すだろう。
図書館の主はともかく、使い魔の方はあたふたしそうだな。
ふふ、白黒のやつもなかなか大変な人に惚れてしまったみたいだ。
「バレンタインデーか…」
あの人は私に何かくれるのだろうか。くれたら嬉しいな。
しかしあの日は酔い潰れていたし、望みは薄いかも。そうだとちょっと寂しいな。
いや、もし知らないなら私からプレゼントすればいいのかも。
でも、何をプレゼントしようか?料理は出来るがあの人の方がより上手だ。
私に出来て、あの人が出来ない事。私にあって、あの人にないもの。
…あぁ、私には「あれ」がある、というより私には「あれ」しかない。
あの人は喜んでくれるかな、喜んでくれたら、私も嬉しいなぁ。
そんな想像をしていると、また顔が赤くなってきたみたいだ。
※※※※※
今日はバレンタインデー、私こと十六夜咲夜は門へ向かっていた。
以前、宴会の席で胡散臭いスキマ妖怪が言っていた外の世界の風習。
話の真偽を確かめたかったが、あいにくあの妖怪は冬眠中なのでそれは叶わない。
仮に起きていたとしても、適当な事を言ってはぐらかされるのが関の山だろう。
そして、既に私は彼女へのプレゼントを作ってしまっている。
この日のために何回も試行錯誤して作った最高傑作である。
作る過程で出来た試作品達を食べ過ぎてしまうという弊害も出たが、
美鈴の笑顔を見るためなら、例え火の中、水の中というやつだ。
それゆえ、いまさらあの妖怪の話の真偽を気にするような段階でもないのだ。
あとは彼女に渡すだけである。本当は午前中に渡すつもりだったのだが、
なかなか決心がつかず渡し損ねてしまった、我ながら情けない。
「…美鈴、はいどうぞ」
「…豪勢(?)ですね」
門の方から話し声が聞こえる、片方は美鈴の声だとわかる。
しかし、もう片方の声の主はわからない。誰なんだろう?
聞き覚えのある声なのだが少し距離があるため、はっきり判別出来ない。
美鈴の声色からして荒事ではないのは分かる。しかし、気にはなる。
もう少し近づいてみよう。私は気配を消して門に近づいていく。
盗み聞きするような形になってしまうが、この際仕方がない。
万が一に備えての事だ、決して野暮な理由なんかではない。
私からは一望出来て、尚且つ美鈴達からは死角になる場所へ移動した。
美鈴と会話をしている声の主はアリスだった。
いつも思うのだが、彼女は美鈴と話し過ぎではないだろうか。
館内の図書館が目的なら、さっさと行けばいいのに、
いつからか無駄に美鈴と話をするようになってしまった。
しかも行き帰りの二回である。おまけに私の美鈴に餌づけまでしている。
私は彼女の事は嫌いではないし、好感すら持っているのだが、
この事に関してだけは、どうも面白くないのだ。
そんな風に勝手な事を思っている矢先の事である。
「…好きよ?美鈴」
頬を赤くしたアリスが美鈴へ言い放つ。
「私も好きですよ、アリス」
同じ様に頬を赤く染めながら美鈴が応える。
手には小奇麗な箱があり、大切そうに持っている。
時間が止まった。勿論、私が能力を使ったせいではない。
気がつくと私は自分の部屋にいた。
どうやらあの後、自分でも時間を止めたみたいだ。
未だに頭の中が整理出来ていない。
なんで、アリスが美鈴を…?そして、美鈴がアリスを…?
アリスには白黒がいた筈なのに、どうして…?
分からない、分からない、分からな過ぎる…
どうしてこうなったんだろう…
美鈴、もう私との事は忘れてしまったの?
…なんて乙女チックな事で悩む私ではなかった。
いや、少し前の私なら本当に悩みこんでいただろう、それは認める。
だが、今の私にはこんな揺さぶりが通じる筈がないのだ。
あの初な美鈴の事、面と向かって本気で「好き」なんて台詞は言えない。
私に対してだって、腕の中で毎回顔を赤くしながら囁くように口にするのだ。
その時の美鈴の可愛さといったら、いうべきにもあらずというやつだ。
そのことからもあの言葉は『冗談』である可能性が高い。でないと困る。
では何故渡さずに撤退したかと言うと、連続して貰ったら印象が薄まるからである。
美鈴の事だから、それでも素晴らしい笑顔でお礼を言ってくれるだろうが、
それでもダメなのだ、私が自力で美鈴の「あらん限り」の笑顔を引き出さないと意味がない。
そのための超高度な戦略的撤退であり、惨めな敗走ではないのだ。
さて、あらためて夕食後でも部屋まで行って渡してみよう。
…よく考えたらそっちの方が何かと都合がいいような気もする、今から楽しみでしょうがない。
※※※※※
今日、私は珍しく咲夜さんと一緒に夕餉を楽しむ事が出来た。
私が食堂に入った時に、偶然会ったのだ。本当に運がいい。
その席で今晩私の部屋に来て下さいと、お願いしたところ
咲夜さんは少し意外だという顔をした後、二つ返事で了承してくれた。
それにしても今日の夕飯のメニューは独特だった。
ヤマイモやらニラやら大根やら妙に精のつく食材が多く使われていた。
いつも激務に励んでいるから、こんなに精のつく食材を使っていたのだろう。
やはり咲夜さんは疲れが溜まっているに違いない。
だから今晩は私が疲れを癒せるように頑張らねば。
運のいい事にマッサージは私の得意分野だ、「気」の能力とも相性はいい。
そう、私の咲夜さんへのプレゼントとはマッサージの事である。
よく門番隊の部下の子達にもしていて、彼女達からの評判もいい。
きっと咲夜さんも気に入ってくれるだろう。
※※※※※
夕食の仕込みはばっちり決まった。
調理場に存在する精の付く食材を全て注ぎ込んだ。
勿論、私と美鈴のための特性料理である。
ちょうど出来あがった頃に美鈴が食堂にやって来た。
勿論、偶然なんかではない。そうなるように計算しての事だ。
彼女の勤務シフトは完璧に把握している私にとっては造作もないことだ。
「あら、美鈴。今から夕飯かしら?」
私は偶然を装い彼女に声を掛ける。
「はい、今からです。咲夜さんもですか?」
嬉しそうな顔をしながら彼女は応えた。
「ええ、そうよ。一緒に食べる?」「一緒にたべませんか?」
声が重なってしまった。口から出た言葉は少し違うが意味するところは同じだ。
こうして私達二人は、先程私の作った特性料理を食べる事になったのだが、
「今晩、私の部屋来てくれませんか?」
食べている最中に、美鈴が私のお願いしようとした事を先に口にした。
今日はやけに先手をうたれてしまう日だ。
「ええ、いいわよ」
断る理由なんてない、二つ返事で了承した。
※※※※※
「今晩は美鈴」
「今晩は咲夜さん」
私は咲夜さんを部屋に招き入れた。
いつもは私が彼女の部屋へ行くので何だか新鮮である。
「では咲夜さん。早速ですが服を脱いでベッドに横になって下さい」
あれ?今、私何か凄い事を言ってしまった気がする。
へっ?咲夜さん。何でこっちに来るんですか?ベッドは向こうですよ?
…ちゅっ、そっ…そんなに嬉しいんですか?あと、何で私の服に手を?
なっ!いきなり何ですか?ふぇ、そっ…そんなつもりじゃ…
ちょっと咲夜さん!落ち着いて下さい…ひゃん…だっ、だから…
「ストッーーープ!!咲夜さん!」
最後の力を振り絞り私は叫んだ。
「何で止めるのよ?美鈴」
咲夜さんは不服そうな顔をしている。
「『何で?』じゃないですよ、いきなり何するんですか?!」
少し涙目になりつつも凶行に及んだ理由を聞いた。
「何って、貴方から誘ったんじゃない」
今度は不思議そうな顔をしている。
「私は誘ってなんかいません!」
彼女は何を勘違いしたのだろうか?
「自覚はないみたいね。…なら、さっきの言葉は何だったのかしら?」
驚いたような、呆れたような顔をして質問をしてきた。
「私は咲夜さんにマッサージを…」
「して欲しいのではなかったの?」
声を重ねられてしまったせいで色々と台無しになった。
「違います!『したかったんです』。いつも忙しそうだから今日だけでも、ゆっくりして
欲しかったんです!!バレンタインデーのプレゼントだったんです!」
「そうだったの…、ごめんなさい美鈴。私はてっきり…」
咲夜さんはそう言いながら私を抱き締めてくれた。
うん、やっぱり咲夜さんは優しい。たまに変になるけれど。
「もういいんです。咲夜さん元気そうですし」
「そんな事ないわよ、後でお願いするわ。だから機嫌直して、ねっ?
「もう変な事しないって、約束出来ますか?」
「…」
返事が返ってこない。
「咲夜さん?」
もう一度聞いてみる。
「…善処します」
信じていいのか微妙な応えが返ってきた。…一応覚悟はしておこう。
「そうそう、美鈴。はいこれ私からのプレゼントよ」
そう言いながら咲夜さんは一度抱擁をとき、
懐から綺麗な袋を取り出し、私に手渡してくれた。
なんだ、咲夜さんもバレンタインデーの事を知っていたんだ。
「開けてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
袋の中身は本当に美味しそうなクッキーだった。
種類も豊富なのだろうか、色んな形をしている。
とても美味しそうですねと、にこにこしながら言ったら、
咲夜さんは嬉しそうに笑いながらクッキーを一枚手にして
「ほら、美鈴。あーんして」
「流石に恥ずかしいですよ…咲夜さん」
嫌ではないのだけど、羞恥心で頭が凄いことになってしまう
「なら仕方がないわね…」
そう言い終わるか否や咲夜さんは持っていたクッキーを自分の口に入れ、咀嚼しはじめた。
…凄く嫌な予感がしてきた、私が何をする気なのかを聞こうとした瞬間。
咲夜さんの顔が私のすぐ目の前に、文字通り眼と鼻の先にあった。
「んんんん――――!?」
最初はただの口付けだと思った。
しかし、咲夜さんの口内から何か甘いドロドロしたものが
私の口の中に運ばれてきた。それは先程咲夜さんに咀嚼されたクッキーだった。
甘くて美味しい…じゃなくて、このままでは息が出来ない、窒息してしまう。
そう思った私は口移しされるクッキーを急いで全て呑みこもうとした。
しかし、私達の身長差のせいでクッキーが運ばれてくるペースが遅い。
そのため、どうしても私からも積極的になる必要があった。
具体的にいうと私の舌と咲夜さんの舌をこう…。これ以上は言えない。
「――――ぷはっ」
咲夜さんは私がクッキーを全部呑みこんだ後もなかなか解放してくれなかった。
しつこく、丹念に私の口内を楽しんだ後に名残惜しそうにして口を離した。
本当に窒息してしまうのではないかと、本気で心配してしまうくらいの長さである。
「咲夜さん、いわなくてはいけない事がありますよね?」
私は呼吸を整えてから、彼女を問い詰めた。
「ええ、美味しかったかしら?美鈴」
「はい、美味しかったです…そうじゃなくて!」
前言を撤回する。この人は優しくなんかない、意地悪なだけだ。
「冗談よ、冗談。調子に乗ったと思っているわ、ごめんなさい美鈴」
「本当に反省してくださいよ?」
「…そんなに嫌だった?私とキスするの」
咲夜さんが悲しげな声色で聞いてきた。
「嫌じゃないですけど、いきなりだと困ります」
前もって言ってくれれば、少し恥ずかしいが大歓迎である。
「いきなりでなかったらいいのね?」
咲夜さんは念を押すように聞いてきた。
「はい、私も咲夜さんとキスするの好きですから」
「ちなみに私の事は好きかしら?」
「…はい、愛しています」
自然と顔が綻んでしまう。
「私も愛しているわ、美鈴」
そう言って咲夜さんは優しくキスをしてくれた。
美鈴とアリスのやり取りに遭遇しても、ふさぎ込まなかった咲夜さんの精神力には心うたれました。
はい、私、よく躾けられております。
という訳でご褒美を(ry
めーさくもいいけどさくめーもいい!
ベッドの下で大人しく「待て」されてるのも限界ですよ!
躾が悪いと言われたら二人にしっかり躾けられますから!!
奇声を発する程度の能力様
1のコメント削除しました。もう一匹の駄犬も来ましたので二匹共々もう一度お仕置きしてください。
じゃあ、改めて2&4は躾が悪すぎるwwwww
少しは自重しなさいwww!まったく、飼い主の顔が見てみたいですよw