Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

小さく息を吐いて

2013/11/04 23:50:13
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夜分。家の扉がけたたましく叩かれれば、集中して疲れ切った今の河城にとりの思考でなくても怪訝な顔をしてしまうだろう。
それに目の前に散らばる道具たちに注いでいた集中を途切れさせた怒りもある。
かといって応対しない選択を取らなかったのは何もにとりがそれくらいの優しさを持っていたからではなく、しばらくすれば諦めるだろうと思った音が一向に止まなかったからだ。
声を落とし出来るだけ迷惑な態度を見せつつ、「こんな時間になんだい」と扉を開けた。
だから、「いや~居るんだったらとっとと出てきてくださいよ!」と扉の向こうに居る相手から甲高い声で返されてはそのまま扉を思い切り閉めたくもなる。
扉を引けなかったのはその相手、射命丸文が扉を開いた瞬間、にとりへと飛びついてきたため。
寸でのところで身を引いてかわしたものの鼻腔を突き刺すようなアルコゥル臭は感じ取れた。
家内の白色灯が照らす範囲に入って来たことで彼女の本来なら白目の肌に薄らと赤みがかっているのもわかる。
そこから導き出される結論は文、ひいては鴉天狗の特徴を鑑みなくても一つしかない。

「なにーどうして避けるんですー」

据わった目を見せながら、足は震えており文字通り千鳥足だなとにとりは冷静に思う。いつも以上に酔っているようだ。

「そりゃあ、突然とびかかられたらびっくりするのが道理ってものだろうよ!」
「はたてなら文句なく抱かれますよ……いえ、文句は言いますが」

ジッとさも当然のようにそう返されればたじろぐのは少しの間。
すぐに、「それは鴉天狗の道理だろぉ」と反論する。
鴉天狗とは縦にしても横にしても繋がりというものに価値を求める種族である。
ブン屋などという職であれば、そのようなネットワークを持った方が同じブン屋同士のシェアの競い合いにおいて有利なのだろう。
そこで用いるのがアルコゥルというツール。
アルコゥルにより本来は堅苦しい縦の繋がりは弛緩し、ある程度温和なものになる。
自身の技術を高く信じ、同じ種族間であっても協調性の低い河童の内向さとは対照的な関係の構築だ。
それくらいは文も承知の上のはずだが、今の彼女は酩酊感の中に居る。
にとりの言葉がわかるはずもなく、「私は鴉天狗ですよ!」と高笑いとともに返してくる。
小さくため息を吐いた後、にとりは居間に戻ると散らかった工具や部品を箱の中に乱雑に収めて文を招いた。
肩を支えるため近づいたことでぷんとアルコゥル臭は強くなる。
鴉天狗のタチの悪さはなまじ酒に強いせいで非常に度数の高いアルコゥルばかり口にするため、体に纏う臭いも強い。
臭いだけで酔ってしまいそうな感覚に耐えて、ふらふらと危なっかしい足取りの文をちゃぶ台まで運ぶ。
そのままちゃぶ台に溶けてしまうように文は突っ伏した。

「あーにとりさん」

先ほどまでなんとか留めていた最後の理性の糸も倒れたことで切れてしまったのだろう、文は突っ伏してだらしのない声を上げる。

「なんだよ」
「水ー。お水を貰えませんかー」

その言葉ににとりは「ほい」と彼女に手渡したものは、
「……胡瓜じゃないですかー」

「水分は水分さ」にとりは微笑むが、突っ伏した文には当然見えない。
もちろん、にとりの家に水道が流れておらず胡瓜でしか水分が補給できないわけではなく、ちょっとした嫌がらせである。
突然の来訪者を招き入れて介抱しているのだからそれくらい神様が見ていても許してくれるはずだ。
「んー」だの「むー」だの不満を含んだ声を出しながらもポリポリと一本食べきっては手を差し出して二本目を要求してくるのだから文も文だ。
もう一本ならず十数本を盛った笊を差し出す。
文は見る見るうちにそれを食べ終えしばらくすると体を震わせる。

「あぁー寒くなったんですけれど」
「胡瓜だもの」

そう答えた後も寒い寒いと繰り返す文に若干の罪悪感を覚え、温まるものを作ることにする。
ちょうど自分も夜中であり何かを口にして思考をクリアにしたかった。
水を張った鍋に昆布を入れて沸騰前に取り出し、鰹節を投入。しばらくしてから鰹節を濾す。
その出汁に冷蔵庫に残っていた白菜とじゃがいもを一口大にざっくりと切り分けて入れ煮立たせてから、味噌を溶く。
ここで味噌を少なくするのがポイントだ。胡瓜に慣らされた舌は濃い味付けに抵抗を持っている。
そこに刻んだネギを少量掛けて味噌汁の完成だ。
二人分の食器にそれぞれ注ぎ、文へと差し出す。
ほんのりと湯気を上げるその匂いに牽きつけられて文は箸を手に取るや否や熱さを感じる暇もない速度で飲み干した。
そして瞼を下ろし、唇を尖らせ不満げな表情を見せる。

「……薄い」

そりゃあ天狗みたいに酒ばっか飲んで濃い味付けに慣れすぎたしたにはそうだろうよと思いながらも、言葉にするのが面倒で、にとりはふぅふぅと熱を冷ましながら啜る。
手慣れたもので味見せずとも理想通りの味だ。
味はともかくとして文も温かいものを流し込んで酔いが少しは醒めたと見て取れ、にとりは「それで何しに内に来たんだい」と話を切り出した。
「ああそうでした」文は笑いながらも首から掛けていたカメラを外し、ちゃぶ台の上へと乗せる。

「どうも調子が悪いようなんでいつものようによろしくおねがいしますよ」

「フムン」にとりは鼻で息を吐く。
文の言うとおり、彼女のカメラの調整はにとりの領分。
ブン屋でありながら鴉天狗は豪胆な性格から精密な機器の扱いを苦手としている。
それほど難しい作業ではなく、こうした体の一部と言えるものなら自分で調整しろとと毎回言っても聞き入れないのが文だった。
もう定型句となった言葉を今回も口にすると、文はちゃぶ台に乗り出しにとりの顎に手を当て、

「それだけあなたを信頼しているんですよ」

目を細めて答えた言葉がまだ残る酔いから出たものか、真実かはにとりにはわからない。
それでも心臓を高鳴らせる魅力があり、にとりを僅かばかりに嬉しくさせたのは事実だ。

「……わかったよ」

その語気にはよろこびが含まれていたのだが、文は気づかなかっただろう。




調整を終えた直後に睡魔に敗れたにとりが目覚めたのは部屋に漂う食欲を誘う匂いに吊られてのこと。
突っ伏していた体を起こし、無意識のうちに口の端からこぼれていた涎を拭う。
頭を左右にふて意識を覚醒させていくと、ちゃぶ台の向かいに文がいないと気付いた。
こっちが作業しているというのに向かいで鼾を立てていた昨晩の怒りは自分も眠ったことで忘れてしまっていた。

「あ、起きましたか」

昨晩とは違う凛とした声が台所の方から聞こえてくる。
こちらへ顔を覗かせる文はすっかり酔いが醒めていた。
酔いが回っていなければ文もプライドの高い鴉天狗らしく、礼儀を弁えた行為をとれる。
ぜんぜん違う二つの側面。普段人前で見せない側面が隠れてしまえば寂しくも思えてしまう。
文の手にしている盆の上には二つの碗が湯気を立てている。

「勝手に台所を使ってもうしわけありませんが、眠気覚ましにどうぞ」

差し出されたのは昨晩と同じ具材の味噌汁だ。ただ野菜の切り方は自分のものより大き目だった。

「なんで私のと同じにしたのよ」
「それくらいしか入ってなかったんですよ」
そういえばそうだと思い、頷くしかない。
「それでカメラの方は……」
「ばっちり終わっているよ」ちゃぶ台上のそれを手渡す。

弄りつつ二度三度シャッターを切ると文は満足した様子。

「おおーありがとうございます」

そりゃあ文があんなことを言ってくれたからね。
と、口には出さなかった。
気恥ずかしいし、おそらく文は覚えていないだろう。そんなことは今の文を見ればわかる。

「どうしました?」

その視線に文は首を傾げる。

「いんや」

文から視線を外して、味噌汁を口にする。
冷ますのを忘れていたそれはひどく熱く、とても飲み干せないほど濃い味付けだったがそれくらいの方が文に意識を向けずに済めた。

「まぁ、次は酔っぱらってない時に来てほしいものだねぇ」と熱さの抜けきらない喉から小さく漏らす。
「え?」
「なんでもないよ」

にとりは息を吹きかけて熱を冷ましながら答えた。
もう目は醒めきっていた。
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
いい感じに淡い交わりですね。
もうちょい甘かったり、辛かったり苦くてもいいかと思いますが、ここは薄味の味噌汁がベストなのかな。