長く同じ用途に使われ年を経た道具は、ある種の方向性-意思と言えるかも知れない-が定着すると言うのは、果たして真であるのか。
その様な話を迷惑な友人がさして大事でも無い風に言い、茶を勝手に飲み、茶菓子を勝手に食い散らし、帰って行ったのが先ほどである。
此処にある人形は、大体がどれも古く年を経た道具である。
だが長く同じ用途に使われている物となると、数が限られてくる。
人形は人形で在るだけで、その役目を果たしている場合が多いからだ。だがそれではその辺に転がっている小石と何ら変わりない。
それ以外、何らかの用途となると、戦闘用に作られたからくり人形-マリオネット-、或いは自動人形-オートマタ-がある。文献に拠れば、人間の感情・思考を科学的に模倣した機械人形-ロボット-等も存在するとある。
尚、子供の身代わりとして在る様に作られた物や、供養の為の人形等は、その形成に多分に呪術的な属性付けが為されている故に、方向性が規定され、内外問わず後天的な干渉(これには私が希求する『意志』と呼ばれる物も含まれる)に対してある種の予防策が仕組まれている為、ここでは扱わない物とする。
ここに一つの人形がある。
オーソドックスな西洋人形である。金髪碧眼、全長は地面に立たせた時に私の膝までの高さ。その形成には魔術的な属性付けはされておらず、だがその体躯にはおぞましいまでの邪念が詰まっている。
此れは長く呪術に使われていた物だ。
人形を呪術に用いる場合、大抵は使い捨てる。残しておくと術者に対する反動の媒体になるからだ。その点、これは数少ない例外だった。
全くの素人が聞きかじりの知識を基に人を呪い、結果として穴が二つ埋まった。此処まではよくある話である。
次に本物の呪術師がその時の人形を利用したのだ。
間違った術を行使した結果か、常に反動が既に死亡した元の術者に向かう為、全く危険を冒す事なく術を行使出来たそうだ。
その呪術師は稀代の天才として有名になった結果、最後は真正面からの攻撃によって白昼堂々と始末された。兎角此の世は無常である。
そうして、長く呪術に使われた人形が出来上がった訳だ。
確かにこの人形には、通常では考えられない程の妄念が詰まっている。本来の術者まで届く事が無い反動が人形の中に溜まり続けたからだ。
余談であるが、呪いとは距離や時間を無視して届く術式である事は、ウイチグス呪法典を正しく読んだ方ならばご存知であられると思うが、この呪術と言う物は死者の門を通る事は罷りならず、従って冥界に住む者には所謂呪いと呼ばれる術式は通用しないのである。
ならば悪魔祓いに代表される除霊術や、神懸り、口寄せ(※注釈一を参照の事)等の交霊(降霊)術は、冥府の者に対する一種の呪いでは無いか、等と疑念を抱く方もおられるかも知れぬ。
だが実際にはそれらは距離や時間を排して行う事は出来ず、殊に口寄せと言った物は十中八九インチキであり、実際に行おうとすれば大規模な神殿を使用し、入念な準備期間と、適正を持つ処女の巫女を使い捨てに用いねばならぬし、そこまでやっても特定の霊を呼び出す事は難しい。(※注釈ニを参照の事)
また神懸りは時間、場所、術者の属性、そして特に神の気分気紛れに強く依存し、悪魔祓いに至っては、悪魔が現界し、尚且つすぐ傍にいる時に限り有効な術である。
或いは、厳格な基督教信者の方々には悪魔祓い、即ち神の御業の代行を呪術と看做す向きには反感を覚えるかも知れないが(否、或いは厳格な信者の方は悪魔祓いこそを異端と看做し、呪術と詰るやも知れぬが)、ある事象、事物に対する何かと言った表現する場合、それはある事象、事物から相対して見た物であらねばならぬ故の表現であり、つまりは悪魔にとってそれほどの忌避すべき物であると言う証左であるのだから、どうか御目溢しを願いたい。(※注釈三を参照の事)
話を戻そう。
成る程、ある種の方向性は定着している。
もし呪い以外の用途に使おうとしても、この人形ではまるで役に立たないだろう。かと言って呪術に用いれば、限界まで溜め込まれた反動がいつ暴発するか分からない。(※注釈四を参照の事)
否、焦点は其処ではない。
果たして、その方向性とは意思足りえるか。
意思とは、そう在れかしと規定された存在が、その在り様を自由に規定し直す力である。
ならば、足りえない。方向性の定着とは即ち、属性の後天的な定着である。
与えられた役割をただ果たすその様は美しいが、それは私が求めている自立した人形ではない。
自答し、私は人形を棚に戻した。覗き込んだ無機質な瞳の輝きに、意思の宿りは全く見られない。
扉が開く音に続き、友人の声が聞こえた。彼女は私の了承も待たず勝手に上がりこむのだ。
応対する為、踵を返して部屋から出たその瞬間、
人形が嘲笑う声を、聞いた気がした。
※注釈一
ここで言う口寄せとは、イタコと呼ばれる巫女が行う交霊術(降霊術)の事である。
※注釈ニ
死者の門を開ける術を同時に行使しなければならない為、この様な大規模な準備が必要となる。尚、この術を用いた場合に周囲に予想される被害は、数世紀に渡る人倫の低下、犯罪率の上昇、出生率の減少、畸形児の増加等である。(次元的に近い位相ならば、時折魔界・神界の存在が顕現する可能性も有り)
或いは、歴史の記録から人格を再現している可能性もある。故人から知識や助言を得たい場合はこちらの方が遥かに安全且つ合理的であると思われる。
※注釈三
悪魔祓いとは、信仰に拠って集合的無意識の大海で繋がった人間の力を用いた大人数大規模魔術であり、神の力の顕れでは無いと言う説もある。
詳しくは『あたらしい呪術』p1743、『悪魔祓いから見る基督教系呪術の考察-何故悪魔は銀や水に弱いのか-』の項を参照。
※注釈四
計測した所、その質量に対して保有出来る魔力の割合が限界に近くなっている。暴発すれば森が一つ腐り落ちる程度の危険が予測される為、この人形は近日処分する予定である。
4/2 【九十九論雑記】より抜粋
少なくともSSではないな。