私は、頭の上で鳴り響く音にふと書を読む手を止めた。
子供が2人。
冷静に状況を判断した私は、再び書に目を落とす。
たったったった…どさ!!
子供が一人私のいる空間に落ちてきたみたいだ。私ははぁとため息をつき、書を閉じた。子供の世話には慣れているが、
泣き声には、困ることもある。特に写本と読書を友とする私には酷だ。
うぁぁぁん、痛いよ!痛いよ!えーりん、えーりん助けて、えーりん!えーりん、えーりん早く来て、えーりん!
えーりん、えーりん、うわぁぁぁぁぁん!!
ああ、うるさい。こういう客には早く帰ってもらうに限る。
私は書を閉じて、自分の首からかけている月時計に目を通した。そのまま意識を集中させる。
時間の速度が遅くなり、やがてすべてが停止する。その中を私は声のした方向へと走り始めた。
私がついたときには泣き声はやんでいた。私は自らの能力の低下を確信した。そこには、怪訝
な表情を浮かべて私を見ている4つの目があった。
「あなた誰です?」
八意の家系のものだろうか、その正装に身を包んでいる。銀の髪の少女。
後ろには私を警戒するように見ている長い黒髪を持った少女…月の王族か。一瞬私の発した殺気にひるんだようだったが、
八意のものが私と少女の間に立つ。その手には、弓と矢。
「姫に手を出すのならば、私が相手です。」
声は震えているが、立派なものだ。私はふと肩の力を抜くと、目線が同じになるまで腰を落とした。
「ここは、牢屋よ。王族の来るところではないわ。早く帰りなさい。」
「牢屋って、ここは図書館にしか見えませんよ。」
幻覚すら効かない。つくづく、能力の低下は否めないようだ。
「ここは、私専用の座敷牢、私は、ここの囚人で、咲夜っていうわ。本名は違うけど。」
「八意 永琳、今日は姫の付人で遊び相手をしているものです。」
黒髪の女の子には聞く必要もないようだった。上が騒がしくなってきた。
「お迎えが来たみたいね。早く行きなさい。」
永琳は、私に一礼をして、黒髪の少女は、その手に引かれるままに帰っていく。しばらくの後、上で歓声が上がったのを見ると、無事に合流
できたのであろう。
今になって思い出せばこれが、私と永琳の出会いだった。
それから後に何回も永琳とは出会う機会が増えた。もっとも、私は出歩けないので、永琳が尋ねてくるのがほとんどであったが。
「咲夜様。」
500年近くたった、ある日のことだった。いつものように書を読み漁っていた永琳がつぶやくように私の名前を呼んだ。
「何かしら?」
私は、写本を続けながら、その声にこたえる。
「輝夜様が、永遠を生きる方法を探しているのですが、ご存じないですか?」
私の瑣末な復讐心と燃え残っていた憤りの念が再燃した瞬間だった。私は永琳に表情を読まれないように気を使いながら、一冊の書物を手に
取る。
「そうね、この書に書かれている薬なんかがいいんじゃないかしら?」
私は永琳にその本を渡した。永琳は喜んで帰っていった。…後悔からか、ちくりと胸が痛む。
それから、1年くらいの間永琳は私の元には、来なかった。
「咲夜様、だましたのですね。」
永琳は両の目に涙を浮かべながら、私に詰め寄った。
「あの薬は蓬莱の薬、禁薬中の禁薬ではないですか。なぜです!?なぜ?そのせいで輝夜様は。」
「穢れ多き場所に落とされたのでしょ。相変わらずね、月の皇族は…」
永琳が、私の顔を見て心底おびえた表情を浮かべる。
「八意の家では、裏切りの歴史はつむがれていないようね。ただ、ただ家名のためにしか生きられない。そう見えるわ。」
永琳の顔に曇りが見える。おそらく、私を裏切り、月の新たな支配者に膝をついたことは聞いているのだろう。
「…月からの迎えを次の満月に送ることになっています。私はその中に入っているのですが、輝夜様は、おそらく、帰らないかと思います。
しかし、私の薬の効果は、月のものにもよく知られていてこの間解毒剤を作らされたのです。」
永琳の手がぶるぶると震える。
「輝夜様の願いをかなえてあげたい。私は、今それだけを思って生きているのです。…力を貸してください。」
そのまま、永琳は誰にもたれたことがないであろう頭をたれる。
「たとえ、それが茨の道でも?」
私の問いに永琳は、静かに頷く。後悔はしないようだ。
「裏切ったら、もう二度と鞘に収まることはないわ。それでもいいのならば、」
私はごそごそと袖の下を探る。中からは、一枚の呪符。
「これは?」
永琳が不思議な表情を浮かべる。
「未来からの贈り物。さあいきなさい。もう、ここに来ちゃだめよ。」
私は永琳を送り出し深く目を閉じる。やってしまったと思い、自分の悪癖を自嘲する。それでも、心のどこかでは、幸せになってほしいと
思っている私がいた。
それから、1ヶ月のうちに私は現女王の元へと引きずり出された。
「罪状、禁書保持、及び堕落幇助。」
淡々と罪状を読み上げる。
「前女王だと思い、猶予を与えていたが、もはや我慢ならん。即刻討ち取って」
「あの2人はどうしたの?」
「ふん、地上へと逃げた。すぐにでも捕まえて、…」
「あら、無理よ。なぜなら、ここはもっと大変になるから。」
「?」
女王の顔に疑問が浮かぶ。
「世の穢らわしき檻ってね…今の、狂気に満ちた月よ。肉体は永遠でも魂は永遠であり続けられるかしら?」
「だ、だまれ、だまれ!!」
私は、笑みを浮かべたまま、走り出す。衛兵たちが槍を出すが、私は走る、目指すは、眼下の青き星へ身を躍らせる。
そう、私の魂は、一度落ちたときから、そこにあるのだから。
「あなたは…いえ、他人の空似ね。」
月からの使者と思って出てみれば、地上の吸血鬼とメイドだった。しかし、そのメイドにはあの人の面影がある。
「そこの見た目がメイドの人、あなたの名は?」
なんてこっけいなのだろう、これから戦う相手にこんなことを聞くなんて。
「普通、主の名を聞くのが先じゃないかしら?」
隣にいた吸血鬼が反論してくるが、私は、あえて無視する。
「私には、お嬢様につけていただいた名しかありません。」
その目には蒼き光、そして、銀の髪
「私は十六夜 咲夜です。」
子供が2人。
冷静に状況を判断した私は、再び書に目を落とす。
たったったった…どさ!!
子供が一人私のいる空間に落ちてきたみたいだ。私ははぁとため息をつき、書を閉じた。子供の世話には慣れているが、
泣き声には、困ることもある。特に写本と読書を友とする私には酷だ。
うぁぁぁん、痛いよ!痛いよ!えーりん、えーりん助けて、えーりん!えーりん、えーりん早く来て、えーりん!
えーりん、えーりん、うわぁぁぁぁぁん!!
ああ、うるさい。こういう客には早く帰ってもらうに限る。
私は書を閉じて、自分の首からかけている月時計に目を通した。そのまま意識を集中させる。
時間の速度が遅くなり、やがてすべてが停止する。その中を私は声のした方向へと走り始めた。
私がついたときには泣き声はやんでいた。私は自らの能力の低下を確信した。そこには、怪訝
な表情を浮かべて私を見ている4つの目があった。
「あなた誰です?」
八意の家系のものだろうか、その正装に身を包んでいる。銀の髪の少女。
後ろには私を警戒するように見ている長い黒髪を持った少女…月の王族か。一瞬私の発した殺気にひるんだようだったが、
八意のものが私と少女の間に立つ。その手には、弓と矢。
「姫に手を出すのならば、私が相手です。」
声は震えているが、立派なものだ。私はふと肩の力を抜くと、目線が同じになるまで腰を落とした。
「ここは、牢屋よ。王族の来るところではないわ。早く帰りなさい。」
「牢屋って、ここは図書館にしか見えませんよ。」
幻覚すら効かない。つくづく、能力の低下は否めないようだ。
「ここは、私専用の座敷牢、私は、ここの囚人で、咲夜っていうわ。本名は違うけど。」
「八意 永琳、今日は姫の付人で遊び相手をしているものです。」
黒髪の女の子には聞く必要もないようだった。上が騒がしくなってきた。
「お迎えが来たみたいね。早く行きなさい。」
永琳は、私に一礼をして、黒髪の少女は、その手に引かれるままに帰っていく。しばらくの後、上で歓声が上がったのを見ると、無事に合流
できたのであろう。
今になって思い出せばこれが、私と永琳の出会いだった。
それから後に何回も永琳とは出会う機会が増えた。もっとも、私は出歩けないので、永琳が尋ねてくるのがほとんどであったが。
「咲夜様。」
500年近くたった、ある日のことだった。いつものように書を読み漁っていた永琳がつぶやくように私の名前を呼んだ。
「何かしら?」
私は、写本を続けながら、その声にこたえる。
「輝夜様が、永遠を生きる方法を探しているのですが、ご存じないですか?」
私の瑣末な復讐心と燃え残っていた憤りの念が再燃した瞬間だった。私は永琳に表情を読まれないように気を使いながら、一冊の書物を手に
取る。
「そうね、この書に書かれている薬なんかがいいんじゃないかしら?」
私は永琳にその本を渡した。永琳は喜んで帰っていった。…後悔からか、ちくりと胸が痛む。
それから、1年くらいの間永琳は私の元には、来なかった。
「咲夜様、だましたのですね。」
永琳は両の目に涙を浮かべながら、私に詰め寄った。
「あの薬は蓬莱の薬、禁薬中の禁薬ではないですか。なぜです!?なぜ?そのせいで輝夜様は。」
「穢れ多き場所に落とされたのでしょ。相変わらずね、月の皇族は…」
永琳が、私の顔を見て心底おびえた表情を浮かべる。
「八意の家では、裏切りの歴史はつむがれていないようね。ただ、ただ家名のためにしか生きられない。そう見えるわ。」
永琳の顔に曇りが見える。おそらく、私を裏切り、月の新たな支配者に膝をついたことは聞いているのだろう。
「…月からの迎えを次の満月に送ることになっています。私はその中に入っているのですが、輝夜様は、おそらく、帰らないかと思います。
しかし、私の薬の効果は、月のものにもよく知られていてこの間解毒剤を作らされたのです。」
永琳の手がぶるぶると震える。
「輝夜様の願いをかなえてあげたい。私は、今それだけを思って生きているのです。…力を貸してください。」
そのまま、永琳は誰にもたれたことがないであろう頭をたれる。
「たとえ、それが茨の道でも?」
私の問いに永琳は、静かに頷く。後悔はしないようだ。
「裏切ったら、もう二度と鞘に収まることはないわ。それでもいいのならば、」
私はごそごそと袖の下を探る。中からは、一枚の呪符。
「これは?」
永琳が不思議な表情を浮かべる。
「未来からの贈り物。さあいきなさい。もう、ここに来ちゃだめよ。」
私は永琳を送り出し深く目を閉じる。やってしまったと思い、自分の悪癖を自嘲する。それでも、心のどこかでは、幸せになってほしいと
思っている私がいた。
それから、1ヶ月のうちに私は現女王の元へと引きずり出された。
「罪状、禁書保持、及び堕落幇助。」
淡々と罪状を読み上げる。
「前女王だと思い、猶予を与えていたが、もはや我慢ならん。即刻討ち取って」
「あの2人はどうしたの?」
「ふん、地上へと逃げた。すぐにでも捕まえて、…」
「あら、無理よ。なぜなら、ここはもっと大変になるから。」
「?」
女王の顔に疑問が浮かぶ。
「世の穢らわしき檻ってね…今の、狂気に満ちた月よ。肉体は永遠でも魂は永遠であり続けられるかしら?」
「だ、だまれ、だまれ!!」
私は、笑みを浮かべたまま、走り出す。衛兵たちが槍を出すが、私は走る、目指すは、眼下の青き星へ身を躍らせる。
そう、私の魂は、一度落ちたときから、そこにあるのだから。
「あなたは…いえ、他人の空似ね。」
月からの使者と思って出てみれば、地上の吸血鬼とメイドだった。しかし、そのメイドにはあの人の面影がある。
「そこの見た目がメイドの人、あなたの名は?」
なんてこっけいなのだろう、これから戦う相手にこんなことを聞くなんて。
「普通、主の名を聞くのが先じゃないかしら?」
隣にいた吸血鬼が反論してくるが、私は、あえて無視する。
「私には、お嬢様につけていただいた名しかありません。」
その目には蒼き光、そして、銀の髪
「私は十六夜 咲夜です。」