今日は2月14日。チョコレートの日。
女性が一個の本命チョコを特定の人に渡し、大量の義理チョコを配布して回る日。あるいは友チョコか。私は冬に直接関係するイベントごと以外のものには疎いので良くわからないが、よくわからないなりにもその程度は理解している。
それを何を勘違いしたのかあのバカは大量のチョコを、一人に渡してきた。受取人は私で、受け取ったものがこのチョコ山というわけ。
目の前に積まれたアホい量のチョコ。
標高1.3メートル。総重量は不明。
私は問いただした。
「バカなの?」
すると彼女は言う。
「一番の人にチョコを渡す日って聞いたよ」
真顔でマルキューは語る。
ぶっちゃけて言うとチルノと私、レティ・ホワイトロックとはさほど仲は良くない。よく戯れている二人だなとは霊夢の言だが、その実一方的に突っかかってくるのを適当にあしらっているにすぎない。相手に疲れたらチルノを怒らせておいてお帰り願うのが常なのだ。当然ながらチョコを送り合う間柄でもないわけだ。あぁなるほど、そういった私の行動にチルノが怒ってこんなアホくさい量のチョコレートを用意して悪戯をしようと思ったのね。
「だから、一番のレティに」
「何の一番?」
さしずめ「一番大嫌いなレティに」とかそんなところでしょ、そうたかをくくって期待しないままチルノの発言を待つ。
しかし妖精は黙ったまま。
「‥‥‥‥」
顔真っ赤にして目線反らして、って、えぇ?
周囲をチェック。
ブン屋はいない、ドッキリカメラもない。椛が千里見通してたらどうしようもないけど。
どうやらこれがチルノの本心らしい。
「ありがたくいただいておくわ」
「‥‥‥!うん、私が作ったんだ。絶対食べてね!」
「えぇ。来月には何かお返ししないといけないわね」
「お返しなんていいよ。レティが全部食べてくれたらあたいはそれで」
「はいはい」
「じゃ、明日感想聞かせて!」
「明日!?」
「え‥‥‥ダメ、かな?」
畜生、上目遣いは反則過ぎる。そんなに泣きそうな顔を向けてくるんじゃない。
「うぐっ。お、おーけーよ」
このときの笑顔で悩殺されてしまったのが原因のような気がしないでもない。
かくして、私は明日チルノに会うまでに、すべてのチョコを食べきるという難ミッションに挑むことになったのだった。
◇
そういうわけで私の目の前には山が出現中。
チョコレートのその山は見た目には悪いが、包装紙や装飾のリボンなんかで底上げしているから食べるべきチョコの部分はもっと低いと見積もっていい。よって標高1.3メートルあるその山も実際のところはもう少し低く見積もっていいだろう。個数ではなく高さで換算してるって時点で何かが終わっている気がしないではないが、とにかく見た目から受ける威圧感ほどの量はない。
人里でこんな量を買い占められるはずもないしこれ全部がチルノの手作り、なのだろう。それが証拠に異常にまずいものから形の崩れたものから、先ほど食べたイチゴチョコのように普通に食べられるものまで各種取り揃えてある。下手糞に出来ているものから順に並べていけばチョコ製作におけるチルノの系譜が出来るに違いない。
こんなものを用意されて、呆れはするけど悪い気はしないじゃない?全部手作りよ?食べるしかないわこれは。だって、明日にはチルノが感想を聞きにくるんだもの。
また一つ、これまた大きめの箱を見つけて手をつける。一緒になって差してあった「一番かわいいレティへ」と綴られたメモ帳を大事に懐にしまいながら。
チルノと分かれてから7時間、私はこの大地を更地にすべく孤軍奮闘していたので今は半分ほどに減っているその山からチョコレート入りの箱を切り崩す作業を続けている。さっきのイチゴチョコレートはおいしかったなぁ、次もおいしいといいなぁあはは。
だがしかし、私が手にしたそれは今までの比でない恐ろしいまでの重量を持っていた。嫌な予感を拭いきれぬまま、私は箱のリボンをゆっくりと解いていく。
そして目の前に現れたそいつに戦慄した。
「チョコレートフォンデュ、だと?」
パンや果物に絡めて食べるのに使うその液体。用意されたそいつは本来の目的にあらず、鍋一杯のチョコレートドリンクとなって私の前に立ちはだかっていた。
むせ返るほどに鼻を刺激してくるチョコレートの香り。これまでだってチョコシュークリームやチョコ饅頭といった手ごわい伏兵が潜んでいたが、これは強烈だ。
私は見なかったことにしてチョコレート鍋を箱の中に戻した。いい加減顎も疲れてきたけど無理無理、こんなの今飲んだら間違いなく堕ちる。最後にとっておこう。さて次のチョコレートは、って、
「色が白なら飲むと思ったか、たわけめ!!」
思わず叫び倒した先にはお鍋一杯のホワイト・ドリンク。ちゃぶ台返しをしなかっただけ私は褒め称えられるべきよね。しかし二重にトラップを仕掛けるとはおのれチルノ‥‥‥
「‥‥‥‥‥ふ、ふ、ふふっ」
避けては通れぬ道、なればさっさと片付けようではないか。
がしっと両の手で鍋を引っつかみ、一気に煽る。ホワイトチョコ独特の風味が胃に一気に流れてきて数瞬意識が飛びそうになるが、堪えてすべてを飲み干した。返す手でもう一つの鍋を引き寄せるとこれにも口をつけて体内に流し込む。
空になった鍋を横に置いた。投げ捨てたといっていいだろう、鍋はゴトンと音を立てて地に落ちる。
「くっ‥‥‥はっはっは!チョコレートフォンデュ敗れたりぃ!」
天を仰ぎ高らかに勝利宣言。
勝った。まだ4割くらい敵が残ってるけど、強敵を倒した私に敵う者などいようはずもない。今なら死亡フラグ立てても生存できそうな気がする。
私を倒せるものが、
「レティ~」
遠慮を知らぬ速度で開かれた戸口の先には愛する妖精の姿。
慌てて時計を確認する。まだ15日にはなっていないから、全部を食べ切れていない言い訳は立つ。納得してくれるかどうかはともかくセーフよね。
ていうか、
「わ、チョコ食べてくれてる!」
この笑顔を見れただけでもう幸せなんだけど、一体何の用事だろうかと聞いてみる。
「どうしたのチルノ?」
「一番の人には本命チョコを渡さないといけないって聞いたから、持ってきた!」
と、これまた大きな箱をこちらに向けて。
チルノ。情報源は問わないわ、あなたは正しい知識を手に入れたんだから。だけどこの「本命じゃない」チョコ山について何か一言でも言うことはないのかしら?
「ごめんねレティ。一番の人に一番多くチョコを上げたらいいと思ってたの」
「あ、あぁ。そうなの」
そんな事言われたら怒るに怒れないし。
「でも食べてくれてうれしい」
許す!
「はいこれ、本命チョコ!」
「ありがとう」
「じゃあまた明日ね!」
元気よく手を振り去っていくチルノを笑顔で見送り。
玄関の扉が閉じたのを確認して、先ほど手渡された新たな伏兵が詰まった箱をゆっくりと開けてみた。大丈夫、さっきの鍋チョコジュースの箱より軽い。そう楽観して。
箱を空けた瞬間に広がる甘い香り。といってもチョコの匂い充満するこの部屋の中では本当に些細な違いだけど、それとはちょこっとだけ違う匂い。
中に入ってたのは、
10号、つまり直径30cmのホールチョコケーキ。
おいしそうだけどさ。
味もばっちりだったけどさ。
残りの山も全部食べたけどさ。
さて、明日感想を言わなくちゃね。
<本日のトピック>
15日未明、冬の忘れ物レティ・ホワイトロック氏が自宅で倒れているのを新聞配達の射命丸文氏が発見しました。ホワイトロック氏はすぐに永遠亭に救急搬送されて治療を受けており、命に別状はないとのことです。
自宅には異常な量のチョコを食べた後があり、また15日の昼ごろにはチルノと真っ青なレティさんが湖付近で談笑している姿を紅魔館メイド長が目撃しているとのこと。警察では14日に送られたチョコを一日で食べ、チルノと別れた後に精根尽き果て倒れたものと見て捜査を続ける方針です。
<倒れる直前に会った妖精へのインタビュー>
⑨「えへへ、レティに大好きって言われちゃった‥‥‥え?レティ倒れたの!?
チョコならあたいもあげたよ。ほら、もう冬終わっちゃうじゃん?レティ、冬越えたら元気なくなっちゃうから何ヶ月でも食べれるようにって作ったんだけどなぁ」
流石黒幕