それは満月の照る明るい夜のことだった。僕が通る道には蛍が舞い、手に持っているランプには暖かい炎が宿っている。そう、その日の夜は明るかった。二度目だが、満月が照り、蛍が舞い、そして僕の手にはランプがあった。それなのに僕の目の前の現象ときたら、まったくその風雅を分かってくれないらしい。あまつさえこの僕に尋ねてくるのだ。
「あなたは食べられる人間?」
と。まったく、いったい僕が何をしたと言うんだ。僕はただ紅魔館で本をチョッパって来ただけなのに。そういえば、あの図書館の主は錬金術に精通しているのだろうか? 妙に基礎向けの本が多かったような気が…
「ねぇねぇ、あなたは食べられる人間なの?」
そこでその現象――即ち闇の塊――がまた、今度は焦れたように尋ねてきた。ここで迂闊に食べれるよ、だなんて言えばそれこそ頭から食いつかれるだろう。別に僕には自殺願望や献身奉仕精神はないので、少し芝居を打つことにした。
「食べれるだろうけど、辞めておいたほうがいいよ。並みの妖怪なら泣いて逃げるほど不味いからね。例えば、そうだな…、君は輪ゴムと言うものを齧ったことがあるかい?」
いきなり饒舌になった獲物を見て驚いたのか、一瞬その闇は怯んだように閉口したが、すぐに気を取り直して「ないよ」と答えた。無いならしょうがない。確か前に使ってそのまま余っているのが…あった。
「これだよ。齧ってみてくれ」
得体の知れないものを出して「齧ってみろ」と言われれば、大抵の動物は怯むだろう。が、この闇はどうやら好奇心の割合が多いらしい。僕の手の上から輪ゴムを掠め取っていった。その時見えた手は華奢で、多分少女のものだろう。声も高いし、確かだと思う。…これでは僕が少女を見る目に於いては他の追随を許さないように聞こえてしまう。決してそんなことはないが。
「…ぶぇ~」
どうやら彼女の口には合わなかったらしい。合ったらそれこそ本物だろう。ペッと吐かれた輪ゴムが地面に落ちた。
「どうだい、不味いだろう」
「うん、不味い~」
どうやら本当に不味いと思ってくれたらしい。安心した、これで「美味すぎる!」とか「もっと食わせろ」などと言われたら台無しになっていたところだ。落ち着くために一つ息をつくと、そのまま語り始める。
「僕を食べたらそれに勝るとも劣らない味がするよ」
「…なんで知ってるの?」
意外と鋭い。そう、自分の肉の味を知っている人間はそうはいないだろう。それこそ自分の腕を切って食べた、なんて事がなければ。故に僕はソレを装う。
「知らないだろうけど、僕は商店を営んでいるんだ。けどね、そこにはよく泥棒が来るんだ。紅かったり白かったり黒かったりするんだが。物が盗まれれば次第、お金が入らなくなり、ご飯を食べれなくなる。この流れはわかるかい?」
「うん」
「そうして飢餓状態になるともう駄目なんだ。末期的になると、そこかしこにある物が食べ物に見える。そして遂に僕は、唯一食べれる確証がある自分の足に手を出したんだ。どうせ僕はそう出歩きはしないし、その上、半分は妖怪だからね。それで食べてみるとどうだ。それはもう泣くしかないほど不味かったんだ。…とまぁ、これが僕が自分の肉の味を知った経緯なんだが…、分かってくれたかい?」
もちろん嘘だが。…さて、捲くし立ててしまったが、上手く理解できただろうか?
「…うん」
あれ、なんだか凄い悲しげな雰囲気が闇から伝わってきたような…。さすがに誇張しすぎただろうか。よくよく考えてみれば、精神年齢の低い妖怪相手にこの話は不味いような気がしてきた。
「…まぁ、恐らく僕の一族はそうやって自分の肉を不味くすることで外敵から身を守っていたのだろう。そう、外敵を撃退できるほど不味い物なんだ。そう感じるのは君とて例外ではないはずだ。僕と同じ思いをするのは嫌だろう?」
「…うん」
随分大人しくなってしまった。やはり衝撃が強すぎたか。しかし闇は、次第に何かを考え始めたような気配を醸し出してきた。…なんだかとても嫌な予感がする。さっさとこの場から逃げよう。
「それじゃあ僕はこのへんで…」
「ねぇ」
ほらやっぱり。さっきの話の矛盾に気付いただろうか。それとも味は関係ないのだろうか。ツと、僕の背中に汗が流れた。
「泥棒っていっぱい来るの?」
「え? …頻度は多いね」
「じゃあ、私が…ようじんぼう? になってあげる!」
…そう来るとは思わなかった。しかし何故だろうか。
「ど、どうして?」
「だって、私のほかに食べられる事がなければ不味くならないでしょ?」
本日二度目の虚を付く攻撃。駄目だ、呆けている暇は無い。早く切り返さなくちゃ――
「だめ?」
ああ、こんな問い方をされては、断れないじゃないか…。
「駄目」
「え~?」
断ったけど。そう、我が家(?)の食い扶持は酒呑童子もどきだけで一杯一杯なんだ。いくら僕が食べなくてもいい体といっても、悲しいかな、収入は少ないのだ。その上、こんな人間が主食な生物が上がり込んだらもう、火の車に河童の改造を施すようなものだろう。
「やるのなら、僕以外の不味い人達にしておくれ。それじゃあ…」
「やだ」
ぐ、こうなったら。
「あ、待って!」
全力疾走だ。逃げ切れるか分からないが、こう見えても脚力に自信は…
「つかまえた」
ない。見ての通りでした。走り出して五秒で捕まるとは、我ながら感服するほどどうしようもない。もう少しだけ体を鍛えるべきだろうか。
「ねぇ、だめ?」
後ろから、首筋をもう少しで咬まれるような所で囁かれた。一瞬何かの閃光で映った彼女の顔は、本気だった。僕に出来るのは、ただ了承を下すことだけだった。
後の香霖堂にあるスクラップファイルからは、こんな記事が見つかったと言う。
『衝撃の真実 人食い妖怪と香霖堂店主の浮気現場を激写!』
そして今度はルーミアが同居することに…
頑張れ霖之助
そう、つまり次回作にはまた幼女が出てくるという伏線なんだよ!
と、いうわけで期待してます
ネイキッド・スネーク自重
用心棒っていっても最後は喰うんだよね?
それは用心棒とは呼べない気がするw