桜の樹の下には屍体が埋まっている!
これは信じていいことなのよ。とは言っても、私の庭限定なのだけどね。一体、誰が埋まっているか分からないけど、誰が教えてくれたかも覚えてないけど、でも間違いないの。私の庭の桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことなの。
どうして紫の家から白玉楼へ帰ってくる道で、私の家に常備してある、お団子や御餅や羊羹などが思い浮かんでくるのか──あなたはそれが分からないと言ったけど──そして私にもさっぱりなのだけど──それもこれもやっぱり同じようなことに違いないのね。
一体どんな樹の花でも、いわゆる満開というか咲き誇ると表現したくなるような状態を眼にすると、それを肴に甘くて美味しいものをつまみたくなるものね。古人は──もしかしたら私よりも後に生まれたのかもしれないけど──「花より団子」ってよく表現したものだわ。もっとも、私の場合は花もとても重要なのだけど。とにかく、あるものは凜として、あるものはしおらしく、と咲き誇る花の姿は、心と食欲を刺激してくれるわ。とても懐かしい、生き生きとした感動ね。
でも、昨日、一昨日と、顕界で見たその様子が私の心を酷く憂鬱にしたの。私にはその美しさ、感動を覚えてはいけないような気がしたのよ。不安になって、悲しくなって、とても怖くなったわ。でも、それは杞憂だって今やっと分かったのよ。
あなた、顕界で咲き誇ってる梅や桜や桃など、美しい花をつけている樹の下へ、一つ一つ屍体が埋まっていると想像して御覧なさい。でも、腐乱した動物のそれを考えては駄目よ?例えば、私や紫のような美少女がいいわね。木の根が貪婪な蛸のように、それを抱きかかえ、でもイソギンチャクのような毛根が優しく包み込むように、ってね。
どうして花が美しく咲き誇れるのか、何が花弁を彩り、何が芳しい香りを生み出しているのか、毛根がまるで、すぐに割れて壊れてしまいそうな陶磁器の人形を優しく抱えている感触を感じ取り、その感動に打ち震えながら蕾をつけていく、そんな光景が目の前に浮かんできそうだわ。
──あなたは何て顔を、まるで幼子の与太話を聞かされているような顔しているの?美しい想像の世界じゃない。私はようやく瞳を逸らさずに、花を愛でることが出来るようになったのよ。昨日、一昨日、私を悲しくさせた神秘から自由になったのよ。
二三日前、私は散歩がてらに三途の川の方に行ったのだけど、そこに咲き乱れる彼岸花の何と美しいこと。それを眺めながらたゆたっていると、なにか酷く胃を刺激するような、いい匂いがしてきたのね。それは、あの三途の渡し守がおやつに摘まんでいた「そおすやきそば」っていう食べ物の香りだったのよ。褐色の麺と黄緑や白のキャベツの葉と紅い生姜の漬物の色がとても素晴らしくて、まるで金箔で飾り挙げた工芸品のように感じてね。思わず、彼女に頼み込んだら半分も分けてくれてね、それから屋台の食べ物談義に花が咲いちゃって。でも、結局は二人して石頭の閻魔様の大目玉を喰らっちゃったのだけど。
──あなた、今、腋の下を拭いているわね。ちょっと、閉め切っているから蒸し暑くなっちゃったかしら?でも、そんなに不快がることはないわよ。それが、ほんのり甘くていい塩梅でしょっぱい、みたらし団子のたれと思ってみなさいな。それが、私の妖夢の裸にたくさんかかっているの。どう?いい感じでおなかが空いてこないかしら?
ああ、桜の樹の下には屍体が埋まっている!
一体、何処から浮かんできた空想が、今は私の胃袋を刺激してくれて、死者には必要のない「空腹」という、素晴らしい生の実感を与えてくれるの。
今こそ私は、顕界の桜の樹の下で乱痴気騒ぎしている腋巫女や白黒魔法使い達と同じ権利で、花見の酒を吞めそうな気がするのよ。
ひっく。