「はい。起立ー、礼ー、着席」
慧音が声を発すると、それまでざわついていた教室は緩やかに静まり、子供達は規則正しくその言葉に従った。その様子を眺め、満足そうに優しく微笑んだ彼女は、早速授業を始めようとする。
その前に一つ、咳払い。
「こほん。では、授業を始めるぞ。今日は、そうだな、人間の子ばかりだから、それに合わせた話をしようか。
妖怪の生態についてだ。ただ妖怪を怖がるより、正しく対処できるようになったほうがいい。そのためには、欠かせない話だから、ちゃんと聴いてるんだぞ。居眠りなどしてるやつがいたら、どうなるか……わかっているな」
慧音は意地悪く顔をにやつかせ、体全体で頭突きの素振りをして見せる。それにより、寝まいと顔を強張らせる子、その子と慧音のやや大げさなジェスチャを見比べ笑い声を上げる子などで、教室は和やかな雰囲気に包まれた。
それを一通り眺め、自分の作戦が功を奏したことを確認した慧音は、満足げな笑みを浮かべ再び子供達に語り始めた。
「さあ、まずは基本的なこと、妖怪達の見た目について教えよう。
皆も知ってのとおり、この幻想郷には多くの妖怪が住んでいるが、その姿のみに関して言えば、大きく三つのタイプに分けられる。
一つ目は、毛玉や陰陽玉のようにとても生物とは思えないもの。これは知性もほとんど無く、ただ反射的に攻撃してくるだけだから、見かけても近づかなければ何とかなるし、もし攻撃を受けても大した怪我にはならないだろう。
二つ目は、生物のようではあるが、おぞましい異形の姿をしたもの。これも大した知性は持たないが、その所業は残忍で、人の肉を喰らうものも多い。出会ってしまえば助かるすべはほぼ無いが、森や洞窟の奥にしか生息しないため、そうした危険な場所にさえ踏み入らなければ、そう心配することは無い。
そう、この二つのタイプについては、今更説明することはあまり無いな。父や母の言うことをちゃんときいて、いい子にしていれば安心だ。でも、言いつけを守れない悪い子は、恐ろしい目にあってしまうかもしれないぞ」
そう言って、慧音は両手を蝙蝠のように広げ、子供達を驚かし、子供達もまた、悲鳴を上げたり笑ったり、思い思いのリアクションをとった。
やはり妖怪相手より、素直な表情を返してくれる人間の子ども相手のほうが、やりがいがある。
彼女は感慨にふけり、授業を再開する。
「で、今日の本題となるのが、三つ目のタイプ、人と似た姿をした妖怪だ。
里から出たことの無い子でも、この手の妖怪は人間に混じって買い物したり呑みに来たりしてるから、出会ったことがあるだろう。基本的には、知性についてはこれまでのタイプと違い人と同じ程度には持っているが、凶暴性や人間との親和性は多種多様で、特に各々に対処が必要だと稗田家の縁起にも細かく記されている。
さて、そうした各妖怪への詳細な対処法については幻想郷縁起にゆずるとして、――」
そのとき、はたと気づき、慧音が窓の外に目をやると、いつの間にか大粒の雨が地面をぬらしていた。
「降ってきたか……。今日は折角の満月だというのに。……まあ、いいか。話を戻そう。
そう、今日は、各妖怪への直接の対処法ではなく、私もそうだが、彼らはなぜ人の姿を模るのか、それも、なぜ女性の姿を好むのかについて話そうと思う。
まず前提として、妖怪の姿というのは、遺伝によるものではない、ということを知ってもらおう。意識的にしろ、無意識的にしろ、妖怪は自分の好む姿へ成長することが出来るのだ。まあ、魔法使いや鈴蘭畑の妖怪人形のような例外もいるがね。そもそも、他の人間や動物とは生命のあり方が違うのだから、そういうことがあってもおかしくは無いのだろう。
そして、知性のある妖怪は、人間の中に溶け込みやすい姿になろうと考える。今の幻想郷は、人間と妖怪の共生の上に成り立っているからな。それが、人の姿になる理由。そして、妖怪は物質的な豊かさより、精神的な豊かさを重視する。つまり、綺麗で美しいものが好きってわけだ。
これが、女性の姿を特に好む理由だ。
皆ここまでは理解できたかな。しかし、理由はそればかりではない。それは――」
突如!……雷が鳴った。目のくらむ光、心臓にまで響く雷鳴に、教室の雰囲気は一転、騒然となった。慧音は子供達をなだめることに追われ、授業は強制的に一時ストップされた。
「ほら、もう皆落ち着いたな。しかし、まいったな、やはり嵐になったか。いや、今朝の空の模様で予想はしていたんだが、久しぶりの人間相手の授業で嬉しかったものだから、つい我慢できなくて。悪いことをした。もう今日は帰れないだろうから、皆ここに泊まっていくといい。親御さん達には、明日の朝、君達を送りながら謝罪に回るとするさ。
さて、先ほど、人の姿をした妖怪の多い理由を説明したわけだが、まだ納得できないことがあるはずだ。それは、人間と共生するなど考えず、むしろ人間を捕食の対象としか捕らえない妖怪ですら、幼い女児の姿をしている理由だ。
これには、また別の理由が存在する。というより、こちらのほうが、妖怪にとっては本来の理由だ。
人の肉に餓える妖怪が、綺麗だとか美しいなんて言葉は要らないはずの妖怪が、人の女の姿を模る理由。
それはだな、獲物である人間を、油断させるためさ。『擬態』……と、言うのかな。幼く可愛らしい女の子の姿を借り、狙いを定めた人間の警戒心をほぐし、確実にしとめる。ちなみにな、妖怪は人の血肉とともに、その心も喰らうんだ。特に恐怖の味は格別でな、僅かにでも気の緩んだ隙を突かれた人間の、最高に絶望し恐怖に震える心は、涎の止まらないご馳走ってわけだよ。想像できるかな。一口含んだだけで身体中あますところなく快楽が揺さぶるような、至高の味なのさ」
いつの間にか、外の嵐は止み、空は静けさを取り戻していた。そしてこの里のはずれに佇む教室も、つばを飲み込む音さえ狂気の引き金となりそうなほどの静けさが、暴力的に支配していた。
安心と信頼の心に恐怖を突きつけられ、指先一つの身動きすら封じられた人間の子供達に、彼女は満月の明かりを受けながら、屈託の無い妖怪の笑顔を浮かべ、問いかけた。
「さて、授業を終わる前に、先生から一つ質問だ。
――私は、
どちらだと思う?」
明日から雲山を見る目が変わる
次作もがんばれ
そこで一人の少年が「先生は悪い妖怪じゃない!」みたいな感じでいるのまで妄想してしまったwwww
いい雰囲気です。
だからこその怖さが良かったです。
「つまらない」との評価も頂きましたが、今回はやはり自分でも後から読み返して、ああすればよかったこうすればよかったと、後悔や己の文章の拙さを多々感じました。
(文章を修正して、別のサイトなりに投稿しなおしたいくらい)
次回投稿ではもっと話を練り上げて出直そうと思います。
>明日から雲山を見る目が変わる
それはきっと、『肉体美』とか、そういう……アレな感じで?