1
ここは吸血鬼の棲む紅い妖館、紅魔館の――その地下にある大図書館。
私はそこで図書館の主であるパチュリー・ノーレッジ様のお手伝いを、
僭越ながらさせていただいています。
名前は、名乗るほどの者ではないのですが――便宜上、
『小悪魔』の仮称で認識していただければと思います。
私はそう呼ばれることが多いのです。
そして、今日も――
「小悪魔、本を取って来てもらいたいのだけど」
こうしてお目当ての本を探してくるのを頼まれるのはよくあることです。
私が、このように、本を取りに行くという作業を肩代わりしてますので、
パチュリー様はずっと椅子に座りっ放しでいるということが常なのです。
ある日、冗談で、
「そんなに座り続けて●(伏字ですが、病垂に寺の字だと付記しておきます)
にならないのですか?」
と聞いたら、本でぶん殴られました。
重力に従って振り落とされた日中辞典の角が、私の顎を打ち据えたのです。
以来、私はグラスジョーです。私のボクサー生命は終わったも同然でした。
その後、腫れた顎に軟膏を塗ろうとしたら、何故か軟膏が切れていました。
どうしてでしょう?ミステリーです。
そんなことを考えている内に私は頼まれた本を持って戻ってきました。
パチュリー様は卓の上に置いたランプを灯りに新聞を読んでいました。
「ありがとう、小悪魔。そこに置いてくれるかしら」
パチュリー様は紙面を見たままで言いました。
一面記事。大きな写真に添えた大きな見出し。
「『怪盗マリサ現る!』ですか。文々。新聞はこの話題で持ちきりですね」
パチュリー様は溜息交じりに答えました。
「はあ、困ったものよね。紅魔館も被害に遭っているようだし……」
実に高尚な溜息です。幸せが逃げるとの迷信を裏付けるような薄幸の表情。
幻想郷溜息選手権大会が開かれたら五本の指に入るのではないでしょうか。
今話題となっている怪盗マリサ。詳細は主に文々。新聞に書かれています。
毎回奇矯で酔狂な手口で盗みを働き、幻想郷を震撼させている困った泥棒。
大変なものを盗んで行く程度の能力を持っていると自称しているとのこと。
その正体は、普通の魔法使いの霧雨魔理沙なのではないかと専らの噂です。
今のところ、噂の真偽は自明です。
新刊の文々。新聞に目を落とすと、
『犯行の背後に謎の男マスター・モリチカ氏の影が!』
『マッドサイエンティスト・ニトリも犯行に関与か?』
など、どうみてもおふざけとしか思えないような字面が並んでいます。
マスコミ好きのする扇情的な犯行が、ブン屋の琴線に触れたようです。
しかし他人事ではありません。紅魔館もその被害に遭っているのです。
最近ではサンルームのフランス窓のガラスが盗まれたそうです。
虫が入ってくるので困るとメイドたちが愚痴を零していました。
以前からも館内の純銀製の装飾品が次々となくなっていました。
どうして怪盗マリサは、銀でできたものばかり狙うのでしょう?
怪盗マリサ共和国は、銀本位制で運営されているのでしょうか?
「怪盗マリサなんて恐るるに足らないわ!」
背後から威勢のいい声がしました。
フランドールお嬢様の声です。
フランドール様はこの紅魔館の主、
レミリア・スカーレット様の実妹です。
「次に紅魔館にやってきたら、私がとっ捕まえてあげるわ!」
その無邪気な言葉に、私もパチュリー様もすっかり毒が抜けてしまいました。
「それは頼もしいことです」
パチュリー様が言うと、任せなさいとフランドール様は誇らしげに胸を張り、
拳で、その胸を叩きました。
「私が、怪盗マリサの犯行をQEDしてみせるわ」
2
フランドール様は大人しく小説を読んでいました。
本に興味を持つのは、私としても嬉しいのですが、
本が気に入らないと、ご自身の能力で壊してしまうのが困ったところです。
この図書館の本は、防火、防水などの作用の魔法がかかっているのですが、
フランドール様の能力の前には一溜まりもありません。
さらに不都合なことに、フランドール様は推理小説に傾向しているのです。
推理小説は、その作風によって食べ物と同じように好き嫌いがあるのです。
なので、自然と、評価が無難な作品を薦めることが多くなってしまいます。
ですが、無難な作品にも飽きてしまったようで刺激に飢えているようです。
巷で話題の怪盗マリサ。推理小説の世界から体現したような、奇矯な泥棒。
その怪盗を捕まえようと息巻くのも、そういった事情からかもしれません。
フランドール様は本を読み終えたらしく、本を閉じて、卓上に置きました。
やはり、その本は推理小説でした。そして、暇をしている私に言いました。
「あーあ、今日はあいつ――じゃなかった、お姉様も咲夜も出かけてるし、
何もすることがなくて退屈なのよ。
小悪魔、何か面白い本はないの?」
「それお気に召しませんでしたか?」
「そういうわけじゃないんだけどね」
その本が原形を留めている以上、及第点が付いたことには間違いありません。
ですが、フランドール様の表情を窺う限りは、満点には程遠かったようです。
「だから、何か面白い本はないかって聞いてるの。もちろん推理小説で」
最後の条件さえなければ喜んで薦めたのですが、やはり気が進みません。
お勧めの本を気に入ってもらえればいいのですが、そうでない場合は……
本好きの矜持があるので、好きでない本を薦めることもできないのです。
返事に困っていると、見かねたパチュリー様が一冊本を持ってきました。
「それなら、これは如何でしょうか?シリーズものの一作目です。
これが気に入ればシリーズの他の作品も楽しめると思いますよ」
シリーズものならば、ある程度の期間は読む本を探すのに困りません。
パチュリー様の持つその本は、新書版のものと、文庫版があるのです。
片方がなくなっても、二度と読めなくなるということはないでしょう。
「じゃあ、それにするわ」
フランドール様は喜々として、その本を読み始めました。
そこで、私は、
「何か、お飲物を入れてきましょうか?」
二人に声をかけてみたのでした。
メイド長が不在なので飲み物を入れるなら、自分たちでする必要があります。
ほかのメイドには悪いのですが、茶を入れるのが上手でないのです。
パチュリー様が目を本から放して、顔を上げて答えました。
「気が利くわね。それじゃ、コーヒーを入れてくれるかしら。
小悪魔が入れるコーヒーは美味しいですよ、妹様も如何?」
「うーん、コーヒーは苦いから苦手。他には、何かないの?」
無理もないことです。そこでカフェオレを勧めてみました。
「それならいいわ」
と、受け入れてもらえました。一安心です。
ですが、図書館のミルクが切れていたので、
新たにミルクを調達する必要がありました。
「では、厨房に行って取ってきます」
ミルク以外にも必要な備品があれば持ってくるつもりでした。
図書館の主と同様、私も図書館から出る機会が少ないのです。
こうして図書館を出るのも何日ぶりかわからないくらいです。
廊下を歩いて、玄関ホールへ。その先に、厨房があるのです。
そこで私の足が止まりました。
玄関ホールの壁に一枚の書状が貼られているのです。
私は近寄ってそれを見ました。
その紙には、信じられない文面が書かれていました。
【犯行予告】
紅魔館は頂いたぜ――怪盗マリサ
3
私は、全速力だと辛いので、六割の速力で図書館へと戻りました。
「た、大変です、パチュリー様!」
私は駆け入ってパチュリー様に向かって叫びました。
パチュリー様が、多分液体酸素よりも冷たい目で私を見ました。
図書館では静かに、というのは最低限のルールです。
私は無法者として蔑みの視線を受けなければなりませんでした。
それでも緊急事態だということは伝わったようです。
パチュリー様が本にしおりを挟んで閉じて私のほうを見ました。
「どうしたの、まずは落ち着いて、呼吸を整えることよ。
そうね、外の世界の呼吸法を試してみたらどうかしら」
パチュリー様の指示通りに呼吸をしてみました。
ヒッ、ヒッ、フー……ヒッ、ヒッ(中略)
なんだか、とても落ち着きました。
呼吸の方は整ったのですが、
今も思考は混乱しています。
「こ、紅魔館が……盗まれました……」
自分でも意味のわからない言葉を言っています。
フランドール様が怪訝な顔つきで私を見ました。
「それは、一体どういうことなの?」
私に聞かれても、そんなことはわかりません。
私は答えられるわけもなく、件の紙を差し出すだけでした。
パチュリー様がそれを手に取り、フランドール様が横から覗き込みます。
【犯行予告】
紅魔館は頂いたぜ――怪盗マリサ
「これは……怪盗マリサの犯行!」
フランドール様が、驚きの声を上げました。
それに続いて、パチュリー様が言いました。
「怪盗マリサ……謙譲語を使えたのね……」
「突っ込むところそこですか!」
たしかに『頂いた』というのは謙譲語なのですが、
差し迫った問題は、そういうことではありません。
「それに――犯行予告なのに、過去形なのはおかしいわね。
文法習ってないのかしら。まったくもって、支離滅裂よ」
そうなのです。怪盗マリサは、支離滅裂なのです。
でなければ、紅魔館を盗むことなんて不可能です。
「い、一体、今紅魔館に何が起こっているのでしょう?
紅魔館は怪盗マリサの手中にあるということですか?
もしかしたら館の権利書を盗んだということですか?」
疑問が次々と、引っ切り無しに湧いて出てきます。
それでもパチュリー様は冷静な表情を崩しません。
顔の筋肉が退化してるだけかもしれないのですが。
「小悪魔、この紙はどこにあったものなの?」
「玄関ホールの壁に貼り付けられていました」
「壁の、どこ?詳しく言ってくれるかしら?」
私が答えると、二人は納得したように頷きました。
私には、二人が何を納得したのだかわかりません。
一人だけ混乱している私を見かねたのか、
フランドール様が諭すように言いました。
「そこには絵が飾られていたのよ。絵の題名は『紅魔館』
怪盗マリサは『紅魔館』という名前の絵を盗んだのよ」
4
フランドール様から『紅魔館』という題名の絵のことを聞いて、
ようやく納得することができました。
ですが、疑問はまだまだ尽きません。
「有名な画家が描いていたり、価値のあるものだったりするのですか?」
「いいえ。レミィは気に入ってたけど、絵自体に金銭的な価値はないわ。
盗む意味なんて、ないと思うのだけど。一体、何が目的なのかしらね」
金銭的価値のない絵を盗む目的なんて、私にはさっぱりわかりません。
「とにかく!」
フランドール様が大きな声で一喝しました。
その恫喝の恐ろしさといったらありません。
「ここで話しているよりも怪盗マリサを捕まえることが先よ!」
フランドール様の言う通りです。
絵を取り返さなかったら、レミリア様が何と言うかわかりません。
そこで三人は図書館を出ました。
三人だけでは外はおろか、広い紅魔館内ですら、捜索は困難です。
ここは捜索者を増やすのが先決。
しかし、今は夜なので館内で活動しているメイドは少ないのです。
「私と小悪魔で、美鈴とメイドたちを呼びに行きます。妹様は――」
「私は現場を見てから探しに行くわ」
そこで、二手に別れて行動を始めました。
パチュリー様曰く、絵は大変な額縁に入っていて、運ぶには目立つとのこと。
見つからず運ぶのは容易でなく、大きさのために一時的に隠すことも困難。
重ね重ね、捜索開始が遅れたことが悔やまれます。初動捜査の失敗です。
しかし、それを引きずってもいられません。まだ取り返せるはずです。
私は最初に、美鈴さんを呼ぶことにしました。
美鈴さんは、あれでも結構頼りになるのです。
私は美鈴さんの部屋のドアをノックしました。
何度もドアを叩いて、名前を呼んだのですが、
寝ているのか、返事が来る様子はありません。
私はそれを繰り返しているうちに堪りかねて、
「中国、起きろ!」
と叫びました。
「誰が中国だァ!」
と、寝惚け眼の美鈴さんがドアを蹴り破って出てきました。
私はバーサク状態の美鈴さんをなだめて事情を説明しました。
緊急事態である状況を理解し、なおかつ眼も冴えてきたようで、
美鈴さんは怪盗マリサ(睡眠の敵)の確保に熱を上げたようです。
「怪盗マリサ、見つけたらただじゃ置かないわ!」
美鈴さんは怪盗マリサを探しに、
私は引き続き皆を呼びに駆けて行きました。
5
メイドは皆『紅魔館』を知っていたので、盗まれたと聞いて驚きました。
館内を探す者と外を探す者に分かれ、メイドによる捜索が始まりました。
私も捜索を始めると、メイドの一人が、おずおずと話しかけてきました。
レミリア様の部屋の捜索についてどうするかを決めかねているようです。
「ふん、レミィの部屋ね。咲夜だって入ってるんだし、
別段に、他の者に入られて困ることもないでしょう」
パチュリー様がその平のメイドに、部屋に行くように言いました。
そのことについて話しているとフランドール様がやってきました。
「玄関の扉の閂が下ろされてたわ」
フランドール様は一言、それだけ言いました。
私は一瞬、何を言っているのかと迷いました。
「なるほど、怪盗マリサは玄関ホールで絵を盗んだ後、
すぐに玄関の扉から外に出て行くことをしなかった、
あるいは、そう見せかけたかったというわけですね」
パチュリー様がそれを解説しました。
閂は、館の内側からしか下ろせない。
つまり怪盗マリサは外に出てないということになります。
しかし、閂が仕掛けや協力者を使って下ろされたならば、
怪盗マリサは、とっくに外に逃げていることになります。
私個人は、まだ館内にいるという可能性を信じたいです。
それならば、絵を取り返すことができるかもしれません。
「やっぱり、あの絵は盗むには都合が悪いのよ。大きくて、目立つのだから。
すぐに持ち出さなかったということは、一時的に隠してる可能性が高いわ」
フランドール様が、自信満々に言い放ちました。
その様子には溢れんばかりの頼もしさが感じられました。
さすがは吸血鬼。そこには、姉君と同様にカリスマ性が窺えます。
「妹様、実は今、レミィの部屋の捜索について話しているのですが」
「別にどうだっていいんじゃない?なんなら私が見に行こうかしら」
そしてフランドール様は、レミリア様の部屋へ駆けて行きました。
「小悪魔……」
「はい、何でしょうか?」
「妹様が何か壊したりしないように見といて頂戴」
「断る権利は如何ほど?」
「全くないわ」
私はパワーハラスメントに屈してフランドール様の後を追いました。
6
レミリア様の部屋は基本的に置いているものが少なく、簡素なものでした。
衣裳部屋がありますから、クローゼットも最低限の服が入ったものが一つ。
ただでさえ広い部屋がもっと広く見えるのは、調度品の少なさ故でしょう。
クローゼットを開けたら中に怪盗マリサが入っていた――
ということは全然なく、ただ服が入っていただけでした。
絵も隠されてる様子はありません。残念ながら収穫なし。
その横には、金縁の、全身が映る大きな姿見が立てかけてありました。
私はその前に立って、何を思ったか、その場で一回転していました。
フランドール様は「何やってんの?」という目で私を見ています。
こんなことをしている場合でないのは、私も承知の上なのです。
ですが、何故か体が動いてしまった、私はそう弁明しました。
そこで、自分でも忘れかけていた感情を思い出したのです。
「私は、こういう大きく瀟洒な姿見に憧れてたのです。
ドレスで着飾って、姿見の前で、くるっと一回り。
そして晴れやかな気持ちで社交場へと繰り出す。
そんな、淡い幻想を抱いていましたものです」
「小悪魔は、今もそんな姿見に憧れてるの?」
「憧れというものは『童心』から成り立っているのです。
今は、それはないです。私が小さかった頃の話ですよ」
「小悪魔が小さい頃……つまりは極小悪魔だった時代ね」
せめて子悪魔と呼んで欲しいものですが。
姿見の隣には一般的な本棚。
本の絶対数が少ないようで、
空いた空間には花瓶が置かれて、彩りが添えられています。
そして部屋の中央には天蓋付きの豪奢なベッド、隣に棺桶。
その下には異国情緒溢れるカーペットが敷かれていました。
そこで、フランドール様がベッドの元へ寄って言いました。
「じゃあ、ベッドを持ち上げるから、ベッドの下を見て」
「その、本とか入ってたら、どうしたらいいのですか?」
「本?なんで本がベッドの下にあるの?意味わかんない。
本って、本棚か、机か、床に置かれてるものでしょう」
ごもっともな話です。どうしてそんなことを考えていたのでしょう。
ベッドの裏側を見ましたが、変わった箇所は見つかりませんでした。
その後、棺桶の中やカーペットの裏も検めましたが、
結局のところ何も見つけることができませんでした。
検分が終わる頃、メイドが、入り口から声をかけました。
私はメイドの元に駆け寄って、その話を聞きました。
話の内容はにわかには信じられないものでした。
私は、すぐにフランドール様に伝えました。
「か、怪盗マリサが捕まったようです!」
7
怪盗マリサを捕まえたのは、美鈴さん――
ではなくて、それはパチュリー様――
でもなく、平のメイドでした。
ある意味、超展開です。
怪盗マリサは紅魔館の庭の、噴水の端に余裕の表情で座っていました。
噴水の周りをメイドたちや、美鈴さん、パチュリー様が固めています。
フランドール様は「確かめたいことがある」と部屋に残っていました。
「はい、じゃあ、お名前は?」
「あるときは普通の魔法使い、あるときは粋な博徒、あるときは商人、
あるときは名探偵、いつのときも美少女!
その正体は――幻想郷を叉に掛ける大泥棒、怪盗マリサだぜ!」
こんな調子でパチュリー様の、怪盗マリサへの尋問が行われていました。
怪盗マリサの格好は、黒ドレスと白エプロンといういつものものでした。
黒の三角帽を被り、横には不自然に大きな竹箒が立てかけられています。
どう見ても霧雨魔理沙なのですが、最後まで怪盗マリサで通すようです。
「こんなところで、何をしていたのかしら?」
「別に、何をしてたってお前にゃ関係ないぜ。
ただの散歩だぜ。実に健康的な趣味だろ?」
聞くところによると、怪盗マリサは庭を、悠々と闊歩していたようです。
ますます、この怪盗の真意が掴めません。尋問が始まった今になっても。
しかし、怪盗マリサは絵を、『紅魔館』を持っているように見えません。
『紅魔館』はどこに消えてしまったのでしょう?
パチュリー様はそのことについて問い質します。
「次の質問。紅魔館はどこにあるの?」
「はあ?お前さんにゃ目が付いてないのか、紅魔館はここだぜ?」
「まったく、話をはぐらかして……盗人猛々しいわね」
パチュリー様は溜息を吐きました。
「お前たち、私が盗みを働いたなんて言ってるが、
なんなら、ボディチェックをしてみてもいいぜ。
私の潔白を証明するだけに終わるだろうけどな」
「全く……そんなことなんて――望むところよ!」
望むところらしいです。
パチュリー様はまず、(中略)を(中略)して、すかさず(中略)
その手つきは(中略)、(中略)ドロワ、(中略)ロワー(中略)
間髪入れずに(中略)、ドロワー(中略)、名残惜しげに(中略)
「 そ こ ま で よ ! 」
フランドール様の声が玄関から響きました。
パチュリー様は何故か、台詞を取られたというような表情でした。
玄関の地点から、助走もなしで、一足飛び。
物理法則に従い放物線を描きながらフランドール様は現れました。
「フランドールは重役出勤だな」
「御機嫌よう。怪盗マリサさん」
「聞けよ、こいつら私が絵を盗んだって言うんだよ
でも盗んでないってことは今ので証明済みなんだぜ
だから、こいつらを追っ払ってくれよ。私はもう帰る」
「いいえ、帰さない。そして、紅魔館は返してもらうわよ」
怪盗マリサは立ち上がり、フランドール様と正面から対峙しました。
「さあ、解決編の始まりよ。怪盗マリサ、あなたを――」
戦いのまぶた……じゃなくて、火ぶたが切って落とされました。
「あなたを――QEDしてあげるわ」
ここは吸血鬼の棲む紅い妖館、紅魔館の――その地下にある大図書館。
私はそこで図書館の主であるパチュリー・ノーレッジ様のお手伝いを、
僭越ながらさせていただいています。
名前は、名乗るほどの者ではないのですが――便宜上、
『小悪魔』の仮称で認識していただければと思います。
私はそう呼ばれることが多いのです。
そして、今日も――
「小悪魔、本を取って来てもらいたいのだけど」
こうしてお目当ての本を探してくるのを頼まれるのはよくあることです。
私が、このように、本を取りに行くという作業を肩代わりしてますので、
パチュリー様はずっと椅子に座りっ放しでいるということが常なのです。
ある日、冗談で、
「そんなに座り続けて●(伏字ですが、病垂に寺の字だと付記しておきます)
にならないのですか?」
と聞いたら、本でぶん殴られました。
重力に従って振り落とされた日中辞典の角が、私の顎を打ち据えたのです。
以来、私はグラスジョーです。私のボクサー生命は終わったも同然でした。
その後、腫れた顎に軟膏を塗ろうとしたら、何故か軟膏が切れていました。
どうしてでしょう?ミステリーです。
そんなことを考えている内に私は頼まれた本を持って戻ってきました。
パチュリー様は卓の上に置いたランプを灯りに新聞を読んでいました。
「ありがとう、小悪魔。そこに置いてくれるかしら」
パチュリー様は紙面を見たままで言いました。
一面記事。大きな写真に添えた大きな見出し。
「『怪盗マリサ現る!』ですか。文々。新聞はこの話題で持ちきりですね」
パチュリー様は溜息交じりに答えました。
「はあ、困ったものよね。紅魔館も被害に遭っているようだし……」
実に高尚な溜息です。幸せが逃げるとの迷信を裏付けるような薄幸の表情。
幻想郷溜息選手権大会が開かれたら五本の指に入るのではないでしょうか。
今話題となっている怪盗マリサ。詳細は主に文々。新聞に書かれています。
毎回奇矯で酔狂な手口で盗みを働き、幻想郷を震撼させている困った泥棒。
大変なものを盗んで行く程度の能力を持っていると自称しているとのこと。
その正体は、普通の魔法使いの霧雨魔理沙なのではないかと専らの噂です。
今のところ、噂の真偽は自明です。
新刊の文々。新聞に目を落とすと、
『犯行の背後に謎の男マスター・モリチカ氏の影が!』
『マッドサイエンティスト・ニトリも犯行に関与か?』
など、どうみてもおふざけとしか思えないような字面が並んでいます。
マスコミ好きのする扇情的な犯行が、ブン屋の琴線に触れたようです。
しかし他人事ではありません。紅魔館もその被害に遭っているのです。
最近ではサンルームのフランス窓のガラスが盗まれたそうです。
虫が入ってくるので困るとメイドたちが愚痴を零していました。
以前からも館内の純銀製の装飾品が次々となくなっていました。
どうして怪盗マリサは、銀でできたものばかり狙うのでしょう?
怪盗マリサ共和国は、銀本位制で運営されているのでしょうか?
「怪盗マリサなんて恐るるに足らないわ!」
背後から威勢のいい声がしました。
フランドールお嬢様の声です。
フランドール様はこの紅魔館の主、
レミリア・スカーレット様の実妹です。
「次に紅魔館にやってきたら、私がとっ捕まえてあげるわ!」
その無邪気な言葉に、私もパチュリー様もすっかり毒が抜けてしまいました。
「それは頼もしいことです」
パチュリー様が言うと、任せなさいとフランドール様は誇らしげに胸を張り、
拳で、その胸を叩きました。
「私が、怪盗マリサの犯行をQEDしてみせるわ」
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フランドール様は大人しく小説を読んでいました。
本に興味を持つのは、私としても嬉しいのですが、
本が気に入らないと、ご自身の能力で壊してしまうのが困ったところです。
この図書館の本は、防火、防水などの作用の魔法がかかっているのですが、
フランドール様の能力の前には一溜まりもありません。
さらに不都合なことに、フランドール様は推理小説に傾向しているのです。
推理小説は、その作風によって食べ物と同じように好き嫌いがあるのです。
なので、自然と、評価が無難な作品を薦めることが多くなってしまいます。
ですが、無難な作品にも飽きてしまったようで刺激に飢えているようです。
巷で話題の怪盗マリサ。推理小説の世界から体現したような、奇矯な泥棒。
その怪盗を捕まえようと息巻くのも、そういった事情からかもしれません。
フランドール様は本を読み終えたらしく、本を閉じて、卓上に置きました。
やはり、その本は推理小説でした。そして、暇をしている私に言いました。
「あーあ、今日はあいつ――じゃなかった、お姉様も咲夜も出かけてるし、
何もすることがなくて退屈なのよ。
小悪魔、何か面白い本はないの?」
「それお気に召しませんでしたか?」
「そういうわけじゃないんだけどね」
その本が原形を留めている以上、及第点が付いたことには間違いありません。
ですが、フランドール様の表情を窺う限りは、満点には程遠かったようです。
「だから、何か面白い本はないかって聞いてるの。もちろん推理小説で」
最後の条件さえなければ喜んで薦めたのですが、やはり気が進みません。
お勧めの本を気に入ってもらえればいいのですが、そうでない場合は……
本好きの矜持があるので、好きでない本を薦めることもできないのです。
返事に困っていると、見かねたパチュリー様が一冊本を持ってきました。
「それなら、これは如何でしょうか?シリーズものの一作目です。
これが気に入ればシリーズの他の作品も楽しめると思いますよ」
シリーズものならば、ある程度の期間は読む本を探すのに困りません。
パチュリー様の持つその本は、新書版のものと、文庫版があるのです。
片方がなくなっても、二度と読めなくなるということはないでしょう。
「じゃあ、それにするわ」
フランドール様は喜々として、その本を読み始めました。
そこで、私は、
「何か、お飲物を入れてきましょうか?」
二人に声をかけてみたのでした。
メイド長が不在なので飲み物を入れるなら、自分たちでする必要があります。
ほかのメイドには悪いのですが、茶を入れるのが上手でないのです。
パチュリー様が目を本から放して、顔を上げて答えました。
「気が利くわね。それじゃ、コーヒーを入れてくれるかしら。
小悪魔が入れるコーヒーは美味しいですよ、妹様も如何?」
「うーん、コーヒーは苦いから苦手。他には、何かないの?」
無理もないことです。そこでカフェオレを勧めてみました。
「それならいいわ」
と、受け入れてもらえました。一安心です。
ですが、図書館のミルクが切れていたので、
新たにミルクを調達する必要がありました。
「では、厨房に行って取ってきます」
ミルク以外にも必要な備品があれば持ってくるつもりでした。
図書館の主と同様、私も図書館から出る機会が少ないのです。
こうして図書館を出るのも何日ぶりかわからないくらいです。
廊下を歩いて、玄関ホールへ。その先に、厨房があるのです。
そこで私の足が止まりました。
玄関ホールの壁に一枚の書状が貼られているのです。
私は近寄ってそれを見ました。
その紙には、信じられない文面が書かれていました。
【犯行予告】
紅魔館は頂いたぜ――怪盗マリサ
3
私は、全速力だと辛いので、六割の速力で図書館へと戻りました。
「た、大変です、パチュリー様!」
私は駆け入ってパチュリー様に向かって叫びました。
パチュリー様が、多分液体酸素よりも冷たい目で私を見ました。
図書館では静かに、というのは最低限のルールです。
私は無法者として蔑みの視線を受けなければなりませんでした。
それでも緊急事態だということは伝わったようです。
パチュリー様が本にしおりを挟んで閉じて私のほうを見ました。
「どうしたの、まずは落ち着いて、呼吸を整えることよ。
そうね、外の世界の呼吸法を試してみたらどうかしら」
パチュリー様の指示通りに呼吸をしてみました。
ヒッ、ヒッ、フー……ヒッ、ヒッ(中略)
なんだか、とても落ち着きました。
呼吸の方は整ったのですが、
今も思考は混乱しています。
「こ、紅魔館が……盗まれました……」
自分でも意味のわからない言葉を言っています。
フランドール様が怪訝な顔つきで私を見ました。
「それは、一体どういうことなの?」
私に聞かれても、そんなことはわかりません。
私は答えられるわけもなく、件の紙を差し出すだけでした。
パチュリー様がそれを手に取り、フランドール様が横から覗き込みます。
【犯行予告】
紅魔館は頂いたぜ――怪盗マリサ
「これは……怪盗マリサの犯行!」
フランドール様が、驚きの声を上げました。
それに続いて、パチュリー様が言いました。
「怪盗マリサ……謙譲語を使えたのね……」
「突っ込むところそこですか!」
たしかに『頂いた』というのは謙譲語なのですが、
差し迫った問題は、そういうことではありません。
「それに――犯行予告なのに、過去形なのはおかしいわね。
文法習ってないのかしら。まったくもって、支離滅裂よ」
そうなのです。怪盗マリサは、支離滅裂なのです。
でなければ、紅魔館を盗むことなんて不可能です。
「い、一体、今紅魔館に何が起こっているのでしょう?
紅魔館は怪盗マリサの手中にあるということですか?
もしかしたら館の権利書を盗んだということですか?」
疑問が次々と、引っ切り無しに湧いて出てきます。
それでもパチュリー様は冷静な表情を崩しません。
顔の筋肉が退化してるだけかもしれないのですが。
「小悪魔、この紙はどこにあったものなの?」
「玄関ホールの壁に貼り付けられていました」
「壁の、どこ?詳しく言ってくれるかしら?」
私が答えると、二人は納得したように頷きました。
私には、二人が何を納得したのだかわかりません。
一人だけ混乱している私を見かねたのか、
フランドール様が諭すように言いました。
「そこには絵が飾られていたのよ。絵の題名は『紅魔館』
怪盗マリサは『紅魔館』という名前の絵を盗んだのよ」
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フランドール様から『紅魔館』という題名の絵のことを聞いて、
ようやく納得することができました。
ですが、疑問はまだまだ尽きません。
「有名な画家が描いていたり、価値のあるものだったりするのですか?」
「いいえ。レミィは気に入ってたけど、絵自体に金銭的な価値はないわ。
盗む意味なんて、ないと思うのだけど。一体、何が目的なのかしらね」
金銭的価値のない絵を盗む目的なんて、私にはさっぱりわかりません。
「とにかく!」
フランドール様が大きな声で一喝しました。
その恫喝の恐ろしさといったらありません。
「ここで話しているよりも怪盗マリサを捕まえることが先よ!」
フランドール様の言う通りです。
絵を取り返さなかったら、レミリア様が何と言うかわかりません。
そこで三人は図書館を出ました。
三人だけでは外はおろか、広い紅魔館内ですら、捜索は困難です。
ここは捜索者を増やすのが先決。
しかし、今は夜なので館内で活動しているメイドは少ないのです。
「私と小悪魔で、美鈴とメイドたちを呼びに行きます。妹様は――」
「私は現場を見てから探しに行くわ」
そこで、二手に別れて行動を始めました。
パチュリー様曰く、絵は大変な額縁に入っていて、運ぶには目立つとのこと。
見つからず運ぶのは容易でなく、大きさのために一時的に隠すことも困難。
重ね重ね、捜索開始が遅れたことが悔やまれます。初動捜査の失敗です。
しかし、それを引きずってもいられません。まだ取り返せるはずです。
私は最初に、美鈴さんを呼ぶことにしました。
美鈴さんは、あれでも結構頼りになるのです。
私は美鈴さんの部屋のドアをノックしました。
何度もドアを叩いて、名前を呼んだのですが、
寝ているのか、返事が来る様子はありません。
私はそれを繰り返しているうちに堪りかねて、
「中国、起きろ!」
と叫びました。
「誰が中国だァ!」
と、寝惚け眼の美鈴さんがドアを蹴り破って出てきました。
私はバーサク状態の美鈴さんをなだめて事情を説明しました。
緊急事態である状況を理解し、なおかつ眼も冴えてきたようで、
美鈴さんは怪盗マリサ(睡眠の敵)の確保に熱を上げたようです。
「怪盗マリサ、見つけたらただじゃ置かないわ!」
美鈴さんは怪盗マリサを探しに、
私は引き続き皆を呼びに駆けて行きました。
5
メイドは皆『紅魔館』を知っていたので、盗まれたと聞いて驚きました。
館内を探す者と外を探す者に分かれ、メイドによる捜索が始まりました。
私も捜索を始めると、メイドの一人が、おずおずと話しかけてきました。
レミリア様の部屋の捜索についてどうするかを決めかねているようです。
「ふん、レミィの部屋ね。咲夜だって入ってるんだし、
別段に、他の者に入られて困ることもないでしょう」
パチュリー様がその平のメイドに、部屋に行くように言いました。
そのことについて話しているとフランドール様がやってきました。
「玄関の扉の閂が下ろされてたわ」
フランドール様は一言、それだけ言いました。
私は一瞬、何を言っているのかと迷いました。
「なるほど、怪盗マリサは玄関ホールで絵を盗んだ後、
すぐに玄関の扉から外に出て行くことをしなかった、
あるいは、そう見せかけたかったというわけですね」
パチュリー様がそれを解説しました。
閂は、館の内側からしか下ろせない。
つまり怪盗マリサは外に出てないということになります。
しかし、閂が仕掛けや協力者を使って下ろされたならば、
怪盗マリサは、とっくに外に逃げていることになります。
私個人は、まだ館内にいるという可能性を信じたいです。
それならば、絵を取り返すことができるかもしれません。
「やっぱり、あの絵は盗むには都合が悪いのよ。大きくて、目立つのだから。
すぐに持ち出さなかったということは、一時的に隠してる可能性が高いわ」
フランドール様が、自信満々に言い放ちました。
その様子には溢れんばかりの頼もしさが感じられました。
さすがは吸血鬼。そこには、姉君と同様にカリスマ性が窺えます。
「妹様、実は今、レミィの部屋の捜索について話しているのですが」
「別にどうだっていいんじゃない?なんなら私が見に行こうかしら」
そしてフランドール様は、レミリア様の部屋へ駆けて行きました。
「小悪魔……」
「はい、何でしょうか?」
「妹様が何か壊したりしないように見といて頂戴」
「断る権利は如何ほど?」
「全くないわ」
私はパワーハラスメントに屈してフランドール様の後を追いました。
6
レミリア様の部屋は基本的に置いているものが少なく、簡素なものでした。
衣裳部屋がありますから、クローゼットも最低限の服が入ったものが一つ。
ただでさえ広い部屋がもっと広く見えるのは、調度品の少なさ故でしょう。
クローゼットを開けたら中に怪盗マリサが入っていた――
ということは全然なく、ただ服が入っていただけでした。
絵も隠されてる様子はありません。残念ながら収穫なし。
その横には、金縁の、全身が映る大きな姿見が立てかけてありました。
私はその前に立って、何を思ったか、その場で一回転していました。
フランドール様は「何やってんの?」という目で私を見ています。
こんなことをしている場合でないのは、私も承知の上なのです。
ですが、何故か体が動いてしまった、私はそう弁明しました。
そこで、自分でも忘れかけていた感情を思い出したのです。
「私は、こういう大きく瀟洒な姿見に憧れてたのです。
ドレスで着飾って、姿見の前で、くるっと一回り。
そして晴れやかな気持ちで社交場へと繰り出す。
そんな、淡い幻想を抱いていましたものです」
「小悪魔は、今もそんな姿見に憧れてるの?」
「憧れというものは『童心』から成り立っているのです。
今は、それはないです。私が小さかった頃の話ですよ」
「小悪魔が小さい頃……つまりは極小悪魔だった時代ね」
せめて子悪魔と呼んで欲しいものですが。
姿見の隣には一般的な本棚。
本の絶対数が少ないようで、
空いた空間には花瓶が置かれて、彩りが添えられています。
そして部屋の中央には天蓋付きの豪奢なベッド、隣に棺桶。
その下には異国情緒溢れるカーペットが敷かれていました。
そこで、フランドール様がベッドの元へ寄って言いました。
「じゃあ、ベッドを持ち上げるから、ベッドの下を見て」
「その、本とか入ってたら、どうしたらいいのですか?」
「本?なんで本がベッドの下にあるの?意味わかんない。
本って、本棚か、机か、床に置かれてるものでしょう」
ごもっともな話です。どうしてそんなことを考えていたのでしょう。
ベッドの裏側を見ましたが、変わった箇所は見つかりませんでした。
その後、棺桶の中やカーペットの裏も検めましたが、
結局のところ何も見つけることができませんでした。
検分が終わる頃、メイドが、入り口から声をかけました。
私はメイドの元に駆け寄って、その話を聞きました。
話の内容はにわかには信じられないものでした。
私は、すぐにフランドール様に伝えました。
「か、怪盗マリサが捕まったようです!」
7
怪盗マリサを捕まえたのは、美鈴さん――
ではなくて、それはパチュリー様――
でもなく、平のメイドでした。
ある意味、超展開です。
怪盗マリサは紅魔館の庭の、噴水の端に余裕の表情で座っていました。
噴水の周りをメイドたちや、美鈴さん、パチュリー様が固めています。
フランドール様は「確かめたいことがある」と部屋に残っていました。
「はい、じゃあ、お名前は?」
「あるときは普通の魔法使い、あるときは粋な博徒、あるときは商人、
あるときは名探偵、いつのときも美少女!
その正体は――幻想郷を叉に掛ける大泥棒、怪盗マリサだぜ!」
こんな調子でパチュリー様の、怪盗マリサへの尋問が行われていました。
怪盗マリサの格好は、黒ドレスと白エプロンといういつものものでした。
黒の三角帽を被り、横には不自然に大きな竹箒が立てかけられています。
どう見ても霧雨魔理沙なのですが、最後まで怪盗マリサで通すようです。
「こんなところで、何をしていたのかしら?」
「別に、何をしてたってお前にゃ関係ないぜ。
ただの散歩だぜ。実に健康的な趣味だろ?」
聞くところによると、怪盗マリサは庭を、悠々と闊歩していたようです。
ますます、この怪盗の真意が掴めません。尋問が始まった今になっても。
しかし、怪盗マリサは絵を、『紅魔館』を持っているように見えません。
『紅魔館』はどこに消えてしまったのでしょう?
パチュリー様はそのことについて問い質します。
「次の質問。紅魔館はどこにあるの?」
「はあ?お前さんにゃ目が付いてないのか、紅魔館はここだぜ?」
「まったく、話をはぐらかして……盗人猛々しいわね」
パチュリー様は溜息を吐きました。
「お前たち、私が盗みを働いたなんて言ってるが、
なんなら、ボディチェックをしてみてもいいぜ。
私の潔白を証明するだけに終わるだろうけどな」
「全く……そんなことなんて――望むところよ!」
望むところらしいです。
パチュリー様はまず、(中略)を(中略)して、すかさず(中略)
その手つきは(中略)、(中略)ドロワ、(中略)ロワー(中略)
間髪入れずに(中略)、ドロワー(中略)、名残惜しげに(中略)
「 そ こ ま で よ ! 」
フランドール様の声が玄関から響きました。
パチュリー様は何故か、台詞を取られたというような表情でした。
玄関の地点から、助走もなしで、一足飛び。
物理法則に従い放物線を描きながらフランドール様は現れました。
「フランドールは重役出勤だな」
「御機嫌よう。怪盗マリサさん」
「聞けよ、こいつら私が絵を盗んだって言うんだよ
でも盗んでないってことは今ので証明済みなんだぜ
だから、こいつらを追っ払ってくれよ。私はもう帰る」
「いいえ、帰さない。そして、紅魔館は返してもらうわよ」
怪盗マリサは立ち上がり、フランドール様と正面から対峙しました。
「さあ、解決編の始まりよ。怪盗マリサ、あなたを――」
戦いのまぶた……じゃなくて、火ぶたが切って落とされました。
「あなたを――QEDしてあげるわ」