※このSSは古明寺姉妹の設定を元にした少し暗めのお話です。そういう話が苦手な方はご注意ください。
※このSSの古明寺姉妹は原作と少し(かなり?)性格が違います。それでも気にならないという方のみお進みください。
…声が聞こえる。
それは遠い日のあの子の泣き声。
暗い部屋の中、たった一人ですすり泣く声。
一度触れるとその声ははじけるように大きくなり、やがて寝息へと変わっていった。
…声が聞こえる。
それは遠い日の私の泣き声。
暗い部屋の中、あの子に抱きつきながらわめくように泣き叫ぶ声。
そんな私をただ、不思議そうに見つめるあの子の目が―――。
「―――っ!! …はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
動悸。
息切れ。
全身を包む不快な汗。
―――最悪の寝覚めだった。
あのころの夢を見た時の私の寝覚めはいつも決まってこんな感じだった。
額に滲んだ汗を手の甲で擦りあげるように拭うと、私は再度布団の上へと身体を投げだす。
眠気なんてとうに吹き飛んでいたが、せめてこの動悸が治まるまで休息を取りたかった。
暗い天井に視線を泳がせていると、ふと、私の横で丸まって寝ていたはずのお燐が覗き込むようにして私の顔色を窺っていた。
「…ああ、大丈夫よ。ありがとう」
心配そうなお燐の頭を撫でると、お燐は『にゃあ』と一鳴きしてから部屋の外へと歩みを進めていった。
「…ふぅ。………そろそろ起きないと」
陽の光が差し込むことの無いここ、地霊殿では自分の睡眠が終わった時間が一日の始まりとなる。
寝起きはいつも調子が悪い。けれども、家の主がいつまでも寝床についていてはペット達への威厳が損なわれてしまう。
ゆっくりと頭を上げてから上半身を起こす。布団を横にどけ、立ち上がって軽く一伸び。
普段着に着替え、いつもの私に戻ったところで。
いつものように、私はその足をこいしの部屋へと向けた。
― トラウマを見る少女のトラウマ ―
嫌われていた。
妖怪からも、悪霊からも怨霊からも、言葉を持つ全ての生き物から私たちは嫌われていた。
さとり種に生まれつき備わっている『心を読める』という能力は、どうやら私が思っている以上に周りから敬遠される能力だったらしい。
けれども、私はそれで構わないと思っていた。
他人と触れ合うのが苦手な私はこの能力のおかげで会話をせずとも相手の意思が読み取れたし、内心ではこちらを激しく拒絶しながらも表面上は取り繕っているような狡猾な輩との接触も回避することができたからだ。
私と違って人懐っこい性格のこいしは周りから嫌われるこの能力が好きではなかったみたいだったが、それでもこいしはいつも笑っていたから、私もこいしの本心には触れないようにしていた。
自分の傷を隠しながら、それでも無理に明るく振舞うこいしの本心を突くことは、彼女の努力を無下にすることになると考えたからだ。
覆水盆に返らず。
こいしの行動に甘えきった私のこの思考が誤ったものであったことに気付いた時には、全てが手遅れだった。
『…ぐす………っく………ぅ………』
ある日の就寝前のこと。
心地よい疲労感と睡魔に身を委ねようと横になっていた私の耳に、こいしのすすり泣くような声が聞こえてきた。
急ぎこいしの部屋へと向かうと、待っていたのは暗い部屋の真ん中で膝を抱えるようにして泣いていたあの子の姿だった。
「こいし、どうしたの?」
「……お姉ちゃん………ひっく……ぅ、うえぇーーーーーん! お姉ちゃん、お姉ちゃーー-ん!!」
私が声をかけたことがきっかけとなったのか、こいしは大粒の涙を流しながら私の胸へと飛び込んでくる。
この時のこいしの心情は、おそらく心を読む能力が無い者でも察することができただろう。そう思えるほど、彼女の心は悲痛な叫びを上げていた。
彼女の心は、とうに限界を超えていたのだ。
『もう、こんな能力なんていらない!』
『どうして、みんな私のことを嫌いになるの!?』
『私はただ、みんなと仲良くしたいだけなのに!!』
初めて見るこいしの慟哭に、私はただうろたえることしかできなかった。
いつも優しく柔らんでいたこいしの目元は赤く腫れ上がっていて……
口から出る言葉、心から伝わる意思、その全てが、悲しみの色に染まっていて…
堰を切ったように流れてくるこいしの心情を三つの眼で受け止めながら。
私は初めて、心を読むという自身の能力を心底疎ましく思った。
異変は、目覚めた時に起きていた。
「おはよう、お姉ちゃん!」
泣き疲れて眠ってしまったこいしを部屋に残し、自身の部屋で睡眠を取っていた私を起こしたのはそんな明るい彼女の一言だった。
眠りにつく直前までこいしのことを気にかけていた自分が馬鹿らしく思えるほどに、いつも通りの人懐っこい無邪気な笑顔で挨拶をしてくるこいしを見て、私は思わずほっと息を吐き―――しかしその息は、すぐに飲み込むことになった。
「――こ、いし―――」
「んっ、何? お姉ちゃん?」
意図せずに私の口から漏れただけの微かな声は、それでもこいしにはきちんと聞こえていた。当たり前だ。手を伸ばせば触れられるほどの距離なのだから。
なのに、何故。
私はこいしの心を、全く読み取ることができないのだろう。
原因はすぐにわかった。
同じ家に住む同じ種族、まして、私たちは姉妹だったから。
緑色のミニスカートに山吹色の上着。リボンの付いた大きめの黒い丸帽子。
一見して昨日と同じお気に入りの服に身を包んでいるこいしの出で立ちは、けれども昨日とは決定的に違うことが一つあった。
それはこいしの左胸。
あの大きく見開いていた、可愛らしいこいしの第三の瞳が閉じていた。
「う…あ……あぁ……あっ、ああああああああああああ!!」
昨日とはまるで逆の立場。
こいしの小さな身体にすがるように抱きつきながら、私はただ癇癪を起こした子供のようにわめき、泣き叫んだ。
(何で、どうして…)
(こいし…こいしの瞳……心が……)
(こいし…そんなにまで、あなたは……)
誰よりも他者を愛し続けていたこいしは、誰よりも他者に嫌われ続け、遂にその心を閉ざしてしまった。
暖かくて、純粋で、無垢で、見ているこちら側まで幸せな気分にしてくれたこいしのあの心は……もう二度と読み取ることはできない。
「お姉ちゃん、どうしたの? どこか痛いの? 何で泣いてるの?」
心を閉ざしたこいしには私の泣いている理由が全くわからないのだろう。
声を張り上げて泣き叫んでいる私の姿を、こいしはただ不思議そうにじっと見つめていた。
その目がすごく怖かった。
生まれて初めて何の感情も読み取れない目に見つめられることがただ、ただ怖くて。
心を閉ざした妹の前で、私は泣き叫ぶことしかできなくて。
―――こいしが無意識で行動するようになったのは、それからすぐ後のことだった。
「ああ、帰ってきていたのね」
こいしの部屋の乱れた布団を目にした私は誰に言うでもなくそう呟いた。
相変わらず、こいしは誰にも気付かれずにこの家に帰ってきてはまた遊びに出かけている。運良くこいしと顔をあわせた時には話もするが、その大半はあの子が外で見てきた出来事を話すだけ話してまた遊びに行ってしまうという程度のもので、それは到底会話と呼べるようなものではなかった。
それでも、こいしがこの部屋に帰ってきていたという形跡があるだけで私は安心していた。
無意識で行動するこいしが部屋に戻ってきているということは、意識せずともこの部屋を、この地霊殿を自分の家だと感じているということだからだ。
…甘えだろうか。そう考えてしまうことは。
月日が経った今でも、私はただこいしのあの笑顔に、行動に甘えているだけだろうか。
それでも怖かったのだ。
心を閉ざす前は誰からも嫌われ続け、心を閉ざしてからは誰からも見向きもされなくなったあの子にとって、私以外に自分と会話をしてくれる地霊殿のペット達はとても尊い存在に映ったのだろう。
少しずつではあったが、私が専属のペットをあの子に与えた頃からこいしにも多少の変化が見られるようになってきた。
恋に臆病になった彼女は初めて愛されることを知り、徐々に愛することを取り戻し始めている。最近では私の話を聞いている時間も増えてきており、この調子ならばこいしの第三の瞳がもう一度開く日もそう遠くはないだろうと感じていた。
けれどもそれは、私が普段他者に対して行っているように、私の心(トラウマ)をこいしが見てしまうことにも繋がる。
―――私のトラウマがあの日のこいしの目だと知ったら、あの子はまた心を閉ざしてしまうのではないだろうか?
それが怖かった。もう二度と、私のせいであの子の優しい心が傷つくのを見たくない。あの過ちを繰り返すのは一度きりで十分だ。
けれども、私があの日のことを払拭するにはまだ時間がかかりそうだった。あの子が心を開くことは喜ばしいことのはずなのに、それでも今の私は、そのことがこの上ない恐怖だと感じてしまっている。
「…不出来な姉でごめんね、こいし」
ペットの管理も庭の手入れも。
家事も地霊殿の管理も、あの子の遊び相手すらペット任せにしている私が唯一行っている毎日の日課。
あの子が乱した布団を元通りに直し終えた私は、主の居ない部屋にそう呟いて、そっと襖を閉めた。
※このSSの古明寺姉妹は原作と少し(かなり?)性格が違います。それでも気にならないという方のみお進みください。
…声が聞こえる。
それは遠い日のあの子の泣き声。
暗い部屋の中、たった一人ですすり泣く声。
一度触れるとその声ははじけるように大きくなり、やがて寝息へと変わっていった。
…声が聞こえる。
それは遠い日の私の泣き声。
暗い部屋の中、あの子に抱きつきながらわめくように泣き叫ぶ声。
そんな私をただ、不思議そうに見つめるあの子の目が―――。
「―――っ!! …はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
動悸。
息切れ。
全身を包む不快な汗。
―――最悪の寝覚めだった。
あのころの夢を見た時の私の寝覚めはいつも決まってこんな感じだった。
額に滲んだ汗を手の甲で擦りあげるように拭うと、私は再度布団の上へと身体を投げだす。
眠気なんてとうに吹き飛んでいたが、せめてこの動悸が治まるまで休息を取りたかった。
暗い天井に視線を泳がせていると、ふと、私の横で丸まって寝ていたはずのお燐が覗き込むようにして私の顔色を窺っていた。
「…ああ、大丈夫よ。ありがとう」
心配そうなお燐の頭を撫でると、お燐は『にゃあ』と一鳴きしてから部屋の外へと歩みを進めていった。
「…ふぅ。………そろそろ起きないと」
陽の光が差し込むことの無いここ、地霊殿では自分の睡眠が終わった時間が一日の始まりとなる。
寝起きはいつも調子が悪い。けれども、家の主がいつまでも寝床についていてはペット達への威厳が損なわれてしまう。
ゆっくりと頭を上げてから上半身を起こす。布団を横にどけ、立ち上がって軽く一伸び。
普段着に着替え、いつもの私に戻ったところで。
いつものように、私はその足をこいしの部屋へと向けた。
― トラウマを見る少女のトラウマ ―
嫌われていた。
妖怪からも、悪霊からも怨霊からも、言葉を持つ全ての生き物から私たちは嫌われていた。
さとり種に生まれつき備わっている『心を読める』という能力は、どうやら私が思っている以上に周りから敬遠される能力だったらしい。
けれども、私はそれで構わないと思っていた。
他人と触れ合うのが苦手な私はこの能力のおかげで会話をせずとも相手の意思が読み取れたし、内心ではこちらを激しく拒絶しながらも表面上は取り繕っているような狡猾な輩との接触も回避することができたからだ。
私と違って人懐っこい性格のこいしは周りから嫌われるこの能力が好きではなかったみたいだったが、それでもこいしはいつも笑っていたから、私もこいしの本心には触れないようにしていた。
自分の傷を隠しながら、それでも無理に明るく振舞うこいしの本心を突くことは、彼女の努力を無下にすることになると考えたからだ。
覆水盆に返らず。
こいしの行動に甘えきった私のこの思考が誤ったものであったことに気付いた時には、全てが手遅れだった。
『…ぐす………っく………ぅ………』
ある日の就寝前のこと。
心地よい疲労感と睡魔に身を委ねようと横になっていた私の耳に、こいしのすすり泣くような声が聞こえてきた。
急ぎこいしの部屋へと向かうと、待っていたのは暗い部屋の真ん中で膝を抱えるようにして泣いていたあの子の姿だった。
「こいし、どうしたの?」
「……お姉ちゃん………ひっく……ぅ、うえぇーーーーーん! お姉ちゃん、お姉ちゃーー-ん!!」
私が声をかけたことがきっかけとなったのか、こいしは大粒の涙を流しながら私の胸へと飛び込んでくる。
この時のこいしの心情は、おそらく心を読む能力が無い者でも察することができただろう。そう思えるほど、彼女の心は悲痛な叫びを上げていた。
彼女の心は、とうに限界を超えていたのだ。
『もう、こんな能力なんていらない!』
『どうして、みんな私のことを嫌いになるの!?』
『私はただ、みんなと仲良くしたいだけなのに!!』
初めて見るこいしの慟哭に、私はただうろたえることしかできなかった。
いつも優しく柔らんでいたこいしの目元は赤く腫れ上がっていて……
口から出る言葉、心から伝わる意思、その全てが、悲しみの色に染まっていて…
堰を切ったように流れてくるこいしの心情を三つの眼で受け止めながら。
私は初めて、心を読むという自身の能力を心底疎ましく思った。
異変は、目覚めた時に起きていた。
「おはよう、お姉ちゃん!」
泣き疲れて眠ってしまったこいしを部屋に残し、自身の部屋で睡眠を取っていた私を起こしたのはそんな明るい彼女の一言だった。
眠りにつく直前までこいしのことを気にかけていた自分が馬鹿らしく思えるほどに、いつも通りの人懐っこい無邪気な笑顔で挨拶をしてくるこいしを見て、私は思わずほっと息を吐き―――しかしその息は、すぐに飲み込むことになった。
「――こ、いし―――」
「んっ、何? お姉ちゃん?」
意図せずに私の口から漏れただけの微かな声は、それでもこいしにはきちんと聞こえていた。当たり前だ。手を伸ばせば触れられるほどの距離なのだから。
なのに、何故。
私はこいしの心を、全く読み取ることができないのだろう。
原因はすぐにわかった。
同じ家に住む同じ種族、まして、私たちは姉妹だったから。
緑色のミニスカートに山吹色の上着。リボンの付いた大きめの黒い丸帽子。
一見して昨日と同じお気に入りの服に身を包んでいるこいしの出で立ちは、けれども昨日とは決定的に違うことが一つあった。
それはこいしの左胸。
あの大きく見開いていた、可愛らしいこいしの第三の瞳が閉じていた。
「う…あ……あぁ……あっ、ああああああああああああ!!」
昨日とはまるで逆の立場。
こいしの小さな身体にすがるように抱きつきながら、私はただ癇癪を起こした子供のようにわめき、泣き叫んだ。
(何で、どうして…)
(こいし…こいしの瞳……心が……)
(こいし…そんなにまで、あなたは……)
誰よりも他者を愛し続けていたこいしは、誰よりも他者に嫌われ続け、遂にその心を閉ざしてしまった。
暖かくて、純粋で、無垢で、見ているこちら側まで幸せな気分にしてくれたこいしのあの心は……もう二度と読み取ることはできない。
「お姉ちゃん、どうしたの? どこか痛いの? 何で泣いてるの?」
心を閉ざしたこいしには私の泣いている理由が全くわからないのだろう。
声を張り上げて泣き叫んでいる私の姿を、こいしはただ不思議そうにじっと見つめていた。
その目がすごく怖かった。
生まれて初めて何の感情も読み取れない目に見つめられることがただ、ただ怖くて。
心を閉ざした妹の前で、私は泣き叫ぶことしかできなくて。
―――こいしが無意識で行動するようになったのは、それからすぐ後のことだった。
「ああ、帰ってきていたのね」
こいしの部屋の乱れた布団を目にした私は誰に言うでもなくそう呟いた。
相変わらず、こいしは誰にも気付かれずにこの家に帰ってきてはまた遊びに出かけている。運良くこいしと顔をあわせた時には話もするが、その大半はあの子が外で見てきた出来事を話すだけ話してまた遊びに行ってしまうという程度のもので、それは到底会話と呼べるようなものではなかった。
それでも、こいしがこの部屋に帰ってきていたという形跡があるだけで私は安心していた。
無意識で行動するこいしが部屋に戻ってきているということは、意識せずともこの部屋を、この地霊殿を自分の家だと感じているということだからだ。
…甘えだろうか。そう考えてしまうことは。
月日が経った今でも、私はただこいしのあの笑顔に、行動に甘えているだけだろうか。
それでも怖かったのだ。
心を閉ざす前は誰からも嫌われ続け、心を閉ざしてからは誰からも見向きもされなくなったあの子にとって、私以外に自分と会話をしてくれる地霊殿のペット達はとても尊い存在に映ったのだろう。
少しずつではあったが、私が専属のペットをあの子に与えた頃からこいしにも多少の変化が見られるようになってきた。
恋に臆病になった彼女は初めて愛されることを知り、徐々に愛することを取り戻し始めている。最近では私の話を聞いている時間も増えてきており、この調子ならばこいしの第三の瞳がもう一度開く日もそう遠くはないだろうと感じていた。
けれどもそれは、私が普段他者に対して行っているように、私の心(トラウマ)をこいしが見てしまうことにも繋がる。
―――私のトラウマがあの日のこいしの目だと知ったら、あの子はまた心を閉ざしてしまうのではないだろうか?
それが怖かった。もう二度と、私のせいであの子の優しい心が傷つくのを見たくない。あの過ちを繰り返すのは一度きりで十分だ。
けれども、私があの日のことを払拭するにはまだ時間がかかりそうだった。あの子が心を開くことは喜ばしいことのはずなのに、それでも今の私は、そのことがこの上ない恐怖だと感じてしまっている。
「…不出来な姉でごめんね、こいし」
ペットの管理も庭の手入れも。
家事も地霊殿の管理も、あの子の遊び相手すらペット任せにしている私が唯一行っている毎日の日課。
あの子が乱した布団を元通りに直し終えた私は、主の居ない部屋にそう呟いて、そっと襖を閉めた。
妹想いのさとりに感動しました。
地霊殿まだノーマルをクリアしてなくてこいしにあえない…。
ちょっと今から徹夜プレイしてきます。