「名は体を現わす…って誰かが言っていたけれど、まったくの出鱈目ね」
私は一人、廃墟の前に佇んでいる。
あちこちが欠け、朽ちた建物。
とても先ほどまで自分が中に居たと思えない。
「もう、ここには居られないし、何処に行こうかしら?」
そんな独り言を呟いていると、後ろに気配を感じた。…この気配は…ああ、懐かしい。あの子といつも一緒に居た半獣だ。確か、上白沢慧音、とかいったか。
私は呼びかける。
「こんなところに何のようかしら?ここしばらく、貴方の大好きな人間にはちょっかいはかけていないはずだけど?」
まあ、ちょっかいどころか会ってすらいないのだけど。
「お前こそ何故ここにいる、蓬莱山輝夜。ここは十年ほど無人だったはずだが」
そんな台詞を言いながら彼女は後ろの竹林から出てきた。
「ひどいわね、無人なんて。私が居たのに」
「なんだと?…しかし…私はここを何度も訪れているがお前を見かけなかった。…あの日依頼」
「それはそうでしょう?ずっと一番奥の部屋に一人で居たのだから」
上白沢慧音の目がわずかに見開かれる。
「奥だと?あの厳重な結界を施された部屋か?」
「そう。あそこでずっと。私は別に何も食べなくても死なないし。退屈なのは慣れているし。ええと、十年だっけ?そのくらい、別にどうということはないわ」
そう十年。私はその間あの何もない部屋でずっと座り、虚空を見つめ続けてきた。
「それにしても、案外短かったわね、あの結界」
「なぜあんなところに…」
「別に。ただ一人で考えたいことがあったのと誰にも邪魔されたくなかっただけよ。ここまで荒れるとは思わなかったけど。…まあ、管理するものが居ないんだから当たり前だけどね」
そう、ここの管理をしていたイナバたちはもう居ない。
十年前から。
「やはり、十年前か」
「よくわからない病気がイナバたちの間で流行ってあっという間にイナバたちは全滅。あの健康に気を遣っていたずるがしこいイナバも、月から来たイナバもあっという間に死んじゃったわ」
イナバたちは苦しんではいなかったと思う。いきなり倒れてそのまま目を覚まさなかったというパターンが一般的だったから。
「感染と同時に発病、発病と同時に死亡、って永琳が言ってたわ」
「そういえば、その八意永琳はどうした。あいつも不死だろう、病気で、そもそも死ぬはずがない」
さも、今気づいたような物言いで尋ねる。最初から気づいていたくせに。きっとタイミングを計っていたのだろう。
「さあ?イナバたちを弔ったあと修行しなおすって言ってどこかに行ったきりあとは知らないわ」
本当に私は何処に行ったか知らない。薬師を自称しつつまったく手が出せなかった永琳。きっと屈辱だったのだろう。
「それでお前だけが残り、お前は篭った」
同情のような眼差しを浮かべる慧音。…私はその行為の意味がわからない。
「けれど、それももう終り。結界は解けたし、もうこの建物は限界よ」
私が言うが早いか、かつて永遠亭と呼ばれていた物は鈍い音を立てて崩れていった。
「それで…お前はどうするんだ?」
建物が完全に崩壊してから、上白沢慧音は私に尋ねた。
「誰も来ないところ…そうね、人間好きの半獣とかが来ないところにいくわ。…向こう千年くらい」
「…そうか」
「じゃあね……ああ、そうそう、頼みがあるわ」
「何だ?私に出来ることなら聞いてやろう」
「私に関係した人妖から私に会ったという歴史を消しておいて。もちろん妹紅からも」
「な…」
私は返事を待たずその場を去った。
私はもう、誰にも会いたくなかった。
もう充分なほど楽しい思いはしたから。
もう、誰かに会っても楽しいことはないから。
誰かに会えば、その分新しい記憶が増えて楽しい記憶が薄れてしまう。
永琳はどこかに行っていない。
ずるがしこいイナバはいない。
月から来たイナバはいない。
もう、私の周りには一緒に楽しめるものがいない。
だったら、妹紅をどれほど苦しめても楽しくない。
月見を開いても楽しくない。
千年の時が経った。
あれ以来、私は誰とも会っていない。
住む場所は変わったが、私は変わらない。
私は、永遠。
傷つかず、ずっと円いままの球。
想う事はひとつ。
「私はいつ死ねるのかしら?」
私は一人、廃墟の前に佇んでいる。
あちこちが欠け、朽ちた建物。
とても先ほどまで自分が中に居たと思えない。
「もう、ここには居られないし、何処に行こうかしら?」
そんな独り言を呟いていると、後ろに気配を感じた。…この気配は…ああ、懐かしい。あの子といつも一緒に居た半獣だ。確か、上白沢慧音、とかいったか。
私は呼びかける。
「こんなところに何のようかしら?ここしばらく、貴方の大好きな人間にはちょっかいはかけていないはずだけど?」
まあ、ちょっかいどころか会ってすらいないのだけど。
「お前こそ何故ここにいる、蓬莱山輝夜。ここは十年ほど無人だったはずだが」
そんな台詞を言いながら彼女は後ろの竹林から出てきた。
「ひどいわね、無人なんて。私が居たのに」
「なんだと?…しかし…私はここを何度も訪れているがお前を見かけなかった。…あの日依頼」
「それはそうでしょう?ずっと一番奥の部屋に一人で居たのだから」
上白沢慧音の目がわずかに見開かれる。
「奥だと?あの厳重な結界を施された部屋か?」
「そう。あそこでずっと。私は別に何も食べなくても死なないし。退屈なのは慣れているし。ええと、十年だっけ?そのくらい、別にどうということはないわ」
そう十年。私はその間あの何もない部屋でずっと座り、虚空を見つめ続けてきた。
「それにしても、案外短かったわね、あの結界」
「なぜあんなところに…」
「別に。ただ一人で考えたいことがあったのと誰にも邪魔されたくなかっただけよ。ここまで荒れるとは思わなかったけど。…まあ、管理するものが居ないんだから当たり前だけどね」
そう、ここの管理をしていたイナバたちはもう居ない。
十年前から。
「やはり、十年前か」
「よくわからない病気がイナバたちの間で流行ってあっという間にイナバたちは全滅。あの健康に気を遣っていたずるがしこいイナバも、月から来たイナバもあっという間に死んじゃったわ」
イナバたちは苦しんではいなかったと思う。いきなり倒れてそのまま目を覚まさなかったというパターンが一般的だったから。
「感染と同時に発病、発病と同時に死亡、って永琳が言ってたわ」
「そういえば、その八意永琳はどうした。あいつも不死だろう、病気で、そもそも死ぬはずがない」
さも、今気づいたような物言いで尋ねる。最初から気づいていたくせに。きっとタイミングを計っていたのだろう。
「さあ?イナバたちを弔ったあと修行しなおすって言ってどこかに行ったきりあとは知らないわ」
本当に私は何処に行ったか知らない。薬師を自称しつつまったく手が出せなかった永琳。きっと屈辱だったのだろう。
「それでお前だけが残り、お前は篭った」
同情のような眼差しを浮かべる慧音。…私はその行為の意味がわからない。
「けれど、それももう終り。結界は解けたし、もうこの建物は限界よ」
私が言うが早いか、かつて永遠亭と呼ばれていた物は鈍い音を立てて崩れていった。
「それで…お前はどうするんだ?」
建物が完全に崩壊してから、上白沢慧音は私に尋ねた。
「誰も来ないところ…そうね、人間好きの半獣とかが来ないところにいくわ。…向こう千年くらい」
「…そうか」
「じゃあね……ああ、そうそう、頼みがあるわ」
「何だ?私に出来ることなら聞いてやろう」
「私に関係した人妖から私に会ったという歴史を消しておいて。もちろん妹紅からも」
「な…」
私は返事を待たずその場を去った。
私はもう、誰にも会いたくなかった。
もう充分なほど楽しい思いはしたから。
もう、誰かに会っても楽しいことはないから。
誰かに会えば、その分新しい記憶が増えて楽しい記憶が薄れてしまう。
永琳はどこかに行っていない。
ずるがしこいイナバはいない。
月から来たイナバはいない。
もう、私の周りには一緒に楽しめるものがいない。
だったら、妹紅をどれほど苦しめても楽しくない。
月見を開いても楽しくない。
千年の時が経った。
あれ以来、私は誰とも会っていない。
住む場所は変わったが、私は変わらない。
私は、永遠。
傷つかず、ずっと円いままの球。
想う事はひとつ。
「私はいつ死ねるのかしら?」