『以前にもたびたびお伝えしていたが、騒霊三姉妹ことプリズムリバー楽団のライブが好評を博している。
特に先月発表された新曲「魔王の墓~Sa・da」は、キーボード担当である三女リリカ・プリズムリバーさん(ポルターガイスト)のソロパートが素晴らしく、幻想郷住人を数多く虜にしている。
彼女が担当しているキーボードの音色が自然界には存在しない、不思議なものだという事は以前この欄で紹介した。
しかし、それはさらなる進化と発展を遂げた。華麗にして神秘的な音色は、はばかりながら報道関係者である身にも筆舌に尽くしがたく、その演奏以外では表現しようのないものだった。彼女たちは誰も聞いた事がない摩訶不思議な演奏でもって、この幻想郷の芸術史に新たなる一ページを敢然と記したのである。
先日行われたオールナイトのライブにも、多くの聴衆が足を運んだ。新曲の魅力は何だろうか。感想を聞いてみた。
「幽玄な調べねぇ。思わずうっとりしちゃうわぁ(Y.Sさん・冥界在住)」
「重厚な楽曲ね。全くもって荘厳で華麗。素晴らしいと言うほかないわ(R.Sさん・紅魔館在住)」
「綺麗な音……そう、すごく綺麗なんだわ。こんな音は月にも無かったし、きっと蓬莱にも無いんでしょうね(K.Hさん・永遠亭在住)」
「そうねえ。良いんじゃないかしら? この趣向気に入ったわ。うふふふ(Y.Yさん・マヨヒガ在住)」
「わ、私もミュージシャンのはしくれだけど、だからこそ分かる。これは音楽の革命だわ!(M.Lさん・飲食店経営)」
といった具合で、幻想郷の錚々たる顔ぶれが手放しの激賞ぶりだ。これほどの曲をいったいどうやって産みだしたのか? 今や幻想郷随一の有名人となったリリカさんに突撃インタビューを敢行してみた。
「きっかけ? そうね、ひらめきはいつも突然にやってくるわ~。この曲のイメージもある時イナズマのように私の中に飛び込んできたのよ。どうしてこの奏法に気がつかなかったんだろうって、昔の自分を叱りつけたいくらい、それは魅力的で素晴らしいものだったわ~。でもそれは凄く単純なことだったのね。コロンブスの卵っていったかしら、あれね。ああいうインスピレーションがないとね。でもどこかの誰かが言ってたみたいに、それは1%しかないわずかなチャンスだったのね~。私はたまたまそれを掴んだだけ」
残念ながらどのような状況で彼女がそれを閃いたのか、具体的な話を聞く事は出来なかった。しかし、やはり天啓というものは存在するらしい。天才的な閃きによって、また一人アーティストがそのスターダムを駆け上がったのだ。
(射命丸文)』
「とまあ、大した評判なんだ」
普通の魔法使いが文々。新聞の最新号をびしゃり、ちゃぶ台の上に叩き付けた。
「そうなの」
応じる巫女はいつものように無関心さながらで、あくまでも出涸らしと称した白湯をすする。
「反応薄いな」
「反応、って言ってもね」
ひょい、と巫女は剥き出しの肩をすくめる。
「私に芸術は理解出来ないし、理解したくもないわ。それで参拝客が増えるわけでもないし」
「現実的だな」
「そりゃ現実的にもなるわよ」
残り少ない白湯をすする。
「でもさ、巫女にだって音楽とか芸術とか、そういうの必要だろうよ。あれだ、あれ。神楽とか言って、踊ったりするんだろ?」
「カグラ? 何それ。食べられるの?」
「いや、神事ってやつで舞を奉納したりだな……」
「詳しいのね」
「鼓を打ったり、笛吹いたり」
「やらないわよ」
「とんだ破戒巫女だぜ」
「そりゃ『空を飛ぶ程度の能力』だから、飛ぶわよ。でも破壊神呼ばわりはいただけないわね。だいたい、壊すのなら魔理沙の方が──」
「誰が上手い事を言えつった」
魔法使いのツッコミ。どこぞの怨霊仕込みな裏拳が飛ぶ。
それをひょいぱしと軽くいなして、巫女が呟く。
「でもそんなに評判なら、ちょっとくらい興味もわくわね」
「だろ? そう言うと思ったぜ」
「誘導ぽかったけどね」
「熱核誘導は、恋の魔法の基本だぜ……ほい!」
「何? そのお札」
「お札じゃなくて、次のライブのチケットだ」
「へえ。よくそんなもの持ってるわね。しかも2枚も」
「烏にもらったんだ」
「烏? 天狗がそんなものくれるんだ」
「ああ。新聞読むっつったら、くれた」
「見返りみたいなものかしら。でもそこまでして、何か良い事あるのしら」
「真実を伝えるのが快感らしいぜ」
「ふうん。変な趣味ね」
「まあ妖怪なんて多かれ少なかれ変態みたいなもんだからな」
「あんたが言うな。でも”真実”ねえ。どんな音かも言い表せないものも真実になるのかしら」
ぐいっとあおって、自称白湯が切れる。
「それは、素人に表現出来るものじゃなからだと思う。あとこの場合の真実は、それで感動してる連中が沢山いるってことだぜ。多分」
「でもあの烏、その真実とやらを誇張しがちだから」
「いや、それがだな。アリスも聴きに行ったらしいんだ」
「へえ。珍しいわね」
「で、訊いてみたんだよ。どうだった? って。そしたらさ、『言葉で上手く言い表す事は出来ないけど、凄く感動したわ。あんなに斬新で、魔術的イメージに満ちあふれた曲は初めてね』って言ったんだ」
「へえ。やっぱりベタ褒めね」
「だろ? やっぱり、身近な奴の生の声は参考になるぜ」
「それで早速自分も、ってわけね」
「ああ。そんなに凄いんなら、一度は聴いてみたいしな。それに、音速に乗り遅れるのは御免だぜ」
「物好きねえ」
「尽きない知識欲と呼んでくれ」
「はいはい。じゃあ明後日の晩ね? 空けておくわ」
「どうせヒマだろうに」
「失礼ね。これでも多忙なのよ色々と。例えばこれから夕方の参拝客が雲霞の如く押し寄せて、その対応でてんてこ舞いなんだから」
「はいはい。そういうことにしておくぜ」
「……」
巫女は無言で立ち上がると、湯呑みを掴んで台所へ向かった。恐らく今度こそ混じりけのない、純粋な白湯を淹れてくるのだろう。
魔法使いはその手のチケットを裏返し、煽り文句を眺めやった。
そこにはこう書かれている。
『遂に登場、騒霊楽団が送る究極のアート! これを聴かなきゃセレブじゃない!
真のカリスマへ贈る、驚天動地のサウンド。知性と美貌、弾幕と魅力、そして芸術的センスと大いなる魔力を兼ね備えたあなただけが、この感動に触れられるのです!』
「……うさんくさいぜ」
これが誰か分からん。
修正しました。何とも畏れ多い誤記で、恐縮です。