恋心。
それは積もるものだと言われている。
しかし目に見えぬ物をそのように表現するのは如何なものかと、パチュリー・ノーレッジは思っていた。
それに積もるというからには、上から降ってくるという前提条件が必要だ。
彼女が考えるに、感情の類は『湧いてくる』ものであり、中や下から発生するイメージがある。
恋心というのもそれに漏れずに、内から出るものだと思っていた。そうでなければ、あまりに他人任せではないか。
誰かによって降らされたものがまとわり付くなんて、そんなものはごめんだ。
相手ぐらいは自分で選ぶし、決める。
彼女は人知れずに、こんなロマンチックな理念を持っていた。
しかしそんな彼女の理念は、あっさりと破綻する事になる。
七色の魔法遣い。アリス・マーガトロイド。
偶然魔理沙が知り合いということで連れてきた者である。
最初は、またネズミが増える。頭痛の種も増えて蔵書ばかりが減っていく。
そんな風に考えていたのだが、思惑は大きく外れた。
アリスは手続きを踏んで紅魔館に訪れ、パチュリーの許しを得てから本を借りる。そしてきっちり二週間経つとそれを返却した。
立ち振る舞いも礼儀正しい。
「たまにはお返ししないとね。」 そう言って、時折お手製のお菓子を持ち込んでくる事もある。
するといつの間にか。
こんなアリスの行動が、パチュリーの周りにそれを降らせていた。
しかし彼女自身はそれを自覚してはいない。
ただアリスを見る度に、何とも言えぬ感情が抱くだけである。
一緒にいてもこれといった事をするわけではない。
お互いに興味のある別々の本を同じテーブルで読んだり、彼女の持ってきたお土産をお茶請けにしたり、自分が疑問に思う事を相手に聞いてみたり。
そんな何気ないやりとりをするのみである。
こんな詰まらない日常の中で。 静かに、静かにそれは積もっていく。
ああ、何ということだろうか。
もう腰の辺りまでそれは積もっているというのに、パチュリーはそれの正体に気づかない。
そんなある日の事。
小悪魔の淹れたお茶を楽しんで、一時間ほど後の事だった。
微かな風の音がパチュリーの鼓膜を振るわせる。
はて? この図書館は魔法で外部とは遮断されているはずだが。と、パチュリーは不思議に思って、読んでいる本を閉じる。
そして周囲にさっと目を巡らせて見た。
すると、何という事は無い。
丁度対面に座っているアリスが、机の上に突っ伏しているだけである。
彼女が意識を手放す直前まで読んでいたであろう本は、大きく広げられて右頬の下にあった。
「涎って、染みになるのよね……」
それは彼女自身の体験に基づくものなのか。
誰ともなしに呟いた言葉が、図書館の重い空気の中に四散した。
「眠いのならそう言えば部屋を用意させるのに。こんな所で寝たら風邪を引くわよ」
パチュリーは椅子から立ち上がって、アリスに歩み寄る。
そして揺り起こすためにその左肩に手を伸ばそうとした――
が、それは空で留まった。
アリスの閉じられた瞼。
その睫毛は長く、パチュリーは思わずそれに見とれたせいである。
心が。
ざわめく。
彼女の髪と同じ薄い金色。
それが陶磁のように白い肌と相まって、とても美しい。 誰かが言った「人形のよう」という表現は正しく、計ったかのように整った顔である。
鼻はすらりと高く、その下にある唇は少し開いていた。
それはまるで綻びる直前の桜のようであり、パチュリーの停止していた手はそこへと吸い寄せられていく。
花へと飛ぶ蝶のように、ふらふらと。
距離が近づく度に、パチュリーの呼吸が荒くなる。
まずは髪に触れた。
絹のように柔らかな感触を味わいつつ、くるくると指に絡めていく。
興奮したせいで跳ねるような鼓動が五月蝿いのか、パチュリーは大きくかぶりを振った。
次は頬。
見た目通りの滑らかさと適度に押し返してくる弾力。
それを一頻り楽しんている時、ごくりと生唾を飲み込む音が響く。
そして、人差し指が。
上唇に。
触れる。
しかしそれは一瞬の事だった。
「う、うん……」
何かを感じたのか。
アリスは身を蠢かせる。
それに驚いたパチュリーは、いつもなら考えられないような速さで腕を引っ込めた。
ゆっくりと瞼が開き、そして青い瞳がパチュリーを捉えた。
数回の瞬き。
その度に睫毛が揺れ、パチュリーの心は再びざわめいた。
「どうしたの、パチュリー?」
起き抜けのせいか、間延びするような声。
「別に。本当に寝てるのか気になっただけよ」
そっけない答え。
そしてふいと後ろを向く。
「眠いのなら今日は泊まっていったらどう? 幸い、この館には部屋が余ってるわ」
「うーん、それはありがたい申し出だけど遠慮しておく」
ちょっと試したい実験があるから、と付け足すとアリスは身支度を整え始めた。
「そう」 後ろを向いたままでパチュリーは短く返した。
「それじゃあ今日はこのあたりで失礼するわね。本を枕にして寝ちゃってごめんなさい」
背中を向けたままの魔女に小さく頭を下げると、ブーツの底を鳴らして歩き始める。
かつ、こつ、かつ、こつ。
やけに音が響くと、パチュリーはそんな事を思った。
「じゃあ、またね」
ばたん。
扉の音がした数分後、パチュリーはその場に崩れ落ちた。
自分でも知らぬ間にアリスをお泊りに誘っていたとか、寝ているのをいい事に勝手に体に触れていたとか。
さっき、何故そんな行動を取ったのかが自分でも処理できなかったからである。
両手で思わず頬を覆うと、とても熱い。
それもそうだ。普段は青白いといっても差し支えのない顔色が、今では林檎の様である。
「ありえないわ……」
へたり込んだままで、パチュリーは言う。
そして大きく溜息をついた。
と、ここで彼女の視界に一つのものが入ってくる。
それはアリスの唇に触れた人差し指。
これを見て、今度は脳内の温度が数度上がった。
何故なら「舐めてみようかしら」
などという、邪な考えが頭をよぎったからである。
「そんな事したら、ただの変態じゃないの!」
やり場のない怒りをぶつけるように大声を出す。
そして近場にあった本を、絨毯に叩きつけたのだった。
春は―― 遠い――
それは積もるものだと言われている。
しかし目に見えぬ物をそのように表現するのは如何なものかと、パチュリー・ノーレッジは思っていた。
それに積もるというからには、上から降ってくるという前提条件が必要だ。
彼女が考えるに、感情の類は『湧いてくる』ものであり、中や下から発生するイメージがある。
恋心というのもそれに漏れずに、内から出るものだと思っていた。そうでなければ、あまりに他人任せではないか。
誰かによって降らされたものがまとわり付くなんて、そんなものはごめんだ。
相手ぐらいは自分で選ぶし、決める。
彼女は人知れずに、こんなロマンチックな理念を持っていた。
しかしそんな彼女の理念は、あっさりと破綻する事になる。
七色の魔法遣い。アリス・マーガトロイド。
偶然魔理沙が知り合いということで連れてきた者である。
最初は、またネズミが増える。頭痛の種も増えて蔵書ばかりが減っていく。
そんな風に考えていたのだが、思惑は大きく外れた。
アリスは手続きを踏んで紅魔館に訪れ、パチュリーの許しを得てから本を借りる。そしてきっちり二週間経つとそれを返却した。
立ち振る舞いも礼儀正しい。
「たまにはお返ししないとね。」 そう言って、時折お手製のお菓子を持ち込んでくる事もある。
するといつの間にか。
こんなアリスの行動が、パチュリーの周りにそれを降らせていた。
しかし彼女自身はそれを自覚してはいない。
ただアリスを見る度に、何とも言えぬ感情が抱くだけである。
一緒にいてもこれといった事をするわけではない。
お互いに興味のある別々の本を同じテーブルで読んだり、彼女の持ってきたお土産をお茶請けにしたり、自分が疑問に思う事を相手に聞いてみたり。
そんな何気ないやりとりをするのみである。
こんな詰まらない日常の中で。 静かに、静かにそれは積もっていく。
ああ、何ということだろうか。
もう腰の辺りまでそれは積もっているというのに、パチュリーはそれの正体に気づかない。
そんなある日の事。
小悪魔の淹れたお茶を楽しんで、一時間ほど後の事だった。
微かな風の音がパチュリーの鼓膜を振るわせる。
はて? この図書館は魔法で外部とは遮断されているはずだが。と、パチュリーは不思議に思って、読んでいる本を閉じる。
そして周囲にさっと目を巡らせて見た。
すると、何という事は無い。
丁度対面に座っているアリスが、机の上に突っ伏しているだけである。
彼女が意識を手放す直前まで読んでいたであろう本は、大きく広げられて右頬の下にあった。
「涎って、染みになるのよね……」
それは彼女自身の体験に基づくものなのか。
誰ともなしに呟いた言葉が、図書館の重い空気の中に四散した。
「眠いのならそう言えば部屋を用意させるのに。こんな所で寝たら風邪を引くわよ」
パチュリーは椅子から立ち上がって、アリスに歩み寄る。
そして揺り起こすためにその左肩に手を伸ばそうとした――
が、それは空で留まった。
アリスの閉じられた瞼。
その睫毛は長く、パチュリーは思わずそれに見とれたせいである。
心が。
ざわめく。
彼女の髪と同じ薄い金色。
それが陶磁のように白い肌と相まって、とても美しい。 誰かが言った「人形のよう」という表現は正しく、計ったかのように整った顔である。
鼻はすらりと高く、その下にある唇は少し開いていた。
それはまるで綻びる直前の桜のようであり、パチュリーの停止していた手はそこへと吸い寄せられていく。
花へと飛ぶ蝶のように、ふらふらと。
距離が近づく度に、パチュリーの呼吸が荒くなる。
まずは髪に触れた。
絹のように柔らかな感触を味わいつつ、くるくると指に絡めていく。
興奮したせいで跳ねるような鼓動が五月蝿いのか、パチュリーは大きくかぶりを振った。
次は頬。
見た目通りの滑らかさと適度に押し返してくる弾力。
それを一頻り楽しんている時、ごくりと生唾を飲み込む音が響く。
そして、人差し指が。
上唇に。
触れる。
しかしそれは一瞬の事だった。
「う、うん……」
何かを感じたのか。
アリスは身を蠢かせる。
それに驚いたパチュリーは、いつもなら考えられないような速さで腕を引っ込めた。
ゆっくりと瞼が開き、そして青い瞳がパチュリーを捉えた。
数回の瞬き。
その度に睫毛が揺れ、パチュリーの心は再びざわめいた。
「どうしたの、パチュリー?」
起き抜けのせいか、間延びするような声。
「別に。本当に寝てるのか気になっただけよ」
そっけない答え。
そしてふいと後ろを向く。
「眠いのなら今日は泊まっていったらどう? 幸い、この館には部屋が余ってるわ」
「うーん、それはありがたい申し出だけど遠慮しておく」
ちょっと試したい実験があるから、と付け足すとアリスは身支度を整え始めた。
「そう」 後ろを向いたままでパチュリーは短く返した。
「それじゃあ今日はこのあたりで失礼するわね。本を枕にして寝ちゃってごめんなさい」
背中を向けたままの魔女に小さく頭を下げると、ブーツの底を鳴らして歩き始める。
かつ、こつ、かつ、こつ。
やけに音が響くと、パチュリーはそんな事を思った。
「じゃあ、またね」
ばたん。
扉の音がした数分後、パチュリーはその場に崩れ落ちた。
自分でも知らぬ間にアリスをお泊りに誘っていたとか、寝ているのをいい事に勝手に体に触れていたとか。
さっき、何故そんな行動を取ったのかが自分でも処理できなかったからである。
両手で思わず頬を覆うと、とても熱い。
それもそうだ。普段は青白いといっても差し支えのない顔色が、今では林檎の様である。
「ありえないわ……」
へたり込んだままで、パチュリーは言う。
そして大きく溜息をついた。
と、ここで彼女の視界に一つのものが入ってくる。
それはアリスの唇に触れた人差し指。
これを見て、今度は脳内の温度が数度上がった。
何故なら「舐めてみようかしら」
などという、邪な考えが頭をよぎったからである。
「そんな事したら、ただの変態じゃないの!」
やり場のない怒りをぶつけるように大声を出す。
そして近場にあった本を、絨毯に叩きつけたのだった。
春は―― 遠い――
ああもぅ畜生、良いなぁパチュアリwwww
背筋にぞくりときましたぜ。
しかし結局舐めたのかパチュリー(笑
誰だってそうする。俺だってそうする。
よし、じゃその舐めたパチェの指は俺が舐める。
幻想郷の魔女たちの糖度の高さは伊達じゃないっ……!
パチュアリ賛成!
……二見さん、なんて恐ろしい子。
それはともかく……うっかり寝ちゃうアリス可愛いよ!
このパチュリーは間違いなく中学生