「なんで咲夜は紅魔館で働いてるんだ?」
唐突に、魔理沙は疑問を投げかけた。
紅魔館地下図書室――いや、もうすでに図書館と言った方がふさわしい広大な蔵書量を誇るそこで、人間魔法使いと魔女と使い魔、そしてメイド長が会合していた。
今日は珍しいことに――本当に珍しいことに――魔理沙は客として正式な手続きを踏んでここを訪れている。普段から傍若無人にふるまうこの少女の中にもある一定のルールがあるようで、こうして大人しく訪れた時には本を強奪したりはしない。それが分かっているからか、図書館の主もこういうときは魔理沙を客として歓迎する。茶を淹れるために咲夜が呼ばれ、そこで先の発言が飛び出て来たのである。
問われた咲夜は怪訝そうに魔理沙を見つめて返す。
「いきなりどうしたのよ?」
「疑問文に疑問文で返すのは0点だぜ」
茶化す。
そもそも魔理沙としても、何かしらの理由があって問うたわけではない。ただ、なんともなしに思いついたから聞いただけだ。以前から少し気になっていたことでもある。大した理由でないなら話すだろうし、隠したいなら適当に誤魔化すだろうと思っていた。話のタネになればいい、その程度の考えだ。
だが、
「まあ、別に隠すようなことでもないし教えてあげるけど……」
「ほうほう」
「紅魔館を私のハーレムにするためよ」
「ほうほ…………は?」
咲夜の答えは魔理沙の想像の範疇を超えていた。
ハーレム――そもそもは「禁じられた場所」を意味する言葉であり、性的なトラブルを未然に防ぐために女性を隔離し、その夫や子と親族以外は立ち入れないようにした場所のことをそう言うようになった。
尤も、長い年月のうちにどんどんと意味が移り変わり、現在の日本では、ハーレムというと一人の男性の周りに複数の女性がいる状態のことを指すのが一般的である。あるいは男性でなくとも、一人の周りに性的交友を持つ者が複数いればハーレムと呼ぶだろう。
「えっと……もう一度言ってもらえるか?」
「だから、紅魔館を私のハーレムにするためよ」
聞き間違いではなかった。
そういえばレミリアを見てる時のコイツの目が妖しいと思ったことがあるような、やっぱりそういう趣味だったのかこのメイド。いや、待て。ハーレムということは
「威厳溢れる御姿と、普段の気を抜いた御姿のギャップが愛くるしいお嬢様。
狂気に塗れ、されど純粋な妹様。
優しい朗らかな笑顔で庭の世話と門番をするお姉さん型妖怪。
物静かに本を読む無口系美少女と、ドジっ娘気質のその使い魔。
さらに大勢の可愛らしい妖精メイドさんまで住んでいるのよ? ここの存在と内装を知って、私がここに骨を埋める覚悟をするのに僅かな逡巡すら必要なかったわ」
トリップして明後日の方向を向いている咲夜を見て、魔理沙はちょっと気持ち悪くなった。もっと言うとドン引きした。
向かいに座っているパチュリーに助けを求めるように視線を向ける。
パチュリーは今まで読んでいた本をパタン、と閉じて口を開く
「美少女、と言われて悪い気分はしないわね」
魔理沙はずっこけた。
「ふふ、パチュリー様の好感度アップですわ。パチュリー様ルートまであと20程度でしょうか」
「攻略されちゃうのかしら? 私」
「いえ、あくまで私が狙っているのはハーレムルートですので、全員の好感度を均等に上げなければなりませんの」
「ならば次に好感度を上げるべきは妹様ね」
「Exactly(その通りでございます)」
あまりにも自然にやり取りをするので、魔理沙は自分の方がおかしいかのような錯覚を抱いてしまう。
「おいぃ! 突っ込まないの? 突っ込めよ? ねぇ!?」
「突っ込むだなんて…………私たち女よ? 魔理沙」
「お前は何を言ってるんだ?!」
なんなんだこの空間は。
魔理沙としては予想外もいいところだった。まるで藪をつついたらウミウシが出てきたような気分だ。ウミウシなんて見たことないけど。
たまにまともな客として来るとこれだ。魔理沙はまた今度から紅魔館には強襲することを決めた。
「はいはい、もう分かったから。精一杯その好感度とやらを上げて頑張ってくれ」
とりあえず早々に話を切り上げることにした。変態の発言にはこれ以上付き合っていられないのである。
しかし、魔理沙のその願いは儚く、叶わないものだった。
「あら、魔理沙」
咲夜の指が顎をなぞり
「私の攻略範囲は、
ぞくり、と
貴女のようなお客様も含めているのだけれど?」
鳥肌が 立った。
「ちょっとからかい過ぎたかしら?」
魔理沙が慌ただしく出て行った後の図書館で、咲夜はつぶやいた。
咲夜としてはいつもいつも迷惑を被っている意趣返しの冗談だったのだが、どうやら本気にされてしまったようだ。
それにしても
「パチュリー様が合わせてくれるとは思いませんでした」
咲夜にとっても、この日陰と知識の少女があのような下らないジョークに加担したのは意外だった。てっきり鼻で笑われると思っていたのだが。
「昔、門番に同じネタでからかわれたことがあるわ。丁度今の魔理沙のようにね」
赤髪の女性を思い浮かべる。
いつも相手に気を使っている彼女が、誰かをからかう、というのも咲夜にとっては信じがたい話だった。
「だから、今度はからかう側に回ってみたかったのよ」
「成程」
そういって薄く微笑むとパチュリーは再び本を開き、咲夜はカップを片づけ始める。お茶だけはしっかり飲んで行った魔理沙に苦笑をこぼしながら。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おや、もうお帰りですか?」
図書館から逃げて来た魔理沙は、息を切らして門の前に辿り着いた。そこにいるのはいつも自分が撃墜している門番である。
「いや、変態から、逃げて、来た、だけだぜ……」
「変態って……まあ、深くは聞きませんけど」
パチュリー様が何かやらかしたんでしょうか、と独り言を言っている美鈴に、いや、メイド長だぜ、とは返せなかった。息が切れているし、もう思い出したくもなかったのだ。
ふと目を閉じれば先程の感覚がよみがえってきそうで、魔理沙は身震いした。
(さっさと忘れよう……)
息をある程度整えてから、魔理沙は美鈴に聞いた。
「そういえば、美鈴はなんで紅魔館で門番やってるんだ?」
似たようなことをして、脳内フォルダ内にある、メイド長の発言を上書きしてしまおうという魂胆である。
「どうしたんです? いきなり」
「なんでもいいから答えてくれ。さっさと忘れ去りたいんだ」
はぁ、と息を吐いてから美鈴は口を開く。
「まあ、特に隠すようなことでもありませんけど」
「そうかそうか」
あれ? なんかデジャヴ。
「私のハーレムを守るためですよ」
「…………え?」
魔理沙は呆けた声で停止した。しかし先程のこともあって、すぐさま脳みそは再起動する。
(まさか、コイツも同類(変態)か?)
「敬愛すべき主君。
その妹御と御友人。
親愛すべき友。
可愛らしい部下たち。
みんな私の大切な人達ですからね。不埒な者共を彼女等のもとへは行かせません。絶対にね」
メイド長と違って妖しい笑みを浮かべていたり、目がどっかいっていたりしない。美鈴の決意に燃えたような目に、魔理沙は安心した。ハーレムとは比喩のようなものだろうと判断する。
安心ついでにからかいの言葉をかける。
「おいおい、いつもいつも私を通してしまっているじゃないか」
魔理沙としては、いやいやそれを言われると弱りますねぇ、なんて困った顔で言う美鈴を想像――正確には期待――していたのである。
「そりゃ、魔理沙や霊夢が可愛すぎるのがイケないんですよ」
だから、
こちらの腰に腕をまわして顎を持ち上げる美鈴なんて、毛先ほども思いつかなかったのだ。
「え? は? お、おい?!」
突然視界いっぱいになった美鈴の顔と、頬に当たる吐息に、思わず顔が赤くなる。
「初心なんですねぇ。この程度で顔真っ赤にしちゃって。そんなところも可愛らしいですよ」
「いやっちょ、近い! 離れろ! コラ」
(しまった。咲夜みたいにあからさまに妖しくなかったから油断した! 騙して襲うなんて妖怪の得意分野だろうに!)
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいんですよ? お姉さんがぁ、イ・イ・コ・ト 教えてあげます」
そう言って唇の両端が釣り上った美鈴の顔は妖しい魅力を備えていて、男だったらまず間違いなくオチていたろう。そういうケのない自分ですら、ますます顔が赤くなる。
(待て待て待てまてマテぇぇぇぇ! 私はノーマル! 私はノーマルだからぁ!)
涙目でもがく魔理沙に美鈴は微笑みをより深くして、
そして――――
唐突に、魔理沙は疑問を投げかけた。
紅魔館地下図書室――いや、もうすでに図書館と言った方がふさわしい広大な蔵書量を誇るそこで、人間魔法使いと魔女と使い魔、そしてメイド長が会合していた。
今日は珍しいことに――本当に珍しいことに――魔理沙は客として正式な手続きを踏んでここを訪れている。普段から傍若無人にふるまうこの少女の中にもある一定のルールがあるようで、こうして大人しく訪れた時には本を強奪したりはしない。それが分かっているからか、図書館の主もこういうときは魔理沙を客として歓迎する。茶を淹れるために咲夜が呼ばれ、そこで先の発言が飛び出て来たのである。
問われた咲夜は怪訝そうに魔理沙を見つめて返す。
「いきなりどうしたのよ?」
「疑問文に疑問文で返すのは0点だぜ」
茶化す。
そもそも魔理沙としても、何かしらの理由があって問うたわけではない。ただ、なんともなしに思いついたから聞いただけだ。以前から少し気になっていたことでもある。大した理由でないなら話すだろうし、隠したいなら適当に誤魔化すだろうと思っていた。話のタネになればいい、その程度の考えだ。
だが、
「まあ、別に隠すようなことでもないし教えてあげるけど……」
「ほうほう」
「紅魔館を私のハーレムにするためよ」
「ほうほ…………は?」
咲夜の答えは魔理沙の想像の範疇を超えていた。
ハーレム――そもそもは「禁じられた場所」を意味する言葉であり、性的なトラブルを未然に防ぐために女性を隔離し、その夫や子と親族以外は立ち入れないようにした場所のことをそう言うようになった。
尤も、長い年月のうちにどんどんと意味が移り変わり、現在の日本では、ハーレムというと一人の男性の周りに複数の女性がいる状態のことを指すのが一般的である。あるいは男性でなくとも、一人の周りに性的交友を持つ者が複数いればハーレムと呼ぶだろう。
「えっと……もう一度言ってもらえるか?」
「だから、紅魔館を私のハーレムにするためよ」
聞き間違いではなかった。
そういえばレミリアを見てる時のコイツの目が妖しいと思ったことがあるような、やっぱりそういう趣味だったのかこのメイド。いや、待て。ハーレムということは
「威厳溢れる御姿と、普段の気を抜いた御姿のギャップが愛くるしいお嬢様。
狂気に塗れ、されど純粋な妹様。
優しい朗らかな笑顔で庭の世話と門番をするお姉さん型妖怪。
物静かに本を読む無口系美少女と、ドジっ娘気質のその使い魔。
さらに大勢の可愛らしい妖精メイドさんまで住んでいるのよ? ここの存在と内装を知って、私がここに骨を埋める覚悟をするのに僅かな逡巡すら必要なかったわ」
トリップして明後日の方向を向いている咲夜を見て、魔理沙はちょっと気持ち悪くなった。もっと言うとドン引きした。
向かいに座っているパチュリーに助けを求めるように視線を向ける。
パチュリーは今まで読んでいた本をパタン、と閉じて口を開く
「美少女、と言われて悪い気分はしないわね」
魔理沙はずっこけた。
「ふふ、パチュリー様の好感度アップですわ。パチュリー様ルートまであと20程度でしょうか」
「攻略されちゃうのかしら? 私」
「いえ、あくまで私が狙っているのはハーレムルートですので、全員の好感度を均等に上げなければなりませんの」
「ならば次に好感度を上げるべきは妹様ね」
「Exactly(その通りでございます)」
あまりにも自然にやり取りをするので、魔理沙は自分の方がおかしいかのような錯覚を抱いてしまう。
「おいぃ! 突っ込まないの? 突っ込めよ? ねぇ!?」
「突っ込むだなんて…………私たち女よ? 魔理沙」
「お前は何を言ってるんだ?!」
なんなんだこの空間は。
魔理沙としては予想外もいいところだった。まるで藪をつついたらウミウシが出てきたような気分だ。ウミウシなんて見たことないけど。
たまにまともな客として来るとこれだ。魔理沙はまた今度から紅魔館には強襲することを決めた。
「はいはい、もう分かったから。精一杯その好感度とやらを上げて頑張ってくれ」
とりあえず早々に話を切り上げることにした。変態の発言にはこれ以上付き合っていられないのである。
しかし、魔理沙のその願いは儚く、叶わないものだった。
「あら、魔理沙」
咲夜の指が顎をなぞり
「私の攻略範囲は、
ぞくり、と
貴女のようなお客様も含めているのだけれど?」
鳥肌が 立った。
「ちょっとからかい過ぎたかしら?」
魔理沙が慌ただしく出て行った後の図書館で、咲夜はつぶやいた。
咲夜としてはいつもいつも迷惑を被っている意趣返しの冗談だったのだが、どうやら本気にされてしまったようだ。
それにしても
「パチュリー様が合わせてくれるとは思いませんでした」
咲夜にとっても、この日陰と知識の少女があのような下らないジョークに加担したのは意外だった。てっきり鼻で笑われると思っていたのだが。
「昔、門番に同じネタでからかわれたことがあるわ。丁度今の魔理沙のようにね」
赤髪の女性を思い浮かべる。
いつも相手に気を使っている彼女が、誰かをからかう、というのも咲夜にとっては信じがたい話だった。
「だから、今度はからかう側に回ってみたかったのよ」
「成程」
そういって薄く微笑むとパチュリーは再び本を開き、咲夜はカップを片づけ始める。お茶だけはしっかり飲んで行った魔理沙に苦笑をこぼしながら。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おや、もうお帰りですか?」
図書館から逃げて来た魔理沙は、息を切らして門の前に辿り着いた。そこにいるのはいつも自分が撃墜している門番である。
「いや、変態から、逃げて、来た、だけだぜ……」
「変態って……まあ、深くは聞きませんけど」
パチュリー様が何かやらかしたんでしょうか、と独り言を言っている美鈴に、いや、メイド長だぜ、とは返せなかった。息が切れているし、もう思い出したくもなかったのだ。
ふと目を閉じれば先程の感覚がよみがえってきそうで、魔理沙は身震いした。
(さっさと忘れよう……)
息をある程度整えてから、魔理沙は美鈴に聞いた。
「そういえば、美鈴はなんで紅魔館で門番やってるんだ?」
似たようなことをして、脳内フォルダ内にある、メイド長の発言を上書きしてしまおうという魂胆である。
「どうしたんです? いきなり」
「なんでもいいから答えてくれ。さっさと忘れ去りたいんだ」
はぁ、と息を吐いてから美鈴は口を開く。
「まあ、特に隠すようなことでもありませんけど」
「そうかそうか」
あれ? なんかデジャヴ。
「私のハーレムを守るためですよ」
「…………え?」
魔理沙は呆けた声で停止した。しかし先程のこともあって、すぐさま脳みそは再起動する。
(まさか、コイツも同類(変態)か?)
「敬愛すべき主君。
その妹御と御友人。
親愛すべき友。
可愛らしい部下たち。
みんな私の大切な人達ですからね。不埒な者共を彼女等のもとへは行かせません。絶対にね」
メイド長と違って妖しい笑みを浮かべていたり、目がどっかいっていたりしない。美鈴の決意に燃えたような目に、魔理沙は安心した。ハーレムとは比喩のようなものだろうと判断する。
安心ついでにからかいの言葉をかける。
「おいおい、いつもいつも私を通してしまっているじゃないか」
魔理沙としては、いやいやそれを言われると弱りますねぇ、なんて困った顔で言う美鈴を想像――正確には期待――していたのである。
「そりゃ、魔理沙や霊夢が可愛すぎるのがイケないんですよ」
だから、
こちらの腰に腕をまわして顎を持ち上げる美鈴なんて、毛先ほども思いつかなかったのだ。
「え? は? お、おい?!」
突然視界いっぱいになった美鈴の顔と、頬に当たる吐息に、思わず顔が赤くなる。
「初心なんですねぇ。この程度で顔真っ赤にしちゃって。そんなところも可愛らしいですよ」
「いやっちょ、近い! 離れろ! コラ」
(しまった。咲夜みたいにあからさまに妖しくなかったから油断した! 騙して襲うなんて妖怪の得意分野だろうに!)
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいんですよ? お姉さんがぁ、イ・イ・コ・ト 教えてあげます」
そう言って唇の両端が釣り上った美鈴の顔は妖しい魅力を備えていて、男だったらまず間違いなくオチていたろう。そういうケのない自分ですら、ますます顔が赤くなる。
(待て待て待てまてマテぇぇぇぇ! 私はノーマル! 私はノーマルだからぁ!)
涙目でもがく魔理沙に美鈴は微笑みをより深くして、
そして――――
美鈴はよくこの手の冗談(本気)を言うんだろうかw
小悪魔は俺たちの心の中に・・・(´・ω・`)
もっとこう隠微に!
もっとこう退廃的な!!
はいすんません。ぱっちぇさんがやってきますな
とても和やかな紅魔館ですね。
彼女たちの絆の深さが伺えます。