注意:本作は「一応」356話からの続きとなっております。「読んでやろうじゃないけぇ!」という奇特な方はそちらから先にお召し上がりなさった方がよろしいこともあるかもしれません。
~あらすじ~
・慧音攻撃フェイズ
慧音→→ 魔理沙
・結果
慧音 ε=魔理沙→→
~登場人物紹介~
幻想郷と愉快な仲間たち。以上。
「うーん……うーん……パンツ怖い……」
魔理沙は今、うなされている。おかしな寝言を言ったりしているが無理もない。あの手紙は、魔理沙の精神を衰弱させるには十分すぎる威力を持っていた。
「やばいぜ……なんだかただの風邪じゃない気がする……もしかしてあの手紙のせいか? 新手の呪いなのか?」
何か凄まじい思念が篭っていて捨てるに捨てられぬ咲夜(が出したと思い込んでるが実は霊夢)の手紙は、机の引き出しの奥底に突っ込まれている。夜中にラップ音が鳴ったりして洒落にならない怖さを醸し出していた。
「やっぱり……御祓いしてもらったほうがいいかもしれないな……となると……霊夢に頼むか」
よっこらせ、と起き上がる魔理沙。呪いの類なら寝ていても治るはずもないので一刻も早く霊夢に祓ってもらおうと思い立ったのだ。乱れた着衣を直そうと鏡を見た彼女は、
「あわ、あわわわわわわわ」
とおかしな声を出して硬直してしまった。それもそのはず。鏡には、窓から室内を覗き込む爛々とした2つの瞳があったのだから。
「あああアリス何やってるんだ?」
「……」
「アリス?」
「寝巻き魔理沙に超☆萌ゑる!!!!!!」
「やっぱ覗きだったチクショー!」
その後、何やかんやあったあと、魔理沙邸の人口は一気に4人に急増した。
「月の頭脳、八意永琳!」
「いや、二つ名叫びながら変なポーズ取らなくてもいいんだぜ?」
「ブレザー×ブレザー、鈴仙・優曇華院・イナバ!」
「お前そんな二つ名だっけ?」
この二人は魔理沙が風邪で寝込んでいると聞いたアリスが呼んできた「医者」である。さっきから長い耳がふわふわ鬱陶しいと思ったりする魔理沙を尻目に、アリスがやたらまとわりつく。
「魔理沙が寝込んだって聞いたから心配で来たのよ?」
「おーそりゃご苦労さんだな」
「さあ、永琳。薬を処方してあげて!」
「ち ょ っ と ま て。診察くらいしろよ?」
「ほほう?」
アリスと永琳の目がキラリ、もといギラリと光ったのを魔理沙は見逃さなかった。何かやばい。そもそも、先の行動からアリスが変態であることは実証済み。弱っている彼女はまさにまな板の上の鯉状態ではないか? もっとも、気付いても後のお祭り騒ぎである。
「では診察の手順を永琳先生から説明してもらいます!」
「まず服を脱ぎます」
「いや、あの……」
「次に服をたたみます」
「たたむの!?」
「そしてお尻を突き出します」
「絶対座薬だよ! それ以外使う気ないよこの人! ていうか診察じゃねー!」
たたんだ服を蹴り上げる魔理沙。どう考えてもおかしいのにたたむところまでやるとは、それにしてもこの魔理沙、ノリノリである。
ちなみに、下着は脱いでないよ?
それでもアリスは「下着ーSHITAGIーしたぎー萌ゆるー」とか呟いて鼻血を出しながら床の上を魚のように跳ねていた。
座薬、装填! と号令をかけられたウドンゲなぞ、どうしたものかとオロオロするばかりである。
「お師匠様……真面目に診察したほうがいいと思うんですが……」
「あら、お仕置きされたいの?」
「……ていうかいい加減座薬キャラやめれ」
「う、ウドンゲ?」
「どいつもこいつも……私の名前を言ってみろぉぉぉ!」
「レイセンですけど!?」
なぜか急に切れだしたウドンゲ……もといレイセンに慌てふためく3人。
「まずいわね魔理沙ラヴ。このままでは『レイセン、暴走! コントロールできません!』というお約束のセリフが出てしまうわ魔理沙ラヴ」
「なんだよその語尾」
「私が魔理沙を好きなことは知ってるわよね」
「あ? ああ……」
「そういうことよ」
「ああ、そういうことか……」
「……」
「いやいやおかしいだろ!」
空気を読めないアリスの理不尽さに振り回される魔理沙はすでに元気一杯に突っ込んでいるが、風邪はどうしたのだろうか?
などという突っ込みはご勘弁いただきたい。
「ちょっとあなたたち、コントやってる場合じゃないわよ」
「永琳? どうしたんだ?」
「ウドンゲ……じゃなかった、レイセンが切れ掛かってるわ」
「どうなっぢゃうの?」
「その腹話術やめてくれ。可愛い上海人形がダミ声出すとか……」
「SATSUGAIせよ! SATSUGAIせよ!」
「やめてくれ! なんかいろんな意味で危ないだろその歌詞ー!」
「このままでは預けておいた座薬全部乱射してくるわよ……座薬キャラの汚名返上のために!」
「馬鹿な……」
もともと狭い魔理沙の家。どれくらいの座薬をレイセンが仕込んでいるのかはわからないが、暴走されたらひとたまりもないのは事実である。ここは3人で協力して押さえつけたいところだが、若干一名トランス状態の者がいるので足を引っ張られかねない。しかも魔理沙は未だ原因不明の病である。
「魔理沙」
「何だ?」
「レイセンは私が責任を持って抑えるわ。あなたは、アリスと一緒に逃げなさい」
「そんな……お前を置いていけるかよ!」
「ありがとう。あなたは根はやさしいから。でも、本音を言ってみなさい?」
「この状態のアリスと二人きりになるのは嫌だ!」
「素直でよろしい!」
酷い言われようである。それでもお人よしの魔理沙はアリスの腕を引っ張り家を出ようとする。
一方の永琳はかつての弟子であったレイセンと対峙する。怒りの絶頂にあり、狂気で紅く光る彼女の瞳には永琳はどう映っているのだろうか?
永琳はドアを背後に立つ。そうすれば魔理沙とアリスを逃がすことが出来るからだ。
「さあ、レイセン来なさい! あなたは私が不死身だから死なないと思ってるみたいだけど、別に刺されたら死ぬ」
「何だって!? 私も月に仲間を置いてけぼりにしてきたような気がしたけど気のせいだったわ!」
「それならあとは私を倒すだけね!」
「行くわよ! うおおおおおおお!」
レイセンの勇気が汚名を返上することを信じて……!
「え、永琳って不死でしょ?。何言ってるのよ」
「いいからアリス、逃げるぞ!」
二人が家を抜け出すのと、苛烈な弾幕の音が炸裂したのはほぼ同時だった。魔法の森に転げ出た二人は、もつれるようにして地面に倒れこんだ。
気がつけば、魔理沙がアリスに対してマウントの状態である。
「魔理沙……」
「いや、あのアリス、これは不可抗力でだな……」
「そういえば返事、聞いてない」
「あ……」
魔理沙は、すっかり失念していた。アリスが自分自身を好きだと告白してきたことを。ここ数日、自分の常識では理解しがたいことが連続して起きたせいでそんな大事なことまで忘れてしまったいたのだ。彼女の中では、実はまだ答えは出ていない。
アリスのことは好きだ。でも、それは友達として好きなのであって、愛しているというのとは違うと思っていた。だから断るべきなんだろうと思う。でも、アリスが悲しむのは嫌だったのだ。
結局は自分のエゴだっていうのはわかっていたけれど、告白してきたアリスもずるい、なんていう思いも少なからずあった。
「教えて、魔理沙……」
「うっ……さっきまで馬鹿みたいだったくせに……そんな目で見るなよ……」
アリスの顔が近づいてくる。
やばい、キスされる……
未だ迷っている魔理沙は、やばいと思いつつも目を瞑った。
しかし待てども待てども唇には何も感触はない。おかしいと思って目を開けるとそこには、
「しくしくしく……」
という泣き声を出しながら咲夜(ほんとうは霊夢)の手紙がアリスの顔に張り付いていた。
「ハァーン!?」
「しくしくしく……」
「いや、アリスが泣いてるのか手紙が泣いてるのかわからないぜ!?」
「魔理沙、これ誰が書いたの?」
「え? いや、あはは……咲夜……かなあ……?」
見られたら拙いものを見られてしまった。そう思った魔理沙は、とりあえずこの手紙の呪いを解こうと思い立った。
どっせい、という掛け声とともにアリスを下から投げ飛ばした魔理沙は、アリスの顔に張りついていた手紙をもぎ取ると置いてあった箒を手に神社に向かって飛ぼうとした。したのだが。
「やばい。私、服着てない」
その通りで、魔理沙は下着姿なのである。服を着るためには未だ激しい戦闘が行われているであろう自宅に戻らなければならない。なにやら自分の家とは思えない音とか光とか声が飛び交うあの中へ、だ。
「あー無理無理。死んじゃうー」
箒を右手に。手紙を左手に。突き飛ばされて気絶しているアリスの横で、魔理沙はただ呆然としていた。
「……行くか。霊夢に着るものを借りよう。誰にも見られないようなコースを飛べば大丈夫だよな……」
そう呟いて箒に跨る魔理沙の後姿は、悲壮感でいっぱいだった。
博麗神社へのスニーキングミッションはまだ始まったばかり。だがそれ以上に、その手紙の差出人が霊夢であることを知らない魔理沙を待ち受ける運命は熾烈を極めるに違いなかった。
一方の香霖堂。珍しくも今日は2人も客が訪れていた。
「なあ、何かないのか?」
「どんな?」
「魔理沙を私に惚れさせる薬とか」
「振られたのに……熱心だね」
一人は上白沢慧音。先日魔理沙を襲って見事に振られたが、諦めきれないご様子だ。
「何か魔理沙の弱み知らないのか? 長い付き合いだろ?」
「知らないし、知ってても教えないよ。恩師の娘さんだからね」
「……前から訊こうと思ってたけど、魔理沙のこと好きとかじゃないな?」
「無いね。恩師の娘として気には懸けるがそれ以上でもそれ以下でもないよ」
「ふーん」
「それで、君は?」
霖之助がもう一人に話を振る。珍しい客のもう一人は稗田阿求。幻想郷縁起を執筆中に筆がダメになってしまったようだ。ただの筆ならば里の店に行けばいいものの、なぜか彼女はここまで足を運ぶ。阿求曰く、ここには面白い人が来るし、面白いものがあるから、だそうだ。
「はい、筆なんですけど」
「ああ……専門ではないけど……うん。あまり根を詰めないようにしたほうがいいよ。お節介かもしれないけれど。筆の状態を見れば素人の僕にでもどれだけ使っているかわかるから」
「大丈夫です。休むときはきちんと休んでますから」
「うん、まあ、それならいいけれど」
「短い人生ですから。できるだけのことはしておきたいんです」
「それなら、もっといろんなことを経験するといいと思うけれど……まあ、執筆が楽しいという君の気持ちはよくわかるから無理にとは言わないよ。僕もこうして道具弄ってることが好きなわけだし」
「似たもの同士、というわけですか」
そうなるかなあ、と呟いて霖之助は茶を啜る。それを見て面白くなさそうに慧音は帽子でがしがし彼に頭突きをかましていた。
「痛い痛い! 僕に八つ当たりしないでくれ」
「うるさい。魔理沙に振られたことなんかなかったことにしてやる」
「なんという都合のいい能力。聞いただけで呆れてしまった。このハクタクは間違いなく懲りてない」
「うるさいうるさい!」
更にがつがつ帽子を打ち付ける慧音。角が生えてないときでよかったと心から思う霖之助だが、血が出てるんじゃないかと思うくらい痛いのは変わりない。そんな二人の様子を見て阿求はおろおろするしかなかった。
と、急に店の扉が開いた。
「ごめんください」
魂魄妖夢が店に入ってきたのだ。だが側に半霊の姿は無い。未だに家出中なのだ。己の半身に家出されるとはそんなことがあるのかと思うが実際に起こったのだから仕方が無い。おかげで幽々子や紫にからかわれたが、笑い話ではないのだ。まあ、今は紫が洒落にならない状態になっているのだが。
「すみません。ちょっと聞きたいんだけど」
「おや、いたっ! 珍しいたい! どうしたんだ痛い!」
「そっちこそどうしたのか訊きたいくらい……」
いまだ執拗に慧音の攻撃を受ける霖之助を見て呆れる妖夢は、阿求に会釈して空いている椅子に腰を掛けた。
「欲しい道具があるの。紫様を隙間から助け出すような道具と、私の半霊を呼び戻す道具なんだけど……」
「それはまた……前者に関しては僕の記憶にそんな用途の道具は無いよ。残念ながら。後者に関して言えば、人魂灯がつけると思うんだが」
「試したんだけど……半霊ですから普通の幽霊とは違うみたいで……」
「なるほど……」
なんで紫が隙間に挟まってしまったのか、なんて野暮なことは彼は訊かない。ただ、隙間に挟まった紫を幽々子や藍が引っ張っている姿をなんとなく想像しただけだ。なるほど、とても滑稽だがそれはそれで萌ゑると彼は率直な感想を抱いた。
「異変といえば異変だね。ここ最近の幻想郷はどこかおかしいようだ。ここは霊夢にでも頼むといいんじゃないかな。あ、手ぶらで帰るとお嬢様に怒られそうだから油揚げとマタタビをあげよう。生ものはあまり扱わないけど、少しばかり残ってたからね」
「別に怒られても……お仕置きハァハァ……」
「え、あーいや?」
「ハァハァが男の人のみに許された特権だと思ったら大間違いなんじゃないかな!?」
「何も言ってないんだけど……」
「主が従者にハァハァするだけでなく、従者も主にハァハァすることがあるべき主従の姿であり、同性でもハァハァが成立するのが真のハァハァ道だと思うの!」
「ハァハァうるさいよ!?」
なにやら妖夢の押してはいけないボタンを押してしまったらしい。阿求も慧音も圧倒されてドン引きだ。この前なんか魔理沙にあんまことをした慧音でさえ「それはさすがに無いわ」という顔をしている。
「……ゴホン。取り乱しちゃいました。ここは助言どおりに霊夢のところに行ってみます。久々に幽々子様と一緒に外出するのもいいかなと思うし。あと、見つめすぎです。このロリ」
あれだけ変に取り乱したら誰でも凝視するよ、と言いそうになって霖之助はやめた。また店内でハァハァ言い出されてはたまらない。阿求など可哀想に怯えているくらいだ。
それはそれで萌ゑるなどと思った霖之助もどうしようもないが。
「あ、あとそこのハクタク。妹紅が探してたんだけど……珍しく竹林を出て」
「げ」
しまった、という慧音の顔。それを見て霖之助は不思議そうな顔をする。
「おや。君たちは仲がいいと認識していたが」
「べったりしすぎるから困るんだ……普段はそんなことないんだが、まるで発情期のようにべたべたしてくるときがあって……」
「ほほう」
それは新しい萌ゑですね、と霖之助は眼鏡を光らせた。発情期妹紅とツンデレ慧音……夏の新作はこれかな、などとよくわからないことを呟いている。
そんな店主を尻目に妖夢、そして慧音は店を後にする。後に残ったのは阿求だけだ。
「あの、それじゃあ私も失礼しますね。お代はここに……」
「ん? ああ、君くらいだよ。きっちり払ってくれるのは」
「あはは……」
「それじゃあ体に気をつけて。たまには運動したほうがいい」
「その言葉、そっくりそのままお返しします」
「はは……やられたよ」
店先まで阿求を送る霖之助。やがて彼女の姿が森に消えてから彼はぽつりと呟いた。
「これから一緒に運動でもどう? 二人で……って言ったらどうだったかな」
この男。真面目な顔をして中身はこれだからあなどれない。が、誰も聞きとがめていないと思ったら大間違いである。壁に耳あり障子に目あり。幻想郷のブンヤは、どこにいるのかわからないのだから。
~次回予告~
ついに一人、また一人と博麗神社に集まりだす登場人物たち。魔理沙、妖夢、幽々子……
だがまだ役者は足りない。次に現れるは魔理沙にちっとも絡めていないあの二人! 紅魔館のヒキコモリと暴力妹の登場だ! 一方霊夢と咲夜の間で揺れるレミリアは咲夜を伴って博麗神社へ向かうことに。主人不在の紅魔館は大魔術の触媒になってしまうのか!?
一方紫救出の策を求めて幽々子とともに神社へ向かったはずの藍と橙だが、油揚げとマタタビが切れて帰ってきてしまう。そこに姿を現したのはもう一人のヒキコモリ!?なぜ彼女がここに!?
そして鴉天狗にスキャンダラスな発言を拾われた霖之助が取った行動とは!?
次回 恋の魔法のABC☆ 第358話「博麗の巫女がなく頃に」
~あらすじ~
・慧音攻撃フェイズ
慧音→→ 魔理沙
・結果
慧音 ε=魔理沙→→
~登場人物紹介~
幻想郷と愉快な仲間たち。以上。
「うーん……うーん……パンツ怖い……」
魔理沙は今、うなされている。おかしな寝言を言ったりしているが無理もない。あの手紙は、魔理沙の精神を衰弱させるには十分すぎる威力を持っていた。
「やばいぜ……なんだかただの風邪じゃない気がする……もしかしてあの手紙のせいか? 新手の呪いなのか?」
何か凄まじい思念が篭っていて捨てるに捨てられぬ咲夜(が出したと思い込んでるが実は霊夢)の手紙は、机の引き出しの奥底に突っ込まれている。夜中にラップ音が鳴ったりして洒落にならない怖さを醸し出していた。
「やっぱり……御祓いしてもらったほうがいいかもしれないな……となると……霊夢に頼むか」
よっこらせ、と起き上がる魔理沙。呪いの類なら寝ていても治るはずもないので一刻も早く霊夢に祓ってもらおうと思い立ったのだ。乱れた着衣を直そうと鏡を見た彼女は、
「あわ、あわわわわわわわ」
とおかしな声を出して硬直してしまった。それもそのはず。鏡には、窓から室内を覗き込む爛々とした2つの瞳があったのだから。
「あああアリス何やってるんだ?」
「……」
「アリス?」
「寝巻き魔理沙に超☆萌ゑる!!!!!!」
「やっぱ覗きだったチクショー!」
その後、何やかんやあったあと、魔理沙邸の人口は一気に4人に急増した。
「月の頭脳、八意永琳!」
「いや、二つ名叫びながら変なポーズ取らなくてもいいんだぜ?」
「ブレザー×ブレザー、鈴仙・優曇華院・イナバ!」
「お前そんな二つ名だっけ?」
この二人は魔理沙が風邪で寝込んでいると聞いたアリスが呼んできた「医者」である。さっきから長い耳がふわふわ鬱陶しいと思ったりする魔理沙を尻目に、アリスがやたらまとわりつく。
「魔理沙が寝込んだって聞いたから心配で来たのよ?」
「おーそりゃご苦労さんだな」
「さあ、永琳。薬を処方してあげて!」
「ち ょ っ と ま て。診察くらいしろよ?」
「ほほう?」
アリスと永琳の目がキラリ、もといギラリと光ったのを魔理沙は見逃さなかった。何かやばい。そもそも、先の行動からアリスが変態であることは実証済み。弱っている彼女はまさにまな板の上の鯉状態ではないか? もっとも、気付いても後のお祭り騒ぎである。
「では診察の手順を永琳先生から説明してもらいます!」
「まず服を脱ぎます」
「いや、あの……」
「次に服をたたみます」
「たたむの!?」
「そしてお尻を突き出します」
「絶対座薬だよ! それ以外使う気ないよこの人! ていうか診察じゃねー!」
たたんだ服を蹴り上げる魔理沙。どう考えてもおかしいのにたたむところまでやるとは、それにしてもこの魔理沙、ノリノリである。
ちなみに、下着は脱いでないよ?
それでもアリスは「下着ーSHITAGIーしたぎー萌ゆるー」とか呟いて鼻血を出しながら床の上を魚のように跳ねていた。
座薬、装填! と号令をかけられたウドンゲなぞ、どうしたものかとオロオロするばかりである。
「お師匠様……真面目に診察したほうがいいと思うんですが……」
「あら、お仕置きされたいの?」
「……ていうかいい加減座薬キャラやめれ」
「う、ウドンゲ?」
「どいつもこいつも……私の名前を言ってみろぉぉぉ!」
「レイセンですけど!?」
なぜか急に切れだしたウドンゲ……もといレイセンに慌てふためく3人。
「まずいわね魔理沙ラヴ。このままでは『レイセン、暴走! コントロールできません!』というお約束のセリフが出てしまうわ魔理沙ラヴ」
「なんだよその語尾」
「私が魔理沙を好きなことは知ってるわよね」
「あ? ああ……」
「そういうことよ」
「ああ、そういうことか……」
「……」
「いやいやおかしいだろ!」
空気を読めないアリスの理不尽さに振り回される魔理沙はすでに元気一杯に突っ込んでいるが、風邪はどうしたのだろうか?
などという突っ込みはご勘弁いただきたい。
「ちょっとあなたたち、コントやってる場合じゃないわよ」
「永琳? どうしたんだ?」
「ウドンゲ……じゃなかった、レイセンが切れ掛かってるわ」
「どうなっぢゃうの?」
「その腹話術やめてくれ。可愛い上海人形がダミ声出すとか……」
「SATSUGAIせよ! SATSUGAIせよ!」
「やめてくれ! なんかいろんな意味で危ないだろその歌詞ー!」
「このままでは預けておいた座薬全部乱射してくるわよ……座薬キャラの汚名返上のために!」
「馬鹿な……」
もともと狭い魔理沙の家。どれくらいの座薬をレイセンが仕込んでいるのかはわからないが、暴走されたらひとたまりもないのは事実である。ここは3人で協力して押さえつけたいところだが、若干一名トランス状態の者がいるので足を引っ張られかねない。しかも魔理沙は未だ原因不明の病である。
「魔理沙」
「何だ?」
「レイセンは私が責任を持って抑えるわ。あなたは、アリスと一緒に逃げなさい」
「そんな……お前を置いていけるかよ!」
「ありがとう。あなたは根はやさしいから。でも、本音を言ってみなさい?」
「この状態のアリスと二人きりになるのは嫌だ!」
「素直でよろしい!」
酷い言われようである。それでもお人よしの魔理沙はアリスの腕を引っ張り家を出ようとする。
一方の永琳はかつての弟子であったレイセンと対峙する。怒りの絶頂にあり、狂気で紅く光る彼女の瞳には永琳はどう映っているのだろうか?
永琳はドアを背後に立つ。そうすれば魔理沙とアリスを逃がすことが出来るからだ。
「さあ、レイセン来なさい! あなたは私が不死身だから死なないと思ってるみたいだけど、別に刺されたら死ぬ」
「何だって!? 私も月に仲間を置いてけぼりにしてきたような気がしたけど気のせいだったわ!」
「それならあとは私を倒すだけね!」
「行くわよ! うおおおおおおお!」
レイセンの勇気が汚名を返上することを信じて……!
「え、永琳って不死でしょ?。何言ってるのよ」
「いいからアリス、逃げるぞ!」
二人が家を抜け出すのと、苛烈な弾幕の音が炸裂したのはほぼ同時だった。魔法の森に転げ出た二人は、もつれるようにして地面に倒れこんだ。
気がつけば、魔理沙がアリスに対してマウントの状態である。
「魔理沙……」
「いや、あのアリス、これは不可抗力でだな……」
「そういえば返事、聞いてない」
「あ……」
魔理沙は、すっかり失念していた。アリスが自分自身を好きだと告白してきたことを。ここ数日、自分の常識では理解しがたいことが連続して起きたせいでそんな大事なことまで忘れてしまったいたのだ。彼女の中では、実はまだ答えは出ていない。
アリスのことは好きだ。でも、それは友達として好きなのであって、愛しているというのとは違うと思っていた。だから断るべきなんだろうと思う。でも、アリスが悲しむのは嫌だったのだ。
結局は自分のエゴだっていうのはわかっていたけれど、告白してきたアリスもずるい、なんていう思いも少なからずあった。
「教えて、魔理沙……」
「うっ……さっきまで馬鹿みたいだったくせに……そんな目で見るなよ……」
アリスの顔が近づいてくる。
やばい、キスされる……
未だ迷っている魔理沙は、やばいと思いつつも目を瞑った。
しかし待てども待てども唇には何も感触はない。おかしいと思って目を開けるとそこには、
「しくしくしく……」
という泣き声を出しながら咲夜(ほんとうは霊夢)の手紙がアリスの顔に張り付いていた。
「ハァーン!?」
「しくしくしく……」
「いや、アリスが泣いてるのか手紙が泣いてるのかわからないぜ!?」
「魔理沙、これ誰が書いたの?」
「え? いや、あはは……咲夜……かなあ……?」
見られたら拙いものを見られてしまった。そう思った魔理沙は、とりあえずこの手紙の呪いを解こうと思い立った。
どっせい、という掛け声とともにアリスを下から投げ飛ばした魔理沙は、アリスの顔に張りついていた手紙をもぎ取ると置いてあった箒を手に神社に向かって飛ぼうとした。したのだが。
「やばい。私、服着てない」
その通りで、魔理沙は下着姿なのである。服を着るためには未だ激しい戦闘が行われているであろう自宅に戻らなければならない。なにやら自分の家とは思えない音とか光とか声が飛び交うあの中へ、だ。
「あー無理無理。死んじゃうー」
箒を右手に。手紙を左手に。突き飛ばされて気絶しているアリスの横で、魔理沙はただ呆然としていた。
「……行くか。霊夢に着るものを借りよう。誰にも見られないようなコースを飛べば大丈夫だよな……」
そう呟いて箒に跨る魔理沙の後姿は、悲壮感でいっぱいだった。
博麗神社へのスニーキングミッションはまだ始まったばかり。だがそれ以上に、その手紙の差出人が霊夢であることを知らない魔理沙を待ち受ける運命は熾烈を極めるに違いなかった。
一方の香霖堂。珍しくも今日は2人も客が訪れていた。
「なあ、何かないのか?」
「どんな?」
「魔理沙を私に惚れさせる薬とか」
「振られたのに……熱心だね」
一人は上白沢慧音。先日魔理沙を襲って見事に振られたが、諦めきれないご様子だ。
「何か魔理沙の弱み知らないのか? 長い付き合いだろ?」
「知らないし、知ってても教えないよ。恩師の娘さんだからね」
「……前から訊こうと思ってたけど、魔理沙のこと好きとかじゃないな?」
「無いね。恩師の娘として気には懸けるがそれ以上でもそれ以下でもないよ」
「ふーん」
「それで、君は?」
霖之助がもう一人に話を振る。珍しい客のもう一人は稗田阿求。幻想郷縁起を執筆中に筆がダメになってしまったようだ。ただの筆ならば里の店に行けばいいものの、なぜか彼女はここまで足を運ぶ。阿求曰く、ここには面白い人が来るし、面白いものがあるから、だそうだ。
「はい、筆なんですけど」
「ああ……専門ではないけど……うん。あまり根を詰めないようにしたほうがいいよ。お節介かもしれないけれど。筆の状態を見れば素人の僕にでもどれだけ使っているかわかるから」
「大丈夫です。休むときはきちんと休んでますから」
「うん、まあ、それならいいけれど」
「短い人生ですから。できるだけのことはしておきたいんです」
「それなら、もっといろんなことを経験するといいと思うけれど……まあ、執筆が楽しいという君の気持ちはよくわかるから無理にとは言わないよ。僕もこうして道具弄ってることが好きなわけだし」
「似たもの同士、というわけですか」
そうなるかなあ、と呟いて霖之助は茶を啜る。それを見て面白くなさそうに慧音は帽子でがしがし彼に頭突きをかましていた。
「痛い痛い! 僕に八つ当たりしないでくれ」
「うるさい。魔理沙に振られたことなんかなかったことにしてやる」
「なんという都合のいい能力。聞いただけで呆れてしまった。このハクタクは間違いなく懲りてない」
「うるさいうるさい!」
更にがつがつ帽子を打ち付ける慧音。角が生えてないときでよかったと心から思う霖之助だが、血が出てるんじゃないかと思うくらい痛いのは変わりない。そんな二人の様子を見て阿求はおろおろするしかなかった。
と、急に店の扉が開いた。
「ごめんください」
魂魄妖夢が店に入ってきたのだ。だが側に半霊の姿は無い。未だに家出中なのだ。己の半身に家出されるとはそんなことがあるのかと思うが実際に起こったのだから仕方が無い。おかげで幽々子や紫にからかわれたが、笑い話ではないのだ。まあ、今は紫が洒落にならない状態になっているのだが。
「すみません。ちょっと聞きたいんだけど」
「おや、いたっ! 珍しいたい! どうしたんだ痛い!」
「そっちこそどうしたのか訊きたいくらい……」
いまだ執拗に慧音の攻撃を受ける霖之助を見て呆れる妖夢は、阿求に会釈して空いている椅子に腰を掛けた。
「欲しい道具があるの。紫様を隙間から助け出すような道具と、私の半霊を呼び戻す道具なんだけど……」
「それはまた……前者に関しては僕の記憶にそんな用途の道具は無いよ。残念ながら。後者に関して言えば、人魂灯がつけると思うんだが」
「試したんだけど……半霊ですから普通の幽霊とは違うみたいで……」
「なるほど……」
なんで紫が隙間に挟まってしまったのか、なんて野暮なことは彼は訊かない。ただ、隙間に挟まった紫を幽々子や藍が引っ張っている姿をなんとなく想像しただけだ。なるほど、とても滑稽だがそれはそれで萌ゑると彼は率直な感想を抱いた。
「異変といえば異変だね。ここ最近の幻想郷はどこかおかしいようだ。ここは霊夢にでも頼むといいんじゃないかな。あ、手ぶらで帰るとお嬢様に怒られそうだから油揚げとマタタビをあげよう。生ものはあまり扱わないけど、少しばかり残ってたからね」
「別に怒られても……お仕置きハァハァ……」
「え、あーいや?」
「ハァハァが男の人のみに許された特権だと思ったら大間違いなんじゃないかな!?」
「何も言ってないんだけど……」
「主が従者にハァハァするだけでなく、従者も主にハァハァすることがあるべき主従の姿であり、同性でもハァハァが成立するのが真のハァハァ道だと思うの!」
「ハァハァうるさいよ!?」
なにやら妖夢の押してはいけないボタンを押してしまったらしい。阿求も慧音も圧倒されてドン引きだ。この前なんか魔理沙にあんまことをした慧音でさえ「それはさすがに無いわ」という顔をしている。
「……ゴホン。取り乱しちゃいました。ここは助言どおりに霊夢のところに行ってみます。久々に幽々子様と一緒に外出するのもいいかなと思うし。あと、見つめすぎです。このロリ」
あれだけ変に取り乱したら誰でも凝視するよ、と言いそうになって霖之助はやめた。また店内でハァハァ言い出されてはたまらない。阿求など可哀想に怯えているくらいだ。
それはそれで萌ゑるなどと思った霖之助もどうしようもないが。
「あ、あとそこのハクタク。妹紅が探してたんだけど……珍しく竹林を出て」
「げ」
しまった、という慧音の顔。それを見て霖之助は不思議そうな顔をする。
「おや。君たちは仲がいいと認識していたが」
「べったりしすぎるから困るんだ……普段はそんなことないんだが、まるで発情期のようにべたべたしてくるときがあって……」
「ほほう」
それは新しい萌ゑですね、と霖之助は眼鏡を光らせた。発情期妹紅とツンデレ慧音……夏の新作はこれかな、などとよくわからないことを呟いている。
そんな店主を尻目に妖夢、そして慧音は店を後にする。後に残ったのは阿求だけだ。
「あの、それじゃあ私も失礼しますね。お代はここに……」
「ん? ああ、君くらいだよ。きっちり払ってくれるのは」
「あはは……」
「それじゃあ体に気をつけて。たまには運動したほうがいい」
「その言葉、そっくりそのままお返しします」
「はは……やられたよ」
店先まで阿求を送る霖之助。やがて彼女の姿が森に消えてから彼はぽつりと呟いた。
「これから一緒に運動でもどう? 二人で……って言ったらどうだったかな」
この男。真面目な顔をして中身はこれだからあなどれない。が、誰も聞きとがめていないと思ったら大間違いである。壁に耳あり障子に目あり。幻想郷のブンヤは、どこにいるのかわからないのだから。
~次回予告~
ついに一人、また一人と博麗神社に集まりだす登場人物たち。魔理沙、妖夢、幽々子……
だがまだ役者は足りない。次に現れるは魔理沙にちっとも絡めていないあの二人! 紅魔館のヒキコモリと暴力妹の登場だ! 一方霊夢と咲夜の間で揺れるレミリアは咲夜を伴って博麗神社へ向かうことに。主人不在の紅魔館は大魔術の触媒になってしまうのか!?
一方紫救出の策を求めて幽々子とともに神社へ向かったはずの藍と橙だが、油揚げとマタタビが切れて帰ってきてしまう。そこに姿を現したのはもう一人のヒキコモリ!?なぜ彼女がここに!?
そして鴉天狗にスキャンダラスな発言を拾われた霖之助が取った行動とは!?
次回 恋の魔法のABC☆ 第358話「博麗の巫女がなく頃に」
>前から機構と
>同姓でもハァハァ
どっちも多分誤字だと思います。
妖夢の口調は今書いてる次回でも悪戦苦闘してます。いっそのことセリフを減らしてしまおうかなどと考えてしまう始末
「素直でよろしい!」
ここで盛大に噴きました。続き期待してます!