「霊夢さーん! お邪魔しまーす!」
建てつけの悪い戸をガラガラと開けて、大きな声で家主を呼ぶ。
「入っていいわよー」という気の抜けた声を聞いて、私は意気揚々と靴を脱ぐ。
いやぁ外は寒かった、なんて思ったけど、この中もさして暖かくはなかった。
というより、外と差異がなかった。
建物の中なのに……と、早速感じたスキマ風に向かって呟く。
「こちらですかー?」
恐らく声がしたと思われる方向にある部屋に向かうと、予想通り霊夢さんが居た。
しかし、その姿はいつものような巫女服ではなく、モコモコした半纏姿で。
そして、縁側に座ってお茶を飲んでいるのではなく、埋もれるようにコタツに入って、ずるずるとラーメンを啜っていた。
「何やってるんですか……」
「いやぁ、お昼に暖かくなるまでのんびりしてようと思ったら……ダメね、ここは楽園だわ」
「つまり、一度コタツに入ったら出られなくなった、と」
「真・楽園の巫女の誕生ね」
霊夢さんはうんうんと頷いて、またラーメンを啜った。
「ま、早苗も入りなさいよ」
適当に、社交辞令であることを全く隠す様子もなく、霊夢さんは私にコタツを勧めた。
入ったら出られなくなる、なんて言うけど、私はそこまで精神力が弱くはない。
身体も冷え切ってることだし、お邪魔しよう。
と、私は手袋やマフラーを取って、霊夢さんの正面の位置に座った。
「……何見てるのよ」
私が、『あー本当に暖かいなぁ』とか『霊夢さんと素足絡めたいなぁ』とか。
そんなことをボーッと考えていると、霊夢さんはラーメンを啜りつつ私を睨んできた。
「いえ、まっすぐ向くとどうしても見えてしまうので」
実際は、背中を丸めて食事をする様子がなんだか小動物のようで、可愛らしくて見ていたのだが、私は適当なことを言う。
「そういえば、アンタ何しに来たのよ。 素敵な賽銭箱は冬でもいつも通り寒々しいわよ?」
「凍死してないかな、と思いまして」
本当は、誰しも引きこもりがちな冬の季節こそ、霊夢さん分を独占するのにちょうどいい、と思ったから来てみたのだが。
言わない。 乙女ですもの。
「ふぅん……じゃあ、お役御免ついでに、一つ頼まれてくれるかしら」
「へ? 何です?」
まさか霊夢さんが私を頼るなんて。
こんなに珍しくて嬉しいことは他にない。
「蜜柑とってきて」
「……………」
思わず沈黙。
まさかこの巫女、コタツのために蜜柑すら取りにいけないのだろうか。
「台所に置いてあるから、すぐそこの」
すぐそこなら、どうして自分で取りに行かないのか。
そんなの決まりきっているけど。
これ以上の堕落を手伝うのは、あまり勧められたことではないが、一度聞いてしまった手前、断りにくい。
堕落しきって私をまた頼ってくれる霊夢さん、というのもなかなか悪くないし。
ということで、私は渋々立ち上がり、堕霊夢さん(堕落とダレるをかけている)の為に蜜柑を取ってくることにした。
蜜柑はすぐに見つかった。
籠に山盛りになった、ツヤのいい甘そうな蜜柑。
私もいくつかいただこうか、何て考えていると、
「……霊夢さんはコタツから出られないのに、何でラーメンなんか食べてるんでしょう……?」
そんな疑問が浮かんだ。
霊夢さんのことだし、コタツのまま移動したとか……?
なんてバカなことを考えていくと、一つ嫌な発想が胸によぎった。
………うーん、これは霊夢さんに実際に訊いてみよう。
そうでなきゃ解らない。
そう決めて、私は蜜柑の山を崩さぬよう気をつけつつ、霊夢さんが居る部屋に向かった。
「はい、どうぞ」
「ん、ありがと」
霊夢さんはまだラーメンを食べていた。
もしかして元の量から半分も減っていないのでは。
小動物のように可愛い霊夢さんは、食べる量も小動物並みなのだろうか。
じゃなくて。
『あの事』を訊くのだった。
「ねぇ、霊夢さん」
「んー?」
「そのラーメンって、何処から出てきたんです?」
「何処からって……まさか早苗はラーメンが天井や床から湧いてでるものだと思っているの?」
「………そういうことじゃありません」
霊夢さんは箸を置いて、蜜柑の山から一つ取り出す。
てっぺんから取らなかったのか、ごろごろと山が崩れた。
「あ~……」
「聞いてください」
霊夢さんは、崩れた蜜柑をそのまま放置して、取った蜜柑を剥き始めた。
「私が訊きたいのは、霊夢さんがコタツから出ないまま、どうやってそのラーメンを入手したかです」
外の世界には出前、なんてものがあったけど。
幻想郷にもその文化が浸透してるなんて、聞いたことがない。
「……そんなこと、早苗には関係ないでしょ」
「それは………! ……そう、ですけど」
その正論に、私は言葉を詰まらせる。
霊夢さんがここまで答えをはぐらかすなんて、よほど訊かれたくないことなのか。
でも、霊夢さんはもともと、自分のことを話すのを嫌がる性格だし、その延長なのかもしれないけど。
「もしかして、どなたかから……」
私だけで考えていても仕方ない、と開き直って。
先程思いついた『嫌な発想』を口にしてみる。
と。
「あーん」
霊夢さんは、私の口に蜜柑を一粒入れてきた。
「どう? 美味しい?」
霊夢さんは、今の会話などなかったように、私にそう訊いた。
「………美味しい、です」
蜜柑を咀嚼して飲み込んでから、私は答える。
「そう、それはよかった」
笑って。
霊夢さんは、またラーメンを啜り始めた。
私はこれで、完全にそれ以上さっきの会話を続けられなくなった。
あぁ、誤魔化されてしまったのだ。 私は。
敵わないなぁ、なんて。
そんなことを思った。
「……一口くださいよ、そのラーメン」
「だーめ」
私の思いつきの一言を冷たく断って。
霊夢さんは、美味しそうな音を立てて、蓮華でスープを飲み込んで。
スキマ風が私の首筋を撫でた。
私の冷えた足が、霊夢さんの温かい足に触れた。
モコモコの毛皮のような半纏を着込んだ小動物は。
私をいつまでもどこまでも魅了する、小悪魔でもあるのだった。
れいさなイイネ
それはそうと半纏・コタツ・蜜柑は日本が誇る三種の神器バリエーションでもナンバーワンの神器っぷりだと思う
うどんじゃなくて(以下同文
ところで、これは味噌ラーメンであるか百歩譲って醤油ラーメンだとしても
絶対 豚骨ラーメンではありませんよね!ね!?
そんなことより早苗さん可愛いな