※妖々夢EX後ぐらいの舞台です。
作者はヘタレシューターなのでクリアできてませんので、怪しいところありましたらご容赦ください。
主の床が空なのに気付いて、私はこの春に似つかわしくもない焦燥から漸くにして解放されるのを喜んだ。これであの理不尽な人間たちにお灸の一つも据えてやれるというものだとほくそ笑んで数秒、こんな私の顔は橙には見せてはいけないなと白い名残雪を見つつ自戒した。そもそも橙に危険が及ばないように式を編んでやれなかったのは私の責任、その橙の仇をとってやれなかったのは私の弱さなのである。責任のほうは橙の猫としての好奇心だとか、まだ若いあの子には色とりどりの世界や存在とかかわりあって欲しい、という願いから多少自由にさせてやりたかったと言い訳させて欲しいのだけれども、弱さのほうはといえば、幻想郷最強の妖獣という看板を叩けば存外に軽い音がしそうで取り外したくなった。
私がその看板を出していることが主にとっても嬉しいし都合がいいのか、そんなものなくても主は不敵にしているのかという考えが頭にとびついてきたが、私は頭をぶるっとふるってそれを振り払うことにした。大丈夫、八雲一家は最強だ。
私が暗い情念に取り付かれている傍ら、庭のほうを見やると、橙がとけつつある雪――もう珍しくもないけれどもちょうど遊ぶのにほどよくなったからだろう――しゃりしゃりしたのを掬っては、顔を洗っている。その光景に笑みがこぼれて、橙には見せてはいけない顔を見せる心配はないなと可愛い式を持つ自分の幸運を祝った。
橙が走り回ったからでこぼこしている雪は、その「ぼこ」のところを歩いていくと面白い按配に踏み込めるものだから、橙のほうへ近づくたびにますます晴れていく自分の心がくすぐったかった。こんな贈り物をしてくれるとは私の式の編み方も悪くない、と頬の肉が上がるのを感じるが、それよりも大きい要因があるのは分かっている。それを愛しているのだ、私は。
橙の尻尾は雪にぬれて小気味のいい質感を見せる黒、それが孟春の日差しにキラキラとして眩しい。私はその尻尾が片方はゆらゆらと横にゆれ、もう一方が彼女の機嫌よくぴんとしているのを飽きずに見る。あの人間たちはまた紫様に会いにやってくるだろうけども、こののんびりした時間はそんなこともどうでもいい、と思わせてくれるに十分だった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
心地よい寒さに目を覚まし、藍を呼ぼうとおもむろに起き上がり障子を開ける。すると私は初めて見る白と銀の世界にびっくりして目を瞑った。二度寝をする気合満々だった私はその光景の一瞬の記憶に胸を掴まれ、恐る恐るまた銀に瞼を刺されないように目じりに力をこめつつ、数ヶ月ぶりの世界におはようを告げた。
それは、何もかもが初めての世界だった。私がいつも冬眠から起きたときはもう草木も芽吹いて生を謳歌しているものだったが、今回は死の季節と生の季節の境界を目の当たりにしているのだと気付いた。目の当たりにしているだけではない、全身で感じている。これが、冬!私は冬眠をする妖怪だと知っていたが、「冬」という季節についての経験的な知識を持たなかった。しかし、今その忘れ物を拝見させていただき、これは後で知ったことだが幽々子が春を集めていたことにさすがは私の友人と感謝した。
緊張感をたたえた空気は肌を刺し、ぶるっと震えて吐いた吐息が白いのを見て私は自分にもこの真白の世界の一員なのだと喜ぶ。私はこの感動を暫くは一人で楽しむことにして藍も橙も起きていないのを式の動きで確かめると、柔らかそうな白を走り回った。そうして、走るということが自分の長い歳月のなかで久しぶりなことを思い出した。
暫くそうしていると、あたり一面の白と同じぐらいにきめ細やかな肌をして、この空気と同じぐらい透明な存在感の妖怪がマヨヒガに入ってきたのを感じ、この初めての風景に初めての出会いというのもおつなもの、と会ってみたく思った。スキマを使う気にもならず、此方から手を振りながらそちらへ走る。
「そろそろ私は寝ようかと思っていたのに、こんなところでこんなにも冬を楽しんでいる人が居るから、もう少し起きていることにしたわ」
「貴方は?」
「私はレティ・ホワイトロック、冬の妖怪よ。 まずは自分から名乗ってよ。 もう名乗っちゃったけど」
「これは失礼しましたわ。 私は八雲紫。 よろしく、冬の達人」
「あら? 貴方は冬は素人? いいわ、みっちり教えてあげる」
私は彼女に、たくさんのことを教わった。私がさっきから走り回っている白の絨毯こそが、多くの人間が讃える「雪」というものなのだと。また、地面の中の水分が凍って霜柱というものになり、それを踏みつけるのは雪とはまた違った趣があるのだと。今はもう伸びやかな寒さだが、もっと厳しい寒さの日にはダイヤモンドダストという、氷の粒が陽光を反射して視界全体がきらきらする現象が起こる日もあるのだと。
そして、今年は冬が長くなっている理由となった異変について教えてもらい、彼女と会うことがもうこの先暫くないことを悟った。私は、ときどき冬にも起きているよう頑張ってみようか、そうすれば冬の始めには会えるかも、と彼女に提案した。でも彼女は、
「あなたは冬の間は寝ているのが自然なんでしょ? 私も冬以外は寝ているのが自然なの。それでいいじゃない」
それこそ自然な答えをしてくれたことは、この幽々子が起こした異変に思わぬ利を得た共犯者同士、それ以上の絆の証なのだろう。だからもうこれ以上言うまい。
私は博麗の巫女が暫く仕事をさぼってくれたらな、と願った。
作者はヘタレシューターなのでクリアできてませんので、怪しいところありましたらご容赦ください。
主の床が空なのに気付いて、私はこの春に似つかわしくもない焦燥から漸くにして解放されるのを喜んだ。これであの理不尽な人間たちにお灸の一つも据えてやれるというものだとほくそ笑んで数秒、こんな私の顔は橙には見せてはいけないなと白い名残雪を見つつ自戒した。そもそも橙に危険が及ばないように式を編んでやれなかったのは私の責任、その橙の仇をとってやれなかったのは私の弱さなのである。責任のほうは橙の猫としての好奇心だとか、まだ若いあの子には色とりどりの世界や存在とかかわりあって欲しい、という願いから多少自由にさせてやりたかったと言い訳させて欲しいのだけれども、弱さのほうはといえば、幻想郷最強の妖獣という看板を叩けば存外に軽い音がしそうで取り外したくなった。
私がその看板を出していることが主にとっても嬉しいし都合がいいのか、そんなものなくても主は不敵にしているのかという考えが頭にとびついてきたが、私は頭をぶるっとふるってそれを振り払うことにした。大丈夫、八雲一家は最強だ。
私が暗い情念に取り付かれている傍ら、庭のほうを見やると、橙がとけつつある雪――もう珍しくもないけれどもちょうど遊ぶのにほどよくなったからだろう――しゃりしゃりしたのを掬っては、顔を洗っている。その光景に笑みがこぼれて、橙には見せてはいけない顔を見せる心配はないなと可愛い式を持つ自分の幸運を祝った。
橙が走り回ったからでこぼこしている雪は、その「ぼこ」のところを歩いていくと面白い按配に踏み込めるものだから、橙のほうへ近づくたびにますます晴れていく自分の心がくすぐったかった。こんな贈り物をしてくれるとは私の式の編み方も悪くない、と頬の肉が上がるのを感じるが、それよりも大きい要因があるのは分かっている。それを愛しているのだ、私は。
橙の尻尾は雪にぬれて小気味のいい質感を見せる黒、それが孟春の日差しにキラキラとして眩しい。私はその尻尾が片方はゆらゆらと横にゆれ、もう一方が彼女の機嫌よくぴんとしているのを飽きずに見る。あの人間たちはまた紫様に会いにやってくるだろうけども、こののんびりした時間はそんなこともどうでもいい、と思わせてくれるに十分だった。
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心地よい寒さに目を覚まし、藍を呼ぼうとおもむろに起き上がり障子を開ける。すると私は初めて見る白と銀の世界にびっくりして目を瞑った。二度寝をする気合満々だった私はその光景の一瞬の記憶に胸を掴まれ、恐る恐るまた銀に瞼を刺されないように目じりに力をこめつつ、数ヶ月ぶりの世界におはようを告げた。
それは、何もかもが初めての世界だった。私がいつも冬眠から起きたときはもう草木も芽吹いて生を謳歌しているものだったが、今回は死の季節と生の季節の境界を目の当たりにしているのだと気付いた。目の当たりにしているだけではない、全身で感じている。これが、冬!私は冬眠をする妖怪だと知っていたが、「冬」という季節についての経験的な知識を持たなかった。しかし、今その忘れ物を拝見させていただき、これは後で知ったことだが幽々子が春を集めていたことにさすがは私の友人と感謝した。
緊張感をたたえた空気は肌を刺し、ぶるっと震えて吐いた吐息が白いのを見て私は自分にもこの真白の世界の一員なのだと喜ぶ。私はこの感動を暫くは一人で楽しむことにして藍も橙も起きていないのを式の動きで確かめると、柔らかそうな白を走り回った。そうして、走るということが自分の長い歳月のなかで久しぶりなことを思い出した。
暫くそうしていると、あたり一面の白と同じぐらいにきめ細やかな肌をして、この空気と同じぐらい透明な存在感の妖怪がマヨヒガに入ってきたのを感じ、この初めての風景に初めての出会いというのもおつなもの、と会ってみたく思った。スキマを使う気にもならず、此方から手を振りながらそちらへ走る。
「そろそろ私は寝ようかと思っていたのに、こんなところでこんなにも冬を楽しんでいる人が居るから、もう少し起きていることにしたわ」
「貴方は?」
「私はレティ・ホワイトロック、冬の妖怪よ。 まずは自分から名乗ってよ。 もう名乗っちゃったけど」
「これは失礼しましたわ。 私は八雲紫。 よろしく、冬の達人」
「あら? 貴方は冬は素人? いいわ、みっちり教えてあげる」
私は彼女に、たくさんのことを教わった。私がさっきから走り回っている白の絨毯こそが、多くの人間が讃える「雪」というものなのだと。また、地面の中の水分が凍って霜柱というものになり、それを踏みつけるのは雪とはまた違った趣があるのだと。今はもう伸びやかな寒さだが、もっと厳しい寒さの日にはダイヤモンドダストという、氷の粒が陽光を反射して視界全体がきらきらする現象が起こる日もあるのだと。
そして、今年は冬が長くなっている理由となった異変について教えてもらい、彼女と会うことがもうこの先暫くないことを悟った。私は、ときどき冬にも起きているよう頑張ってみようか、そうすれば冬の始めには会えるかも、と彼女に提案した。でも彼女は、
「あなたは冬の間は寝ているのが自然なんでしょ? 私も冬以外は寝ているのが自然なの。それでいいじゃない」
それこそ自然な答えをしてくれたことは、この幽々子が起こした異変に思わぬ利を得た共犯者同士、それ以上の絆の証なのだろう。だからもうこれ以上言うまい。
私は博麗の巫女が暫く仕事をさぼってくれたらな、と願った。
ゆかりんが、式達以上にものっそ可愛らしいのもポイントですねw
ただ、話の内容自体に拭いきれない違和感がある。例えば、「それは、何もかもが初めての世界だった。私がいつも冬眠から起きたときはもう草木も芽吹いて生を謳歌しているものだったが、今回は死の季節と生の季節の境界を目の当たりにしているのだと気付いた。」というところ。紫はものっそい長生き(千年以上?)しているらしいので、冬眠をするにしろ雪をまったく知らないというのはなんだか妙な感じがします。他もちょいちょい違和感が……。レティに負けたのはわざとかな?
>欠片の屑様
自分のやりたかったことが伝わった読者様がいて大変嬉しく思いました。
結構投稿した後くじけそうになっていたとき、とても気持ちが晴れました。
>名無し妖怪様
文体はそうなるように心がけたつもりでした。そこを評価していただけるのは本当に嬉しいです。
キャラ描写などの違和感につきましては、おそらく私の中でもぶれているからなのでしょうか。もっと書いていき、より人物を理解するように勤めようと思います。また、作品全体の構成も失敗したことは痛く感じております。まず時間軸が藍と紫で逆転してしまっていますし。
重ね重ね、お二人とも、お付き合いください有難う御座いました。
言葉が足りませんでした。すみません。